第九話




目を閉じれば、色々な光景が浮かんでくる。

あぁ――――――思えば、色々なことがあった。

唐突な出会いから始まり、いつもアクシデントに事欠かず……。

時代を超えて、お互いの絆を確かめ合ったことすらもあった。


そして、俺たちは夫婦になった。

事実を語るにはその一言ですむが、しかしそう簡単な話でもない。

そこに至るまでには、多くの時間が必要だった。

別に周囲の反対が強かったわけじゃない。

俺たちが大きくすれ違ったわけでもない。

そう、それでも多くの時間を必要としたのだ。


俺と……令子は今、新婚旅行に来ている。

仕事に精を出す令子も、今回ばかりは1週間以上の休暇を作った。

華やかな結婚式を終えて、すぐそのまま旅立つ。ある意味、王道だった。


「……令子……」


名前で呼べるようになるなんて、本当に無理であるはずだった。

だが、俺は今、令子を呼び捨てている。

彼女はバスローブだけを身につけ、キングサイズのベッドに横たわっている。

式を挙げ、新婚旅行に旅立ち、迎えた初めての夜。そう、初夜だ。

令子は少女のように頬を上気させて、俺を見上げる。


「いいだろ。もう……」


夫婦になった。お互いに、シャワーも浴びた。

もう、何も気にする必要なんてない。

ここ俺と令子二人きりの空間で、必要なものは愛だけだ。


「ううん。まだダメ」

「……おいおい。なんでだ? いくらなんでも、もうお預けはなしだろ?」


俺が手を伸ばすと、令子はイタズラっ子の表情を浮かべる。

その細い指で、バスローブの胸元をきゅっと押さえる。


「ダメなものは、ダーメ。だって、まだやらなきゃいけないことがあるもの」

「何かあったか?」

「うん。だって――――――まだGS試験に合格していないでしょ?」










――――――――――――…………………はい?








目蓋を持ち上げると、そこは見慣れた天井だった。

ここは豪華な旅先のホテルではない。見える天井が薄汚れているので、間違いない。

改めて辺りを見回しても、れい……じゃなくて、美神さんの姿は見えない。

と言うかそもそも! ふかふかなベッドじゃなくて、俺はうっすい万年床に寝ていた。


『さて、よい夢は見られたか? では、その夢を現実にするように励め』

「…………心眼? もしかして、お前が何かしたのか?」


まるで俺の夢の内容を知っているかのような心眼の呟きに、俺は刺々しく応える。

なお、心眼は枕元に畳んでおいてある。無造作に放り投げると、こいつも腹を立てるらしい。

もしも床に置き、そして間違って踏みつけた場合などは、制裁が下ったりもする。

『男に踏まれて、誰が喜ぶか』との言葉とともに、心眼ビーム発射だ。

踏んづけてるってことは、ゼロ距離射撃なワケで、かなり効く。

……って、それより今は夢についてだ。何をしたんだ、心眼?


『もしかしなくても、お前が見た夢は、俺が見せたモノだ』

「なら、何であんなにいいシーンで!? 貴様! 貴様ぁっ!?」

『血涙を流すな、この大馬鹿野郎』

「こんちくしょー! すんげぇちきしょー!」


若さ大暴走だ。この有り余ったエネルギーを、どうしてくれる?

だって、マジでリアルな夢だったんだ。

あれで最後までイけたら、もしかすると俺は成仏したかもしれない!

何しろ、イクのは昇天するとも言うほどだし!?


……とにかく。そのくらい細部までしっかりと造りこまれた夢だった。

結婚式で美神さんの母親がしたスピーチも、何となく覚えてるほどだ。

美神さんに似て美人さんだった。あと、異様に若かった。

美神さんの母親には会った事がないので、ちょっと大人っぽい美神さんを想像したんだと思う。

ついでに言っておくと、何故か美神さんの父親は、ごーっつい鉄仮面装備だった。

俺の脳は……あるいは心眼は……男の顔を考えるのが、面倒だったんだろうか?

『ふはははは! 怖かろう!』とか『人類の9割を抹殺』とか言い出さないかと、

結婚の許可を貰いに行ったその時から、延々と気になってしまうビジュアルだった。

うん。いや、所詮は夢の話だけどさ?


「お前みたいな布っきれ、斬り刻んでくれる!」


俺は! そんなイイ夢を途中で切った心眼を、斬刑に処す!

どうせ夢オチなら、最後の最後まで見せろってんだ!

同じ夢オチでも、最後まで見れた方が絶対気持ちいいだろ!?

しっくりくるだろ? 今日一日、朝から幸せ気分になれるだろ!?


「お前が、俺から小さな幸せを奪ったんだ! 許さん!」

『ふん? 俺を斬り刻むだと? 出来ると思うか?』

「お前の霊波放射はすでに見切ってるぜ、心眼!」


ここ数日、GS試験に向けて修行を重ねた俺だ。

当然、心眼の手の内もおのずと把握している。

ただただ黙って霊波を浴びたり、回避していただけじゃない!

今なら、心眼の攻撃をかいくぐり、まずサイキックソーサーで一撃!

怯んだところを霊波刀でザッシュザッシュと斬ることも、不可能じゃない! と思う!


まぁ、今の俺の霊波刀は、出力不足も相まって脇差以下。バタフライナイフ程度だ。

しかし、身動き出来ない布っきれには、ナイフでも十分だ!


『そうか? では、少しレベルを上げるか』

「…………………レベル?」

『修行時の放射が最大出力だとでも思ったか? 馬鹿が』

「あんぎゃああぁあああ!?」


心眼は言葉が終わるとともに、その瞳から霊波を放射する。

――――――速い。あと、でかい。

狭い室内で大きく回避することは当然叶わず、俺はあっさりと負けた。


『ちなみに今の攻撃すら、全力の1割に満たないぞ』


もしかするとハッタリかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。

心眼の真の実力が分からない以上、俺は土下座するしかない!


「うぅぅ……ご、ごめんなさい、お許しください」


俺は今後、すごく頑張って修行しても、こいつに勝てないんじゃないだろーか?

と言うか、除霊の現場にこいつを放り込めば、敵を全部自動で抹殺しそうだ。


『せめて、俺にメジャーリーガーの打率くらいの攻撃をさせて見せろ』

「それって……どんなにすごくても、5割とか6割に行かないんじゃ……」


美神さん。GSになるために、心眼の修行を受けている俺に、心眼に勝つための修行をしてください。

タイガーとかピートとかに負けるなら、まだいい。あいつらは生き物だ。

仮に無機物でも、岩で出来てた妙神山のあの鬼門たちなら、まだ許せる。

でもこいつ、布ですやん? 元は俺の私物ですやん? やっすい品ですやん?

それに土下座して、許しを請う俺。人として、どうだろう?


「こんな凶悪な歩行器、もう要らないぃ。小竜姫様ぁ……」


クーリングオフとかは、効くんだろうか?

俺は妙神山があるであろう方角に向かって、両手を合わせた。


『……そうか。俺は要らないか。実に残念だが、お別れだな。

 今日は試験当日だから、色々と煩悩を溜める方法を考えていたのだがな』


――――――……なんですと?


『夢の寸止めが不評だった。つまり、俺の不手際か。解雇通知も致し方がないな。

 やり直す機会さえくれれば、もっと過激なモノを用意する方法があったのだが……』


――――――俺は即座に立ち上がり、心眼をその手に取った!

心眼に受けたダメージの痛み? 

あぁ、何か気付いたらもう痛くないので無視だ。


「嫌だなぁ、心眼! 俺たちは一心同体だぜ!」


俺は心眼を頭に巻き、しゃきーんと効果音を叫んだ。


『だが断る。男と同体など、ゴメンだ』

「なっ! ふぬー! こっちから歩み寄ったってのに!」

『まぁ、そう怒るな。いい夢を見させてやる。誰がいい?』

「も、もしかして、さっきの夢の続きの部分に行くのか?」

『ああ。寸止めが不評なようだからな』

「そうだよ! そうなんだよ! やっぱ最後まで行かないとな!」

『それで、誰がいい? 出発まで時間がない。夢が見られるのは30分だな』

「――――――え?」

『今日は遅刻出来ない。何の日か分かっているだろう? 俺は先にも口にしたぞ?』


…………あぁ、そうだった。今日はGS試験当日だった。

心眼の修行を受けて早数日。もう試験日はやって来ていたりする。

となると……この夢とかも、心眼なりに試験前の俺を気遣ってくれているんだろう。本人の言葉通りに。

なら、何も遠慮することはない。お言葉に甘えて、俺は男の夢について思いを馳せる。

例え18禁シーン満載となっても、俺は躊躇しないと言うか、むしろ望むところだ!


「えーっと、えーっと、誰に? 誰にする? 美神さん? それとも小竜姫様?

 いや、エミさんも捨てがたい! 大穴でメドーサという手も!?」


今さらながらに気付くけど、俺の周囲には美人が多いらしい。

スタイル的に少し下になるけど、おキヌちゃんや愛子も可愛いしな。


『面倒だな。その全員でどうだ?』

「間十須加!?」

『ちゃんと発音しろ。マジだ。俺は嘘は言わん』

「なら、全員で!」


迷いなど、必要ない。今は突き進む時である!

俺は心の中で、進路を北北西に取った。

……ちなみに特に意味はない。


『シチュエーションも選ばせてやろう。ベッドの上がいいか? それとも別の場所か?』

「うぐぐっ! こんな難問は人生初だぞ!?」

『残り時間はあと28分だ。早くしろ。今日は遅刻するわけにはいかん』

「じゃあ、もうベッドで! とにかくあの夢の続きを! 初夜を!」

『そうか。では、スタートだ』

「――――――ふぎゃぁあ!?」


心眼は目からビームを発射し、俺に強い霊波を浴びせる。

視界は暗転し、俺の意識はどこともなく流されていく。


「強引なツアーだな! もっと優しく頼むぞ、おいっ!」

「どうしたのですか、横島さん?」

「ふえ? しょーりゅーきさま?」


心眼に対して文句を言い放つ……が、俺の眼前にはもう、心眼はいなかった。

代わりとばかりに、心配そうな小竜姫様が、俺の顔を覗き込んでいる。

もしかして、もしかすると、もう始まっているのか?

この小竜姫様は、俺が好きにしちゃっていい小竜姫様なのか!?


「あの、小竜姫様?」

「今は小竜姫と……そう呼んで下さい」


俺が呼びかけると、小竜姫様はもじもじとその身をくねらせる。

今さらながらに気付いたが、俺が今座っている場所は、超特大サイズのベッドの上。

そして小竜姫様は普段の着物や女子大生ルックじゃなく、バスローブ姿!


「ちょっと。横から一人で先走らないで欲しいワケ」

「まったく。小娘は落ち着きがないねぇ」


小竜姫様の姿にほぇ〜と見とれていると、どこからともなく美女二人が出現する。

小麦色の肌が眩しいエミさんと、俺の知る中で最巨乳のメドーサだった。

二人はじりじりと俺により、なんと同時にキスをしてきた。

まず右の頬と、左の頬に、柔らかな感触。擬音で現すと『ちゅっ』で感じだ!

そのまま温かく柔らかな舌が、左右から同時に俺の口元へ!

3人の顔が鼻息がかかるほどに密着し、唇と舌が絡み合う!


「んっ!? んちゅ……うぅん……」


淫靡な音が、くちゅくちゅと部屋に響く。


「――――――ぷはっ!」

「ふふふ。よかった?」


つい、呼吸を止めてしまった俺は、二人の唇が離れると同時に、深呼吸する。

そのガキくさい仕草に、大人な二人は艶然と笑った。うわぁ、すんごい色っぽいですぞ!?


「つ、次は私よ!」


そう言ってわざわざ挙手したのは、美神さんだ。

先ほどの夢や皆と同じく、やはりバスローブ。

どこか怒っているような表情で、美神さんは唇を突き出し――――――


「…………え? こんだけ?」

「な、何よ、文句あるわけ!?」


――――――俺の頬に、軽くキスをして、すぐに離れた。

丁稚に何でサービスする必要があるのだと、言わんばかりだった。

うーん。さっきのラブな感じもいいが、こっちはこっちでいいな。うん。

何か、ある意味で美神さんらしいと言うか。


「ふん。何をネンネなことをしてるワケ?」

「だ、だっていざとなると恥ずかしいじゃない!」


からかいの言葉を投げるエミさんに、照れる美神さん。

うん、やっぱりこれはこれで、グッジョブ!

心眼。お前は美神さんの魅力を引き出しているぞ!


「で、では! つ、つつつ、次は私で!」


美神さんとはまだ別のベクトルで照れまくりつつ、俺に近寄る小竜姫様。

その後ろには、余裕の笑みのエミさん&メドーサ。そして顔の赤い美神さん。

俺の求めた理想郷は、ここにあったらしい。夢だから敵とか味方とかもないしな!

俺は小竜姫様の肩を抱き、この場にいる全員に言い放つ。


「はーっはっは! 全員全力で可愛がってやるわぁっ!」


期待が最高潮に高まる。祭りや遠足の前日なんて、目じゃないドキドキ感。

それに突き動かされて、俺は俺のためにいる美女たちの真ん中へとダイブする。

まだ3分も経ってないよな? あと20分近く酒池肉林だ!


柔らかな4人の身体が、俺の身体を優しく包み込んで――――――……




「――――――はっ!?」




……――――――くれなかった。

気付けば、俺はうっすい布団の上でうずくまっていた。

固まる俺に、心眼がすでに聞き慣れた感のある、平坦な声をかけてくる。


『時間切れだ。さっさと仕度を済ませろ』

「…………え?」

『繰り返すぞ。時間だ』

「あれ? え? もう?」

『現実時間と体感時間には、差があることもある』

「あの……え、延長は?」

『ない』


…………。

……………………。

どちくしょー!

なんだかとっても、どっちくしょーいっ!


『ふん。今この段階で、誰が本番などさせるものか』

「嘘つきー! 嘘はつかないって言ったくせに!!?」

『選ばせてやっただろう? それに時間切れは嘘ではなく、致し方のないことだ』

「うぐぐぐぐぐぐぐっ!?」

『ふん。いい目を見たければ、主席でもとって見せろ』

「ええわ! やったるわ! 男 横島! やったるわ! こんちくしょー!」


俺は朝から、2度目の血涙を流した。

この悔しさは、対戦相手にぶつけようと思う。

心眼にぶつけようにも、きっと負ける。だからもう、八つ当たるしかない。

我ながら情けない。うぅ。この悔しさのせいで、怒りが5倍くらいになるぞ!


「うぉぉぉ! こぉーんちーくしょぉー!」


心眼が来てから、『ちくしょー』と叫ぶ回数が劇的に増加している俺だった。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





トントン拍子に話が進むということもある。

ふと気がつけば、自分を取り巻く世界が変わっているということもある。

えー……俺、横島忠夫は今、GS試験の2次試験の第2試合目に突入しております。


いやぁー、本当に話が急に進んだ気がする。

何しろ、昨日はところどころ記憶が曖昧だからなぁ。

気がついたら、家から試験会場に瞬間移動していたほどだし。

受付とかも、どういう風に終えたのか、ほとんど……つーか、まったく記憶にない?


「九野市氷雅、18歳です」

「…………横島忠夫」

「お手柔らかにお願いします。あぁ、ドキドキしちゃう」


まぁ、そんなこんなで……俺の目の前には、結構可愛いねーちゃんが立っている。

マントを羽織っているが、その隙間からはすらりとした下半身が見える。

声も慎ましやかで、ドキドキしちゃうなんて言われると、こっちもドキドキする。

――――――が、俺はいまいち波にノり切れなかった。


『さぁ、いまこそ溜まりに溜まった鬱憤を晴らすのだ』

「……………」


試合相手を前に、心眼がそんなことをのたまう。

ちなみに同じような台詞を、こいつはここ二日間で、もう何回も繰り返している気がする。

第1次試験とか、2次試験の第1試合とか。それはもう、ことあるごとに。


『どうした? 目の前に美少女がいるのだぞ?』

「ホントにホンモノなのか、この娘は? ちゃんと目の前にいるのか?」

『何を言っている。現実を見ろ』


対戦相手を前に、俺は精神的にヤバげな言葉を呟く。

心眼は呆れたのか、どこか声が冷ややかだった。

…………って、俺のこの反応は、誰のせいだと思ってるんだ!?


「んなこと言っても! 昨日の朝は夢! 移動中も白昼夢! 一次試験は美女の幻覚!

 今日も何か似たような感じで、気付いたらいつの間にか試験会場だったし!?

 いい加減に俺でも学習するぞ! もう目の前の光景をそのままなんて、信用できん!」


そう。いい加減、目の前の相手が『本当に存在する美女かどうか』を、俺でも疑うぞ。

対戦相手が美女だと思って突進して、実は大男でしたなんてオチだったら……。

俺はきっと、立ち直れない。絶対に立ち直れない。って言うか、実際にそうなりかけた。

つーか、夢を操作するくらいはまだいいです。

でも、俺の霊波と言うか、脳波にまで干渉して、視覚を操作するのは止めてください! マジで!


「大体、昨日も! あのカオスを幻覚で美女医に見せるのなんて、無理ありすぎだったぞ!」

『ふむ。無駄に霊視能力が上がり過ぎたか。俺のまやかしを見破るとは』

「って言うか、グラマー女医さんの手の感触が、かっさかさのごっつごつって、有り得んだろ!?」

『引っかかってはいたのか? 飛び掛った直後に攻撃したから、てっきり……見直して損したな』

「言うことはそんだけか、ちくしょー!」

『すまん嘘だ。どうせそんなことだろうと思っていた』

「謝る部分が違うだろ!?」


ああ、俺はしっかりと引っかかった。

それは昨日の2次試験第1試合でのことだ。

俺は対戦相手である、黒い白衣というよく分からんものを着た銀髪の女医さんに飛び掛った。

何しろ、その女医さんは胸をさらけ出して、霊波攻撃をしてきたから!

そして密着してみれば、それは偽モノだった。

そう、心眼がカオスを俺に美女であるかのように見せていただけだったのだ!

銀髪はただの白髪で、胸は年老いたジジイのそれだった。握った手も、同様だった……。

それに気付いた途端、怖気が走ったので、俺は反射的に手を振り上げていた。

結果、俺はカオスに神速で接近し、一撃で撃破したように見えただろう。

でも違う。違うんだ。本当は心眼の謀りにハマっただけなんだ!

ちなみにマリアのことは、半ば目に入ってなかった。ロボだし、露出少ないし。


「どうせ今回もホントは男なんだ! どうせごついんだ!」

『俺は今、何もしていない』


子供のようにじたばたと、手足を振り回して俺は泣いた。

しかし、どれだけ続けても心眼のリアクションが変わらないので、

とりあえずは信じてみることにした。


「……本当だろうな? って言うか、今が夢じゃない証拠なんて……

 そうだ。俺は実は、すでに一次試験でフツーに落ちてて、美神さんに折檻されて夢を……」


――――――疑念は次々に湧いて、どうにもすっきりしない。

美神さんはミカ・レイとして、過激なスリットのチャイナ服で試験に参加している。

でも、これもよくよく考えてみると、怪しい。

俺にサービスする感じの服を、わざわざ美神さんが着るのか?

まぁ、いつもはボディコンなんだし、趣味でその衣装をチョイスする可能性もある。

だが、しかしだ。簡単に信じてしまえば、あとから痛い目を見るかも知れん!

ここは慎重に行った方が、いいんじゃないだろうか!?

でも、実際に目の前にいる九能市さんは、美人さんなわけで!

黒髪の、少しクールな印象を受ける女の子なわけで!

あぁぁあぁ!? 俺は一体どーすりゃいいんだー!?

ホンモノなのか? 違うのか? どーなんだ!?



『試合開始!!』



俺の葛藤をよそに、試合は開始される。

途端に九能市さんはマントを脱ぎ捨て、こちらへと肉薄する。


「試合だと言うのに、何をぶつくさと! 行きます!」

「ぐはぁぁあ――――――!?」


白刃が、煌いた。

一瞬で鞘から刃を抜き放った彼女は、俺の身体を斬り裂く!

右肩から左脇腹までの肉が裂け、血が噴き出す。容赦はなかった。

無意識的に後退しつつ、激痛の走る己の身体を見やる。

傷口はゾッとするほどの一文字だ。

骨や内臓には達していないが、間違いなく傷跡は残ることだろう。


『おおーっと! 横島選手、あっさり胸を斬り裂かれたー!』
『男の服の胸元が切れても、何にも面白くないアルな』


実行と解説が、勝手なことを言っている。

つーか、オカルトショップの店長な解説の厄珍!

美神さんの指示で、俺は何度も店に品物を取りに行っている。

だから、もう顔なじみだと言うのに! ちょっとは心配しろ!


『敵の武器は霊刀だ。傷口が滑らかなのがその証拠だと言える。

 霊力を吸い取られなかったことから、こちらのエネルギーを吸い、

 自身の攻撃力に上乗せをするタイプではないと考えられる。

 エネルギー吸収型であれば、一度斬られるだけで不利になるが……。

 まぁ、このタイプは問題ないな。

 ダメージに耐えられるのであれば、安心して斬られろ。

 頭や四肢さえ切断されない限り、別に支障はないだろう?

 対戦相手は女だ。少し過激なSMだとでも思えばいいんじゃないか? お前なら』


霊刀は特殊な刀だ。しかし、まず前提としてホンモノの日本刀だ。

それに斬られても特に支障がないとか言う心眼は、何かが間違っていると思う。

現在進行形で、俺はすっげー痛いっちゅーねん! 血がどばどば出てるし!

応援席のおキヌちゃんの泣き声が、かすかに聞こえてくる……。

こんなSMは嫌過ぎる! すでにプレイ続行不可能な一歩手前だぞ!?


「実を申しますと、私……生きた人間を斬るのは初めてですの」

「くっ……はぁ、はぁ……」

「ふふ。そう、今からはお楽しみの時間……」


刀を構えなおし、九能市さんはサディスティックな笑みを浮かべる。

お楽しみと言うことは、今から俺をなます斬りにするつもりか?


「はぁ、はぁ……つーか、この痛み……この血…………マジで夢じゃない!?」

『まだそこを疑っていたのか、お前は。阿呆か?』


俺の呟きに対し、心眼が呆れの混じった言葉を放つ。

あー……本当に夢じゃないらしい。俺は今、確かにGS試験会場にいて、試合をしている。

試験に落ちて、美神さんの折檻を受けて夢を見ているわけじゃ……ないらしい。

顔を上げて、九能市さんの背後を見る。

そこには表情を抑えつつも、俺を心配している美神さんの姿があった。

ちなみに、チャイナ服だ。ミカ・レイのモードだ。これも夢じゃないっぽい。


『だから今は夢も幻覚も見せていないと言っただろう?』

「つまり、現実……今俺の前にいるこのねーちゃんは、ホンモノ!」

『ああ。ちなみに試合中だ。寝技も関節技も自由だ』


――――――ここは全て現実で――――――

――――――俺は何でもアリな試合中で――――――

――――――そして――――――

――――――俺の眼前には――――――

――――――キレーなねーちゃんがいるわけだな? ――――――


………………あぁ、そうか………………

…………………分かったぜ………………

我、横島忠夫。世界を認識し、行動を開始する。



「うぉぉっしゃぁ! やぁーってやるぜぇ!」



俺は立ち上がり、肺の中の空気を全て使い、高らかに叫ぶ。

ようやく俺の中のエンジンは回転を見せ始め、テンションも上昇を開始する。

それに連動し、出血はぴたりと止まり、綺麗に裂けていた肉もぴたっと結合する!


『おおーっと! 横島選手の怪我が何故か全快したー!?』


当然、服は直らなかった。しかしその下にある肌には、何一つ傷はない。

実況は先の俺と同じくらいに声を張り上げ、九能市さんは絶句する。


「ここからが試合だ!」

「そんな! 今の斬撃を受けて、何故そんなにピンピンと!?」 


びしりと指を突きつけると、九能市さんは一歩後ろへと下がる。

おそらく、俺の気迫に押されたのだろう。

その視線は気持ち悪いものを見たような感じだけど、気にしない!


『体内から霊波を高出力で放射することで、傷が回復したのだな。

 霊刀によって人体を斬る場合、その傷は極めて滑らかとなる。

 だが、それ故に余力があれば回復は可能だ。

 こいつのように、ヒーリングの心得がほとんどなかったとしてもな』


驚く九能市さんに、わざわざ心眼が解説してくれる。

ちなみに頷きはしなかったが、俺もその解説に耳を傾けてはいた。

うーん。ノリで回復したような気がしたが、一応俺が立ち上がれた理由はちゃんとあるらしい。


「しかし! 普通、斬られた人間は精神的に折れてしまい、余力など!」

『まぁ、普通はそうだろうな』


この俺を普通の貧弱ボーイと思ったことが、仇となったと言うわけだな。

俺の名前は横島忠夫。性愛の伝道師とか求道者とか、何かそんな感じだ!

美人が目の前にいるのなら、一度斬られたくらいで心は折れない!


「さぁ、今からアンタに『いやーん』とか言わせてやるぜ!」

『頑張るアルー! 令子ちゃんとこのボーズ!!』

「あぁ……今からはお楽しみの時間だ!」


俺の言葉に、厄珍がエールを送ってくれた。

俺はそれに、軽く手を振って応える。

その反応が気に入らなかったのが、俺の目の前の九能市さん。

彼女は声を荒げると、刀を振り上げて再び俺に襲い掛かってきた。


「ふざけないで! はぁ! はぁ! でやぁ!」

「ふんっ! 遅い!」

「んな――――――!?」


彼女の三段突きを、俺は余裕を持って回避した。

別に遅くはなかった。今の台詞はその場のノリである。

って言うか、実はちょっと腹の辺りをかすったしな!


「なら、これで!」

「見える! 見えるぞ! 俺にも太刀筋が見える!」


更なる追撃を、俺はやはり回避する。

逃げることに関しては、もうずっと前から定評のある俺だ!


「せやぁ!」

『ふん。当たらなければ、どうと言うものでもないな』


今度は俺の代わりに、心眼が相手の攻撃に対して呟く。

なかなか分かっている発言だと言えた。

心眼って眼球しかないくせに、サングラスとか似合いそうだよな、イメージ的に。

バンダナが赤いのは、伊達じゃないと言うことか?


「くっ! しかし、回避するだけではお話になりません!」

「確かにそうだな。そんじゃ、こっちからも行くぜ!」


忌々しそうに吐き捨てる九能市さんに対して頷き、俺は右手に霊力を集中させる。


「サァーイキックゥ!」


俺の全身から集められた霊波は、半ば固形化を果たす。

今このとき、俺の全身の霊的防御能力はゼロだったりするのだが、

こちらの動きを警戒している九能市さんからの攻撃はなかった。


「霊波が凝縮していく!? 一体何を…………まさか、霊波刀!?」

「そーぅさぁ――――――って答えつつも、猫だましっ!」


ニヤリと笑みを浮かべ、俺は集めた霊波を破裂させた。

まだ霊波砲として撃ち出せはしないが、その場で派手に散らすくらいのことは出来る!


「きゃぁ!?」

「いまだ! その刀、もらったぁ!」


瞬時に、しかも閃光を持って大量に拡散する俺の霊波に対し、

九能市さんは一時的に無力化される。

俺はその隙をついて、彼女の手から武器を奪った!

刀は重くもなく、軽くもない。

決められた使用者以外には呪いがかかる……と言うこともなさそうだった。


「ふっふっふ! 形勢逆転だな! これでその衣装をちまちまと破ってやる!」

『イイアル! イイアルよ、ボーズ! いくアルよ!』
「厄珍さん、落ち着いてください! 気持ちは皆一緒です!』

『実況と解説と選手が同レベルと言うのも、珍しいな』


勝ち誇る俺に、賞賛の声を浴びせる実況席。

そして本当の実況とか解説になりそうなくらい、冷静な心眼。

ちなみにこいつは、別に俺が服を破らなくても、

自分で好きな時に見れるからこその余裕だと思う。


「くっ! 馬鹿にするのも、いい加減にあそばせ!」


笑うこちらに、九能市さんの堪忍袋の緒は切れたらしい。

何やら着物っぽい上着を捨て、完全な黒タイツ姿に移行する。

ふふん! 何のつもりか知らないが、それは俺を喜ばせるだけだぜ!


――――――横島忠夫の煩悩充填率がアップした!――――――


俺の基本的な動力システムに、上質なエネルギーが注がれる。

それにつられて、その他の基本的なステータスも上昇していった。


――――――横島忠夫の攻撃力がアップした!――――――
――――――横島忠夫の防御力がアップした!――――――
――――――横島忠夫の霊出力がアップした!――――――
――――――横島忠夫の回避力がアップした!――――――


ちなみに興奮度に関しては、実況席も俺と同じく上昇していた。


『おおーっとぉ! ここで九能市選手が全身タイツにー!』
『スンバらしい変身アルな! もう今試験のMVPアル!』


何となく、会場の一部(特に男性陣)が、一体化しているような気がした。


「私は忍! その極意は己を武器とすること! 」


九能市さんは自らを叱咤するように声を上げ、こちらに駆け寄ってくる。

いやぁ……だからナンボのモンですか? 

むしろ接近&密着する手間が省けて結構!

俺は刀を抜き身のままベルトに無理やりねじ込んで、九能市さんに飛び掛る!


「ふふ。ふふふ。はーっはっはぁ! 横島、イッキマース!」

「刀がなくったって、霊的格闘で………って―――ひゃ!?」


さぁ、ここからは先に心眼が言ってたように、寝技やら関節技だ!

服を破くには、まず抵抗力を奪わないといけないからな!

あぁ、九能市さん。動くと俺の腰の刀でスパっと行くかもしれないから、

無駄な抵抗は出来る限りしない方向でお願いします。


「ちょ、ちょっと! どこ触って!? ひゃぁああ!?」


言うまでもなく、俺は彼女の後ろに回りこんで、その見事な胸に手を伸ばしています。

うむ! 柔らかい! 服越しでも、暖かい! タイツはかなり薄いみたいだ。

右手で彼女の右手を掴み、左手で胸を揉みしだく。

彼女の左手は俺の左手に上から押さえつける格好で、大した抵抗も出来ない。

必死になって身をよじっているけれど、まったくの無意味だ。

タコの吸盤のように、どこまででも引っついて行く所存であります!


「くっくっく! 逃がしはせん! 逃がしはせんぞ!」

「ヒトキ……あっ! か、刀! その刀上げますから! 許して!」

「こんなもん、いらヘンのジャー!」


右手で腰の刀を取り、ぽーいと明後日の方向に捨てる。

もう、服を破るとか何だとか、どうでもいい。

今はこの感触を存分に味わってやる!

さぁ、刀のことを気にしなくていいから、床に横になって、じっくりねっとり!


「ギ、ギブ! ギブア――――――」

「させるか! てりゅあ!」


音速の速さで彼女の口を塞ぐ。

この至福の時間が早急に終わってしまうのは、避けなければなるまいて!

口を押さえると、九能市さんは『ううぅ! んむぅー!』とくぐもった声を出す。

目尻には涙が溜まっちゃったりなんかして、ちょっとイケない感覚が湧きあがる。

なんと言うか、うん。背徳感?

でもこれは試合中のことなんで、胸を触ろうが何をしようが、全部事故だ!


『お楽しみのところ悪いが』

「何だよ、心眼! 今いいところなんだ!」

『だろうな。だが、視線を少し上に向けてみろ』

「うん?」


心眼の言葉を受けて、俺はしぶしぶ視線を上げる。

――――――夜叉がいた――――――

長い髪をうねらせて、青筋を浮かべている夜叉がいた。

ちなみに二人。それぞれ髪の色は、金と蒼だ。

うわぁーい。本気で怒ってるよ、美神さんとおキヌちゃん。


『もう十分に楽しんだだろう? この辺で終わりにしておけ』

「…………む、むぅ……じゃあ、あと10回胸を揉んでから」


俺は両手を胸に回して、最後のお楽しみを満喫する。


「ひゃあぁ!? や、止めて! ほんと!」

『両手が胸に回った。口を塞ぐものはない。ギブアップと言えば終わるぞ』

「あっ! ぎ、ギブ! ひゃん! ギブぁ……あぁんっ!」

「ほらほらほら! ここか? ここがええのんか!」


俺は執拗に胸を責め、ギブアップの一言を言わせはしなかった。

気付けば、会場中が色んな理由で静かになっていた。

実況のマイクは、その前に座る二人のつばを飲む音を拾う。


会場内にはごくりと言う音と、美少女の喘ぎががやけに響いた。


だが、やがて何事にも終わりも来る。

九能市さんは、迫り来る快感に何とか耐え、終わりの言葉を口にした。


「ふぁあっ! ぎ、ぎぶ…んんっ…あっぷ! ぎ――――――ギブアップ!」



そう。激闘の末、九能市選手は棄権の言葉を口にしたのだった。



『試合終了! 勝者! 横島忠夫選手! GS資格取得!』



そしてその瞬間、GS横島忠夫がこの世に誕生した。

そして、そのさらに次の瞬間!


「美神さん! 俺、俺! やりましたよ!」

「えぇ! やったわね! この大馬鹿野郎っ!」


それは『よくやったわね♪』と言う意味ではなかった。

そう、あれは『よくもやってくれたわね!?』と言う意味だった。

美神の事務所の弟子は、試合にてセクハラ三昧。

これってもしかして、重機で看板に泥をこれでもかとかけたようなものか?

どうにしろ、美神さんの鉄拳制裁は凄まじかった。精彩に富んでたよ。


「ちょ、ま、おぶぐ――――――っ!? へぐっ!? ほぶぅ!?」

「あと私の名前は、ミカ・レイよっ!」


駆け寄ってきた一人の女性により、GS横島忠夫は撲殺されたのだった。

それはあまりに短い、GS人生だった。
























 





「――――――はっ!?」


幻痛を覚えた気がした俺は、額に手をあてる。

俺はびっしょりと汗をかいていた。

いやー……若き日の令子に撲殺されるあの瞬間を、克明に思い出してしまったせいか?

あぁ、あの時は痛かったなぁ。あの娘を触って得たエネルギーも、全部回復に消費したし。

勝ったというのに、次の試合まで医務室でうんうんと唸ることになったしなぁ。


心眼は心眼で『自業自得だな。実に笑える』と冷たかったし。

心眼もなぁ。あいつは…………ったく……。

結局、千里眼の適正とか才能は、俺にはなかったし……。


「さて、思い出を振り返るのはここまでにして、と」


不必要な部分まで思い出すと、気分が落ち込んでしまうからな。

俺は気を取り直すために、わざわざ踏ん切りの台詞を声に出した。

そしてケータイで時間を確認すると、10分ほど黙考していたようだ。


「俺もあいつを見習って、スパルタでこっちの俺を目覚めさすしかないな」


思えば、心眼の次に俺に修行をつけてくれたどこぞのゲーム猿も、スパルタだったし。

いや、スパルタじゃない優しい修行なんて、よくよく考えりゃ有り得ないんだよな。


「まぁ、メドーサが怒らない程度にしないと」


これからかこの俺と本格的に接触するわけだが、最初のつかみが肝心だよな。

えーっと、その辺は……ちょっとしたネタを踏まえつつ…………よし、決定。

今まで色々悩んだり、過去を振り返ったりしたのが何だったのかというくらいの、即決だ。

でもまぁ、これ以上考え込んでも、いい感じの案は出そうにないしな。さくさく行こう。



待ってろよ、横島忠夫。

この俺『横島忠夫』が、お前『横島忠夫』を鍛えてやるよ。








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