第十七話





私・愛子とメドーサさんの、古びた洋館生活1日目は、特に何もないまま終わったと言っていいと思う。

タダスケさんに瞬間移動させられて、気づいたらすぐ傍にお屋敷があって。

中学生、小学生、幼稚園生と言う年齢差の三姉妹に迎え入れられて、食事をして……。

それから部屋を―――未使用らしい天井部屋だった―――与えられて、終わった。

大人しくしていてくださいと、そう一番大きな女の子に言われただけで、あとは特に何もなかった。

脅されたり、ひどいことをされると言うことも、やっぱりなかった。


けれど、メドーサさんは目に見えて顔色が悪い。

ここに来る前に、タダスケさんに何かを呟かれてから、どんどん顔色が悪くなっている。

気にし過ぎなのかもしれない、と思う。でも、私にはそう思えてしまうのだから、仕方がない。

普段が凛として、余裕に溢れているメドーサさんだからこそ、余計に……。


一体、何を言われたんだろう? 気になるけれど、聞くわけにも行かないと思う。

それに、メドーサさんがあの三人の女の子を見る目も、少し変。

一番小さな子が『はじめましてでちゅよ、メドーサお・ば・ちゃ・ん?』と、

ひどくイタズラ子っぽい表情で言っていたけれど……でも、それを気にしたとも思えない。

おばちゃんと言われて不機嫌になっているような感じじゃないから。


私は、何も知らない。そして強くもない。

いざと言う時に、何の役にも立たない。

だからメドーサさんは何かに悩んでも、私には相談しないのかも知れない。


「メドーサさん、大丈夫ですか? なんだか、辛そうですけど」


私には、そうやって声をかけることくらいしか出来ない。


「ん……あぁ、何でもないよ。少しばかり考え事さ」

「そう、ですか。これから、どうします?」

「…………それを考えているところだよ」

「そうですか」

「ああ」


――――――うぅ。ど、どうしよう? 会話が続かないわ。


「え、えーっと、しばらく学校に行けそうもないですね。ちょっと、落ち込んじゃいます」

「……そうか。あぁ、すまない。しばらく、そっとしておいてくれ」

「あ、はい。ごめんなさい」

「いや、いい。こっちこそ、言い方が悪かった。すまない」

「いえ、いいですけど……」


私との会話を打ち切って、メドーサさんは黙り込む。

そっと目を閉じて、顎に手を添えて……思考の海へと潜って行っているみたい。

私は本体である机を窓際に寄せて、その上に座る。

特にすることもないので、外でも眺めているしかない。

あぁ、まるで夏休みになって、しばらく教室に誰も来なくなって……暇を持て余していた昔みたい。

洋館生活2日目で、早くも色々とダメダメです。

横島クン。私たちは別に超危機的状況でもないみたいだけれど、出来れば早く助けに来てください。

私には、この沈黙が凄く痛いです。


横島クンの騒がしさと言うか、元気のよさって、凄かったのね。

そんなことをつれづれと実感してしまいます。


ちらりと、横目でメドーサさんを確認。

メドーサさんは静かに、ただただ静かに、まるで瞑想をしているみたい。

邪魔をしちゃ悪いから、私も黙っていなくちゃ。


…………沈黙は金って、本当なのかしら? うぅ……。
















            第十七話   踏ん切りをつけるって、大事ですよね?















気がつくと、そこは暗くどこまでも深い空間だった。

これまでいた場所とは違う……長い時間を経た場所だった。

どこだろうか、ここは?

………あぁ、誰かが俺を呼んでいる。

あれは…………あれは……あれは?


――――――はぁ。無意識に、俺は嘆息する。


自身を不幸だと呪うことに、意味などない。

ましてや、自身が不幸だと酔うなど、害悪でしかない。一利もない。

そうであると分かっている。分かっているけれど……だが、しかしだ。

俺は俺自身に対して次々と降りかかってくる不幸に、頭を抱えずにはいられない。


確かに、俺は影が薄い。その存在を忘れられることは多いと言えるだろう。

姿を見せず、声も出さず、ただひたすらに沈黙を守り続ける存在。それが、今までの俺だった。

うむ。自己分析中に頷いてしまうほど、忘れ去られても仕方のない存在だろう。


だが……だが、しかしだ。俺は決して、存在しないわけではない。

ましてや、延々と意味もなく時間を過ごしていたわけでもない。

俺は俺なりに、俺と言う存在を賭けて、やるべきことを成そうとしていたのだ。

他者の眼に、俺の努力は映ることがない。俺自身が見えないのだから、当然だ。

しかし、見えずとも存在していないわけではない。確

かにそこに俺の努力は、あったはずなのだ。……くっ、だと言うのに……!


……………はぁ。いくら嘆いても、状況は変わらない。

俺は今、里帰りをしている最中だ。

仕事場から、懐かしき実家へと帰ってきたと……まぁ、そう言う状況だ。

一言の通知もなくなっ! いきなり仕事場から、実家へと強制送還だ!

俺が手塩にかけて成そうとしていた仕事も、これでまた最初からだ!


細工は粒々丁寧に行った。まさに、至高の一つを作ることが出来そうだった。

長い時間をかけただけの意味はあったと、そう思える瞬間が迫っていたのだ。

完成式典を行う前日。世界に向けて、重大な情報を発表する瞬間……その刹那に前だった。

しかし、そこで強制送還された。


完成一歩手前の細工は、技師が消えたせいで、今頃崩れ立てていることだろう。

それだけ繊細なものだったのだ。例えるのであれば、一千億段のトランプタワー。

その最後の一段を乗せようとしたところで、作業者が拉致されれば、その騒動で…………。


俺の悔しさは、分かってもらえたと思う。

あぁ、そうだ。俺は悔しい。何故、俺はこんなにも間が悪いんだろう?

やはり、母親のせいだろうか? 

母親が不幸な生れであるが故に、俺までもが不幸なのだろうか?

せっかく実家に帰ったのだ。心行くまで、愚痴らせてもらう。

なぁ、我が母上――――――メドーサよ?


(ネチネチネチネチと、存外に粘着質なやつだね、アンタは)


俺のことは、コーラルと呼ぶがいい。

俺が自分自身で決め、横島もそれに異を挟まなかった。

主人が認めた以上、俺の名前はなんの問題もなくコーラルなのだから。


(そっちこそ、母などと呼ぶのは止めて欲しいもんだね)


こちらの言葉に、メドーサは眉を寄せてそう呟く。勿論口には出さず、胸中のみでだ。

俺は今、メドーサの中に取り込まれているので、口に出して受け答えをしては、これ以上ない一人上手だ。



さて、少しばかり状況確認をしようか。愚痴ばかり口にしていても、仕方がない。

繰り返すことになるが、俺の名前はコーラル。メドーサから、横島忠夫に対するプレゼントだった。

俺は魔眼とその行使補助のため、粘膜接触を通して横島に流し込まれた、メドーサの欠片なのだ。

戦闘ではメドーサの知識を引き継いだこともあり、横島に助言をしたこともあるほどだ。

なお、メドーサ本人は横島に対する洗脳効果を嫌ったのか、俺に恋愛の助けをするようには設定しなかった。

よって俺は、横島に『恋愛補助器具ではない』と、そう宣言したことがある。


――――――いや、まぁ、そんなことはどうでもいい。

とにかく、俺は主人である横島忠夫を補助する存在なのである。

そんな俺だが……去年の夏に横島がゴーレム(仮称)に襲われ、完全に定着する前に叩き起こされた。

主の危機である。目覚めたくなくとも目覚めて、危機を脱出するために努力するしかなかった。

結果、俺は横島にしっかりと定着するために、予定以上の眠りにつくことになった。

本来であれば、一定期間で俺は横島に完全に定着し、その能力を発揮するはずだった。

まったく持って、危機による不完全な目覚めと言うのは、理不尽だ。

俺が必死に横島に馴染もうと言うのに、それを邪魔するのだから。


しかし、俺に対する不幸はまだまだ続く。再び眠りについた俺を、横島が叩き起こしたのだ。

GS試験の一件で精神的に少々追い詰められ、話し相手を欲した事が原因だった。

何しろあの時の横島は、メドーサが死んだのではないかと憂いていたのだから。

俺はある意味ありきたりだとも思える言葉を、主人である横島へと送った。

しかし無駄にはならなかったようで、横島は精神的に持ち直した。

俺はそれなりの満足感を得つつ、再び眠りにつこうとした。

次に目覚めた時は、俺も完全なモノとなっているだろう。

桜が咲く頃に、また会おう。そう思いつつ、俺は意識を落ち着かせたのだ。


――――――だと言うのに、やはり俺はゆっくりと寝かせてもらえなかった。


いきなり俺を取り巻く世界が震えだし、消滅しかけたのだ。

俺を取り巻く環境に変化が起こるということは、横島忠夫本人に異常が起こると言うこと。

しかし、横島忠夫の身体は、瀕死に陥るほどの被害は受けていなかった。

仮にそうなっていれば、俺もあのゴーレム(仮称)時にように、気付けたはずだからな。


結果から言えば、時空消滅内服液なる魔法薬を含むケーキを食べた我が主は、

時間を遡り、遡り……前世である平安時代にまで到達していたのである。規格外なこと、この上ない。

時代を逆行する横島の魂を、必死に追いかける羽目になったのだ、俺は。しかも、寝起きに。

『全く、落ち着いて寝られやしない。お前はそんなに俺を、完全体にしたくないのか?』

そんな愚痴も出ようと言うものである。実際、その時で3度目になる予定外の目覚めだった。

2度あることは3度あると言うが……正直、もうお腹一杯だと言いたかったな、あの時は。

あんまり愚痴っても、主人である横島本人を追い詰めることになるので、我慢したが……。


平安の世にいくらか落ち着いた横島は、またしても俺を呼び出した。

理由は『いや、だって暇だしな』である。頼むから寝かせてくれ、と言いたかった。

しかし時代を遡って心細くもあるだろうし、俺が唯一の理解者と言う状況でもあったので、我慢した。

そう言う甘い部分は、メドーサの影響を多分に受けているのかもしれないな、とも思う。


その次に起こされたのは――――――メドーサよりも高位な魔族との対面時だったな。

正面から戦っても絶対に勝てない相手に、横島は媚薬をかけることで応戦した。

高位魔族が体感したことのない、意味不明な興奮のあまり、鼻血を噴いたあの瞬間は実に滑稽だった。


うむ。振り返ってみると、怒涛の時間である。まさに波乱万丈だ。


それ以降―――つまり何とか現世に帰還して以降―――は、まぁ……おおむね平和であった。

俺はゆっくりと眠るだけの時間を得、自らを完全体へと押し上げる作業に入った。

まぁ、基本的には眠るだけだ。

胎児が幼児に変わるように、ゆっくりと時間を過ごすことが一番の仕事だった。

だが、そこで俺はふと気づいたのだ。横島忠夫の魂が、異常なものであることを。

何度も何度も叩き起こされ、その度に横島忠夫と向き合ったことが、幸をそうしたのかも知れない。

横島忠夫の魂の奥底に、俺とは違う何かが、入り込んでいる。

それは俺よりも小さな存在であるにもかかわらず、非常識なまでに高密度なモノ。

横島の魂の総量を、何千個も圧縮したかのような、夢の財宝。


俺は歓喜した。眠ろうとしたベッドの下に金銀財宝があれば、喜んで当然だろう?

それでなくとも、俺は不完全な存在だった。しかし、この高密度なモノを使えば、

一気に階段を駆け上がり、オリジナルであるメドーサすら超えられるかもしれないのだ。

……あぁ、メドーサを超えると言ったが、それは下らない名誉欲によるものではない。

もっと純粋な、向上心だった。別に勝ち負けではないからな。


俺はそれを使おうとした。取り込もうとした。そうすれば、横島に迷惑をかけなくてすむ。

俺は完全体となるために、横島の霊力を奪っていた。余剰分どころの騒ぎではない。かなり奪っていた。

ことあるごとに叩き起こされ、安定性を欠いていた俺には、それだけの霊力が必要だったから……。

俺という存在を内包してから、横島忠夫の霊的な出力は、経験を重ねても向上しなかった。

よって横島本人も、自分の総出力はこんなものしかないのだと、

修行をしても、これ以上はもう伸びないのだろうと、そう認識していたかも知れない。

しかし、それは間違いだ。ただ、俺という存在が負担になっていたのだ。

俺のかける負担を超えることは、煩悩による一時的な出力上昇時ぐらいなものだ。

俺は常日頃から、自身の主人に一定量の負荷を与える存在だった。

俺は非常に申し訳ない気分だった。

――――――しかし、その思いも“これ”を使えば解決する! もう眠る必要もなくなるのだ!


俺は早速、それにラインを繋いで、エネルギー供給を開始しようとした。

……………だが、そうそううまくは行かなかった。

俺に流れこむエネルギーは、どう考えても“それ”の全体の1割にも満たなかった。

どうやら、高密度なそれの中に存在する、わずかな不純物しか俺には取り込めないらしい。

まぁ、それだけでも十分だと言えば、そうだった。俺を完全にするだけのパワーはあったのだ。


だが……もったいない。目の前には、使えない財宝があるのだ。

どうにかして、使えるようにしたい。諦めきれない。

完全体にもなり、定着も終わり、眠る必要はないのだ。

ここは一つ、これを使えるように作業に励もう。

横島と桜を見ることは出来ないだろうが、これには花見以上の価値がある。

そう、じっくりと時間をかければ、使えるようになるはずなのだ。財宝は、そこにあるのだから。


俺は集中して、作業に入った。横島の魂に“それ”を繋げて、チューニングを続けた。

時間はたっぷりとあった。そして、横島も命に関わる危機に直面することなく、俺は作業に没頭した。

実際『コーラル! 大変なんだ! 起きてくれ!』とは、全然言われなかった。実に平和だった。

GSの研修は続いていたようだが、時代を遡るようなアクシデントは、そう頻繁に起きるはずもない。


俺は鼻歌交じりで―――まぁ、鼻はないのでイメージでしかないが―――作業を進めた。


それは一種の娯楽だった。

俺は横島を補佐する存在でしかなく、趣味などあるはずもない。

俺は横島の霊視能力を向上させたり、石化の精度を上昇させる手伝いが出来るが……それだけだ。

つまり俺は他者の霊的な制御に干渉出来るわけだが……意味もなく横島を弄るわけにも行かない。

それは手助けでもなんでもなく、ただの害悪だ。

火事場の馬鹿力は、火事場に出すべきなのだ。

求められてもいないのに、発揮させてはいけない。


横島は弄れない。

だが、目の前の“それ”は、どれだけ弄繰り回しても、問題はないのだ。

誰にも文句は言われない。横島がパワーダウンすることもない。

言うまでもなく、横島の霊力を削る必要はないのだから。

……仮にエネルギー供給の接続がうまく行けば、パワーアップだ。


俺は実に楽しかった。まぁ、そのせいで結果的に、横島にある程度の負担を強いたのだが……。

相互ラインを馴染ませるため、俺は“それ”に横島の霊力を流し込んだのだ。

無垢な“それ”を、横島の魂の色で染めようと言うか、何と言うか……まぁ、そんな感じである。

朱に交われば、すぐにモノは紅くなるだろうと、そう考えたのだ。

そのせいで、横島の出力は相変わらず、低いままだったりした。

でも、最終的にパワーアップする算段はついているので、帳消しだろう?

と言うか、俺をゆっくりさせなかったのが悪い。少しくらい、楽しませろ。

そんなこんなで、屁理屈と言う名の理論武装も完璧だった。



そして接続が完璧となり、エネルギー供給を開始すると言うところで――――――……



コーラル、起きろ! そう言えば、俺は今日、GS研修を終えたんだ!


――――――こ、このタイミングで、それを言うのか!?――――――


しかも、割と研修を水増しされてたりしたんだ! だからお前もさっさと起きろ! 寝坊だぞ!?


――――――いや、俺は寝てない! 寝てないぞ!?――――――


いや、お前の眠りをちょくちょく妨げて、ゆっくりさせなかった俺が言うのもなんだけど!


――――――まったくだ。大体、誰のせいだと……いや、まぁ、お前だけのせいでもないが――――――


その辺はまた後でゆっくりじっくり謝るから、今は起きてくれ!


――――――俺は意識を持ち上げ、主の声に答えようとし、そして気づいてみれば…………里帰り。

俺が起きるより僅かに早く、横島はメドーサとキスをしたらしい。

そこから俺はメドーサに吸いだされ、その内へと落ちて行ったようだ。だから、今は、メドーサの中にいる。


あと1週間あれば、エネルギー供給による試運転が終了して、

もう1週間あれば、噴出したであろう問題点を克服して、

さらに1日あれば、仕上げも終わって、横島忠夫が新生したと言うのに!


あと一歩で、すべて無駄。

なんと言う、理不尽さ。

これで嘆かずに、どこで嘆く?


(……そうか。じゃあ、あそこで戦闘が起こったのも、アシュ様の計算づくか?

 魂の結晶をコーラルに勝手に使われる前に、何とか止めようと……? いや、しかし……)


アシュ様? 誰だ、それは? 知らない名前だな。計算づくだと?

俺はメドーサの呟いたその知らぬ誰かの名前に、機嫌をさらに悪化させた。


そう言えば、俺はメドーサから引き継いだ記憶・知識の中に、幾つかの空白部分がある。

魔界にいた頃など、完全に丸ごと抜けている。アシュ様とは、その頃の知り合いか?


(…………まぁ、そう……だね)


言いにくいことなのか? しかし、聞きたいものだ。俺の一大事業が、ご破算になったのだから。

仮に今の俺を横島忠夫の中に戻してくれたなら、“あれ”からエネルギー供給されずとも、

あの鼻血魔族を完全石化させられそうな勢いだ。怒りで……このたぎる怒りで……。


…………あぁ、勿論それは幻想だろう。大きな実力差は、そう簡単には埋まらない。

何が言いたいかと言えば、俺はそのくらい機嫌が悪く、まだまだ愚痴り足りないと言うことだ。


(もう十分に愚痴っただろう? 今度は私の愚痴を聞いてもらいたいね)


むぅ。まぁ、いいだろう。そもそも、俺は現状を把握していない。

どうして俺は横島忠夫の中から、メドーサに抜き取られたのだ?

抜き取られたと言うことは理解したが、その経緯がよく分からない。

我が主たる横島は、どうしてあのような切羽詰った声を投げてきたのだ?

多少のダメージは身体に負っていただろう。作業に励んではいたが、それは認識していた。

作業に集中するあまり、主が瀕死になっていることに気づかぬようでは、存在する意味がないからな。

しかし、俺を起こすほどの危機だったのか?

まぁ、メドーサが暗い表情をしている以上、そうだったのだろうが。

と言うか、ここはどこだ? 

メドーサが瞳を閉じているせいで、資格を擬似的に得られず、俺は周囲を確認できない。


いや、まぁ、色々と疑問はあるが…………どうにしろ……

せっかく定着したと言うのに、また苦労をする羽目になるのか、俺は……。

もちろん、一度は定着したのだから、横島も俺を受け入れ易くなっているはずだ。

よって、以前とまったく同じだけの苦労はしなくてすむかも知れない。

だが……はぁ…………あぁ、えーっと、それで? 何事だ? 


(そうだね。まず、何から話すべきか……)


メドーサは額に眉を寄せて、言葉を探したようだった。

まぁ、時間はたっぷりとある……のだろう?

メドーサは命の危機に怯えているようでもなさそうであるし。

仮に危機が迫っているのであるならば、俺の愚痴など聞くはずもないのだから。


さぁ、話すといい。聞いてやろう。

たまの里帰りだ。少しくらいは、親孝行をしてやろう。

どう言ったところで、俺はメドーサに生み出された存在。それは、事実なのだから。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




メドーサの話は、実に長いものだった。

俺が寝ている間に起こったことは無論、俺が生れる前の話……あるいは、魔界の頃の話まで。

実に多岐に渡り、俺の中にあったメドーサの情報の空白部分は、そのほとんどが満たされた。

情報そのものを欠片として俺に追加してくれたので、相応に臨場感もあった。

まぁ、それは俺のためではなく、説明することが面倒だったり、あるいは忌避したが故かもしれないが。


何にしろ未だに空白である部分は、どうでもよい瑣末な類ばかりであるはずだ。

俺としては、別にメドーサが下着や香水や装飾品に、どのような個人的嗜好を抱いていたとしても、

まぁ……どうでもいいので、追求はしない。あっても必要のない情報だ。

仮に俺が恋愛補助のための存在ならば、横島とメドーサの中を円滑にするために、

是が非でも回収するべき情報だったかも知れないが。あぁ、ただの補助存在でよかったな。


(……私はこれから、どうすればよいのだろう?)


俺への話を終えたメドーサは、先ほどまでとはまた雰囲気が異なっていた。

少なくとも、先ほどまでは俺の知る『普通のメドーサ』だった。しかし、今は違う。

元気がない。いや、覇気がないと評するべきだろうか? 何処か、儚げだった。

迷子になった子供。闇に怯える子供。それに近い印象を受ける。


(コーラル。お前は……どうすればいいと思う?)


肩を落とし、懺悔する罪人のような雰囲気を漂わせつつ、メドーサが言う。

お前は一体、いくつの小娘なのだ? 我がオリジナルよ……とでも言いたくなるな。


ふむ。具体的に話をする前に、一先ず現状を確認しよう。

そもそも俺は霊的補助以外には、思考することくらいしか出来ない。

そんなわけで、考え事は実に楽しく感じる今日この頃だ。

一つの作業に集中していたが故に、今を新鮮に感じもする。

さらにお題が俺自身のモノではなく、他者であるメドーサの悩みであれば、なおさらだ。

あぁ、これが他人の不幸間蜜の味……だろうか?

そう思えるあたり、俺とメドーサの独立性はしっかりしているらしい。

欠片である俺が、オリジナルであるメドーサの中に還ってこれであれば、及第点だな。

独立が不十分であれば、俺も我がことのように悩み、落ち込んだかもしれないから……。


さてさて――――――……まず、メドーサはアシュタロスと言う高位魔族の手下である。

そしてアシュタロスの手足となり、これまで様々な仕事をしてきた。

人間界で活動していたのも、その一環である。

当然、横島忠夫に思われているほど、メドーサは好い存在ではない。

横島が想像するであろう“残忍な魔族”があるとすれば、それ以上の事をしたこともある。

そして……アシュタロスは、横島忠夫に含まれる魂の結晶を重要視している。


それを踏まえた上で、ここ最近に起こった出来事は――――――……

横島忠夫が、アシュタロスの友人である横島タダスケに撃破される。

それは横島忠夫の成長促進のための決闘であった……と言われている。

その折に、本来は存在しない不純物である俺・魔眼コーラルは除去される。

その後……つまり今現在、メドーサと机妖怪の愛子は、アシュタロスの屋敷で軟禁中。

メドーサが目を閉じているので確認出来ないが、すぐ傍には愛子がいるのだろう。


(アシュ様が何を考えているのか、分からない……。

 あの三人娘も、多分すべては知らされていないと思う。

 横島タダスケも、やはりアシュ様からすべてを知らされてはいないはずだ)


アシュタロスことあの鼻血魔族は、随分な秘密主義であるようだ。

時折意味深な言葉を発する割に、重要で本質的な台詞は口にしないらしい。

特定の人物や団体……あるいは国を『敵』言えば、まだ具体性のあるだろう。

しかしアシュタロスは『敵は宇宙意思』などと言う、実に微妙な存在である。

それが何を示しているのか? 比喩か? それともそう言う名の存在が、確固としているのか?

仮に名乗っているものがいるのであれば、それはどこにいるのか? 人界か? 魔界か? 天界か?

あぁ、確かにこれは分かりにくい。先が読み辛い。メドーサが戸惑うのも、無理はない。

足がかりからして、不安定なのだ。そこから推測を進めるのはあまりに困難だろう。

まるで占い師だな。あまり気にしない方がいいだろう。

6割はハッタリだと思っても、よいのではないだろうか?

……うむ。やはり考え過ぎる事も、よくないな。


――――――大体、俺が思うに……メドーサの『どうすればいいのか』と言う悩みは、別だろう?


(私の悩みが、別にある……だと? 私は今後、どう出ればいいかを考えているんだぞ?)


いいや、違うと思われる。おそらくは、それ以前の問題だ。

思考がループしていて気づかないのか、あるいは気づきたくないのか。

それとも普通は気づかないものだが、欠片である俺だからこそ、すぐに気づけるのか?

そのあたりは判別がつき辛い。

記憶と知識を探ってみても、魔族メドーサが他者の『恋愛相談』に乗ったことは、ないのだから。

しかし、そんなことは大して重要ではないので、先に話を進めよう。いいか、我がオリジナルよ。


(その下らない大仰さは、一体どこから湧いて出たんだい?)


横島の補助をするため、俺の思考は論理的に設定された。そうしたのはお前だろう?

そして俺は悩むものに対して客観的な情報を与え、答えに導こうとする。

あぁ、そう考えると、内容が戦闘であろうと恋愛であろうと、やることは同じか。

俺がメドーサの悩みの本質を見抜いたのは、メドーサの初期設定のおかげだな。

文字通りに自業自得か?


(……さっさと話を進めろ)


横島を相手にしている時の方が、気楽だな。まだ素直で可愛げがある。

そう言う意味では、メドーサの方が出来の悪い生徒なのかもしれない。

しかし、これ以上無駄口を叩くと、相応の怒りを買いそうなので、今は従っておこう。


では、メドーサ。俺の説教じみた話など、あまり聞きたくないだろう。

それは俺が元はお前の欠片である以上、かなり屈辱であろうから。

だが、参考までに聞いて欲しい。


メドーサ。お前が悩んでいる『どうすればいいのか』は、今後の具体的な行動ではないと思う。

その行動を起こす前に、まず躓いている。

何故なら、ここはアシュタロスの娘が住む屋敷で、アシュタロス本人も出入りしているのだろう?

当然、この部屋から出るだけで、本人や娘と顔を合わせる。


彼らは……特にアシュタロスは、お前のこと深く知っている。

お前がどうして人間界に来たのかを、知っている。過去にどんなことをしたのかも、知っている。

場合によっては、お前が香港で風水師を殺し回る任務を受けたかもしれないことも、知っている。

お前はそれを愛子…………さらには、横島に知られてしまうことを、怖がっている。

自分の過去や素性を深く知られることで、忌避されるかもしれないと、怯えている。

よって、この部屋から出て行けない。怖くて、行動を起こせない。

どうすればいいのかと、足踏みをし続ける。


愛子の『どうしましょう?』と言う問いに、答えは『しばらくは様子を見る』だった。

しかしそれは、豪胆さから出た言葉ではない。そうするしか、なかったのだろう?

屋敷に来いと言う相手に対し、反抗するだけの余力がなかったのだろう?

よって、かすかに残っていた余裕で虚勢を張って、この屋敷に来たまでは良かった。

…………だが、それ以上は動けなくなった。余裕がなくなったからだ。


(――――――…………っ!)


俺の言葉は、意外でもなかったらしい。やはり薄々は、気づいていたのだろう。

しかしそれを直視したくはなかった、と言うところか。

メドーサは俺の言葉に、肩を大きく一度だけ震わせた。

あぁ、やはり……まるで小娘。いや、少女か。


人間界に存在する伝承を読まれた程度では、メドーサは苦痛を感じない。

だが、過去の上司からこれまでの働きを暴露されれば?

仮にそこで、横島が『嘘だ! メドーサさんはそんな人じゃない』と言ったならば?

メドーサは余計に辛い思いをするだろう。

横島が心の底から叫べば叫ぶほど、メドーサの過去の悪行を信じようとしなければしないほど、

メドーサの座るむしろの針は、鋭くなっていく。何故なら、メドーサが嘘をついているからだ。


メドーサは『明らかに人間の一方的な都合で、滅せられようとしている霊の保護』をするため、

人間界で活動し、GSを育成しようとしていると、そう横島に言った。初めて会った、あの日に。

だが、まずその最初のお題目からして、嘘なのだ。嘘から、今の関係が始まっている。

メドーサは自身の暗部を隠し続けている。だからこそ、辛いのだ。


(じゃあ……どうしろって…言うんだ? 全部……包み隠さずに……言えと?)


そうすれば、間違いなく忌避される。

そう予想しているからだろう、メドーサの表情はさらに暗くなっていく。

陰気なその様は、魔族と言うよりも性質の悪い浮遊霊にも見えた。


さて、どうしたものか……?

実際、俺からしても、メドーサの悪行は少々引く。

何しろ記憶の空白部分は、ほぼ全て悪行三昧である。

知らなかった情報を得られて嬉しいなどとは、あまり思えない。

メドーサに恋心を抱いている横島にとっても、辛いだろう。


そもそも、メドーサが横島に出会った時に思ったことは『有能なコマになるかも』であり、

さらにその後しばらくの評価は、『お馬鹿な愛玩用の玩具』であった。

またお題目に関しても『霊を保護する? この私が? 無償で? そんなはずがないだろう』と、

胸中で思いっきり吐き捨てているぐらいだ。全然、好い存在などではない。むしろ普通に魔族らしい。


救いと言えば、直接人間を手にかけたことがほとんどないことか?

魔族相手には凄惨で残虐な行為を行ったこともあるメドーサだが、人間にはあまり手を出していない。

だが、それも人間を下等な生き物であるとし、ゴミ扱いしていたからである。

人間がわざわざ、ミジンコ専用の拷問器具を開発しないのと、そう変わらない。

曰く『人間? はっ……下等なゴミさ。最初から期待してないよ』である。

これは過去の作戦で、任務を失敗した人間に対し、メドーサが呟いた台詞である。

うむ、やはり普通に考えれば、かなり極悪だ。


しかし、まぁ、相手は横島忠夫である。意外と気にせず、受け入れるかもしれない。

例えば『あー……メドーサさんも、昔はグレていたんスねー』とか。

お気楽と言うか、事の重大性を分かっていないと言うか……まぁ、そう言う人間である。

勇気を持って自分から『昔は荒れていたもんさ』と、少しずつ告白していけばいい。

何も一度に、全ての悪事を言い放ち、そして赦しをこう必要はないはずだ。

そして、横島を好いた後の行動も、過去と同じくらいに重要視されていいはずだ。

そう。過去がどうであれ、今現在は人間に対し、多少軟化しているのだ。これは確かに、進歩なのである。

それに、こんなことは言いたくないのだが――――――……


(……? な、なんだい?)


俺が言葉を途中で区切ったからだろう。

メドーサは怖々と、続く言葉を促してくる。

辛そうな今のメドーサを考えると、あまり言いたくはない。

これはある意味こじ付けで、真に的を射た話ではないのだ。

同じように扱うべきではないとも思う。

だがまぁ、言うべきなのだろうな。背中を押す効果は期待できる。


――――――メドーサ。お前はアシュタロスと同類だ――――――


俺は表層と最下層の思考を明らかに分化し、淀みなくそう言った。


…………アシュタロスの秘密主義に、メドーサは辟易しているのだろう?

自分には何も知らされず、いいように踊らされていることに、憤っているのだろう?

それなりに平穏であった生活を、友人のタダスケなる人物を用いて壊し、

軟禁と言うこの現状に押し込んだことに、はっきりと怒りを覚えている。そのはずだろう?

ここに来て現状を好ましいと考えるものがいれば、それはただの馬鹿でしかないはずなのだ。


さて、そうであるからこそ、メドーサは現状に言いようのない居心地の悪さを感じている。

しかし……一日中暗い雰囲気をまとっているのは、何も監禁だけが理由ではない。

アシュタロスの秘密主義に思うところがあるからこそ、ストレスを感じているのだ。


(…………コーラル。お前は、何が言いたい?)


自分に都合の悪い部分は全て覆い隠し、横島たちに嘘を突き通そうとしているメドーサ。

そんなメドーサは、自身が今憤っているアシュタロスと、同じなのではないか?


(っ!? 違う!)


自分の暗い過去も知らずに、暢気に近寄る横島忠夫は馬鹿だな?

最初の立派なお題目を唱えたおかげで、横島忠夫はメドーサを信頼している。

メドーサには、怯えない。例え飲み込まれても、石にされても。それでもだ。

機嫌を伺ったとしても、それはメドーサの笑顔が見たいという……実に馬鹿な考えによるもの。

無知とは恐ろしいな。真実を知れば、決して近寄りはしないだろうに。

見ていて滑稽だな。メドーサの仮面に見事に惑わされ、手の平の上で横島忠夫は踊るのだ。


(ち、違う……私は……別に、あいつをあざ笑ってなんて、いない……)


メドーサは力なく反論してくる。まずい、少々いじめ過ぎたらしい。

俺の言葉が辛らつ過ぎたせいで『もしかして自分はそうなのか』と、揺らいでいる。

実際に『馬鹿なやつだ』と思ったこともあるので、余計に不安定になるのだろう。

『お馬鹿なやつだ。ふぅ……私がいないと駄目なのだから、世話が焼けるな』などと苦笑することと、

『馬鹿なやつだ。所詮、人間など存在価値はないのだ!』などと見下すのでは、全く違うと思うのだがな?

何しろ前の台詞には、語尾に愛情がつけられているであろうからな。

しかし、ここでフォローしてもまた話が脱線する。さっさと話を進めよう。


むぅ。俺は起きるごとに、何かしら相談を受けているような気がしないでもない。俺は苦労人だろうか?


それでだ。同室の愛子が現状に不満を口にする度に、メドーサはいたたまれなくなる。

愛子は自分をここに連れて来たタダスケに不満を抱く。

そしてそれを彼に依頼したと言う、アシュタロス……芦優太郎に不満を抱く。

愛子はだからこそ、この状況に同じく放り込まれたメドーサに不満を口にする。

メドーサはきっと自分と同じように、現状に不満を抱いているはずだと考えてな。


だが、しかし――――――実はメドーサはアシュタロスの手下である。

同じなようで、実は愛子と同じではない。

むしろ、横島タダスケには不満ではなく、恐怖と感謝を抱いている。


――――――アシュの手下だってのは、秘密なんだろ?――――――
――――――あの馬鹿と愛子には黙っててやるから、協力してくれよ――――――
―――つーか、今の関係とか状態が壊れんよう、俺も一応、気を遣ったんだぞ?―――


秘密をばらされるかもしれないと言う、恐怖。

そして相手は黙ってくれていることに、感謝。

今の横島や愛子、そしてその他の関係は、メドーサにとって大切だから。

だから…………愛子の不満から出る言葉に、曖昧な態度しか返せない。

すると愛子はメドーサが暗い表情で頷くので、何か心配事があるのかと気にする。

自分では気づけない何かにメドーサが気づいて、そして悩んでいるのかと気を遣ってくる。

そしてまた、メドーサはそんな愛子に申し訳ないと言う気分となり…………あぁ、悪循環。

状況を客観視出来る俺からすれば、実に歯がゆい状況だ。


(だが……私は…………私は……)


実力的には指一本で消せるような机妖怪に対して、メドーサが戸惑い、悩み、怯える。

それは滑稽な様なのだろうか? 

あるいはアシュタロスは、どこからともなくこの光景を見、笑っているのかも知れない。

もっとも、そうである方が魔族らしくはある。今のメドーサが、魔族としては異常なのだろう。


(……………私は……)


メドーサはこれ以上ないほどに肩を縮こまらせて、震える。小さく、かすかに震える。

まぁ、これだけ考えたくなかったことを言い放たれれば、当然の反応なのかも知れない。

だが、俺に恨みを抱くことだけは止めて欲しいと思う。

俺は自分の身体もなく、常に客観的だ。

宿主が死ねば死ぬが……何と言うか……あぁ、そうだ。一種の傍観者なのだ。

そして論理的思考で状況改善の補助をするようにと、そう設定された存在だ。

俺に愚痴を言い始めた時点で、こうなるのはある意味分かりきっていたことだ。

俺からメドーサに捧げられる言葉は、まとめればこんなものだ。

―――現状を打破したいのであれば、一歩を踏み出すしかない―――

罪悪感が湧くのであれば、それを自分で解消するしかない。

だからいっそ、過去を自分からぶちまけてしまえばいい。

それは崖に飛び込むような気分かもしれないが、きっとどうにかなる。

具体的にどう動くかは、そこから考えればいい。

愛子に協力してもらい、俺を含めて三人で話し合ってもいい。


アシュタロスのことを気にし、横島たちのことも気にする。

そのくらいであれば、アシュタロスから切れて、全力で横島に当たればいい気がしないか?

横島に過去を知られるかもしれないと言う恐怖と、

アシュタロスに消されるかもしれないと言う恐怖の、どちらと戦うかだ。


どちらにしろ、用済みとなればアシュタロスはこちらを切る可能性がある。

ならば、最初から横島の元で精一杯、自身に出来ることを頑張ってみればどうだ?

まぁ、今の俺はかなり無責任な言葉を口にしているのかもしれないが…………。


(――――――…………受け入れてもらえると、思うか?)


分からない。確証はない。けれど、確信はある。

何故なら我が主はお馬鹿で、そして大らかだ。


(そう、か……)


あぁ。そうなのだ。知らなかったのか?


(…………いや、そうじゃないが……そうか。そう、だね)


メドーサは深く頷いた。そして長く息を吐き、ゆっくりと顔を上げる。

閉じられていた目が開き、それによって俺も擬似的に視覚を得、周囲を見やる。


それなりに広い部屋だった。大きなベッドが二つ並んでいる。

天井が少々低い。ここは屋根裏部屋だろうか? 小さな窓の外は、すでに暗い。

その風景を、机の上に座った愛子が、そっと眺めている。


「なぁ、愛子……私の話を、聞いてくれるかい?」


今まで胸中でしか声を発しなかったメドーサが、静かに言葉を紡いだ。

そのことに愛子は少しだけ驚いて、微笑を浮かべる。


「てっきり、寝てたのかと思いました」

「……考え事をしてたんだよ」


真剣に悩んでいたのにと、メドーサは少しだけ拗ねたようだった。

しかし、次の瞬間にはその表情が消える。


「なぁ、愛子……」


メドーサは再び、懺悔を始めた。

俺よりも気安くなく、そして得難いと思える存在に対して。


うーむ。しかし確固とした存在を持ち生活すると言うのは、なかなか面倒くさそうだ。

そして同時に、少しばかり心惹かれもする。何しろ、俺には恋愛など縁遠いことであるし。




さて、これからどうなることやら……?




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