おわり




 ねぇ、いいから知恵を貸してよ。

 うん。このまま引き下がるわけには行かないのよ。

 この私をコケにした償いは、させてやるわ。

 絶対私の方が、先に転生してやるんだから。

 でも、私は魔族だし……そもそもまともに人間に転生できるかどうか、分からないし。

 長生きしているんでしょ? 教えてよ。


 …………え? 道真? うん。仲間だったけど、それが?

 ああ、そう。でも、うまく行く?

 ……まぁ、そうね。やってみなきゃ分からないわよね。

 って言うか今の私って、エネルギーだけはたんまりある筈だし。


 ありがと。

 感謝しておくわ。

 私は千年後に転生するみたいだけれど、もしその時代で会ったら、アンタに礼は返すわ。

 悪いけど、今から子供作って死のうとする私じゃ、礼なんか返せないし。

 それでいい? 

 ……え、いいの? 太っ腹ね。年長者の余裕?


 うん。じゃあ、また来世で。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 陰陽師・高島の死去し、ある妖怪の他縛霊となって北へと旅をした頃より、

 百年以上の月日があっという間に流れました。

 すでに彼が憑いていた妖怪もこの世を去り、全てが次の世代へと移り変わっていました。


 そんなある日のことです。

 平安京宮廷内で、二人の人間が面を合わせていました。

 一人は左京権大夫、穀倉院別当、播磨守などの官を歴任し、位は従四位下にのぼっている大陰陽師である安倍清明。

 そしてもう一人は、才色兼備でありその優しさから、鳥羽上皇の寵愛を一身に受けていた玉藻前でした。


 いかに高位の陰陽師である安倍清明とは言え、

 上皇の寵愛を受ける玉藻前と二人きりで対話をするなど、異例中の異例でした。

 この対話が成立したのは、上皇の体調が優れず、

 何らかの呪がかけられているのでは……と言う疑いが湧き上がったからでした。

 そして言うまでもなく、その疑いの第一候補が上皇の寵愛を受ける美しき姫……玉藻前でした。


「貴女は随分と博識でおられるようですね」

「それほどでもないわよ?」

「北面の武士である坂部行綱殿の家の生まれで在らせられるそうですが」

「ええ、その通りよ」

「しかし、捨て子だったそうではないですか。実際、どこのお子だったのか」

「……何が言いたいのかしら? そんなこと、今に分かったことではないでしょう」

「ええ。貴女が宮中に仕えだした時点で、把握しておりました」

「なら、わざわざ言う必要はないでしょう? そろそろ本題に入らない?」

「私との会話は楽しくないですか?」

「腹の探り合いはもう飽きたわ」

「そうですか」


 大陰陽師とは言え、安倍清明はもうかなりの年を重ねていました。

 すでに齢八十をゆうに過ぎ、この時代では考えられないほどの長寿でした。

 しかし、その口調は実に快活なもので、若い者にも全く引けを取りませんでした。


 対する玉藻前も、噂に違わぬ美女でした。

 そして大陰陽師を前にしても全く慄きもせず、背筋を伸ばして悠々と座っていました。


 今日初めて二人きりで話すと言うのに、二人はまるで古くからの友人のように、言葉を投げあいます。


「普通に行きましょう」

「そう……だね。じゃあ、僕も普通に行かせてもらおうかな」

「素に戻った貴方は、顔と口調と年齢が合わないわね」

「心はいつも少年のつもりでね。駄目かな?」

「駄目ではないけれど、少し変ね」

「可笑しなところがあったほうが、人間は好感の持てるものだよ。さて……」

 
 安倍清明はこほんと一息ついて、話題を変えました。


「まぁ、正直なところ、呪をかけた主が誰であろうと、僕としてはどうでもいいんだよね」

「いいのかしら、そんなことを言って」

「いいのさ。事実なのだから。仮に君が呪術者であろうが妖怪であろうが、宮廷は排除するつもりだから」

「あら、そうなの?」

「驚かないのかい?」

「何となく予想はつくわ。今の上に立つもの皆が、邪魔なんでしょう?」

「その通り。理想としては、君が妖怪で、上皇はそれに騙されていて……」

「私を宮廷から追い出した後、上皇は心労で死に、新しい人物が上に立つ?」

「ああ、大正解。まさにその通りさ」

「汚いわねぇ、政治って」

「その危険性を十分に承知した上で、宮廷に入ったのだろう?」

「まあね。で、そこまで知っている貴方は私に同情して、私を逃がしてくれるのかしら?」

「いいや、残念ながら、答えは否定だね」

「あら、意外。私を追い立てるつもり?」

「その問いには肯定だよ。君は最悪の妖怪だ。だから倒さなければならない。ねぇ、女狐」

「あははは。ひどいわね」

「悪いね。正直に言うと、君には個人的に恨みがあるのさ。だから悪い妖怪じゃないと、僕が困る」

「あら? 私は貴方に何かした?」

「僕とこうして話をして、僕が誰だか分からないかな?」

「そう言うという事は、私が会ったことのある人物よね?」

「どうだろう? あると言えばあるし、ないと言えばないよ」

「難しいわね」

「実は僕の魂の構成は、十割を超えているんだ。人間一人分に魔族半人分で十五割。それが僕の魂さ」

「聞いたことがないわ、そんな人間」

「でも、君が僕の母に入れ知恵したんだよ?」

「? 貴方の母親は、誰?」

「葛乃葉。メフィスト。あるいは陰陽師・高島にちょっかいを出していた意地っ張りな女……と言えば分かるかな?」

「えっと……………………ああ、あの子」


 随分と昔の話だからか、それとも単に印象に薄かっただけなのか。

 玉藻前はしばらく考えてから、ようやく思い当たったようでした。

 そんな彼女の様子に、安倍清明はやれやれと首を横に振りました。


「思い出してくれたようだね」

「ええ」


 玉藻前は昔を懐かしむように、語りだしました。

 それは今となっては遥か昔の話です。

 尼僧の格好をし、葛乃葉と名乗る妖怪。

 それが『人間に転生するにはどうすればいい?』と、彼女の元を尋ねてきました。

 そこで彼女は、悪しき部分を捨てて神となった菅原道真を例に出し、いくつかの知恵を尼僧に与えました。

 恐らく、その知恵を元に、あの尼僧は行動を起こしたのでしょう。

 自身の魔族の部分を体外へと出し、それを自分の子供として創造する。

 実際、上級魔族は下級魔族を自身の欠片を使用して創造することがあるので、ありえない話ではありません。


「というわけで、生まれたのが僕と言うわけだよ」

「でも、魔族の欠片だけでしょう? 人間一人分と言うのは?」

「母は高島の魂に自分の欠片を組み合わせて、僕を作ったのさ」

「へぇ。やっぱり好きな人との子供を作りたかった、とか?」

「多分違うね。時間差が欲しかったのさ。確実に自分が先に転生できるように」

「? どうして、またそんなことを」

「高島の方が人生経験豊富だったからね。来世では先輩風を吹かしたかったんじゃないかな」

「ああ、そんなこと」

「でも、母にとっては重要な問題だよ。いつもからかわれていたしね」

「そうなの。えっと……ちょっと話を戻すけれど、今の貴方って、結局どうなの?」

「どう、とは?」

「高島と彼女の息子になるわけ?」


 安倍清明はその顔……年老いた老人に似合う、長い長い嘆息をした。


「ならないね」

「そう?」

「僕は高島だ。間違いなく、魂は高島だ。そこに少し別の部品がくっ付いて、仮初の人生を歩んでいるに過ぎない」

「…………そうか。高島の魂は、転生して貴方になったわけじゃない」

「そう。結局のところ、僕と言う存在は、高島が転生するまでの短い間に見ている夢のようなものだね」

「幽霊が生まれ変わるまでの間に、暇つぶしで見る夢……ね」

「そう。僕の魂は僕のものではない。僕が死んだら、僕は高島として転生して、僕であった情報は全て転生した高島のものとなる」

「あっ。そうか……それで、私を恨んでいると?」

「その通り。君が余計な知恵を母に教えなければ、僕という曖昧な存在は生まれなくてよかったんだ」


 来世と言うものが信じることの出来る世界。

 自分が死んでも、次の人生が待っていると信じることの出来る世界。

 実際に母親が、次の人生を早く迎えるために、自ら死後の世界に旅立つような世界。

 一般的に見ても、末法の思想が高まり、来世に期待がされる時代。

 そこで自分だけに来世がないと悟らされると言うのは、どのような気分でしょうか?

 自分の人生が、自分だけれど自分ではない誰かに乗っ取られてしまうという気分は、どんなものでしょうか?

 挙句、生み出された瞬間から知識と感情は十分に育っており、さっさと自殺すると言う選択肢は取れないのです。

 自分のような存在が何故生まれたのか。

 ようやくそのことを思考する年頃には…………もう死にたくないと思えるくらい、生に執着も持ってしまっているのです


「だから、僕は貴女を恨んでしまう。余計なことを……とね」

「それもそうね」


 安倍清明の鋭い言葉に、玉藻前は当然のように頷きました。

 その実に素直な様子に、安倍清明は首を傾げました。


「あれ? 意外だな。僕は『そんなの責任転換じゃないか』と言って、怒ると思ったけれど」

「小さな子供がそう言うなら、ムカッとも来るだろうけれど、年老いたおじいちゃんじゃね……」

「はっはっは。そうだね。今際のきわの恨み言くらい、聞いてもいいかと言う気にもなるよね」

「そうよ。それにしても……」

「何だい?」

「高島の魂が根幹にある割に、随分とまともな性格に成長したみたいね。どちらかと言えば、真面目よね?」

「母がね、冗談ばかり言う高島に、いつもムカついていたそうだよ。だから、僕はこういう風に作られたのさ」

「嫌いな割りに、高島に会うために先に転生したのよね、あの子」

「言っておくと、恋愛の感情はないと思うよ。そういうことを考えるほど、精神的に成熟もしていなかったしね、母は」

「せいぜいが、いないと寂しいケンカ友達と言うところ?」

「そんなところかな? そうだな……後はお気に入りのオモチャとか」

「じゃあ、来世で会えば好き嫌いにまで発展するかしら? その辺、とても気になるのだけど」

「どうだろうねぇ。我が母はなんとも意地っ張りだからね」

「そうね」



 二人はしばらく笑い合いました。



「じゃあ、おしゃべりはこの辺りにしようか」

「あらら。もうここで戦闘になるのかしら?」

「そうだよ。大陰陽師の僕が、本性を現した妖怪相手に、本気で行くのさ」

「でも大丈夫? 年寄りの冷や水じゃないかしら?」

「陰陽師の本体と魔族の欠片。そして僕自身の数十年。術だけ見れば、退屈させないだけの力はあると思うよ?」

「そう? 私だって、けっこう強いのよ?」

「知っているさ。だから、最初から飛ばしていくよ!」

「いいわよ。来なさい」


 二人はその場に立ち上がり、視線を一直線にあわせました。


「さようなら」

「ええ。貴方とは……現世限りで、もう会えないものね」

「うん。残念ながら、僕は転生するときに淘汰されて消えるだろうからね」

「双子になれれば、丁度いいのにね」

「双子か。それは考えてもみなかったな。うん、面白い。そうなるよう、願っておくよ」









 次の瞬間、彼らの体からは同時に光が溢れました。








 では……また。

 来世でお会いしましょう。





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