第十八話
結界を発動させた、白竜会道場特別区画内。
そこで俺は、考える。
――――――あいつから勝利をもぎ取るためには、明確なビジョンが必要だと。
俺はいまだに新技を習得するには至らない。元より、俺より何歳も年上なあいつとは、大きな経験差がある。
例え新技を今日中に習得することが出来ても、それだけであいつに勝てるとは思えない。それは楽観過ぎるだろう。
時間が欲しい。たっぷりと、修行するだけの時間が……。
でも、実際にはそうも行かない。メドーサさんも愛子も、あいつの手の中にいるんだ。
時間は、もうそんなに残されていないと考えるべきだ。
だから俺は、霊気収集用の紋章内に座り込み、心身を回復させながらも、イメージトレーニングを続ける。
ぼうっとしている時間も、今は惜しいからな。やれることは、とりあえず何でもやらないとな。
「うぅぅ〜、刀にならんでござるぅ」
止めろと言ったのに、紋章の上に座る俺の隣で、シロは霊波刀を発現させようとしている。
俺のことをセンセーって言うなら、こっちの言うことを聞いて欲しいんだけど……。
まぁ、シロにも修行に励みたい理由はあるんだから、仕方がないのかもしれない。
俺ももし、親父を斬られたら…………あー……微妙に想像出来んな、その光景。
いや、って言うか、そんなことを考えてる場合じゃないか。そもそも親父なんてどうでもいい。
俺はシロから視線を離して、思考を内面へと向ける。
あいつとの戦闘を、考えて、考えて、考え抜く。
少しでも、決闘の最中に戸惑ったり、予想外の事態に陥らないように……。
暗い……井戸の底なんかよりも、はるかに闇に満ちた想像の空間で、俺とあいつは対峙する。
俺たちの身体からは、怒気や殺意……他にも色々なものが混じり合った、剣呑な空気が発せられている。
前回は、抵抗すらすることが出来なかった。あれは戦いにすら、なっていなかった。
――――――だが、今は違う。地獄のような特訓の果てに、俺は一段階上のパワーを手に入れたんだっ!
今回は、負けない。今日は、絶対に負けない。今日の俺は、覚悟だって決まっている。
想像の世界で、俺はまず決闘に対する心意気を整える。
前回は何も心が決まらないうちに戦いが始まって、そして負けていたからな……。
「ふぅっ……!」
俺は全身に力を流しやり、構えを取る。
あいつとの距離は、ほんの数歩ほど。
体重を前にかけ、力強く踏み出せば、もう間合いは重なり合う……そんな距離感だ。
想像のあいつは気を張るを俺を見て、嘲笑を浮かべた。
「お前は一つ勘違いをしているようだな」
「何だ? 俺が何を勘違いしてるって言うんだ?」
「お前は俺との決着において、新技が必要だと思っているようだが……別になくても倒せる!」
「なっ! そうだったのか!?」
――――――衝撃の新事実だった!
「ついでに……決着をつける前に、これだけは言わせてもらうぞ。
メドーサと愛子は、何かやたらと冷たい目で見てくるんで、
怖くなって近くのコンビニで解放しといたぞ。あとは俺を倒すだけだな!」
――――――衝撃の新事実、第2弾だった!
メドーサさんたちが解放されたなら、俺が戦う意味って、特にないんじゃ?
俺は顔に浮かんだ驚きや戸惑いを、何とかかき消す。
そして、代わりとばかりに自嘲的な笑みを浮かべ、あいつに向かって吼えた。
「それじゃあ、俺も一言だけ言わせてもらうぞ!
何か修行中にすっげぇパワーに目覚めたような気もしたが、
実際にはそんな夢見たいな話は、起こってくれるはずもなかったぜ!」
――――――あぁ、何かスッキリした。これで思う存分戦える!
「ふっ……では来い、トマトよ!」
「俺はポテトだぁー! まぞっほぉー!」
パチもんの大魔導師の名前のような掛け声とともに、俺はあいつに飛びかかった。
さぁ……俺の心意気が、勝利を呼び込むことを信じてっ!
ご愛読、ありがとうございましたっ!
横島クンのお仕事、完!!
………………何だ、これ?
第十八話 修行、完了…………?
胸中に浮かんできた、ワケの分からないビジョンっつーか、電波っつーか?
とにかくそう言ったものを全力でかき消して、俺は頭を振った。
ぶんぶんぶんぶんと振り続けると、遠心力で頭の中の血が片寄っていく気がした。
ぴたっと止めると、視線がぐるぐる回ると同時に、血がじんわりと脳に回って行った……ような気がした。
考え込んでいた俺が、突然頭を振り出したからだろう。シロが大きなハテナマークを背後に浮かべていた。
「どーしたでござるか、センセー?」
「いや、何か煮詰まってな。疲れてんのかなぁ、俺」
いや、間違いなく、俺は疲れてるんだろう。肉体的にって言うより、精神的に。
しかもあいつとの決闘とか、メドーサさんたちのことを思い悩むとか、そう言うこと以外のせいで。
俺はシロを見やる。別にシロが悪いってわけじゃないんだが……精神的に疲れた理由は、シロにもあったりするんだ。
昨日、実はシロが女の子であることが発覚した。風呂場で全裸になったことでだ。
そのせいで、俺に対して湧き上がる不名誉なロリ疑惑。道場の皆から突き刺さる、何とも言えない視線。
何とかそこでの騒ぎを収めて就寝し、そして目が覚めると――――――何故か同じ布団で寝ているシロ。
不名誉なロリ疑惑がリターン。再び突き刺さる、何とも言えない視線パート2。
つまり今日は目覚めたその時から、精神疲労がどんぶりに一杯だったわけだ。
何がどうって、シロが用意してもらったパジャマには、尻尾を出すための穴がなかった。
普通の人間の子供用のパジャマだから、当然だよな。するとシロ的には、お尻が窮屈なわけで?
就寝中に、いつの間にか下を脱いでしまうわけで? そのせいで、またロリ疑惑が強化ですよ。もうガッチガチだ。
無事に全ての事態を収めたとしても、この話がメドーサさんや愛子の耳に入ったら……俺はどーなるんでしょーね?
そんなことを考えると、目から熱い心の汗がじんわりと滲んできそうになるぞ、うん。
まぁ、こうしてシロと二人で修行するのを認めてるんだし、道場の皆も本当は分かってくれているさ!
ちょっとからかっただけさ。うん、きっとそうだ。
そう思っておこう。じゃないとやり切れんし。はふぅー。
俺は深々と嘆息して、がっくりと肩を落とした。ついでに、全身の力を抜いてみた。
だっらぁ〜〜〜〜と、緻密に描かれた紋章の上で、これ以上ないってほど、ダラけてみる。
世界制服を企む秘密結社の四天王……サバットか、ソバットか……シャガット?
えーっと、何かそんな名前のキャラのステージの背景に出てくる大仏像みたく、寝転がる。
身体の大部分が紋章の上から出るんで、霊気の吸収率は落ちるけど、今は気にしない。
背骨がポキっと、耳に心地いい音を立てた。
気張ってるシロの隣で取る体勢じゃないけど、今の俺は休憩中なんで。
気にしない気にしない。一休み、一休み。
フフ フフ フフフフ フフッフフン♪ フーフーフフ フンッ♪
何となく、鼻歌を奏でてみたり。
右手は頭を支えるために使われている。でも、左手はフリーだ。
俺はそんな左手の親指と人差し指で円を作り、その中に霊気を集中してみる。ダラけたままで。
コレ……何回やっても、結局は失敗するんだよなぁ。
どうしてうまく行かないかなぁ? 基本的な霊気が足りてないとか?
珠の形にはなる。でも、破裂する。まるで卵の殻が割れるみたいに、ひびが入って……。
ってことは、強度不足なんだろうけど、珠の耐震強度底上げ工事って、どうやんの?
そこが分からないから、先に進まないんだよなー。
――――――そんなことを考えているうちに、俺の手の平の中には小さな霊気の珠が発生する。
敵にぶつける霊弾とはまた違って、もっと硬質の……一見、ビー玉にも見える珠。
あいつから渡された珠は、中に『呼』の文字が入っていて、薄く綺麗な水色をしている。
でも、俺のは深い紫と言うか、そんな感じ。あれだ。輝きが足りないって感じ?
この差はどこからくんのかなぁ? 見比べても、分かんないんだよな。大きさもほぼ同じだってのに……。
「はぁ、はぁ……センセー、拙者も少し休憩するでござるよ」
「んー? あぁ、そっか。分かった。すぐシロ用のを描くからな」
「その模様でござるが、描き方を教えていただければ、自分でやるござるよ?」
「いやいや、シロさんや。力の流し具合に、それなりにコツがあるのじゃよ」
魔道書を読んだり、人からぱっと説明されただけで技が習得できりゃ、誰も苦労しないぞ?
意味も分からずに本とか、目の前の実物のラインを写しても、術は発動しないしな。
だから俺だって師匠の美神さんに、手取り足取り………は、当然してもらえなかったけど、
とにかく研修中に実践しながら、少しずつ形にしたわけだしな。
ちなみに言っとくと、今使ってるのは初歩の初歩だ。
超難度の紋章なんかだと、美神さんでも不眠不休で何日も描かなくちゃいかんらしい。
しかも直径は10メートルクラスとか。術の余波で、UFOも呼べそうな感じだよな。
「―――とまぁ、そんなわけで、シロにこの術を教えるのは、俺には無理だ」
話しつつ、取り出したチョークで床にラインを引き、俺はシロ用の休憩スペースを作り上げる。
術の終わりとともに、チョークで描いたラインも消滅するんで、掃除いらずだったりする。
もっとも……一度描いたら、術の構成を阻害した上で消されない限り、
その込められた効果を発揮し続けてこそ、完璧な紋章術なんだろうけどな。
実際に霊的な遺跡なんかは、古代に描かれた術が発動し続けることで、今も現存しとるわけだし。
「センセー。ちょっといいでござるか?」
「ん? 今の説明で、何か変なとこってあったか?」
「いや、そうではなく……その珠、もしや成功なのではござらぬか?」
シロが俺の足元に置かれている霊珠を指差し、そうポツリと呟く。
つられて視線をおろしてみれば、なんとそこには先から変わらず、破裂することなく存在する霊珠がっ!
確かにシロの言うとおり、これは成功なんじゃないか? 少なくとも、珠状態の維持時間は、新記録だ!
って言うか、破裂するかも知れんモンを作っておいて、のん気にラインを引いてるなよ、俺! 忘れるなよ!
自分の行動にツッコミを入れつつ、俺はそっと霊珠を持ち上げた。
くるくると回して、じっくりとその珠を観察する。ひびはどこにも入っていない。
綺麗な、ある種芸術的な曲線が俺の眼前にある――――――なんて、ちょっと自画自賛。
「シロ、これは多分、きっと、おそらく、成功と言っていいような気がしないでもないような感じか?」
「センセー、何が何だか、さっぱりでござるよ! まずは落ち着くでござる!」
「いや、実際、何がなんだかさっぱりだろ? 何でいきなり成功してるんだ?」
無駄に力まないで、自然体で試してみたことがよかったんだろうか?
…………いや、待て。待つんだ、俺。まだ成功と決まったわけじゃない。
珠状態を維持できても、文字を入れて、その効果を発現させられなきゃ、意味がない。
そこまで出来て、初めて完成なんだ。遠足は家に帰るまでで、術は効果が発揮されるまでです。
「とりあえず、試してみるか。えーっと……そうだな。予定通り『防』だな」
大きく息を吸い、そして吐いた。一度気分を落ち着けてから、俺は珠をぎゅっと握り締める。
そして、その珠の中に自分の意思を封じ込めるために、集中を始める。考えることは、一つだ。
シロの攻撃を受ける自分を想像する。そしてさらにその攻撃を珠が自動的に防いでくれる光景を思い浮かべる。
アレに当たったら、痛い。でも、大丈夫。防いでくれる、防いでくれる、防いでくれる――――――っ!
「おぉ! センセー! 本当に文字が入ったでござる!」
「あぁ、こりゃマジで完成だな!」
ぎゅっと握っていた手の平を開くと、そこには水色の光を薄く放つようになった珠があった。
その中心には『防』の文字が収まっていた。俺の書く字とは違って、まるで印刷したかのように綺麗な字だった。
「よし、シロ! 俺を攻撃するんだ」
「あい分かったでござるよ、センセー!」
俺の前でシロは足を開き、すぅっと右手を前に出した。そして――――――固まる。
「…………センセー、拙者はまだ霊波刀がまともに出せぬでござる」
「いや、別に霊波刀じゃなくていいだろ。霊波砲でもいいぞ」
「霊波砲?」
「ありゃ? シロって霊波砲も出来んかったっけ?」
「って言うか、拙者は霊波刀の練習しか、してないでござるよ?」
「てっきり撃てるもんだと思ってたぞ」
よくよく考えたら、シロは人狼の里にいた時は、正真正銘の6歳児だったんだよな。
俺と修行を始めてから―――まだ2日目なのに―――にょきにょき成長しとるせいで、つい忘れてたけど。
えーっと、父親から剣術とか格闘の、ほんの基礎的な部分を教えられてた程度。
知識として陰陽術やその他妖怪の細々としたとこは知っている。でも、それだけってのが、今のシロか。
そんな弟子の実力というか、今現在の状態を俺は再確認した。
先生と呼ばれてるくせに、生徒の実力を知らないってのも、どうだろう? すまん、シロ。不出来な師匠で。
「えーっと、それで霊波砲だけどな? シロならフツーに撃てると思うぞ?」
「何故でござるか?」
「霊波刀より簡単だからな。シロは刀にするために、霊気を手の平に集めるだろ?」
俺の説明に、シロはこくこくと首を縦に振る。何気に尻尾が揺れていた。
攻撃手段が増えることに喜ぶ女の子ってのも、問題ありなような気がする。
センセー的には、おしとやかな女の子に育って欲しいなーって思うわけですが…………シロじゃ無理か。
まぁ、このまま活発に育って、人で言う高校生くらいになっても、
遠慮なく寝技の練習を申し込んでくるなら、それはそれで嬉しいけど。
―――そんな微妙に不謹慎な考えはまったく表に出さず、俺はすらすらと説明を続ける。
「んで、集めた霊気をさらに集束させて発現させるのが、霊波刀だよな?
そしてシロは、集めた霊気を刀にするだけの集束に、まだ至ってないと。
さて、ここで霊波砲だけど……集めたその霊気を、そのまま身体の外に放り投げればいいんだ。
つまり霊波刀は、収集→ 集束→ 発現→ そして攻撃って流れになるわけだ。
でも霊波砲は、収集→ 発射ってだけ。刀として維持し続けるより、かなり楽だろ?」
まぁ、強い霊波砲を撃つとなると、やっぱり集束率が高い方が高威力なわけだけど、
そんなことは、別にどんな技だって変わらないだろうし、説明は省くことにする。
集中・集束しないよりは、集中・集束した攻撃の方が強い。それは当たり前のことだ。
――――――となると、俺のさっきの集中具合で霊珠が成功したのが、やっぱり納得行かないんだけどな。
んー……一先ずは『集中しなければって考え過ぎてて、かなり無駄な力が入ってた』って
そういうことにしとこう。悩んでもあんまり意味もないし。何事も行き過ぎたら駄目ってことで。
「分かったか? 分かったら、俺に早速攻撃だ、シロ!」
「では、全力で撃つでござるよ!」
「あぁ、来い! 来るがいい!」
俺の言葉を受け、シロの両手に力が溜まっていく。
子供とは言え、シロは人狼だ。しかも、霊波刀を発現させかけているレベルだ。
放たれる霊波砲は、結構なモンになるだろう。だからこそ、実験にはちょうどいい。
この程度の攻撃を防げないようじゃ、俺の作ったこの霊珠は不完全ってことだしな。
「センセー! これが拙者の! 全力でござるっ!」
腹の底から放たれたその声とともに、シロの両手から圧倒的な光が噴出してくる。
俺はそれに霊珠を放ることで、対抗する。
さぁ、俺の今の最高傑作よ! これを『防』いでくれよっ!
シロの放つ霊波の砲弾が、俺の霊珠に接触する。
すると霊珠は輝きを増して、込められたキーワードを実現しようとする。
「すっげぇ! マジで防いでるぞ!」
不可視の壁があるかのように、シロの力の砲弾が空中で静止する。
砲弾自体は前に進もうと、エネルギーを発散し続けているが、しかし霊珠がそれを阻んでいるんだ。
俺に攻撃が届かないように。攻撃を俺の前で防ぎきるために。ビバ、霊珠!
いやぁー、霊波砲をこんな風に眺められる人間は、そうはいないんじゃないか?
俺は眼前で止まる霊波砲を、じっくりと眺める。
何と言うか、無重力空間に浮いた水の映像を見た時の気分だ。
普段まずない光景に、霊珠の成功もあいまって、かなり感動。
俺はさらによく見ようと、首を少しだけ傾げてみる。
――――――ピキンッ――――――
嫌な音がした。霊珠から。
どうやら、中に込められていた俺の霊気を全て使い切ったらしい。
つまり、キーワードを実現するためのエネルギーが、ゼロになりましたよってことだ。
よって、あったはずの不可視の防御壁も当然消えうせる。
すると、俺の眼前にあった霊波砲も、こっちに向かって突き進んでくるわけで?
「ふぇるなんですぅっ!?」
「あぁっ! せ、センセーっ!?」
俺はシロの渾身の一撃……しかも一度溜めてから、突如解放されることで爆発的な威力に……を喰らって、宙を舞った。
霊波砲を放ったシロ以外の意思――――――誰かの目を見た気がした。
あはは……そうか、霊波砲は生きてるんだな! まるで炎だ! はっはっはっは!
「センセー! センセーっ!? しっかりするでござる!」
シロの悲痛な叫び声が、ものすごく遠くから聞こえてきた気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これじゃ駄目だ」
復活した後、センセーはすぐさま霊珠を作り出し、再度実験を行ったでござる。
そしてその第一声が、何とも不憫な『駄目』の一言でござった。
一度の成功でコツを掴んだのか、霊珠そのものを生み出すことには、もう障害はなくなった。
長時間―――少なくとも1時間以上、休憩のために―――放置しておいても、破裂することはなくなった。
が、しかし……でござる。キーワードをしっかりと実現出来ないのでは、結局のところ不良品なのでござる。
霊力を凝縮し、一定の方向性の元に、一気に解放する霊珠。
方向性をきちんとイメージしてやれば、どんなことも可能となる霊珠。
それがセンセーの目指す霊珠でござる。しかし現実には…………
「効果がかなり中途半端だな。俺がイメージした効果より、下手すると8割減だぞ?
しかも、大量生産が不可能だから、洒落にならない欠点だらけってことになるな」
センセーの霊珠の作成には、体力も霊力も時間も必要でござる。
完成前に破裂してしまった場合は、紋章の効果で使用した霊気を再吸収も出来るでござる。
しかし、一度完成してしまい、自身の望む効果を発動させてしまえば、霊気は消費されてしまうでござる。
例え、その結果がどれだけ中途半端な効果で、センセーにとって不本意だったとしても……。
センセーがあれから試した霊珠の数は、2つ。
つまり拙者のヒーリングで無理やり心身を回復させつつ、センセーは2つの珠を作り出したのでござる。
ちなみに、センセーのほっぺは何だか美味しかったでござる。
人の肌の味など、しいて言えば汗の塩分くらいであろうに……はて?
まぁ、センセーの味は脇に置いて……今は霊珠についてでござるな。
作り出した霊珠に込めた文字は『風』と『爆』でござった。
センセーはその場に巻き上がる風力で、拙者を飛ばすくらいのイメージをしたそうでござる。
そしてもう一つに『爆』と入れたのは、失敗した珠の破裂時の威力と、完成品の効果を比較するためでござった。
結果は、センセー曰く『なんで扇風機と同レベルやねんっ!?』
そして『何で失敗で破裂したときより、威力が弱いんだよ!?』
無理を押して作り出した結果がこれでは、もはや何とも言えぬでござる。
駄目だと呟いたセンセー自身、非常に苦い色を浮かべているでござるよ。
「この珠を構造的に考えると、中身と殻の二つからなってるわけだよな」
ぐったりとしつつも、しかしセンセーは『何が駄目なのか?』を考えているようでござる。
拙者はセンセーの傍により、そのほっぺをぺろりと舐めた。
センセーの表情は苦かったけれど、味は別に苦くはなかったでござる。
拙者がヒーリングをしようとしたと思ったのか、センセーは軽く笑って『いや、いいぞ』と言った。
考え事の最中に舐められると、気が散って仕方がないし……だそうでござる。
「俺の霊気をむっちゃくちゃ詰め込むことで、珠は発現する。それを支えているのが、殻。
そして実際に俺の与えるキーワードを実現させるのが、殻に守られた中身。
んで、現状の俺の珠は、中身が少なすぎて、キーワード実現のエネルギーが足りない……と」
「では、中身をもっと増やせばいいのでござるな?」
「いや、そう簡単な話でもないぞ、これは。考えてもみろよ、シロ。今の時点で、ギリなんだぞ?
もしも余計に中身を詰め込もうとしたら、どうなる? また殻が割れて、破裂しちまうぞ?
そして先に殻を強化したら、当然中身に回るだけの霊気がほとんどなくなるわけだし?
俺の湧きあがらせる霊気の総合量を上げようにも、そうすぐに上がるもんじゃないし……。
煩悩全開で無理にパワーを上げたとしても、そんなムラムラな状態で、集束制御なんざ不可能だしなぁ」
うむむむ……と、頭を抱えるセンセーでござる。
拙者としても、力にはなりたいのでござるが、妙案は浮かばぬでござる。
「拙者が常にヒーリングや何やらで、力を渡すわけにもいかぬでござるし」
決闘中、センセーの背に狼の状態でへばりつき、顔や首筋を舐めて力を渡す自分を想像してみる。
これは…………駄目でござるなぁ。
センセーが闘い辛いと言う前に、そもそも拙者が首を挟んではいかんでござる。
「……ちょっと待てよ、シロ。今、何て言った?」
何か引っかかるところがあったのか、センセーが拙者に鋭い視線を投げかけてきた。
「ふぇ? 拙者が常にヒーリングして……でござるが」
「足りない分は、他で補うってことだな」
「センセー、もしかして何か妙案が浮かんだでござるか?」
「妙案って言うか、珍案って言うか、馬鹿な思い付きって言うか……」
センセーは自信なさげに、あはははーと笑った。
「いや、でも、修行時間が限られてる以上、それに賭けるしかないか?
俺の技能レベルと製造レベルと、相手のパワー次第だけど……なんとかなるか?
つーか、どっちにしろ100パー勝てるって自信はないんだ。
賭けられそうな案が一つ思い浮かんだだけ、マシってところか?」
ぶつぶつと、一人で思い悩むセンセー。何を考えているのでござろうか?
非常に気になるでござるよ。センセー、どんな案なのでござるか?
拙者はそう考えて、少しばかり物欲しそうにセンセーを見つめる。
センセーはそれに気づかず、最後には一人で納得し、そして立ち上がった。
「……ここは、いけると思おう。つーか、いける。多分いける。8割いける。いけるといいなー。
いや、大丈夫。自信を持て、俺! これでどうにかなりそうだよな! うん、いけるぞ! 多分!」
いけると自身に言い聞かせつつ、しかししめの言葉は『多分』と言う、どこか腰の引けているセンセーでござった。
結局、拙者はセンセーの案を教えてはもらえなかったでござる。
センセーが言うには、まだ思いついただけで、実現出来るかどうかは未知数。
今夜中に準備をするから、明日になったら実験してみよう……とのことだった。
修行できる時間は、限られているでござる。
時間をかければ、センセーは囚われた大切な人がどうなるか分からず、
拙者の方は、あの犬飼がここに来てしまうでござる。
明日にはセンセーも拙者も、一段高い場所に上がる!
そう決意を胸にし、拙者は今日という日を終えようとしたでござる。
センセーは、今日は一緒に風呂に入ってくれなかったでござる。
寝る前にも、ちゃんと一人で寝るように念を押されたでござる。
少しばかり残念な気がしつつも、しかし今日はちゃんと一人で眠ろうと誓う。
一度部屋に入ったら、夜が明けるまでセンセーの部屋には行かないと、そう誓う。
けれど、拙者の鼻がひくついたことで、その誓いはあっさりと破られることとなった。
拙者は与えられた部屋の扉を蹴破るように開け、すぐさまセンセーの部屋に向かった。
――――――犬飼が、来たでござるよ、センセーっ!
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