第十話





俺は今の住処であるホテルの一室で、精神集中を行っていた。


慣れた感のある結跏趺坐の姿勢を取り、虚空に自身の持つ文珠を出現させる。

この世界に来る時に持っていた文珠は、10個。

時間移動に14文字使うから、24個をストックしといたってことだ。

今さらのように思うけど、結構溜めたよなぁ。

そして、この世界に来てから生成した文珠が、9個。

つまり、今朝の時点で文珠のストックは19個。24個には及ばないけど、結構なモンだろ?

連日面白みのない観察を続けつつ、よくそれだけ生成したもんだと思うよ、マジで。


しかしわずか一日にして、その数は激減してしまった。


果たしあう公園内に乱入者が来ないよう、人『払』いの結界を展開して、

メドーサと愛子を『固』め、石化の魔眼の『解』除をし、ここの俺も『固』めて、

『呼』『応』の文珠を作り、転『移』を4回して……公園を元に『戻』して…………。


えーっと、今日一日だけで11個か? ここの俺の観察を肉眼でやっておいてよかったなぁ。

19引く11で、残りは8個。そしてこの8個も、どんどん減ってくんだろうなぁ。

文珠を連発なくても、メドーサと『ここの俺』はどうにか出来た。

それこそ、メドーサは大気圏時とコスモプロセッサの再生時に倒しているから、

ここのメドーサも『滅』の一文字で、何とでも出来るだろう。

俺には『メドーサを圧倒する俺』が明確にイメージ出来るしな。

でも、今後のことを考えると、理不尽な『万能さ』を見せ付けとかなきゃいけないわけで……。

そう。メドーサを倒すことが目的じゃない。『よく分かんないけど凄い』と思わせることが目的なんだ。


「とは言え、今後が不安だなぁ。このペースで減ると」


俺は集中を解いて、そう独白する。

今回の集中で生成出来た文珠は一つ。やっぱり、生成ペースは速いほうがいいよなぁ。

ここの俺には、一日20個を目標にさせよう。もちろん、言うまでもなく達成不可能だろーが。

まぁ、目標を高く持っておくことに越したことはないだろ。

もしかすると、目標の半分くらいには到達するかも知れんし。

学校の裏山に登れと言いつつ、実はエベレストに登らせてしまうわけだな。

半分でも登れば、大したモンだってことで。


俺は再び精神集中を始める。今度は文珠の生成ではなく、文珠に効果付随させるための集中だ。

人物を想起し、その言動をイメージし、成立するであろう会話をも形作っていく。

――――――文珠に浮かび上がる文字は『夢』だ。

これを使えば、俺のイメージを他人に夢として見せることが出来るだろう。

無論、これを使うのは『この世界の俺』だ。

俺が思い描いたメドーサが、あいつに文珠会得法を伝えるんだ。

これは効果覿面だろう。囚われの身ながら、情報を与えてくれる……燃えるシチュだろ?

俺も何度、夢や妄想を通して奮起したことか! 


「メドーサの方はアシュが上手くやるだろうし、俺もお仕事に行きますかね」


メドーサと愛子は、もう夕飯を食い終えただろうか?

もうすでに時刻は午後9時。

ごたごたとしてはいただろうが、まぁ、普通に考えれば終わってるだろう。

ルシオラたちはメドーサと顔見知りだから、かなりギクシャクしたんじゃないだろうか?

愛子が何も気付かなきゃいいんだろうけど…………どうなることやら。


実は魔王候補の手下で、色々ヤバイこともしていて。

好きな男には、裏の顔なんて見られたくないわーな。女として。

それこそ、令子ですら西条と再開した時は、猫を被ってたくらいだし。

いつかは話すべきなんだろうが、どう考えても今はダメ…………いや、話し方次第か?

例えば『横島。私を、アシュ様の呪縛から解き放って!』とか?

でもそれだと、アシュがここの世界の俺にとって敵になる。

そうなると『世界の殻を破って創造主たる外界のアシュを倒す』と言う、

ここのアシュの最終目標はかなり遂げにくくなるしな。やっぱダメか。

いっそ、最後の最期まで騙し通してもらえばいいかなーとか、俺は思うぞ、うん。

メドーサ的には心苦しいかもだけど、まぁ、その辺は折り合いをつけるってことで。

言うのは怖い。でも、言わないのは心苦しい。

メドーサは性悪で極悪なやつだと思ってたけど、裏の顔を持て余して思い悩むのは可愛いかも知れん。

くっ。なんで俺の世界のメドーサはあんなんで、こっちのは…………いや、止めよう。考えても無駄だし。


俺は頭を振って、思考を切り替える。今考えるべきは、この世界の俺についてだ。

俺は今からアパートの部屋に飛んで、この『夢』を見せるわけだ。

ついでに4つの文珠も発動させる。それは『加』『速』『空』『間』だ。

部屋の四隅に置けば、老師が俺に施してくれた状態に、少しだけ近づくはずだ。

実際に体験したとは言え、ハヌマンと同等の加速空間を再現出来るとは思わない。

でも、しないよりはマシだろう。夢を通してなら、魂だけが上手く加速する……と思うし。

多分だけど、俺自身が何となくそう思う。少なくとも、起きてる時よりは上手く行くと思う。

そして俺が上手く思うと思う以上、一定の効果は必ずある。それが文珠ってもんだ。


俺はホテルの部屋を出て、夜の帳の降りた街を歩き行く。

アパートまでは徒歩と電車だ。転『移』してもいいけど、文珠は出来るだけ残しておきたいしな。

それに、あいつが起きていたら、色々と面倒だし。まず外からそろーっと中を確認しなきゃな。

あぁ、あいつだけじゃなくて、シロもいるのか。

そう言えば、アシュからメールが来てたしな、さっき。


駅で困っているシロを、帰宅途中のアシュが発見。

親切を装い、それとなくこの世界の俺のアパートまで送り届け、

自らの目で『横島忠夫の状態』と『自分を覚えているのか』を確認。

俺と同様に、ここの世界の俺もアシュを見て、何も感じなかったそうだ。

さらに言えば、直接まともな会話もしなかったからか、額から血も流さなかったらしい。

つまり、あいつは人間として、何食わぬ顔でこの世界の俺と接することも可能ってワケだな。


犬飼が都内に出てきた時、アシュが襲われる可能性もある。

困っているシロを助けることで、あいつの『匂い』を採取することも出来たわけだ。

それを上手く漂わせれば、犬飼が向こうからよって来る状況も作り出せる。

さらにそこに、この世界の俺を居合わせるようにすれば…………。

そう、上手く行けば、横島忠夫の能力覚醒に立ち会えるかもしれない。

あるいは、危ないところを助けてもらった命の恩人っつーようなスタンスで、

イイ感じの関係を築いていくような目論見もあったりする……のか?

なんか『全部仕組まれてる』って、こーゆーことなんだろうなー。

まぁ、実際どうなるか知らんけど。


イメージが上手く行かない以上、俺には未来なんて『視』えないし。

時間移動は出来るけど、過去にしかいけないんだよなー。

それこそ『昨』『日』には飛べる。すぐイメージ出来るし。でも『明』『日』は不可能だ。


うだうだと考えていると、見慣れた家並みが視界に入った。おぉ、そろそろだ。

あ、あった。懐かしいな。『小鳩ちゃん』は、まだ越して来てないんか?

どうにしろ、俺の部屋は電気が消されている。

疲労困憊だろうし、まぁ、当然かもしれないな。

シロもいるから、自家発電に勤しむわけにもいかんだろうし。

…………って、下手すると、まだシロが女の子だって、気付いてないんじゃないか、ここの俺?

シロも大怪我をして超回復しないと、パピリオよりお子様な外見だしなー。髪も短いし。


「失礼しますよーっと」


俺はドアノブを握り、ゆっくりと回していく。

防犯意識は欠片もないらしく、鍵はかかっていなかった。

見ていた限り、戸締りは愛子の担当らしいから、これは当然かもしれない。

おい。愛子がいるせいで、余計にダメになってないか、俺?

せめていないならいないで、寝る前に自分で鍵くらいかけろよ。

俺は学生時代に、ちゃんと――――――……まぁ、過去のことはどうでもいい。


俺は室内に侵入する。

その途端、何かを蹴っ飛ばしていまう。どうやら目覚まし時計らしい。

そしてその時計は、この世界の俺の隣で寝るシロの頭に直撃する。


「うぅぅ〜……にゃんでござるかぁ?」

「猫か犬か、はっきりしろよ」

「拙者は、おーかみでござ…………ふぇ?」


シロは寝惚けた視線で、俺の姿を認めた。そして――――――


「あー、横島殿がおっきくなってるでござるぅー」


なんだか間の抜けた声で、そう言ってくる。

何となく微笑ましくなった俺は、シロの頭をそっと撫でた。

夢だ。これは夢なんだ、シロ。だから、ゆっくりとお休みー?


俺が髪を梳いてやると、シロは再び目を閉じる。あぁ、可愛いもんだ。

この頃のシロは、散歩もしなくてよかった気がする。

まぁ、フェンリルの件のせいで、そんな余裕がなかっただけかもだが。

フェンリルの一件が終わって、予防注射で再会して……その時に東京見物が出来なかったからか?

いつからか、シロの散歩に振り回され始めたんだよなぁ、俺って。


俺はシロから手を離し、落ちていた目覚まし時計を手に取った。

シロは日が登れば、人の姿を維持出来ない…………はずだ。

だから、目覚めは朝日が昇る少し前に変えておいてやろう。何て親切なんだ、俺。

起きていきなり犬が寝てたら、びっくりするだろうからな。うん、つくづく親切だ。

ちなみに文珠の効果が切れるのが、大体その辺な感じがするとか、そう言う理由は一切ない。


「んじゃ、いい夢見ろよー」


俺の思い描くメドーサだから、現物と多少の差異はあるだろう。

でも、夢だ。ディティールは気にする必要はないだろう。




俺は合計5つの文珠を発動させて、アパートを後にした。




はぁ、これで一仕事終えたな。

野球選手をサッカー選手に帰るか。確かに大変だな、こりゃ。

とりあえず魔眼は封じた。そして、霊波刀の存在を知らせた。

上手く行けば、シロも何かアドバイスをくれるだろう。

あぁ、アシュがわざわざシロを届けたのも、その辺を考慮してか?


それはそうと――――――……


「どうしても、エネルギーが足りないな。んー……補給に行くか」


――――――そう呟いた俺は、夜の歓楽街へと消えていった。

俺がどこに赴いたのかは、まぁ、想像にお任せする。

翌朝、俺のエネルギーはそれなりに回復したとだけ、言っておこう。



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