第十三話





体中から噴出した汗が、服に染み込んでいく。

同時に、ひどくじっとりとした疲労感と不快感が、胸中にまとわりついてくる。

俺の心身は、どちらも限界だった。霊力も体力も、どっちも空っぽだった。

目蓋は腫れあがって、口の中は血塗れで、歯もぐらついてる気がする。

エネルギーを無理やり湧かすことが出来れば、回復も可能かもしれない。

でも俺の場合、エネルギー発生源は煩悩だ。

さすがにこんな状況で、エロいことなんて考えられない。

テンションゲージは、内閣の支持率か何かと同じような状況だ。

…………つまらん。笑えない例えだ。ツッコミもいないし、余計に……。


「くそっ……」


指一本動かすことも億劫で、俺はその場に倒れこみ続ける。

公園内なので、当然人が座るためのベンチは設置されている。

しかし、そこまで動くだけの気力は、どうしても湧かなかった。

悪態が口から漏れるだけ……まだマシ……なんだろうか?


――――――俺は一人で、空を見上げる。

星が見えるはずの時間帯だけど、どんよりとした雲のせいで、何も見えない。


「…………ちくしょう」


俺の呟きに反応してくれる誰かは、いない。

あの男はいない。もう、どこかへと帰ったから……。

メドーサさんと愛子も、いない。

二人を『景品』と称して、あいつは本当にお持ち帰りしたから……。


どちらの方向へ去ったのかさえ、分からない。あくまで『どこか』だ。

何故ならあいつは、ぱんっと手を叩いた次の瞬間には、その場から消えていたから。

瞬間移動か、それとも姿を消しただけか……。

どっちにしろ、同じことだ。俺には何も分からない。


「再戦はいつでも受けてやる。勝てると思ったら、挑みに来ればいいぞ。

 もっとも、挑戦する権利は『横島忠夫』だけ。仲間を呼んだり相談するのは、禁止だ。

 ちなみに、もしお前がルールを破った場合、色々と面白くない目を見ることになる」


勝手に決闘を申し込んできて、あっさりと勝って、メドーサさんたちを手に入れて……。

その上で余裕たっぷりに、あいつはそんなことを言ってくる。

地面を這う敗者である俺に、見下しの視線を注ぎながら……。


「こいつは挑戦券だ。お前がコレで俺を『呼』んだ時に、

 俺に『応』じる気がある場合、俺たちはコロシアムに立つことになる。

 誰にも見せるなよ? 繰り返すが、相談や協力を誰かに頼むのは厳禁だ。

 俺はお前があがく姿を見てみたいんだよ。まぁ、頑張ってくれたまえ?」


あいつはそう言うと、俺のポケットに何かをねじ込んだ。


「それでは、また会うかもしれないその日まで、お別れだ。

 さっさと来ないと……二人ともお前のこと、忘れるかもな?

 ご主人様、あの小汚いガキは誰でしたっけー……とか?

 頑張れよー。無様にしぶとく無駄な努力に励めー。はははは!」


別れ際も、あいつは言葉で俺を散々甚振るだけ甚振ってくれた。

何を食べて、どう育てばあそこまで嫌な人間になるんだ?

結局、何だかんだ言いつつ、あいつは俺のことをいじめたいだけなのか?


――――――何なんだ? 本当に、あいつは……。

俺や親父に似た顔と雰囲気だが、俺はあんなやつを知らない。会ったこともないはずだ。

それに、あのワケの分からない強さは何だ? そもそも、本当にあいつは人間か?


「…………メドーサさん、愛子……」


あいつが何を考えているのか、分からない。

どこの誰で、何が苦手なのかも、分からない。

俺とあいつを繋ぐのは、小さな挑戦券だけだ。


「呼ぶ……って漢字が書いてあるけど……」


ポケットの中に入っていた『挑戦券』は、まるでビー玉だった。

透明で、その中には俺の言葉通りに『呼』と書かれている。

かすかに霊力を感じるので、何かのアイテムっぽいけど……何だ、コレは?

精霊石のような雰囲気も感じる……でも、ちょっと違うような……?


俺は挑戦券を握り締める。これは、なくしちゃいけない。絶対に。

これだけが、俺とあいつ……そして、メドーサさんや愛子と繋いでくれるものなんだから。


「帰るか」


俺は立ち上がり、自宅であるアパートを目指すことにする。

いつまでも公園で茫然自失状態を続けていても、仕方がない。

帰って、飯食って、霊力を溜めて、身体を回復させて……それから、あいつの攻略法を考えないと。


俺とあいつが闘い……と呼べるかどうか怪しいモノ……を行ったせいか、公園内は少し荒れていた。

霊波砲の余波で、地面の一部は掘り返したようになっているし。

自分の手を離れて転がっていたサスマタを回収しつつ、俺は公園内を眺めて嘆息した。

俺一人では、とてもではないが修復は出来そうにない。

仕方がないので、地面に散らばってごみと化した霊符を、一応ゴミ箱へ入れた。


「いやー、うっかりだよなぁ。すっかり忘れてたし」

「なっ!? お、お前は!?」

「ん? あー、気にするな。後始末をしに来ただけだ」


突然、虚空からあいつが現れる。

先ほどと変わった部分と言えば、果し合い時に外したホックを付け直したくらいか。

あいつはひどく軽い態度を崩さずに、両手をぱんっとあわせ、地面へと向ける。


「さて、もとに『戻』れーっと」


すると――――――時間が巻き戻るかのように、荒れていた公園内が整然とした。

盛り上がっていたはずの地面は平らになり、俺の流した血も綺麗に消え去る。


「んじゃ、そーゆーことで!」

「ま、待てよ! メドーサさんと、愛子は……!」

「心配するな。まだ手は出してないし。まだな……」

「い、意味深なこと言ってんじゃねーぞ!」

「お前なら我慢出来るか? 固まった美女と美少女を前に?」 


身動き出来ないメドーサさんと愛子を前にして、俺は…………?

そりゃ、ちょっとくらい……乳を揉んだりとかしてみたいと……。


――――――って、ちょっと待てぃ!

二人は囚われているってのに、何を考えてんだ、俺は!

今は禁欲すべきシチュエーションだろ!?

つーか、囚われの二人がエロスなことになるってことは、

あいつがメドーサさんと愛子を頂いちゃうってことだろ!?

そんなことが認められるか? 否! 断じて否!


「俺はそんなことを認めたりなんて…………あれ?」


俺が苦悩している間に、あいつはさっさと姿を消していた。

怒りやら、憎らしさやら、悔しさやらと言った負の感情が、俺の中で醸成されていくのを感じる。

もしかしてあいつ、公園を直すためじゃなくて、本当は俺を馬鹿にするために来たんじゃ……?


「だぁーもぉ! ちくしょー!」


俺は地面を蹴った。

砂埃が怒っただけで、それは何の意味もない行動だった。

















            第十三話   迷子の犬。彼の家はどこですか?

















俺は無言のまま帰宅を急いだ。

多分、今の俺はかなり悪い目つきをしていると思う。

お馬鹿な内容の独り言を呟く気分でもない。

でも、黙っていると一人であることを強く感じて、心がざわめく。


「……………………ちっ」


ダメだ。びー、くーるだ。びー、くーる。落ち着かないとダメだ。

ただでさえ勝てなかったんだから、いらいらしてたら、さらに馬鹿にされて遊ばれるだけだ。

あいつに一泡吹かせて、メドーサさんたちを取り戻すためには、まず落ち着こう。


俺はアパートへの道すがら、あいつとのやり取りを今一度思い出す。


あいつは何かの現象を起こす時に、必ず両手を叩いていた。

とすると、あれが術を発動するために、必要不可欠な手順か?

メドーサさんや俺を固めたり、石化の魔眼の効果を打ち消したり……。

あぁ、俺の霊符の時は、言葉一つで無効化してたな。

そこから考えるに、あいつは抵抗力と言うか、無効化能力が高いのか?

でも、公園の地面を元に戻すって言うのは、どういう仕組みだ?

なんと言うか……方向性が掴めん。まるで魔法だ。しかも、かなりファンタジックな。


唯一言えることは、手を合わせてから攻撃技を放ってきてないってことか。

でも、放てないと思うのは危険だ。放たなかっただけだと思うべきだよな。

……って、普通にぶん殴ってくるだけでも強いのに、

あいつが必殺技を繰り出してきたら、どんな威力になるんだ?


考えれば考えるほど、絶望的な気分になる。

頑張って怒りを静めて、そして今度は落ち込みだそうとしてる。

あぁ、もう! こんなことじゃダメなんだっつーの!

びー、くーる! びー、くーる! めいきょーしすいだ!


「…………ん? なんだ? この気配って……」


普段の俺なら、まず気がつかなかっただろう。

だが、先の戦闘によって感覚が無駄に鋭敏化しているのか、

俺の第6感が、自宅アパート前に人外の存在がいることを訴えてくる。

あいつ……じゃなさそうだな。あいつは一応、人間っぽかったし。

なんだってんだ? 人間じゃない知り合いなんて、俺にはそんなにいないぞ?

メドーサさんと、愛子と、コーラルと、ピートと、小竜姫ちゃんと、ヒャクメちゃんと、

鬼門と、天竜童子と……えーっと、ある意味では千歳を超えたドクター・カオスも人外か? 

ついでに、そのカオスに作られたロボットの……あー……マリア?

あとは……前世になるけど、メフィストと若藻さんと…………って、けっこういるな。

――――――ま、まぁ、なんだ。知り合いの誰とも違う雰囲気っぽい。


「これ以上の面倒事は、避けたいんちゅーねん」


しかし、自宅はそこだ。俺には他に帰るべき場所も、行くべき場所もない。

だから、自宅前に何か異常があるのなら、自分で調べないと……。

ちなみに、正直に言うと、美神さんのところに駆け込みたい気持ちは多分にある。

でも、今美神さんの前に立つと、洗いざらい喋っちゃう気がするから、ダメだ。


俺はなけなしの霊力を体内で循環させつつ、アパートへと進んでいく。

そして俺の目に飛び込んできたものは、一人の子供と、一人の大人だった。

子供の方は唐草模様の風呂敷包みを、背負っている。

そのお尻からは、ぴょこんと尻尾は生えている。

大人の方は、ごく普通のサラリーマンらしい。ちょっと高そうに思えるスーツ姿だ。


「おや、彼がそうなのではないのかね?」

「おぉ、どうやらそのようでござるな!」


サラリーマンの方が俺に気付き、そして指差してくる。

それに気付いた子供は、それはもう、輝かんばかりの笑顔を浮かべてきた。


「では、私はこの辺でお暇することにするよ」

「かたじけない。この礼は、いつか必ず!」

「はっはっは。気にすることはない。迷子の子供を見捨てるほど、私は冷たくはない」

「ま、迷子ではござらん! 不案内な土地ゆえ、少々戸惑っただけでござる」

「それを道に迷うと言うのだよ。……おっと、失礼」


アパート前で、何やら言い合いを始める二人。

会話から察するに、一人の迷子をあのサラリーマンが、ここに案内したらしい。

でも、俺には尻尾を生やした人外の知り合いなんて、いないはずなんだけど……。

あいつは、何なんだろう? 妖怪? 犬っコか?

なお、サラリーマンは懐からケータイを取り出し、何やら通話を開始する。

電話の相手は痺れを切らしているのか、かなり大きな声で話しているようだった。


『お父様、今どこなのですか? 今夜は皆で食事だとおっしゃったのは……』

「ああ、私だった。すまないね。今帰宅途中だから、もう少し待ってくれ」

『もうすぐ“お客様”も到着するはずなんです。彼から連絡も着ましたし』

「駅で迷子を見かけてね。その案内をしていたのだ。回避不可能なアクシデントだったよ」

『……そうですか。では、出来るだけ早く帰ってきてくださいね?』

「あぁ、分かっているよ。そちらも準備には細心の注意を」

『はい。大丈夫です。ただ初対面のフリをするのは、少し嫌ですけど……』

「仕方のないことだ。今の彼女の立場を考えればな」

『お父様がいっそ、皆に全てを話してしまえばよろしいのでは?』

「いいや、そう言うわけには行かない」

『何故です?』

「それでは、面白みに欠くからだよ」


くすくすと笑ってから、サラリーマンは通話を切った。

そして隣に立つ子供に別れの挨拶を告げると、すたすたと足早に去って行った。

皆で食事だとか、初対面のフリをするだとか、立場を考えるとか……。

再婚相手と一家で食事をするとか、なんかそんな感じだろうか?

相手とは面識がないはずだけど、実は何処かですでに会っていて……とか?

ドラマと言うのは、どこにでも転がってるもんだなぁ。

なんて下らないことを考えている俺に、迷子になっていたらしい子供が声をかけてくる。

よくよく見ると、銀髪に赤毛が混じると言う、なかなか印象的な髪のお子さんだった。


「横島忠夫殿でございまするか? 拙者は犬塚シロと申すもの、以後、よろしく頼むでござる!」

「ん、あ、あぁ、横島だ。えーっと、犬塚って呼べばいいのか?」

「シロで構わぬでござるよ、横島殿」

「俺も別に、殿なんてつけなくていいぞ? そんなに偉くないし」

「いえ、伊達雪之丞殿のご友人に対し、そう言うわけにも!」

「伊達って……ユッキーの知り合いか?」

「いかにも! 本日は火急の用がありまして、はせ参じたのでござる!」


ユッキー。お前は今、どこで何をしているんだ?

いや、正確には……どこで何をしたんだ?

シロからは、ユッキーに対する尊敬のようなものが見て取れる。

シロの家を何かが襲ったその時、ユッキーが助けに入ったとか……そんな感じか?


「時に、横島殿。フェンリルをご存知でござるか?」

「まぁ、一応。詳しくは知らないけど」


……い、いきなりだな。一体、何だってんだろう?


「拙者、実は人間ではござらぬ。人狼の里で生まれ育った、人狼でござる」

「人間じゃないってのは、何となく分かってたよ。んで?」

「実は人狼の里で、騒動があったのでござるが……」


この話は何だか長くなりそうなので、とりあえず部屋に入らないか?

そう言いたかったのだが、シロはかなり興奮気味だった。

話の腰を折るのも可哀想なので、とりあえず黙って話を聞くことにする。


えーっと、フェンリルと言えば、北欧神話に出て来る化けモンだよな。

どこぞの暴走する初号機のごとく、主神たるオーディーンをもがつがつと食べたらしい。

フェンリルは大狼らしいし、人界の存在する人狼―――ちなみに狼男とはまた少し違う―――は、

少なからずその流れを汲んでいるとか、いないとか。うん、確かそんな感じだな。


俺は頭の中から知識を引っ張り出しつつ、シロの話に耳を傾ける。

ちょくちょくGS関係の本を読んどいて、よかったな。

ここで『フェンリルって何?』っつーのは、すげぇアホッぽいし。


「秘刀八房は、人狼に力を漲らせ、狼王……つまり、フェンリルを復活させる……らしいのでござる」

「えーっと、で、その刀が犬飼ってやつに奪われたと?」

「拙者の父も止めようとしたのでござるが、しかし……」


生きてはいるものの、瀕死の重傷であるとシロは語った。

自分の父親が死にかけるまでボロボロにされるってのは、辛いよな。

俺だって……………いや、すまん、シロ。

俺にはあのクソ親父が、そこまでピンチになる光景が思いつかん。


「それで、ユッキーは?」

「雪之丞殿も、犬飼を止めようとしてくれたのでござるが、今一歩及ばず……」

「まさか、腕をちょん斬られたとか、やばい状態なのか?」

「いえ、そこまでは。しかし、しばらくは養生が必要でござる。そこで、これを」

「ユッキーからの手紙か。ん、ありがとな」


シロは風呂敷の中から、一枚の紙を取り出した。

そこにはひどく汚い字で、文字が書き連ねてあった。

…………いや、汚い字なんだけど、毛筆だと何となく様になるから不思議だな。


『俺だ。今、布団の中でこれを書いている。さすがに立てそうもないんでな。
 横島。敵は斬った相手の霊力を吸い取る妖刀使いだ。気をつけろ。
 一撃食らうと、そんだけで戦況が覆ることもあるからな。
 かく言う俺も、かなり追い詰めたんだが……いや、こりゃ、言い訳か。

 犬飼の野郎は、狼王の復活ってのを目論んでるらしい。
 いや、俺も後から知ったんだがな? 最初は単に俺を殺したいだけかと思ってたし。
 まぁ、戦闘中も『里のことを俺は考えている』とか言ってたような気もするんだが。

 フェンリルになって、自由と野生と誇りを守るとかどうとか、考えてるらしい。
 分かりやすく言えば、自分が神になって、全人類を抹殺ってやつだ。多分。
 人間が森を削るから裁きを下して、そして狼が覇権を握る……とか?

 とにかく、そのためにこれからも多くの霊力を求めるってワケだな。
 人を斬って、その霊力を奪って、パワー増幅ってことだ。

 別に全人類のために戦えとか、俺の仇を討ってくれとは言わん。
 だが、どうにしろ、霊力の高い人間が狙われるってこたぁ、
 つまりお前とか美神令子とか、六道家とか、力あるGSが狙われるってことだ。

 不意打ちで斬りかかられて、あっさり死んだんじゃ、詰まらんからな。
 俺も傷が治り次第、そっちへ戻る。それまで負けたり死んだりすんなよ。
 お前とはまたいつか、しっかりとガチで闘りあうって決めてんだ。俺はな。

 人狼の里は、基本的に今回の件には関わりたくないらしい。静観の構えだ。
 だが、犬塚のおやっさんだけは、我が子のシロに犬飼の暴走を止めるように指示した。
 シロは犬飼の匂いを覚えているから、ある程度はやつの動きも掴めるだろう。 

 犬飼も俺との戦闘で、かなり傷ついているはずだ。霊力を奪ったからって、
 傷ついた身体が即座に回復するってワケでもねぇしな。俺もあいつの体中を抉ったし。
 シロの方が、あいつより早くお前んところに着くはずだ。

 そんなわけだ。あぁ、書いてるうちによく分からんくなったから、要約するとだ。
 フェンリルになろうとしてる馬鹿な人狼がいるから、そいつを出来れば倒せ。
 無理なら、俺が戻るまで足止めしておけ。最悪でも、負けたり死んだりすんな。
 あと、あいつが持ってる刀は、一度振るだけで8回自動攻撃して、かつ霊力吸収機能付だ。

 分かったか? なんか質問があれば、シロに聞け。そいつの方が詳しいかも知れん。
 まぁ、そっちにゃメドーサもいるんだ。何とかなるだろ。と言うか、何とかしろ。
 んじゃ、また会う日まで。

 伊達雪之丞』


シロからもたらされたユッキーの手紙を、俺は一気に読み終えた。

そして手紙をたたんで、視線を空へ。そこで、一度息を吐く。

そんな俺に対し、シロは緊張した面持ちで、こう言った。


「横島殿。どうか、お力を貸して頂きたいでござる」

「ん、あぁ……」


俺はシロに、気のない返事を返した。

何と言うか、現実感がなかった。いや……認めたくないだけか。

つまり、まとめるとだ。

俺はついさっき、ワケも分からんやつに負けて、メドーサさんと愛子を連れ去られて、

そこに来て、今後フェンリルと言う狼の王つーか、神を目指すトチ狂った人狼が襲撃してくると?

ユッキーが傷を負わせたから、今すぐじゃないだろうけど、そのうち来ると?

いさとなればメドーサさんに相談しろと言われても、メドーサさんはいないわけで?

順番的には、あいつを倒して、メドーサさんを助け出して、人狼について相談して、

そして対策を立てて、神になろうとするその人狼を倒すと?

人狼の里からの援軍は、このシロすけ『見た目が小学1年生』のみと?


「と言うか、何でユッキーは妙神山じゃなくて、人狼の里に?」

「あぁ、それは『迷って間違えた!』とのことでござる」

「…………そ、そうか」

「ちなみにその侵入騒ぎのせいで、犬飼が八房を奪取出来たのでござる」


えーっと、つまり、この厄介事の主原因はお前なのか、ユッキー?

馬鹿な人狼を止めろとか、足止めしろとか、

すげぇ上から物を言ってるけど……基本的にお前が悪いんやないんか!?


「それで、お二人の師匠というメドーサ殿は、いずこに?」

「いない」

「…………ほぇ?」

「今ついさっき、見知らぬ男に誘拐された。ついでに、俺はボロ負けした」


――――――シロは俺の言った言葉が理解出来なかったのか、ぴしりと固まる。

いや、理解出来たからこそ、その事実を飲み込むために、固まったのか。

どうにしろ、再起動して最初に出た言葉は、こんなものだった。


「で、では、どうすればよいのでござろう?」

「あー………………今日はもう、寝る」

「寝てしまって、よいのでござるか?」

「痛いし、疲れたし。明日の朝、改めて考える」


疲れた頭で、今から策を練ったとしても、何らいい案は浮かばないだろ。

つーか、もう肉体的にも精神的にも、一杯一杯なんだわ、俺。


「シロも疲れただろ? 人間の街で迷子にもなったんだし」

「す、少し道に迷っただけでござる!」

「だから、それが迷子だろーが。いいから来い。寝るぞ」

 
俺はシロが担いでいる荷物を取り上げて、自室へと向かう。


「全部もう、明日だ。明日は明日の風が吹く!」

「おぉ、何だか名言でござるな!」


そんなわけで、俺は現実逃避気味に、夢の世界へと旅立ったのだった。




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