第二話
時間を、跳躍する。その体感は非常に表現しづらいが……しかし知覚はちゃんと出来ている。
様々な粒子が煌いて混ざり合い、明滅したかと思うと白濁し、挙句全ての光は間延びしていく。
恐らく、俺の知識の中にある映画やアニメなどの『ワープ表現』が、この視覚刺激を作り出しているのだろう。
つまり、他に時間移動する人物がいたなら、これとはまた違った感想を持つはずだ。
得体の知れない体験を、俺は俺の脳を持って処理している。ただそれだけのことだ。
ああ、そう言えば、令子やヒャクメと平安時代に飛んだことがあったが……彼女たちは時間の移動をどう感じたのだろう?
ヒャクメは神族と言う、俺たちとは違う種類の存在なので参考にはならないだろう。
だが、令子には尋ねてみてもいいかもしれない。あるいは、俺の義理の母親ともなった彼女の母か。
――――――って、こんなことを考えるなんて、俺も随分と余裕があるよな。
光の粒子を横目に、いつになったら該当時間に到着するのだろうと、首をかしげる。
そう言えば、時間そのものの概念がないんだよな、ココ。何しろ、どの時代でもないはずなんだから。
でも、俺は思考している。俺の脳は活動している。電流が神経を駆け巡っているはずだ。
じゃあ、その電流の神経間移動にかかる時間は、どう処理されているんだ?
妙神山のジィさんに修行をつけてもらったときは、えーっと……加速空間だったか?
あれと似たような感じとかなんだろうか?
むーぅ? ヒマだとワケ分からんことを考えるよなぁ。
まぁ、このくらい知的な感じの方がいいのかも。
ヒマだからって女の子の裸を想像して時間潰す、暴走時代真っ只中のチェリーボーイではないんだから。
…………弱々しい感じで情に訴え、ナースを落とそうとした俺が言うのもなんだが。
ああ、でもでも、ムードを盛り上げてアプローチしてるんだし、俺も成長した…………のか?
む〜〜〜。
あんまり度が過ぎると『こうはならないようにしたい』と、
そう昔に思っていた、我が親父そっくりの存在になるかも知れん。
うむ。気をつけよう。俺は純愛路線の人間だ。
妻の病魔のタメに時空さえ越えてるしな。うむうむうむ。
首を刻々と縦に振っていると、唐突に視界が開けた。
どうやら、出口が間近であり、そろそろ到着するらしい。
俺の思考がまとまったところで出口とは……なかなかグッドタイミングだ。
あるいは、俺の集中力が乱れすぎてて、中々到着しなかったのか……。
まぁ、どっちでもいいさ。あと少しで過去だ!
出口はあの頃の懐かしのボロアパート。そして高校生の若い俺がいるはず……。
「待ってろよ、俺! キャバクラくらいは奢っちゃる。なんと言っても俺はもうオトナだしな!」
女に飢えていた当時の俺に対し笑いを浮かべつつ、俺は光の渦を抜けた。
…………。
…………………うん?
………………………っ! おわ、真っ暗だ?
あれ? おかしいな? なんだ? 押入れにでも出たか?
つーか、何だ? あれ? 何か床が固いんですけど?
畳じゃないな。石? つーか、岩? 何じゃ、これは?
疑問符を浮かべつつ、こんこんと地面を叩く。
すると俺からの刺激に返事をするように、地面が薄く光った。
いや……マジでなんだ、これは?
かすかに感じる、力。しかしそれは消え去りそうなくらい弱々しい。
まるで朽ち果てて神通力を失った神社か何かのようだ。
俺はさらに多くの疑問符を浮かべつつ、地面に霊力を送り込む。
何かは分からないが、これで叩くよりはマシな反応が返ってくるだろう。
つーか、この時点でここは俺の昔の部屋じゃないな。
どこなんだ? 着地点がずれたのか?
まぁ、この地面が何なのかが分かれば、見えてくるか?
「ふっ――――――!」
俺の吐息に呼応するように、反応は返ってきた。
俺の霊力が地面に流れ込むと、先ほどとは比べ物にならないほどの光が迸る。
そしてその光は徐々に円形を成し、複雑な紋様を表現していく。
その紋様は見慣れたものではなかったが、しかし記憶の中に引っかかるものがあった。
これは――――――まさか!?
「風水盤だとでも言うのか!?」
「ほう、一見して解するか」
俺の驚きに、甲高い声が重なる。
振り返ってみれば、おかっぱ頭の少年が立っていた。
そしてその傍らには、羽を忙しなく動かしてホバーリングしている巨大なハエ。
人間らしさの感じられない不気味なその二人組み。
これまた俺の記憶の中には、彼らに関して引っかかる情報があった。
「お、お前らは!」
「ほほう? 初対面のはずだが、こちらが何者か見当がついているのか? さすがだな」
「ああ! 確か……本体が何かカプセルに入ったヤツと、無茶苦茶な数に分裂するハエ!」
俺の声が、空間全体に響き渡った。
まるで洞窟内のようだ……と思ったが、実際それに近いらしい。
地面は風水盤の設置されてあるところ以外は岩肌状態であり、天井も低く閉ざされている。
ああ、ココは……俺の記憶が正しければ、ココは香港の地下にある魔族の秘密空間じゃなかったか?
俺の足元にある風水盤は地脈を操って、世界のバランスを変えてしまう恐ろしいモノで……
その存在を知らせたのは、確か雪之丞だった。俺らはアイツに助太刀を求められて、香港に来て……
メドーサと闘って、それでようやくこの危険な風水盤の起動を止めたんだ。
……ああ、俺が本格的に霊能に目覚めたのも、この頃か。かなり懐かしいな。
――――――――――――って、何で俺はこんなところに出現してるんだ!?
メドーサはどこだ? あの時の令子は、この辺で捕まっていたはずじゃ?
と言うか、この風水盤は起動しているのか、していないのか?
いや、起動に必要な『針』とか呼ばれるでかい棒は、何かちゃんと差し込まれてる。
そして俺の送った霊力にも、ちゃんと反応を示しはした。
つまり、この風水盤は起動している? あれ?
でも、俺らは確かギリギリで起動前に間に合ったような?
それとも起動してしまってから、止めに来たっけ?
う〜〜む。今となってはかなり昔の出来事だしな。何かもう、けっこう記憶が曖昧だ。
「……………人の弱点を初対面で叫ぶか」
「分裂するハエ……間違ってはいないが、もう少し言いようが……」
俺が思考を練っていると、魔族の二人からは微妙な声調の呟きが漏れる。
これは……謝るべきだろうか? いや、そんな悠長な場合でもないか?
いや、待て。混乱するな。時空間移動なんだし、着陸点に多少の誤差が出ても……
って、それこそ待て! 日本の東京の安アパートと香港は『多少』じゃ済まんぞ?
「くっ、何なんだ? 俺はこんなところに跳んだつもりはないってのに!」
「それはそうだろうな」
戸惑いを隠せない俺に、魔族は訳知り顔でこちらを睨んでくる。
「……何か知っているのか、お前ら?」
「人間のクセに偉そうだな、お前。何様のつもりだ?」
しがない犬ッコロです……と言って、平謝りするべきか。
それとも戦って、事情を知っているらしいコイツらから情報を吐かせるか。
文珠のストックは10個。帰還時に必要となる以上、出来るだけ使いたくない。
生成して必要数を溜めるには、それなりに苦労と時間が必要となるのだ。
……となれば主攻撃は霊波刀。
いや、『縛』と『模』で……まず縛り付けてから、コイツらの頭の中をコピーするか?
それならイレギュラーな戦闘せずに、文珠2個でこの状況をどうにか出来るかも知れない。
でも情報の咀嚼には少しばかり時間がかかるし…………う〜〜〜ん……よし。
とりあえず謝って、この場の雰囲気を乱すことから始めよう。
過去の経験から言って、ここで土下座すれば、コイツらはひっくり返るはずだ!
――――――どんな経験を積んだか、すぐに分かる結論だよな、これ。
まぁ、いい。別に知り合いの誰かに見られているわけでもない。
ここは一つ、完璧な土下座と言うものを見せて…………
「何様も何も、お父様のお客様! 失礼なことは控えて!」
「――――――へ!?」
俺が土下座の構えを取った瞬間、突如として背後から声が響いた。
よく通る軽やかな声。いつの日か、よく聞いていた……甘く悲しさを覚える声。
俺が恐る恐る振り返ると…………そこにはルシオラがいた。
いや、何でやねん。もう、何がなにやら?
やばい。不意打ち過ぎて、ちょっと泣きそうな感じ……。
何でこんなところで、こんな風にまた会うことになるんだよ……。
くっ……っ……ま、待て。耐えろ。耐えるんだ、俺。
今はウルウルしてる場合じゃない。
ワケが分からず、ただただ一人の少女に縋りつきそうになる身体を、その場に留める。
だが、口から零れる言葉は、止めきれなかった。俺は呆然と、彼女の名前を呟く。
「ル、ルシオラ? ルシオラ……だよな? どうしてここに?」
「私はお迎えです。この二人だと、きっと穏便にはすみませんから」
違う。俺が聞きたいのは、もっと根本的なことなんだ。
なんで……なんでここにルシオラがいるんだ?
それになんで、そんなに他人行儀なんだ、ルシオラ。
笑顔を浮かべているけれど、そこには親近感なんて欠片もこめられていない。
俺をお客様と言ったか?
そう、そうだ。今のルシオラの笑みは、営業用って感じだ。
「あ、あの、ルシオラ」
ワケが分からない。俺は何度も詰まりながらに、彼女の名前を呼ぶ。
しかし、彼女は笑顔を崩さないまま、申し訳なさそうに俺の言葉を区切った。
「すみません、お話はまた後で。一応確認しますが、貴方は横島さんですね?
おとう……あ、えっと、父が待っているので、私の後についてきてください」
そう言い、ルシオラは手を伸ばしてくる。俺はどうすればいいんだ?
なお、後ろを振り返ると、オカッパとハエは不機嫌そうに俺を睨むだけだ。
…………何がどうなってるんだ? 眉を寄せつつも、一先ず俺はルシオラの手を掴む。
そしてルシオラの先導に従い、暗い洞窟のような空間を歩き進む。
白い手。暗さの中で、浮かんでいるように見える手。
小さな小さな、まるで子供のよう……いや、違う。本当に子供なんだ。
俺が大人になって体が大きくなったから、ルシオラとの身長差がより開いた……ってワケじゃない。
今のルシオラは、俺の知るルシオラよりはるかに小さいんだ。
それに……そう言えば、触角も無い。本当にただの少女にしか見えない。
分からない。何が、どうなってるんだ?
『どうなっているんだ?』を繰り返すなんて、俺は深夜の通販番組の人間か?
仮に通販番組の驚く人間の役になりきっていたとしても、
残念なことに『実はこういうことさ、タダオ!』って、細かく解説してくれるやつはいない。
「こちらの名前は知っているようですけれど……改めて、自己紹介させて頂きます。
はじめまして。私の名前はルシオラと言います。よろしくお願いします」
改めて自己紹介で、はじめまして……と来たか。
俺は声が震えるのを押さえながら、横島忠夫だと、名前だけを呟いた。
歩いて移動しているおかげで、多少の声のぶれは誤魔化せただろう。
見詰め合って立っている時じゃなくて、よかった。そう、思う。
「なあ、ルシオラの……君の父親って……アシュタロス……だよな?」
「いいえ。違います」
――――――どう言うことだ? アシュタロスに造られたわけじゃないルシオラ?
もしかして、俺は時空間移動したつもりで、異世界に迷い込んだのか?
そろそろ本気で頭がショートしかける。そんな状態の俺を見、ルシオラはくすりと笑う。
そしてその小悪魔めいた笑みで、一言つけたした。
「父の今の名前は、芦優太郎です」
ルシオラ。そんなお茶目は、今は止めておいて欲しい。
俺は目の前をトコトコ歩く、ルシオラに半眼を向けた。
「…………同一人物だろ、それ」
「違います。対外的に」
「本質的には同一だろ」
「そうとも言えます」
「……言えなかったら困るし」
どっと疲れた俺は、嘆息交じりに呟いた。
「ふふ、面白い人ですね、横島さんって」
ルシオラに引き連れられ、俺はトコトコと暗い通路を進んでいく。
ルシオラは右手を俺に差し出し、左手を前方に掲げている。
その手はホタルの光を灯し、俺たちの行く道の先を照らしている。
――――――この光。やっぱりルシオラだ。
俺の体の中にかすかに残る彼女の欠片も、そう言っている。
でも、この頃にルシオラは存在していたっけ?
アシュタロスに生み出されたのはもっと後の話で、かつ寿命は一年と言う決まりまでつけられていて……
何だか、自分の記憶がどんどんあやふやな物になっているように感じる。
ここで、俺の記憶は、果たして有効なのか? やっぱり、俺の知らない異世界じゃないのか?
……それはそうと、ルシオラ。
こんな風にまた君に会って。
そんな風に初対面っぽく笑われて。
面白い人だなんて言われても……俺は、喜べない。喜べないよ。
「とりあえず、アシュタロスが待ってるんだな?」
泣きそうになる。けれど泣くわけにも行かない。
俺は感情を必死に抑えて、ルシオラに再び疑問をぶつける。
「はい。そう聞いています。大事な客が盤の上に落ちてくるから、つれてくるように……と」
「そうか」
「父とはどういうご関係ですか?」
「アシュタロスはどう言っていた?」
「えっと、私のこれからに大いに関わる重要人物であり、よき友人……になりたい、とか」
一体、アシュタロスは何を考えている? 俺のこの混乱も、やつの想定の範囲内か?
ここで俺がルシオラを抱えて、いきなり日本の俺の部屋に向かって空間転移しても、
あいつは慌てることなく、くすくすと笑うのか? 『君は面白いな』とか呟いて……?
あいつが慌てたことなんて、早々ない。
一番印象的なのは――――――やっぱりあの時か。
ルシオラを救うか、世界を救うかの、あの選択の時だ。
『恋人を犠牲にするのか!? 寝覚めが悪いぞ!』
今思えば、あの言葉はアシュタロスの懇願だったんだろう。
俺の下す選択が分かってしまったから、どうにかして引き止めたくて……。
俺もつくづく数奇で奇妙な運命だよな。
アシュタロスの言うとおりに、寝覚めの悪い結果となって……。
そしてそれから10年、色んな出来事があって、結果として令子と結婚して……。
さらに子供が生まれたなら、その子供はもしかするとルシオラかもしれなくて……。
でも、子供どうこう以前に、今の令子は病魔におかされていて……。
それを助けるために過去に跳んだら、幼い恋人がお出迎えと来たもんだ。
この世界が、俺の知る世界か。それとも知らない世界か。まだ判然としない。
でもアシュタロスは、あいも変わらず全知全能的な振る舞いをしてるんだろう。
――――――それで? あいつは俺をルシオラに連れてこさせて、何をするつもりだ?
一体何を目論んでいる? 重要人物で、よい友達になりたい?
「……重要人物はともかく、友人ってのはどうかな」
きょとんとするルシオラに、俺は内心で「馬鹿なことを言おうとしている」と自覚しつつも、言った。
「――――――俺はきっと……いずれは……アシュタロスを殺すぞ?」
俺の言葉が予想外のものだったのだろう。ルシオラの目が、大きく見開かれた。
だが、それだけだった。俺を責めるでも、何故と問いかけもしない。
ルシオラは、一先ず全ての疑問を棚上げしたようだ。
『父が、待ってます』とだけ言い、彼女は俺の手を引く。
俺たちはその後、黙りこくって足を進めた。
沈黙が、重かった。
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