第十一話





今、人気のない公園内を二人の女性を連れて歩いている俺は、横島忠夫。

どこにでもいる男子高校生で、しいて他と違うところがあるとすれば、

GS試験に合格して、除霊事務所のバイトをしているってことか?


まぁ、そんなこんなで、俺は……俺たちは……公園内を進み行く。


ふと見ると、ベンチに若い男が座っていた。

――――――うぉ……あの男……!

そう思っていると突然、男は俺たちの見ている前で、ツナギのホックを外し始めた。




「やらないか?」
















                  第十一話      突きつけられた言葉

















メドーサさんとの同居―――本人曰く『護衛』―――が始まって、もう2日目。

今までどこに住んでて、どういう生活をしているのか、いまいち分からなかったメドーサさん。

今度案内すると言われたものの、結局その機会には恵まれず、お宅拝見イベントは流れっぱなし。

よって、美人の優雅であろう生活は、秘密のベールに包まれていた!


そして……護衛が始まり、時間を共有し始めて分かったことがある。

メドーサさんの生活スタイルは、まぁ、言ってしまえばかなり普通のものだった。

護衛対象である俺の生活スタイルに合わせている以上、当然だとも言えるけどな。

俺は朝起きて、学校に行って、放課後に事務所に行くと言う健康なスタイルだし。

もちろん愛子がいなければ、もっと不規則になって、下手をすれば崩壊していただろうけど。


でも、いいよなぁ。室内の女性人口が一人増えるだけで、空気が華やぐよね!

愛子もいるんで、特に何かあるってワケじゃない。

一緒に寝て、起きて、飯を食うだけだ。でも、それでも世界が輝くのだ!


俺のアパートには風呂がついていない。

よって、風呂場でばったりなんて言うイベントは、発生するはずがない。

でも寝惚けたフリをして、メドーサさんの布団に入り込むとかは、全然OKらしい。

たゆんたゆんな胸元に顔を埋めてみたりしても、メドーサさんは笑み一つで許してくれます。

むしろ、『ふふ、おいで……?』とか言って、誘ってくれたりもします。

まさに天国の眠り。マイファザー……忠夫は永眠しそうです。


もちろん問題と言うか、トラブルがなかったわけじゃない。

間違えて愛子の方の布団に潜り込んだ時は、どうリアクションを取ればいいか分からなかったぞ?

俺の部屋はどうしようもなく狭い。よって、スペース削減のために就寝時だけ、愛子は幼児化していたりする。

……そう。見た目幼児な愛子に、俺が『すっきやねーん』と言いつつ忍び寄ると、

背後から『横島は小さい方がいいのかい?』と言う、ちょっと冷たいメドーサさんの声。

愛子も顔を赤くするやら、ロリはセーフでもぺドはダメ! と混乱するやら忙しい愛子。

夜中だったけど、一瞬にして眼が冷めて、ついでに嫌な汗をかきました。ええ。


寝惚けたフリはともかく、本当に寝惚けるのは危険だと思う今日この頃だ。

何故か寝る順番は、メドーサさん、俺、愛子と言う川の字なんだよな。

俺、メドーサさん、愛子の順番にすれば、絶対間違えないんだけどなぁ……。


さて。そもそも、何で俺がメドーサさんに護衛なんてされなきゃいけないのか?

ちょっと長くなるんだけど……結論から言えば、俺の察知した違和感が原因。

メドーサさんが言うには、あの違和感は元始風水盤なるものの起動の余波(?)らしい。

香港旅行に行ったサボ念は、実は極秘裏にその風水盤の調査を命じられていたらしい。

小竜姫ちゃんも一枚かんでいて、起動を察知した次の瞬間には、香港に転移しただろうと、

メドーサさんは説明してくれた。

メドーサさんは魔族間の噂話を小耳に挟んでいて、前から気にはしていたそうだ。

こういうところ、すごいと思う。俺なら忘れる自信があるし。いや、自慢にはならんけど。


風水盤は地脈のエネルギーを吸って、世界のバランスさえ狂わせるかもしれない危険な装置。

実際に起動して、極東の地脈エネルギーが一時的にとは言えすっからかんになった以上、

俺の符術とか、唐巣神父の術、あるいは地脈利用式の結界なんかも弱まるらしい。


『大地よ、我に力を!』
『えー? ごめん、今は無理』
『そんな! 術が使えないじゃん!?』


――――――つまりは、そう言うことなんだろう。

俺自身はサスマタとか、魔眼とか、他にも色々攻撃手段があるからいいけど、

GSの中にはかなり厳しいことになる人がいるのかもしれない。特に中心地とされる香港とか。

サボ念の魔装術は、別に大地とか世界の力を借りんし、大丈夫だとは思うが……。

何にしろ無事に帰ってきて欲しい。あいつはまだ、険しいメイド坂を上り始めたばっかりなんだし。

……まぁ、神様である小竜姫ちゃんが行った以上、問題ないか。


ちなみに今回、我が師匠である美神さんには、この話をしていない。

メドーサさんと小竜姫ちゃんが、風水盤の存在を美神さんに知らせないでおこうと決めたらしい。

地脈のエネルギーを吸って、それを操作して、世界のバランスを意のままにすることも可能な装置。

それがもし、あの美神令子の手に渡ったらどうなるか…………?

風水盤を起動させたのは魔族らしいけど、相手が美神さんじゃ、確かに大して変わらんよなぁ。うん。

メドーサさんと小竜姫ちゃんの判断は、正しかったのかもしれない。


そんなわけで、GS協会から極東の地脈異常を告げられた美神さんは、

ただただ事務所で首をひねっていたりする。でも、それだけだ。

自費で緊急調査に乗り出したりしないところが、実に美神さんらしい。

曰く『まぁ、何かがマジでヤバいんなら、小竜姫が小判持って依頼に来るでしょ』

…………まいますたー。そう言う性格だから、今回は依頼が来なかったんだと弟子は愚考します。


このまま美神さんが何も知らないうちに、事件を集束させてもらいたいもんだ。

頼むぞ、サボ念。世界(特に極東)の安全は今、お前にかかっているかもだ。


「――――――で? 結局、俺の身の安全と、何がどう繋がるんすか?」


先日、ひとしきり説明を聞いたあと、俺はそうメドーサさんに質問したのだった。

風水盤は危なそうだが、対策があるなら、わざわざ学校に来て、俺にキスする必要はなかったんじゃ?

もちろん必要がなくても、キスがしたいならいつでもバッチ来いやぁ! だったりするけど。


「お前の身が魔族に狙われるかもしれないんだよ、横島」


風水盤起動時に、俺という存在が狙われるかもしれない。

これもメドーサさんが小耳に挟んだ噂話らしい。

俺みたいなGS見習いでしかない小物を、魔族が噂するってのは

有り得ないことのような気もするけど……でも、風水盤は起動しちゃったしなぁ。

どこから湧いて出た噂かは定かじゃないけど、やっぱり信憑性がある……のか?


「でも俺、魔族の誰かに恨まれるようなことしましたっけ?」

「私より遥かに高位の魔族に、鼻血を噴かせたのは誰だい?」

「あー……すんません、俺でした」


歴史的には、ものすごーく昔。今より千年前の平安京で、俺は高位魔族に媚薬をぶっ掛けたんだよな。

さすがにそんな経験もなければ、耐性もなかったのか、その高位魔族はコントのような目に遭ったわけだ。

結構印象深い出来事だったけど、もうほとんど忘れかけてたなぁ。得に思い出す必要もないし。

でも、あいつは時間移動で、戦国時代かどこかに放置してきたんだけど……?

あー……つまり、現代までしっかりと生き延びて、俺に復讐する機会を待ってたと?

そりゃ、高位魔族にとって数百年くらいは、それほど長い時間じゃないのかもしれないけど、

それでもしつこ過ぎやしませんか、えーっと……何だったっけ、あいつの名前?

まぁ、何でもいいけど……ヤなやつだな、あいつ。

よくよく思い出してみると、俺の前世である高島を殺したのも、あいつだし。


「とにかく、気をつけな。私も気をつけるから」

「ういっす」


あいつ自身が俺の前に出向いてくるわけじゃなくて、

まずは子飼いの魔族が、俺を捕まえに来るだろうとのこと。

そしてそれに捕まって、あの魔族の前にまで行っちゃうと……

素直に死んだ方がかなりマシな目に遭う確率、もう極大ってわけだ。

となると……噂の発信源は、その捕縛依頼を受けた魔族の口ってところか?


『上の命令でよぉ? 俺さぁ、今度人間のガキ捕まえんだよー。めんどいなー』
『んじゃ、風水盤起動の噂があるし、その辺にすれば? 人間界は混乱してるし』
『あー、そーするわー。その方が楽だろうし?』


俺の想像の中で、何となくウエスタンな酒場で、魔族二人がそう言って笑っていた。

ちなみに手にしている酒は安物だ。何故なら、その方が小物っぽいからだ。

と言うか、俺には高くていい酒ってのが、どんなのか想像出来ないからだけど。



――――――そんなわけで、俺は今日も、愛子とメドーサさんと一緒に、街を歩き行く。

メドーサさんは時折、俺からすれば何もない明後日の方向を眺めていたりする。

敵の気配を感じているのか、そうじゃないのか……俺にはよく分からない。

眷属のビッグイーターも、こっそり警戒網を作ってくれているらしい。

でも、イーターは俺でも撃破可能だし、気休めでしかない。

俺も一応、普段よりは注意を払わないといけない。

そう考えつつ、メドーサさんを……そして愛子を見やる。

好きな女を護ってこそ男。いや、男女関係なく、自分の好きな相手は護りたいと思うだろうけど、

現実的に、俺は進行形でメドーサさんの保護下。いつか立場は逆転するんだろーか? むぅー。

愛子にまで『メドーサさんがどうにかするまで、私の中に隠れてる?』と心配されるし……。

もっともこの案は『愛子の本体である机ごと消されるかも』と言う危険性から、立ち消えになった。


あぁー、強くなりたいかも。割と切実に。


ユッキーは武者修行の旅に出たんだよな?

俺もさっさと研修を終えて、ちゃんとGSに…………いや、ダメか。

ちゃんとGSになったからって、本質的な強さは変わらない。

肩書きが手に入ったからって、俺がメドーサさんより強くなるわけでもないし。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




そんなことを思っている日に、俺の研修生活は終わりを告げた。

愛子とメドーサさんとともに、いつも通りに事務所に行くと、美神さんがそう告げたのだ。


「でも、俺ってまだ一人でやる仕事が、100件超えてなかったんじゃ?」

「ちょっと前から、地脈が不安定になってる話はしたわね?」

「ええ、ちゃんと覚えてますって」


何しろ、それが風水盤のせいだってことも、メドーサさんに説明されたし。

胸中でそんなことを考えつつ、俺は素知らぬ顔で美神さんの話を聞く。


「そのせいなのよ。いざって時、協会の命に従う人員が欲しいんでしょうね。

 研修中の人間は、いざって時に使えないけど、認めた人間は無理が利くでしょ?」


協会が困っているんだ。君も協会に認められた人間でしょ? つまり……仲間だろ?

なのに、まさか協会の頼みを聞いてくれないなんて、言わないよね? GS免許が要らなかったりする?

――――――とまぁ、つまりはそう言うことか?

もちろん、そこまで露骨に無理は言ってこないだろーけど。

美神さんクラスなら、実力とかコネとかで、のらりくらりとかわしたりも出来るんだろうな。


「さっさと横島クンにOK出しちゃいなさいって、おばさまに急かされたわよ。

 まぁ、実質的に100件は超えていたわけだし、いいけどね」


「……って、やっぱり無駄に引き伸ばしてたってことっスよね?」

「ほんの20件ほどよ? ちょっとした誤差の範囲内」

「それって、ちょっとスか?」

「まぁ、それはそれとして、今後どうする?」


俺の意見はきっぱりとスルーして、美神さんは質問してくる。


「このまま、私の事務所でバイトする? それとも他の事務所に移る?

 研修は終了したんだから、横島クンはもう一人で除霊作業が出来る。

 でも、事務所を開業するじゃないから、誰かに雇ってもらわなきゃいけないわけよね。

 仮に今から他の事務所に移った場合、研修ってわけでもないけど、まずはお試し起用になるわ。

 アンタはまだまだ無名だし、あっさり大任・大役を任されないのは、当然よね?

 ……それで、どうする? 私のところで、このまま正社員を目指してみる?

 アンタって、前にオカルトGメンがどうこう言ってたけど、まだ日本支部はないわよ?

 まぁ、本気で目指すんなら、まず公務員試験を受かる頭がないとダメよ?」


えーっと、つまりジョブチェンジの順番は、

GS見習い → 所属GS(アルバイト) → 所属GS(正社員)ってことか?

うー……どうする? いや、確かに俺はGSを目指してたわけじゃないし?

霊能に目覚めた頃は、GS資格を得て、その後は美神さんの言うようにGメンって予定だったんだよな。

でも、公務員を目指して今から試験勉強をしたいかと言えば、正直微塵もしたくないわけで。


「俺、どうすりゃいいんだろ……」

「時給には色をつけてあげるわよ? それなりに」


悩む俺を見て、美神さんは苦笑交じりにそう言った。

色のついた時給ってのが、いくらなのかはかなり気になるな。

美神さんは金にうるさい人間だってのは、研修期間も経てマジで身に沁みてる。

何しろ『ふっ……ドロボーに払う税金なんてないわよね?』と、TVニュースを眺めつつ言う人だし。

でも俺が悩んでいるのは、給料とかそう言う部分じゃなくて、もっと根本的な部分だ。


「俺って、GSになるんだろーか?」

「だろうかって……アンタの将来でしょ?」

「いや、その辺の進路に悩んでいると言うか」

「青春ってやつ?」


美神さんのその言葉に、愛子はうんうんと強く頷く。

メドーサさんは……外を眺めている。窓の外を、凝視している。

俺の進路に興味がないとかじゃなくて、来るかもしれない敵を警戒中?


「うぅー、どーすっかなー?」

『横島さん、もう来ないんですか?』

「うっ、そう言われると……」


寂しそうに呟くおキヌちゃんに、俺はたじろぐ。

そうだよな。ここ最近は毎日のように、事務所に顔を出してた。

おキヌちゃんと愛子の料理に対し、皆で一緒に舌鼓を打ったりもした。

なお、実は美神さんも料理上手で、和食なんかも素晴らしかった。

――――――ちなみに、似合わないと言ったら殴られた。

だって『料理なんか出来ない、今時の若い女代表』みたいな人だとばっかり……といって、半殺しにされた。


進路とかどうとか別にして、俺にとってこの事務所はかなり好きな場所だ。色々学ぶべきこともあるしな。

例えば、美神さんのボディラインとか、思ったことを口に出すなとか、オカルトの知識とか技術とか。

………………学ぶべきことも順番がおかしいような気もするが、それは脇に置いておこう。


でも、仮に公務員試験を目指す場合、当然もうここに来る暇はないわけで……。

と言うか、オカルトGメンを目指した場合、ある意味商売敵だし……?


「えーっと、まぁ……改めて、これからよろしくお願いします」


結局、俺は美神さんにそんな答えを返した。

進路のこともあるけど、それ以上に俺は今、誰かに狙われているかもしれないんだ。

だからそこ、現役GSである美神さんの傍にいて、色々と学んだ方がいいと思う。

それに除霊事務所である以上、魔族の情報も入ってくるし。


……除霊中とかに魔族に襲撃されたら、かなりヤバいことになる。

でも、そんなことを言い出したら、どこにいようが危ないことに変わりはない。

虎穴に入らずば、虎子を得ずってやつだ。いや、別に虎の子供なんていらんけど。


「ええ、よろしく。頑張んなさい」

「仕事中の器物破損の補償とか、その辺の話はまたあとで詳しく……」

「相変わらず、しっかりしてんのね」

「そりゃもう、身を持って知りましたし。色々と」

「まぁ、いいけどね。ウチの人間らしくて。あの人もアンタくらいだといいんだけど」


そう言って、美神さんは嘆息した。

どうやら、報酬などに無頓着な師匠の神父を思い出しているらしかった。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




そんなわけで、俺は美神所霊事務所に所属してGS見習いをする高校生から、

ちゃんとGS資格を得て、美神所霊事務所で所長の補佐をするアルバイトGSに、ジョブチェンジした。


ちなみに時給は3万円。一般のバイトからすれば破格と言えるが、

まぁGS関係なら、そこまで飛びぬけていると言うほどでもないっぽい。

確かに、美神さんは時給に直すと、1000万だったりする日もあるしな。

低級霊を2分で祓って500万とかも、本当に無茶な稼ぎ方だと思うし。


研修からバイトになったからって、特に何かが変わったってわけでもない。

やることは荷物を背負って、美神さんと現場に行き、霊障を見ることなんだし。

……けど、まぁ、頑張ろうと思う。いいターニングポイントだ。

俺はこれからのことを、よく考えないといけないのだから。


俺は自分の考えに、一応の満足を覚えた。

うん、ちゃんと考えてるぞ俺……とも思えた。

問題の先送りかもしれないけど、今はこれで十分だろ?

こういう風に考えただけでも、昔より進歩してる気がするし。


――――――俺たちは、美神さんの事務所をあとにする。


「とりあえず、おめでとう、横島クン」

「んー、あんがと、愛子」

「本当なら、もっと早くに取れてたんだろうねぇ」

「でもメドーサさん? あんまりスムーズにもらえても、むしろ何か不安になるっスよ」


研修を終えたことを、愛子やメドーサさんも喜んでくれたし、俺としても気分は上々だった。

一般的に妖怪退治屋と認識されているGS。それの研修が終わった俺を、

両サイドから祝ってくれるのが、机妖怪&魔族ってのは……改めて考えると、すごいかもしれない。


――――――俺たちは、朗らかに会話をしつつ、アパートに向かう。


「横島クン、今日は何か食べたいものある? お祝いパーティーって言うのも、青春よね!?」

「ちょっと遅いしなぁ。いっそ、どこかに食べに行くとか……」

「……待て。横島、愛子。ちょっと止れ」


俺と愛子は、このまま今日が何もなく終わるものだと思っていた。

しかし、途中でメドーサさんの表情が険しくなったことに気づき、その考えが甘いものだったと知る。

もしかして、俺を狙うやつらに囲まれてたりとかするんだろーか?

慌てて周囲の気配を意識的に探るが……俺の感覚には、何も引っかからない。


「こっちを誘っているのか? ちぃ、癪なやつだね」

「め、メドーサさん? どうかしたんですか?」


基本的に荒事に向いていない愛子が、少し浴びえた声を出した。


「いや……どうだろうね? 相手は人間。しかも、不可解な……」

「どういうことっスか?」

「そいつはね、ちょっと前から、私らのことを眺めてやがったのさ」


メドーサさんが時折窓の外を気にしていたのは、そのせいだろう。

俺は、全然気付いてなかった。

メドーサさんが視線を向けたから、『もしかしたら何かがいるのか?』……と思った程度だ。

これでも一応、感覚は鋭い方なはずだ。霊能に目覚めているんだし。

つまり、相手はGS試験合格程度の人間には、気配を微塵も悟らせないやつってことになる。

美神さんとか、メドーサさんとか、小竜姫ちゃんクラスってことか?


「相手は私らの進路上で待ってるよ。どうする?」

「そう聞くって事は、敵じゃないとメドーサさんは考えてるんスか?」

「分からないね。とにかく、不可解なんだ。気配が……何もかもが、お前によく似ている」


仮に、見た目も気配も魔族だったなら、メドーサさんも放置はしなかっただろう。

それにしても、俺に似てるってのは、確かに不可解だな。変化の術とか?


「あっ! もしかして親父? あいつなら俺と気配がそっくりだし……」

「それなら、お前の父だと言うさ。面識はあるんだからね」

「うぅ〜ん? どーししたもんかな?」

「横島。お前の親戚で、霊能に目覚めてるやつは?」

「いやー、そう言う話はあんまりした事がないんで……」


でも、親父もお袋もそこはかとなく人外っぽいしなぁ。

親戚一同も、よくよく考えるとトンでもないやつがいるかもしれない。

親戚一同が会したのって、中2の正月が最後だったよな?

あの時は俺も霊能に目覚めてなかったし……気付かなかっただけとか?


「とにかく、行ってみるしかないようだね。横島の関係者じゃないと断言出来るなら、

 別に私一人で見に行ってもいいんだけど……顔もかなり似ているんだよ、実は」


メドーサさんは一旦そこで言葉を区切り、俺の顔を見つめた。

両手でほっぺをつかんで、実にまじまじと。

メドーサさんの瞳が潤んでいたら、マジでキスする5秒前って感じだ。

でも残念なことに、視線に含まれるものは観察の2文字だった。


「あと数年、年を取らせただけのような……」

「そんなに似てるんすか? 気配だけじゃなく」

「だから不可解なんだよ。分かりやすい敵なら、先に手を打つさ」

「ごもっともで」


まったく、俺に似た誰かさんは、何を考えているのやら。


前方を警戒するメドーサさんのあとについて、俺たちは道を進んだ。

愛子は緊張しているのか、道すがら沈黙を守っていた。

先に帰らしたり、美神さんの事務所に戻らすべきかとも思ったけど……バラけるのはまずいかもなので、却下だった。

先に一人アパートに向かう愛子が、その途中で攻撃を受けたりしたら、目も当てられない。


ほどなく、俺たちは公園へと差し掛かった。無意識的に辺りを見回すが、人影はない。

俺たちはやはり無言のまま、公園内を進み雪、ふとベンチの前で止まる。

そのベンチには、若い男が座っていた。

俺より10歳ほど年上……あるいは、もう30代だろうか?

作業着のようなモノを着込んでおり、その視線は俺に固定されていた。

まるで、俺を値踏みするかのような視線だった。


うぉ……あの男っ!


よく分からない気迫のようなものを感じて、俺は一歩後ろへと下がってしまう。

そんな俺を追撃するかのように、男が口を開いた。


「やらないか?」

「――――――え、えーっと……な、なにをすか?」

「決まってるだろう?」


男はにやりと笑ってから、視線をメドーサさんと愛子へ。

そして再び笑って、こう言った。


「果し合いだよ。さぁ、お前の全力を見せてみろ」

「は、話の流れについていけないんスけど!? 拒否権は?」


答えは極力集束させた細い霊波砲と言う、とんでもないもので返された。

つまり、拒否権はないと? 今すぐここで戦えと? 

俺はここで『やっぱり、無視して帰ればよかった!』と叫ぶべきか、

無視して帰って、アパートについてから襲われなくてよかったと思うべきか、どっちだ!?




――――――どっちにしろ!

なんだってんだ、こんちくしょうー!?




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




横島クンに似た男の人の放った攻撃によって、一つの戦いの幕が開けた。

攻撃に対して慌てて飛びのく横島クンに、何も出来ずにただただぼうっとする私。

――――――でも、メドーサさんだけは違った。

男の人が攻撃態勢に入った次の瞬間には、駆け出していたのだと思う。

いつの間にか手にはサスマタが握られていて、それを男の人に向けて、容赦なく振り上げる。


「アンタがどこの誰で、何を考えているのか知らないけどね!

 闘るってんなら、こっちもちゃんと相手をしてやるよ!」


「いやいや、俺はあいつに果し合いを申し込んだんだ」


自身に肉薄するメドーサさんに対し、彼は嘆息交じりにそう言った。

メドーサさんの突きは鋭く、速い。けれど彼の回避は、もっと速かった。

カンフー映画のワンシーンのような攻防が、たった5秒間の内に凝縮されたみたいだった。


「愛子! 俺にも!」

「あ、う、うん!」


優雅な殺陣のようなやり取りを眺める私に、横島クンが声を投げてくる。

私は慌てて、本体である机の中から、横島クンのサスマタを取り出した。


「はい!」

「うっし!」


私の放り投げたサスマタを受け取り、横島クンも男性へと駆け寄り始める。

それを視界の端で確認したのか、男性はにやりと笑った。


「おっと。本命がやる気になったみたいなんで……悪いが、お前とはここまでだ」

「ふざけるんじゃないよ? 横島と闘りたいなら、まず私を止めてみな!」

「あぁ、そうする。悪いが、『固』まっててくれ。二人ともな」


彼はそう言うと、両手をぱんっと合わせた。

するとその手の中で小さく何かが光って――――――私とメドーサさんは、その場に固まった。

『何をしたの!?』と、声を出すことすら出来なかった。唇が、動かなかったから……。


「最初から俺を殺すつもりで超加速とか使われてたら、さすがにやばかっただろうなー」


固まったメドーサさんに苦笑しつつ、男性はそう言った。

私はただの机妖怪でしかないけれど、メドーサさんは魔族。しかも、かなり強い魔族。

けれど、私と同じくまったく動けないようだった。

つまり…………動けるのは、あの人と、横島クンだけだ。

私とメドーサさんは、傍観者になってしまった。


「メドーサを退けるから、少し待ってろ。それから仕切りなおしだ」


固まったメドーサさんを抱えて、男性は私の方へと歩み寄ってくる。

私の立っているこの位置が、果し合いを見守るものの立ち位置らしい。

ちなみに横島クンは、何を言われずとも、待っていた。

メドーサさんが身動き出来ないことが信じられないと顔に書いて、立っていた。

私だって、横島クンと気持ちは同じだ。

メドーサさんがこんなにあっさりと戦闘不能になるなんて、私だって信じられない。


それこそ男性本人が言うように、メドーサさんに殺意があったのなら、状況は変わったのかもしれない。

でも、この男性は本当に横島クンや、そのお父様であるおじ様とも良く似ていて…………。

もしかすると、横島クンの親戚なのかもしれないとすら、思わせる気配というか雰囲気で……。

殺意を湧かすことは、メドーサさんや私には、難しい話だった。

まずは捕らえて話をさせようと、そうメドーサさんが考えても、それはおかしくない。

おかしいのは、きっとこの目の前の男性自身。

美神さんとかでも、勝てないような気がする……。


「お、お前の目的って、何なんだよ!? やっぱり、俺なのか?」

「はぁ? 何を言ってんだ、お前は。だから、果し合いだって言ってるだろ?」

「そこが分からねーんだよ! 何で果し合いなんだよ? お前はどこぞの魔族の差し金なんだろ!?」

「差し金と言えば、そうかも知れんが……あー、どうだろうな? アシュ的には、俺は友人らしいんだけど」

「あしゅてき?」

「アシュタロスだ。自分の前世を殺したやつの名前くらい、ちゃんと覚えとけ」

「あぁ! あいつって、そんな名前だったのか!」

「………………いたたまれなくなるほど、馬鹿だな。実際にこうやって見ると」


横島クンが前世に遡ったという話は、先日メドーサさんから聞かされた。

そこで出会った高位魔族に、横島クンは鼻血を噴かせて、恨みを持たれたとも。

その事件は私やおキヌちゃんの知らないところで進行したそうで、

話を聞かされても、いまいち実感のようなものが湧かなかったけれど……。

でも今、その高位魔族の友人という人が、横島クンと戦おうとしている。これは、現実。


もしかして、横島クンに似せた顔や雰囲気も、すべてウソ? 擬態か何か……?

メドーサさんをあっさりと固めた以上、すごく上手い変化術が使えても、不思議はないのよね?

でも、横島クンを見る彼の目は、どこか出来の悪い弟をみるような感じだし……。

果し合い。お互いが、死を決して戦いあうこと。つまりは決闘。

だったら……やっぱり彼のそう言う雰囲気は、油断を誘うためのもの?

私には、分からなかった。

メドーサさんなら、何か気付いたりするのだろうか?

話し合いたい。視線を合わせたい。でも、私たちは動けなかった。


「えーっと、つまり……あいつが友達のアンタに、俺をさらえって言ったってワケか?」

「どうしてさらえって言う考えが出てくるんだ?」

「? いや、メドーサさんがそう言ってたし」


横島クンの言葉を受けて、男性はメドーサさんを見つめる。

額にしわを寄せ、眉を寄せ……どこか困ったような表情だった。

テスト前に横島クンが浮かべるものと、そっくりだった。どうしたんだろう?


「何かよく分からんことになってるような気が…………?

 あいつが馬鹿だから、まともに説明する気がなかったのか?

 となると、エネルギー結晶があるってことも、伝えてないってことか?

 あー……でもまぁ、その辺は別に予定をちょっと変えれば…………?」


思考の海に深く潜り出したらしく、男性はメドーサさんを眺めてぶつぶつと呟く。

そこで、私はふと気づく。私の視界の端で、横島クンがこっそり移動を開始したのだ。

抜き足 & 差し足 & 忍び足。感動したくなるくらい上手に、横島クンは隠密接敵。

どうでもいいけど、いつもどこでその技能を活かしているのかが、とっても気になるわね……。


「――――――歳星招来っ!」


横島クンは男の人に向かって、サスマタに貼り付けておいた符を解放した。

一枚一枚、横島クンが丹精込めて作り上げたその符は、

製作者本人の意思を受けて、目標へと一直線に飛んでいく。


「えーっと、霊符の力を散らしめろ?」


けれど、霊符は男性のその言葉によって、ただの紙に変わってしまう。

ひらひらと、公園の地面に白くなってしまったそれらは舞い降りる。

しかもそれだけじゃなくて、横島クンが持っているサスマタ……

それに貼り付けてある符も、全部ただの紙に変えられてしまっていた。


「おー、期待してなかったつーのに、効果覿面だな」

「なっ! ちょ……こんだけ作るのに、どんだけかかると思うんだ!」

「知るか、んなこと。俺は陰陽術なんて、ちょっとかじった程度だし」

「だったら、これで!」


横島クンは一度両の眼を閉じ、一拍の間を置く。それから、気迫と共に見開いた。


「石化の、魔眼!」

「石化『解』除」


――――――でも、無駄だった。

男の人は、私たちを固めた時と同じように、ぱんっと両手を合わす。

ただそれだけなのに、彼は石となって固まることから逃れてしまう。


「自分の素質を出せよ。魔眼は借りモンだろ? 符術も世界を構成する要素を借りるし。

 お前が出せる、お前だけの力ってので、こっちと闘ってくれって言ってんだ、俺は」


「ユッキーと同類か、アンタ!? くそ、このバトルジャンキーめ!」


『さぁ、来い』と構える男性に対し、横島クンは文句を口にする。

けれど、男性は横島クンの言葉に、やはり攻撃で答えた。

闘うことは、決定事項。文句を言っても、許してはもらえない。


メドーサさんを余裕を持って無力化出来る男性と、

メドーサさんにどう頑張っても勝てない横島クンという、

実力差のありすぎる二人の果し合いが今、本格的に始まった。


それは闘いとは言いがたいものだった。

横島クンの攻撃は、何も効かないのだから…………。




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