少女と少女と少年と、あと小動物





世界図絵から引き出した初等魔法学を、つらつらと読み解いていく。

ただただ記載されるだけの情報を分解・再構築し……自身にとって有益な知識に換えていくのです。

座学が終われば、次に実践が待っています。つまり、本ばかりを眺め続けるわけにも行きません。時間は有限です。

趣味の読書で培った速読で、出来る限り速やかに、かつ丁寧に知識を蓄えていくですよ。知は身を助ける……です。


「いやー、頑張ってるねぇ、ゆえっち。おじさん感心しちゃうぜ」


そんな私に、カモさんが話しかけてきたです。

その手には銘柄不明のタバコが持たれ、紫煙を立ち昇らせていました。

そう言うと、それこそ何処かの小父様のようですが、

しかし実体は白い毛皮をした、ヒゲと胴と尾が長いオコジョです。

私の肩に乗る大きさ。世の動物学者に真っ向からケンカを売る存在です。


カモさんは、私の……こういうと、少々と言うか、かなり大きな語弊があるような気もしないではないのですが、

しかし現実問題として、まぁ、私はニステル・マギなので、構わないでしょう。多分。ええ……えっと、何でしたっけ?


少々脱線しかけた思考を元に戻し、私は小さく息を吐く。


カモさんは、私の―――無論、魔法使いとしての―――ご主人である、ネギ先生のペットで、マネージャーで、使い魔な妖精です。

月給は5千円だそうです。それが適正な報酬なのかどうか、私にはよく分かりませんが。


私は世界図絵を閉じ、カモさんに視線を向けます。ちなみに、瞳には少しだけ警戒色を浮かべておきます。

カモさんは自身でそう呟くように、時折親父的な発想や文句で、私をからかうことがあるからです。


「初歩とは言え、使える魔法の種類も増えてきたじゃねぇか。そろそろまともな発動体が要る頃だよな」


私・綾瀬夕映は、見習い魔法使いである……というと、嘘っぽいですが……でも、マジです。

私たちのクラス担任として就任した、子供先生―――ネギ・スプリングフィールド先生が、実は魔法使いで。

その後、様々なドタバタ騒ぎを経て、私はネギ先生の従者となり、今現在は進行形で魔法を勉強しています。

その魔法を発動させるために必要なものが、魔法発動体。私は現在、練習用の小型の杖を使用しています。

杖の先端には装飾としてなのか、三日月が引っ付いているです。ちなみに親友ののどかの杖は、土星だったりします。


「私はまだ、魔法の射手が単発でしか撃てないようなレベルですが?」

 
カモさんに向ける私の瞳は、懐疑的です。つい先日、魔法発動の始動キーでからかわれたばかりです。

それも、正しく今のような会話の流れでした。曰く『そろそろ自分の始動キーを考えてもいい頃だ』とか。

また何か、私をからかうつもりなのでしょうか? じぃっと、見つめてみます。

するとカモさんは苦笑混じりに紫煙を吐き出しました。なかなか堂に入った喫煙っぷりです。

ネギ先生に影響が出ないか、少しばかり心配ですね。高畑先生も、愛煙家ですし……。


「いや、別に他意はないぜ? ムゥンドウス・マギクスに行くんだ。装備も整えねぇとな」


ここでカモさんの台詞を補足させていただくと、私たちはこの夏休みに魔法世界へと旅立つ予定なのです。

魔法界で名の知れ渡った、ネギ先生の父・サウザンドマスター。

現在行方知れずの彼を見つける、その手がかりを得るために……。

その旅において足手まといにならないよう、より魔法練習に力を入れているわけです。


「確かに、この杖では心許ない気はするです」


この杖はこの杖で、色々と大切にしたいと思うです。

血は滲んでないですけど、練習に励んだ杖ですから。

それに、ネギ先生から頂いた物でもあるですし。


「だろ? ここは指輪の1つでも、エヴァに強請ったらどうだ? 兄貴とおそろだぜ?」


くふふ……と、あからさまに怪しい笑みを頬の内に含むカモさん。何を考えているですか? 

ネギ先生とおそろいなのは心惹かれるですけど、怪し過ぎてその話に乗る気にはなれません。

それに、一応練習用の小さな杖以外にも、私は魔法発動体を持ってるです。


ネギ先生との契約によって出現した、私のアーティファクトは『世界図絵』です。

その本と同時に、箒、とんがり帽子、ローブのセットも手に入れているです。

この箒は、異界国境魔法騎士団の制式箒ほど立派なものではないようですが、

しかし、魔法学校入学時に配られる「魔法使い初心者セット」と同等の品ではあるです。


小さな杖の次に使用するものとしては、この箒で十分だと思うです。

立派な発動体を手にするのは、それからでも十分なはずです。

装備だけ整えて、それによって自身がより強くなったと錯覚するのは、愚者のすることです。

道具に使われるな。道具は使うものだ……と、昔から言うですよ。

私はパクティオーカードの力を使い、箒を持ち、私服の上からローブを身にまとう。

そして箒を持ち上げ、カモさんに言ったです。


「今の目標は、この箒で空を飛ぶことです」


せっかく手元にあるですから、使えるようにならないと損です。

ちなみに、今現在私の使用可能な魔法を列挙すると――――――


火よ灯れ:杖の先端に、火を灯せます。初歩中の初歩です。ライター要らず。水中でも燃えます。

光よ:上記した魔法のバリエーション。光ります。目くらましに利用可能です。

風よ:風を身にまとって防御したり、突風を起こしたり。下記の風陣結界の、より簡易なものです。

倒れろ:軽いものなら、吹き飛ばせます。物体操作に繋がる基礎魔法です。私はまだ、物体操作は出来ません。

占いの魔法:精霊によって未来予測を行います。私の的中率はよくもなく、悪くもなく……微妙?

魔法の射手:召喚した精霊を「矢」として射るです。でも発射数はまだ単発で、連弾や集束には至ってないです。

武装解除:相手の装備品や持ち物を、吹き飛ばしたりして丸腰にする魔法です。アスナさん曰く『いい思い出がない』だとか。

風陣結界:気流を利用して、中規模の魔法障壁を周囲に展開させるです。リボンも防げます。 

――――――たくさんあるようで、その実まだまだです。基礎と応用で重複する部分があるですし。


やはり魔法世界に行く前に、魔法の射手の同時発射と飛行魔法は習得しておくべきだと思うです。

私やのどかは前衛担当の戦士ではないですが、それでも最低限の戦闘能力はきっと必要です。


「んー、真面目っつーかなぁ……ちっ……」

「今、明らかに舌打ちしたですよね?」

「気のせいじゃねぇか? 嫌だなー、ゆえっち。おれっちを疑うのか?」

「はい」

「そ、即答かよ。おれっちのピュアなハートが悲鳴を上げる……」


涙が浮かんでいないのに、それをぬぐいつつ、カモさんは肩を落としました。演技過剰だと思うです。


「ゆえー。一緒にお風呂で一休みしない?」


私がカモさんをじとーっと睨んでいると、のどかが駆け寄ってきました。

一瞬、ダークなのどかを思い出し、身構えかけましたが……邪気も色香も感じないので、どうやら本物のようです。

あっ……色香を感じないから本物というのは、少し不適切でしょうか? 

いえ、のどかには健全な魅力があると思うですよ? 


「おおっ! いいね、いいねぇ。休息は必要だぜ、ゆえっち!」


そんなことを考えている私の肩に、カモさんがぴょいんと乗ってきます。さらには、早く早くと急かします。

小動物が肩に乗り、お風呂に行こうと強請ってくる。それは可愛らしい光景のはずなのですが……。

少なくとも、一緒の入浴を拒むような状況ではないはずなのですが……。

でも、カモさんが親父キャラなせいか、一緒に入浴というのは……何と言うか……。

あの……カモさん。人の肩の上で『むほほー』などの奇声を上げるのは止めてください。

と言うか、荒い鼻息が頬に当たって、何だかすごく嫌です。これはもう、一種のセクハラでは?


「? ゆえ? どうしたの?」

「いえ、何でもないです」


きょとんとした風情で訊ねてくるのどかに、微笑を返すです。

そして閉じていた世界図絵や、羽織っていたローブを全てカードに戻しました。

ついでにのどかに分からないよう、カモさんに向けてだけ嘆息して見せます。


「では、行くですよ」


そう言いつつ、私は立ち上がり――――――


「ふぇ?」


――――――気づくと、私の前に白い光の塊があって――――――

――――――――――――私は何もかもが、分からなくなった――――――――――――

















         少女と少女と少年と、あと小動物

















急を要するであろう事態が、自身の眼前に横たわった時、人はどうするべきなのか。

まず、落ち着くべきである。そして思考を続けるべきである。

思考停止と行動停止は、緊急時に取り返しのつかない混乱を引き起こしてしまうこともある。

例えば、ドラゴンと言うかワイバーンを前にフリーズしたりなんかすれば、色々と洒落にならないです。


「うぉぉ!? な、何がどーなってんだ、一体!」


私の耳元で、カモさんが大声を上げます。まったく無意味です。

ワケの分からない状況を前に、ただただ叫んでいてはいけないです。

むしろ、声を出すことで混乱が加速するかもしれないです。

と言うかそれこそ、その声が化け物を呼んでしまったりして、更なる混乱に陥るかもしれないです。

――――――って、私も思考が空回ってるです。落ち着くです。


まず、周辺の状況確認。その後に対策を構築です。


はい。では、確認します。私は先ほどまで、真祖の吸血鬼・エヴァンジェリンさんの別荘……レーベンスシュルト城にいたです。

熱帯ジャングルの壮大な風景を眺められるその一角で、カモさんとお話をしていたわけです。

そこにのどかがやって来て、休息を取ろうと言う話になり、一歩前に足を踏み出した瞬間――――――


「ここにいるわけです」


私は改めて、周囲を見回します。

見えるのは荘厳なレーベンスシュルト城ではなく、煉瓦作りのどこか古めかしい建物。

大きさは比較にもなりません。まぁ、普通に考えれば、それなりに大きな建物だと言えると思うです。

そして視線を下げれば、石造りではなく草の生えた地面。上げて左右に振れば、私より少し年上くらいの少年少女たち。

私はそこまで確認してから、カモさんのヒゲを引っ張りました。

カモさん。私や貴方はネギパーティーの参謀役なのですよ? 少し落ち着いてくださいです。

と言うか、それでよく人のアビリティに『高速思考・たまに無駄』って表示してくれたですね?


「格好からして、皆さん魔法使いのようですね」


周囲の人は黒いマントを羽織り、それぞれ手には杖を持ち、足元には幻想的な動物までいます。

彼らは皆が魔法使いで、足元にいるのは使い魔だと考えるべきでしょう。ですよね?


「……んっ、あぁ、そ、そうだな」


落ち着いたらしいカモさんが、頬を撫でつつ頷きます。

すみません。引っ張りすぎましたです。でも、謝罪は後に回すです。


「しかも、全員がこちらを注目してるです」

「動物園のパンダの気持ちが分かるな、ゆえっち」

「さて、彼らは何者でしょうか? ここはどこでしょうか? 色々と疑問は尽きませんが」

「尽きません――――――が? 何だ、ゆえっち」

「その疑問はあまり重要ではないかもしれません。重要なのは、おそらく私の次の行動」


私は周囲の人々に警戒の視線をやり、そしてポケットの中のカードと杖に両手をやります。

以前も、クラスメイトから“部員の証であるバッジを守りきれ”という、抜き打ちテストがありました。

エヴァンジェリンさんの城から突然移動した以上、今回も抜き打ちテストである可能性が高いと言うか、

それ以外には考えられません。砂漠に雪山まであるのです。きっとこういう空間もあるのでしょう。


「つまり、エヴァンジェリンはおれっちらを監視してる?」

「多分、当初の予定では、私一人であったはずです」


魔法世界の首都に旅立つ予定なのです。そこでは様々なアクシデントが起こりうる可能性があります。

こうしてワケも分からぬまま、魔法使いの集団に囲まれる状況も、考えられないわけではありません。

ここで上手く場を収め、切り抜けられるかどうか。きっとエヴァンジェリンさんは、そこを見たいのでしょう。


「問題は、相手の出方が分からないことです」


友好的に接するべきか、それとも今すぐこの場から逃走するべきか。

アーティファクトは出すべきか? 杖は構えるべきか? さぁ、どうでしょう?

彼らが見た目からして、不良と言うか悪者であれば、杖を構えつつ距離を取るのですが……。

彼らの視線は、友好的ではないけれど、でも敵意もないです。

うぅ……対応に迷うです。でも、そこがきっとテストです。


「××! ××××! ××× ××!」

「××! ××! ××××!」


私が思い悩んでいると、周囲の人たちが騒ぎ出しました。

言葉が分かりません。魔力の動きを感じないので、呪文の詠唱でもないようですが……。


「××××! ××!」


周囲の言葉を受けて、一人の少女が負けじと怒鳴り返します。

どうやら周囲の人々は、その一人の少女に向かって野次を飛ばしていたようです。

野次られているのは、桃色の髪をした私より少しだけ背の高い少女ですが……何なのですか?

私としては、状況に置いてけぼりです。言葉が分かれば、もう少し情報が得られるのですが。


「どう思いますか、カモさん」

「いやー、分からねぇな」

「構えるべきでしょうか? でも、攻撃されてないわけですし」

「こっちから手を出すべきじゃーないよな。今はやっぱ……」

「しかし、攻撃されてからでは、遅くもありますし。判断がつきません」

「こりゃ、何とも難解な対応テストだな」


カモさんは他人事のように―――まぁ、実際そうですけど―――呟き、タバコを吸い出しました。

タバコとライターと携帯灰皿は、一体その毛皮のどこから出てくるんでしょうか? 

体積的に考えて、かなりの不可思議現象です。

もしかしてアーティファクトとか、空間圧縮的なオコジョ魔法ですか?


「××× ×! ×××××! ××!」


やがて業を煮やしたかのように、桃色の髪の少女が何かを宣言しました。

そして少女はズンズンと、怒りをあらわに私に向かって歩み寄ってきます。

同時に、彼女の体から感じられる魔力量が、少しだけ増加したです。

どうやら私に向かって、何かしらの魔法を使うようです。

言葉による意思疎通は不可能。状況は判然とせず。しかし眼前に魔法使い。さらに魔法行使の5秒前。


「無抵抗では、駄目です」

「おっ、やるのか、ゆえっち」

「どう見ても友好的ではないです」


何故だか分からないですが、私に歩み寄る少女の顔は憤怒です。

それはもう、今にも『ふんぬぅ!』と叫びそうなくらい。

きっと私が微笑みつつ手を差し出しても、払いのけられてしまうですよ。

そんな相手の使う魔法を、黙って受ける理由はありません。


「――――――風よ――――――」


私はポケットから取り出した杖を少女に向けて、言葉を放ちます。

その中に含まれる魔力は、世界の魔力に働きかけ、内容を現象化します。

ちなみに始動キーは、いまだに『プラクテ・ビギ・ナル』です。

仮に私が個人の始動キーを使い始めたとしても、

それは絶対に『スキ』だとか『ラブ』だとかでは構成されていないことでしょう。


「……×××!?」


少女は突然吹きつけられた風によって、両目を閉じざるを得ません。

その隙に私はきびすを返して、建物の裏に向けて逃走を開始します。

果たして、この反応で正解だったのでしょうか? かなり不安です。


「っ! ゆえっち! 右! 右!」


カモさんが慌てて、私の頬を叩きつつそう言いました。

振り向いて見れば、そこには私に向かって飛来する火の玉が。

私はもう一度―――風よ―――と呟いて、その火の玉の直撃から逃れようとします。

しかし、私がわざわざ魔法を使わなくても、これを放った誰かさんは、最初からこちらに当てるつもりはなかったようです。

私が思った以上に、火の玉―――これも魔法の射手でしょうか?―――は、遠くの壁に着弾しました。

…………足止めでしょうか? 逃げられては困るけれど、こちらを傷つけるつもりはない? 


「× ×××! ×××!」


一瞬だけとは言え、思考の海に足を入れたのがまずかったのでしょう。

気づけば私の背後に、あの桃色の髪の少女が迫っていたです。

彼女は戸惑う私の肩に両手を添え、がしっと力いっぱい抱き寄せました。


――――――な、なななん、なん、何なんですか? あの?


怒ったような表情で、何で貴女は私に向かって唇を突き出すですか?

私が逃げ出そうとすると、抱きしめる手に力を入れるのは何故です?

と言うか、これはアレですか? キスですか? キスなのですね? いや、何故に?

論理的、倫理的に考えても、初対面である私たちが口腔粘膜接触を必要とするはずが――――――


「何か知らねーけど、ここはパクティオーのチャーンス! ボーナスのチャーンス!」


ちょっと待ってください! 何を言い出すですか、カモさん!

どうして私がこの人と契約するですか! ワケが分かりません!

キスの起こりうる状況 = 仮契約という図式は、止めてください! 短絡的な!

と言うか、この人を止めるです! 私はキスするつもりなんて、ないです!


「よっし、いけ! むちゅ〜〜っと!」


あぁぁ! なんであっさり契約用の魔法陣を描き終ってるですか! 人の話を聞いてください!

いえ、もちろん私は今、自分の思考を声に出していませんが! その辺はオコジョ魔法でカバーです!

カモさん? カモさんっ!? 聞いてるですか!?


「とりあえず、細かいことは気にするなって。このかの姉さんと刹那の姉さん。

 どっちも兄貴と仮契約を結んじゃいるが、二人でもういっちょう契約を結ぼうとしてたのは

 ゆえっちだって知ってんだろ? 見習い魔法使いでも、まぁOKOK! それはそれ、これはこれ!」


誰もそんなことは言ってないで――――――ふむぅっ――――――んっ……!?


「むほー! いいね、いいね! あつーくむちゅーっと!」


何もよくないです! こ、こんな……私はキスするつもりなんて、なかったですよ!

なんで、どうしてこんなことに? このテストの意味は? いや、すでに嫌がらせでは?

エヴァンジェリンさん、貴女は何を考えているのですか!

って言うか、もう許しません! 色々と、絶対に! 怒ったですよ、私は!

唇が繋がり、頭が動かないので、視線だけをカモさんに突き刺します。


「うぉ、ゆ、ゆえっち……そ、そんなに怒るなよ」


今の私の視線なら、粒子を発射して物理的な威力を持ちそうです。

さすがに悪いことをしたと思い直したのか、それとも単に怯えたのか、カモさんが頭を下げます。

そうですか。謝りますか。でも、当然許しません。怒ってるですよ、私は。


「んっ……ぷはっ……」


例えそれぞれが何を考えていようと、時間は経つわけです。

そんなこんなで、キス終了。

何とも言えない沈黙が、そこにはありました。

私は怒りから、カモさんは私に対する怯えから、そして先の少女は――――――


「――――――いぃっ!?」


沈黙していると思った次の瞬間、何やら悲鳴を上げ始めました。


「痛い、痛い、痛い! 痛いっ! はうぅあうぅぅあっ!?」


服が汚れるのも構わずに、桃色の髪の少女は左手を押さえて地面を転げまわってたです。

私の怒りもどこかに行ってしまうほどの、すごい苦しみようでした。そんなに痛いのでしょうか?


「あの、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫なわけないじゃない! 痛くて熱くて、なんか変なの! 手が!」

「私に文句を言われても、困るです。無理やりキスしたのは、貴女ですよ?」

「仕方ないじゃない! そう言う決まりなんだもん!」

「……あれ? 言葉が通じるようになってるですよ?」


まぁ、意思の疎通が可能になったのは、よいことです。

私は大きく息を吸い……吐き……改めて、少女を見据えたです。

言いたいことや聞きたいことは多く、色々とまだ処理し切れていない感情もあるですが、

一先ずそれは、心の冷凍庫の一番奥にしまっておくことにするです。

情報はまだまだ足りないし、状況も判然としないですが、それも脇に奥です。


何はともあれ、自己紹介をするです。

先にあった敵意と言うか怒りの理由や、あるいはキスをした理由。

それらは、私たちが互いの名前を知ってからでいいです。


「私は綾瀬夕映と言います。貴女は?」

「…………ルイズよ」


ようやく痛みがひいたのか、少女ルイズは手をさすりつつ、ゆっくりと起き上がりました。

起きやすいようにと手を差し出したのですが、取ってはもらえなかったです。

まぁ、俯いていて気づかなかっただけかもですが。


「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。貴女のご主人様よ!」

「……はい?」


長い名前を覚え切れなかったこと以上に、最後の一節が不可解でした。ご主人?


「だから、ご主人様だって言ってるのよ! 貴女は使い魔。お分かり?」


怒鳴ってくるこのルイズと言う少女に、私は少しだけカチンときたです。

いきなり人を使い魔と呼んで、それで全て理解しろと?


「情報が不足しすぎていて、説明にもなってないです。一を聴いて、百を知れと言うですか?

 それはすでに使い魔などという存在を超越した、限りなく万能者に近い何かではないでしょうか?

 第一、何故私が貴女の使い魔なのです? 何を持って、そう成したと言うのです? 根拠は何です?」


言いつつ、私はカモさんを見やります。その手には、一枚のカードが収まっているです。

主観を排除して、状況からのみ考えれば、彼女は私の従者なのではないでしょうか?

お互い納得もしないまま交わされた契約ですが、カードが出現した以上、それは確かなはずです。


「使い魔はその証として、身体にルーンが刻まれるのだよ」

「……貴方は? 私は綾瀬夕映と言いますが」


言い合う私たちの間に、温和そうな男性が入り込んできました。


「私はコルベールと申します。すみませんが、ルーンを拝見……おや? ありませんね」

「確認しますが、ルーンと言うのは使い魔の証であり、その身体に刻まれるものなのですね?」

「ええ。いや……しかし、おかしい。貴方の手や額には、何もないですな。まさか、服の下……?」

「彼女の左の手の甲の、あれでは? 何やらキス直後に痛がっていましたし」

「ふむ、言われて見れば、確かに」


私が少女を指差すと、コルベールと名乗った男性の視線も、つられて動きました。

あのルイズという少女は、それを受けてささっと手を隠しました。

それって、そこにルーンがあるって、大声で言っているも同義だと思うですよ?

案の定、あっさりと察したコルベールさんは、嘆息混じりに彼女に近づき、そして確認。


「まさか……召喚した方に、ルーンが刻まれるなど」

「み、ミスタ・コルベール! 儀式のやり直しを!」

「いや、それは認められない……と思うのだが、どうなのだろうか、この場合?」

「そんな困った顔をしないで下さい! 困ってるのは、私です!」


もはや半泣きのルイズです。あぁ、呼び捨てでいいですよね? 同年齢くらいのようですし。

それに初対面がちょっと悪い印象でしたから、今はあんまり敬う気はないですよ?


「はっ! さすがはゼロのルイズ! まさか使い魔になっちまうとは!」

「いつもいつも、俺たちの予想の斜め上に行ってくれるぜ!」

「えぇ、さすがだわ! 色んな意味で!」


先ほどの野次も、こんな調子だったのでしょうか?

ゼロのルイズ。零点ばかりで、成績が悪い……とか? あるいは才能?

どちらにしろ、褒め言葉ではないのは明確ですね。

もっとも、バカレンジャーよりはマシかと思うですが。

半泣きのまま耐えるルイズが可哀相なので、少しだけフォローしておきます。


「あのー、多分、契約に齟齬が発生したのは、こちらのせいです」

「ど、どどど、どーゆーことよ!」


怒りの捌け口を見つけたからか、何だかすごい勢いで迫ってくるルイズです。

いや、説明はしますから、落ち着いてください。もう貴女とキスするつもりはないです。

え? 貴女にもない? それは僥倖です。万が一にも、もう間違いは起こらないという点で。


「先ほどのキスの直前、こちらのカモさんが、余計な手を出したです」

「余計な手って……俺は感謝してもらいたいくらいだぜ、ゆえっち?」


確かにまぁ、カモさんが手を出していない場合、ルイズの代わりに私が苦痛で転げまわっていたでしょうし?

儀式は成功と言うことで、何も分からないまま、私は彼女の使い魔にさせられていたかもですし?

そう言う意味では、少しだけ感謝するです。


「ところで、彼女のやろうとした方法がパクティオーの本契約だったのですか?」

「いや、そりゃ違うな。つーか、本契約に仮契約じゃ干渉できねーし」

「では、キスは共通でも、根本的な術式はまったく別な契約ですか?」

「まぁ、そうだろうな。少なくとも魔法陣ナシってのは、まず聞かねぇし」


つまり、魔法界についてそれなりに詳しいカモさんも知らない方法での、契約だと?

そうですか。そのあたり、ちょっと気になるですね。

彼女のカード、後から調べ直す方が吉かもです。


「お、オコジョが喋った……」

「まさか伝説の龍の、変化した姿?」


何やらカモさんが儀式に干渉したと言うことよりも、喋っていること自体に驚いている様子。

この反応は、少し予想外です。さっきから喋っていたのですが?

もしかして、言葉が通じていない先ほどまでは、ただの鳴き声にしか聞こえなかったのでしょうか?

いえ、それにしても、不自然です。魔法世界において、オコジョは話をするものでしょう?

それがどうして、龍の化身だなんて、大それた話になるですか?

と言うか、喋るどうこう以前に、思いっきりタバコを吸ってたような気がするですよ?


「失礼だが、君は何者かね? ただの平民ではあるまい? もしや名のある貴族の系譜の……」


何やら恐る恐る、コルベールさんが尋ねてきます。この近辺では、貴族政治なのでしょうか?

まぁ、ここから見える顔のほとんどは白人系であり、文化も欧州系に類するようです。

現代日本のような文化生活形態とは、また少々違った様式であるとも考えられますし。

しかし、どうして私を貴族だと思うのでしょう? ごく普通の一般人ですが? 

自分で言うのもなんですが、顔も平凡ですし、高貴なオーラのようなものは微塵もないと思うのですが。


「では、メイジではないのかね?」

「メイジ、ですか? 確認のために聞きますが、それは魔法使いと言うことですよね」

「ああ。魔法を使える貴族階級を、メイジと呼ぶのだが……」

「では、違います。私はただの従者です」


そう、私はネギ先生のミニステル・マギなのですから。

では、ここではメイジ(魔法使いの貴族階級)が政治を掌握し、それ以外の魔法使いが、

マギステル・マギ(偉大な魔法使い)を目指したり、ミニステル・マギ(魔法使いの従者)になるのですね?

ようやく情報がそろってきました。


「分かっているじゃない! 貴女は私の使い魔なのよ!」


従者と言った私に何を勘違いしたのか、ルイズがご機嫌な様子でそう言いました。

どう考えても、今反論すれば彼女は不機嫌になるのでしょう。

でも、こういうことはきちんと言っておかなければなりません。


「違うです。私の主人は貴女ではないです」

「何でよ? 私の呼びかけに答えて、ここに来たんでしょ!?」

「違うです。前に進もうとした瞬間、光が溢れて……正直、何が何やらです」

「うぅぅ! とにかく、貴女は私の使い魔なの! 決定事項なの!」

「その証拠のルーンは、カモさんの干渉により、貴女自身に刻まれたようですが?」


私にルーンが刻まれていない以上、私を使い魔だとする証拠はない。

それはルイズの『使い魔にはルーンがある』の主張により、明確に証明されているです。


「そ、それは……た、確かにそうだけど……」


反論のしようがなくなったらしいルイズから、私はコルベールさんへと視線を向ける。


「あの、そろそろ帰りたいのですが、どうすればいいのですか?」

「――――――は?」

「いえ、のどかと入浴するところでしたので」

「そ、そう訊ねられても……」

「エヴァンジェリンさんへの連絡方法を教えてくれるだけでもいいのですが?」

「エバン? それはどこの領地を治める貴族かね? 聞いたことがないのだが……」

「エヴァンジェリンさんの名前を知らない? 冗談ですよね?」

「いや……本当に、知らないのだが」

「…………………えーっと…………」


困惑顔のコルベールさんを見ていると、嫌な予感がしてきました。


あれ? これはテストではないのですか? それともまだ続いている?

いえ、少し待ってください? 先ほど、言葉が通じる前の会話を思い出してみましょう。

英語でも、中国語でも、ラテン語でもありませんでした。もっと別の、根本から違う言語のようでした。

もちろん私が知らないだけで、地球上には似た言葉があるかも知れないですけど。ルーンもあるようですし?

いえいえ、それにしてもです。私がまったく聞きなれない言語。そして召喚。カモさんも知らない契約法。


「もしかして、別世界の魔法使いの召喚に巻き込まれた……?」


召喚術士なるものが存在するです。このかの潜在能力も、それに利用されたそうです。

では……私たちの世界の魔法使いが、魔界やら異世界から何かを呼ぶのなら、その逆もあり得る?

い、いえ、いえいえいえ、待ってください。ここはまず、落ち着きましょう。

意味もなく焦りたいのであれば、まずはここが別世界であると言う根拠を見つけるべきです。


「―――来たれ―――」


私は世界図絵を呼び出し、確認する。

世界図絵は魔法世界のネットワークに自動接続し、

常に新しい情報が示されるよう、更新しているアーティファクトです。

ネットワークに接続されている以上、ここは地球であり、私の知る世界で――――――……


「――――――じ、自動更新が止まってるです。再接続も不能? 最終更新は今日の午後?」


つまり、この世界には“まほネット”がない。

つまり、この世界は私の知る世界ではない。


「ゆえっち! カードそのもので兄貴に念話だ!」

「それです! ネギ先生――――――って、駄目です!?」


私の呼びかけには、何の反応もなかった。


「ぅえ? じゃ、じゃーどーすんだ?」


カードを額につけつつオロオロする私は、アホの子ですか?

……などと思いつつも、焦り始めていて、何が何やら。

異世界と言う可能性に直面し、私もカモさんもかなりピンチです。


「え、えっと、ネギ先生が私を呼び出してくれるまで、待つしか?」

「い、いつになるんだ、それ?」

「エヴァンジェリンさんの城と外界には、時間差があるですし」

「つーか、この世界そのものにも時間差があるかも知れねぇな」

「と言うか、そもそも呼び出し自体も出来ないかもしれません」

「ま、まぁ、エヴァの城で消えたんだ。向こうもすぐ気づくだろ」


そう言えば、のどかは私の消えるところを、見ていたかもしれません。

のどかなら、すぐに皆に知らせてくれるでしょう。

そしてエヴァンジェリンさんなら、何か妙案を出してくれるかもしれません。


「このかの姉さんも忘れちゃなんねぇな。何気にあっさり鬼を大量召喚したんだし」


潜在魔力量だけなら、このかはネギ先生の父・サウザンドマスターに近いんでしたね。

あぁ、そう考えると、多少は希望が持てます。エヴァンジェリンさんの知識と、このかの力。

そして私が生きている以上、ネギ先生の手元のカードは、それを知らせているでしょう。

きっと助けに来てくれるはずです。ネギ先生たちが……。


「で、どーするよ、ゆえっち? 明日や明後日にゃ、帰れなさそうだ」

「そうですね。では、致し方がないです」


私はルイズさんの前に立ち、ゆっくりとこう言いました。


「私と契約しましょう。キスはせずに」

「――――――は?」


何を言っているのか、分からない。

ルイズさんの顔には、そう書いてありました。


大丈夫です。私もちょっとテンパリ気味で、自分が何を言ってるのか、よく分かってませんから。


「いや、大丈夫じゃねーだろ」


カモさんの疲れたその呟きが、やけに大きく聞こえたのでした。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




自室のベッドに腰掛けて、私は肺の中の重苦しい空気を何とか吐き出した。

一度では出し切ることが出来ずに、はぁ〜……はふ〜……と、何度も何度も吐く。

そんな私はもしかすると、ことさら調子の悪い時の姉さまに似ていたかもしれない。


…………でも、溜息をどれだけ吐いても、吐き足りない気分なのよ、今は。本当に……。


サモンサーバント。それは魔法使いが、自身の使い魔を呼び寄せるための魔法であり、儀式。

連綿と続いてきた1つの伝統であり、神聖な契約でもある。

呼び寄せた動物、あるいは幻獣とキスを交わすことで、その契約は成立する。

その証として、契約を交わした使い魔にはルーンが浮かび上がり、主人に尽くすようになる。


――――――魔法がまともに使えず、ゼロと蔑まれ続けてきた私も、その儀式に臨んだ。

それはもう気合を入れて、最大で最強で格好よくて優しい……とにかくすごい使い魔が来るように、願った。

その結果現れたのは、私よりも背の低い平民の少女。そしてその肩に乗ったオコジョ。

ルイズが平民を呼び出したぞー……とか、何だとか。

もう飽き飽きするくらい聞いた野次が、また飛ばされることになった。

もう、うんざりだった。けれどミスタ・コルベールは儀式のやり直しを認めてはくれなかった。

仕方なく……本当に仕方なく、私は彼女と契約を交わすことにした。

呼び出しに応じられないよりは、マシ。こんな平民の女の子でも、いないよりはマシ。

それこそ、0じゃない。0は無力。でも、彼女がいれば、1にはなる。

少なくとも、身の回りの世話くらいはさせられる。気分の悪い時に、愚痴るくらいは出来る。

うん、やっぱりいないよりは、マシよね。

そう自己を再構築して、キスをしようとした。

そしたらあろうことか、彼女は私から逃げ出した。

杖に見えなくもない棒をかざして、聞いたこともない言葉を呟いて。


何と言うかもう、色々とアイデンティティの危機だったわよ?

何しろ彼女の言葉に呼応するように、突風が巻き起こったのだから。

でもそれは偶然じゃなかった。どこかに去ろうとする彼女に、ミスタ・コルベールが足止めのファイヤーボールを投げつける。

最初から直撃はしなかったであろうその魔法を、やはり彼女は風を起こすことで、より余裕を持って回避して見せた。

――――――彼女は……メイジ? 私は平民ではなく、メイジを呼び出したの?

メイジを従わせるメイジ。使い魔が私よりも魔法の扱いに秀でてるって言うのは気に食わないけれど、

でも、そこはかとなくいい響きよね。魔法使いの実力を知るには、使い魔を見ろとも言うし?

メイジを使い魔にする私は、それこそいきなり才能が開花して、すごいメイジになる可能性もあるってことよね?


……なーんて希望を持って、私は再度彼女にキスを迫った。もう逃がさないと、全力で抱きついて。

その結果、コントラクトは何故だか反転して、私の左手の甲にルーンを刻んで……。

さらに私は、使い魔になるはずの少女の従者になってしまったのだそうだ。

その証拠として、私の姿が緻密に描き込まれた絵札が、この世に発現したらしい。

手渡されてみてみれば、それこそ鏡のように、私の姿がその絵札には描き込まれていた。


………………まとめると、私は使い魔を呼び出し、契約しようとした。

しかし、呼び出した使い魔は魔法使いで、私の契約を逆流させた。

結果、私は使い魔になるはずの少女の従者となってしまった。

そしてその少女―――ユエと名乗った―――は今、私の眼前にいたりする。


「状況を再確認しても、納得も行かないわね」

「それはこちらも同じです」


何やら大きな本を眺めつつ、ユエは私の独白に言葉を返してきた。


「メイジを使い魔に出来ると思って、少しだけ喜べたのに、それも一瞬だけ……」

「私はメイジではありません」

「でも、魔法は使えるんでしょ? だったらメイジじゃない」

「しかし、貴族ではないです」


ミスタ・コルベールの“魔法を使え、貴族であるものがメイジ”と言う説明にこだわっているのか、

ユエは自身を決してメイジとは呼ばない。代わりとして、ミニステル・マギと名乗ったりする。

それは魔法使いの従者と言う意味らしいのだけど……その点にも、納得が行かない。

じゃあ、私は魔法使いの従者の、そのまた従者になったというわけ?

使い魔の、使い魔? このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが?

いえ、ゼロな私には、それがお似合いなのかもね……と、少しだけ自虐的に考えたり。


「それで契約なのですが」

「何よ?」

「私たちにはここでの活動基盤がありません」


それはまぁ、もっともだ。

どこから来たかは知らないけれど、とにかく離れたこの土地へと、私が呼んでしまったわけなのだから。


「ですので、貴女に私を養ってもらいたいわけです。衣食住の提供ということですね」

「それで? 貴女は私にどんな恩恵を与えてくれるの?」

「貴女に協力します。微力ですが、出来る限りは」

「…………だったら、最初から素直に使い魔になってくれればいいじゃない」

「私は貴女と対等の立場で契約を結びたいのです。一方的に言いなりになる気は有りません」


ユエは大きな本をぽんっと閉じると、それを絵札―――パクティオーカードと言うらしい―――に、戻した。

そして私の前にまで歩み寄り、右手を差し出してきた。


「主従ではなく、パートナーとして、お願いします」

「…………分かったわよ」


客観的に考えれば、悪い話ではない……わよね?

一応使い魔としての仕事は、やってくれるみたいだし。感覚の共有とか、全然出来ないけど。

それに実力的に考えれば、魔法使いな彼女と魔法使えずな私は、まさにメイジと平民。

彼女を怒らせれば、殺される可能性だって否定は出来ない。そう。可能性は、ゼロじゃない。

もちろんそんなことになれば、お父様がユエを討伐するだろうけど……私が死んだ後じゃ、正直意味はないし。


「いいわ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとユエは、対等なパートナー」


私はユエの手を握り締めて、静かにそう言った。

少しだけ、そこには諦めも含んでいたりする。

と言うか、何も考えずに嬉々として握手出来るやつは、ただの馬鹿だと思う。


「それではこれからお願いするです、ルイズ。私がもといた場所に帰るまで」

「って、その場合、私は使い魔をどうするの? 今も正確には、いないけれど」


私のその質問に、ユエは小首を傾げて、しばし黙考した。

彼女の頭の回転は、私よりずっと早いのだろう。

考えるその姿を見ると、そんなことを思う。


「そのあたりは、また落ち着いてからコルベールさんに尋ねてみては?

 私にルーンが刻まれていない以上、現実的に私は貴女の使い魔ではありません。

 つまりサモンサーバント的には、今回の一連の召喚騒ぎは失敗だと言えるはずです。

 失敗した以上、まだ使い魔がいない以上、貴女には再挑戦する権利があるです。多分。

 コルベールさんも、今はそこを考えているのでしょう? 

 だからこそ、今日のところは一時解散……と言ったのだと思うです」


…………うん、そう……よね? ユエの言う通りよね?

今回のことは、それはそれとして……なかったことに?


「うん。ミスタ・コルベールからの許可が出次第、再挑戦するわよ!

 ユエ。貴女の初仕事は、私が最高の使い魔を引き当てる手伝いね」


私はベッドから立ち上がって、そう宣言した。自身を奮い立たせるためにも。


「具体的に、どうするですか?」

「それは………………自分で考えて」

「了解です。出来る限り、お手伝いはするです」


頷いたユエ――――――その肩に乗っていたカモが、私の肩に向かってジャンプしてきた。


「よし、そっちの話は終わったみてぇだな。次はおれっちの話だぜ」

「ねぇ、ユエのいた地域では、オコジョが喋るのが普通なわけ?」


カモの言葉を半ば無視する形で、私はユエに問いかける。

しかしユエが何らかの反応を返す前に、カモが私の頬を尻尾でぺちーんと叩いた。

痛くはない。こっちの話を聞けってことだろう。


「そりゃ、普通のオコジョは喋らねぇさ。でもおれっちは、由緒正しき妖精だからな!」

「人間界では確認されてない、伝説上の存在が……コレ?」

「まぁ、今後とも頼むぜ、嬢ちゃん」


呆れ混じりに呟く私に対して、カモは軽快に笑った。

伝説の妖精について分かったこと……どうやら、その明るい性格らしい。

いや、コレを本当に伝説上の存在として認める気は、まだないけれど。


「さて、パクティオーカードについての説明をするぜ? コレが嬢ちゃんのカードさ」


綺麗なそのカードを、カモは手渡してくる。

目の前にぬっと出された形なので、受け取るのが少し難しかった。

って言うか、長い説明をするなら、私の肩から降りて欲しいんだけど?


「まず、そのカードはゆえっちと契約した証だ」

「私たちの契約における、ルーンみたいなものね?」

「そうだ。んで、その恩恵は契約者の潜在能力を引き出したり、アーティファクトを呼び出したり」

「あーてぃふぁくと?」

「来たれって言えば、個人の適性に合わせたアイテムが現れるってわけだ」


ユエがさっき読んでいた本が、つまりアーティファクトなわけね?

個人の適性か。確かにユエには本は似合う気がする。

じゃあ、私は何だろう? 試しに唱えてみることにした。


「えっと……―――来たれ―――」


言うが早いかカードが発光し、そして消える。

その代わりとして、一本の簡素な剣が出現した。

…………って、剣? 私の適正って、剣なの? 何これ?

私には魔法の適性がないから、剣でも振り回していろってこと?


「これは……ハジャノツルギだな。刀身にそう彫ってあるし」

「アスナさんのハマノツルギと、同系統のものですか?」

「破魔と破邪だからな。まぁ、似たもんだと思うぜ?」

「式神などは、問答無用で倒せるですね」

「他にも特殊能力が備わっているかも知れねぇがな」


私の剣―――私には読めない言語で、ハジャノツルギと書いてあるらしい―――を眺めつつ、

ユエとカモは好き放題に言ってくれる。何やらいい剣らしいけれど、メイジとしては嬉しくないわ。


「コレ、戻す時はどうするの?」


宙に浮き、私が手に取るのを待っているような剣を尻目に、カモにそう聞いた。


「去れって言えば、カードに戻るぜ」

「そう―――去れ―――……」

「あぁっ、一度くらいは握って振ってみろよ」

「嫌よ。私は剣士じゃないもの。私はメイジなのよ?」


来たれと呟く時とは正反対の、落ち込んだ声で呟く。

剣は素直にカードへと戻り、私の手の中に収まった。

この剣を使うことは、まずないだろう。私には使う気なんて、ないし。


「まぁ、いいけどな。あと、他にもカードには機能があるんだが……」

「今度でいいわ。何だかもう、今日は疲れちゃったから」

「ん、そうか。なら、おいおい説明するってことで」

「えぇ、そうして。私はもう、寝ちゃいたい気分だし」


サモンサーバント、出会い、キス、そしてその末に、対等なパートナーに。

オマケにカードから出ると言う私専用のアイテムは、何の因果か剣だった……。

日記をつけていたなら、今日だけで数日分にはなろう濃さだ。疲れて当然よね。


私は服を脱いで、ベッドに横たわろうとする。

カモが何やら『むふふ』と呟いてたけど、何だろう?

もしかしてコイツ、オコジョのくせに人間の私に発情するの?


「あの、私はどこで寝ればいいですか?」

「…………ちょっと狭いけど、横で寝てくれればいいわよ」


相手は貴族ではない。その言葉を信じるなら、一応彼女は平民。

でも対等なパートナー宣言をしたのだから、さすがに床で寝ろとも言えない。

だから私はベッドをぽんぽんと叩いて、そう言った。


「今宵は、百合の花が咲き乱れるのか……」

「カモさん、うるさいです」

「くぅ……朝倉の姐さんがいればなぁー」

「パパラッチも漫画家も、今は不要です」


何の話だろう? よく分からないけれど、ユエは不機嫌そうだった。

でも、すぐにその不機嫌さは消えて、弱々しい雰囲気が漂ってきた。


「……そう、ですね。いないんですね、皆……のどかも、ネギ先生も」

「おれっちがいるぜ、ゆえっち!」

「まぁ、一人でないことには感謝するです」


私の召喚のせいで、ユエは見知らぬ土地に来てしまった。

私とキスをしなければ、言葉さえ通じないような土地に……。

相手が動物なら、それについて何も思わなかったんだろう。

でも、私より小さな女の子が相手だと……少し罪悪感が湧く。


「ユエって、いくつ?」

「中学3年生で、14歳です」


3年生ってことは、ここトリステイン魔法学院のように、どこか遠い土地の魔法学校の学生だったのかしら?

って言うか、14歳? 私が16歳だから、2つも年下なの?


「ごめん。その……呼んじゃったりして」

「構いません。これも今後の人生において、きっといい経験です」


それは、強がりだけからの言葉ではなかったみたいだった。


「波乱万丈。いいことです」

「そう?」

「不安もありますが、でも、だからこそ、人生や世界というものが、そんなに下らなくないと実感できるです」


それから私たちは、眠りに着くまでの間、お互いのことを喋りあった。

私は、魔法があまり上手いとは言えず……ううん。正直に言って、まともに使えないとか。

ユエは、遠い土地にある学校での生活についてとか、祖父についてとか。ユエの祖父は、哲学者とのことだった。


私は久方ぶりに、同年代の少女との楽しいおしゃべりというモノを体験した。

それはもしかすると、姫様と遊んでいた幼少期以来のことだったかもしれない。

魔法が使えるとか、使えないとか。そんなことを、ユエはあまり気にしなかったから。


「魔法が使えないというなら、私もお手伝いするです。一緒に魔法の高みを目指しましょう」

「……でも、私は誰に教わっても、失敗してたのよ?」

「私はこことは違う場所で、魔法を学んだです。つまり別視点から物事が見れるやもです」

「じゃあ、期待してるわ。お願いね、ユエ」

「任されたです。私も見習いの身ですが、頑張ります」


横たわりつつ、頭を下げる。

するとユエが、少しだけ笑ってそれに答えてくれた。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




「ルイズ、朝です。起きてください」

「んぅ……? ゆえー?」

「そうです。ほら、朝ですよ」

「……って、何なの、その格好?」


ユエの声によって、私は夢の世界から意識を引っ張り出された。

しょぼしょぼとする眼を擦りつつ、視線をユエに向けてみれば……そこにいたのは、メイドだった。

いや、この学校に従事しているメイドたちの服装とは、少々デザインが違う。

でも、分類的にはメイドだと思う。どこから調達したのかしら?

そんな私の疑問に気づいたのか、ユエはスカートの端を軽く持ち上げつつ、言った。


「カードのオマケ機能です。幾つかの服装を登録し、任意に換えることが出来ます」

「じゃあ、私もあのカードに服装を決めておけば、好きに着替えられるの? 便利ね」

「だから、おれっちが言っただろ? カードはオマケ機能がまだまだあるってよ」


ユエの言葉に目を輝かせた私に、カモが嘆息混じりに呟いた。

昨日、まともに説明を聞いてあげなかったことを、実は根に持っているのかしら?


「でも、なんでまたメイドの格好なの?」

「友人と一緒に試しに登録して、そのままでした」

「いや、だから……なんでメイド?」

「可愛いデザインではないですか?」


確かにそう言われると、そう言う気がしないでもない。

実際、給仕をするには装飾が過多だ。変則的なドレスじみているようにも思える。

それでも根幹が給仕の服という事で、貴族の私からすればマイナス感が湧いたりする。


「その格好で一日を過ごすの?」

「これか、昨日の私服か、後は黒いローブしかないです」

「でも、それで私の傍にいたら、どう見ても私付きのメイドよ?」

「まぁ、構いません。と言うか、そう思われた方が楽です」

「確かに、いちいち対等なパートナーだって、説明するのは面倒だけど」


そこでユエは人差し指をピンと上げ、こう言ってきた。説明する姿が、妙に堂に入っていた。


「私はルイズのメイドです。ルイズが使い魔召喚に失敗したので、使い魔代わりに呼び寄せた……とするです。

 昨日の召喚風景を見ていた人からすれば、どう考えても不自然ですが、まぁ問題はないと思います。

 カモさんに外の様子を探ってきてもらったところ、すでに同じような内容が噂になっていたそうですし。

 曰く『ゼロのルイズは使い魔の召喚が出来なくて、平民にサクラをやらせた』だそうです。

 むしろルイズが私の召喚を声高に叫んでも、信用されないくらいの状況です。

 ちょうどいいので、この流れに便乗することにするです。ルイズは不本意かもしれないですが」


まだ寝惚けている頭で、その説明内容を理解することは少し難しかった。

私は頭を振って、頭の回転数を無理やり上げる。それから、ユエの言葉に頷いた。


ユエにはルーンが刻まれていないのだから、ミスタ・コルベールも最終的には儀式の再挑戦を認めてくれるはず。

だったら、いっそユエを召喚したと言う事実はなかったことにしてしまってもいい……と思う。

そうよ。私は昨日、天の計らいでこの少女と出会っただけ。サモンサーバントは大失敗だったのよ。

だから、私の左手の甲に刻まれたルーンは、何かの間違い。

いずれ私の本当の使い魔に刻まれるルーンは、こういう模様ですよーと、誰かが予告してくれているだけよ、うん。


通常の回転速度に戻った頭で、そんな考えをまとめてから、私はベッドから立ち上がる。

服は……自分で着よう。ユエに手伝えって言うのは、ちょっとアレだし。


「ルイズ、左手を出してください」

「? 何をするの?」

「包帯を巻くです。そのルーンはあまり見せない方がいいと思うです」

「……そうね。風っぴきとか、率先して馬鹿にしてきそうだし」


私の左手にルーンが刻まれていることを知っているのは、今のところミスタ・コルベールだけ。

ミスタ・コルベールなら、変に言い触らしたりはしていないはず。性格的に考えても、きっと。

だから今から隠せば、このルーンはなかったことに出来るわよね。


「ありがと、ユエ」

「いえ。気づいてくれたのは、カモさんです。ついでに、この包帯の調達も」


私の左手に包帯を巻きつつ―――やけに手馴れていた―――ユエはカモを見る。


「あぁ。この学園内を少し走り回っただけで、嬢ちゃんの評判はたくさん聞けたからな」

「聞いていて、笑えるくらいだったでしょ?」


カモに向けて、私は苦笑を浮かべる。自分を馬鹿にする評が、学園内に蔓延している。

そう考えると、怒りが湧くはずなのに……私は苦々しくも笑みを浮かべている。

これはどういった心境の変化かしら?


「魔法成功回数がゼロ。だから、ゼロのルイズ。しかし、この呼び名はすでに正確ではないです」

「あぁ。契約こそおれっちのせいで失敗したが、呼び出しそのものは成功したわけだからな」

「失敗していれば、私はここにいないです」


励ましではなく、あくまで事実確認としてユエはそう言った。


「これまで成功はゼロ。しかし召喚は成功。となると、ルイズは召喚に特化した魔法使いでしょうか?」

「召喚術士ってか? だが、この世界じゃ、召喚はそんなにぽんぽんやらないらしいぜ?」

「そうよ。普通は使い魔が死んだりしないと、再召喚はしないもの」


カモの台詞を、私が補足する。少なくとも私は、使い魔を何体も持つメイジを知らない。


「では、その辺はまた後から考えるです。はい、出来ました」

「手馴れてるわね」

「えぇ。私は図書館探検部に所属してるですから」

「…………図書館を探検? なんで?」

「島一つが丸ごと図書館になっており、地下階層はトラップも満載ですから。探検しがいがあるですよ」

「ど、どういう学校なの? ユエの学校って……」

「そうですね。お祭りのイベントとして、学園生徒と侵略者が千人単位で魔法戦争をしたり……」

「……とんでもないわね」

「なお、そのお祭りの開催3日間の延べ参加人数は、40万人です。私自身、凄まじいとは思うですよ」


40万人って、すでに国中が押しかけてるんじゃないの? 

って言うか、学校にそんなに入れるもの?

まぁ、図書館だけで島一つ使っているなら、考えられなくはないけど。

もしかしてユエの出身地って、東方のどこかにある国なのかしら?

聖地の向こう側だから、そう言う国があってもおかしくない……?

まぁ、そう言う話は今夜に聞けばいいわよね。今は朝食に行かないと。


包帯の巻かれた左手を気にしつつ、私はユエを連れて食堂に向かう。

ユエの食事はどうするべきだろう? 

私としては、同じ食事をしてもらっても構わないくらいだけど、

対外的にメイドという立場を取るなら、それは無理だし。

厨房で他のメイドたちと同じ賄い食を食べさせてもらえるよう頼む……って言うのが現実的かしら?


「あら。おはよう、ルイズ? そしてそっちはルイズの召喚した平民だったかしら?」

「おはよう、キュルケ。ちなみに訂正しておくと、彼女は私のメイドよ」


私のその言葉を受けて、ユエがぺこりと頭を下げた。


「召喚に失敗するだろうと思って、使い魔代わりに実家から呼び寄せたのよ」

「………………貴女、何者? 正体を現しなさい」

「朝っぱらから失礼ね、相変わらず。何で私が偽者なのよ?」

「あのルイズが、そんなことを言うはずがないじゃない」


あのルイズっていうのは、どのルイズなのかしら? 負けず嫌いってこと?

だとするのなら、キュルケは存外に私のことを正しく捉えているのだと思う。


「キュルケ。とにかく、私は失敗したの。いい? 繰り返すわよ? 失敗したの。

 だから再挑戦するわ。ちゃんと召喚出来ない以上、進級も認められないし」

 
失敗と再挑戦と強調する私に、キュルケはまだまだ色々と言いたいようだった。

しかし、横からユエが『朝食に遅れるですよ?』と呟くで、追求は流れることになった。

ナイスフォローよ、ユエ。

私はそそくさと、ユエを引き連れて食堂へと向かった。


「? あれ? カモは?」

「ここです」


何故かカモは、ユエに尻尾を握り締められていた。

ユエが歩くごとに、本体がブラブラと揺れる。まるで蓑虫のよう……。


「ゆえっち、は、放してくれぇ〜」

「駄目です」


ことさら手を振って歩くユエ。

すでにカモは酔っているのか、かなり気分が悪そうだった。


「ちょっとユエ。さすがに可哀相じゃない?」

「しかし放って置くと、彼女の胸に飛びつこうとするですよ?」


後ろからついて来るキュルケの胸元を、ユエは視線だけで指し示した。


「まったく、アスナさんにエロガモと呼ばれるだけのことはあるですね」

「だってよ〜。おじさん、今は潤いに飢えてんだよ〜。そこに来て、姉御クラスだぜ?」

「胸だけが女性の魅力ではないです」


いいことを言うわね、ユエ。

その点に関しては、諸手を挙げて賛成するわ。


その後、私は食堂に……ユエとカモは厨房へと向かった。

私はいつもどおりの朝食を、そしてユエもごく普通の朝食が取れたらしい。

なお、カモは厨房にいたメイドにイヤらしい視線を向け続けたということで、ユエに絞られたそうだ。

本当に妖精なのかしら? そもそも御伽噺に出てくる妖精は、美しく温和な存在なのに……。


ユエも大変ね、おかしな使い魔で。

――――――え? ユエの使い魔じゃなくて、ユエの先生の使い魔? と言うか、ペット?

たまたまユエと話をしていたところで、私に召喚された?

…………人生って、何が起こるか分からないものね。つくづく。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




朝食を終えた後は、学校らしく授業が始まります。

この学校では2年への進級と同時に、魔法使いが使い魔を得ることになっています。

だから教師陣としては、春に使い魔たちの顔ぶれを見ることが楽しみになっていたりする……だそうです。

もっとも、使い魔の召喚の一件が微妙なルイズは、今日の授業が終了後、儀式に再挑戦だそうです。

朝食後、儀式を監督する教師であるコルベールさんから、再度儀式を行うように言われたらしいです。

さっそく再挑戦の機会が得られたルイズは、やる気に満ちてました。


なお、ルイズのメイドという立場の私は、教室の外から中をうかがってたりするです。

ルイズは傍に使い魔がいないことを、ぽっちゃりとした男子生徒にからかわれていたです。

沸点が低いのか、ルイズの額には青筋が浮かんでいます。あっ、先生に注意されました。

何だか、いいんちょさんとアスナさんのやり取りを思い出すです。

いえ、ルイズたちの方は、もう少し陰険なようですが。


「それにしても、魔法体系がかなり違うですね」

「異世界だからなぁ。どっちかってーと、おれっちらの概念的には“気”だよな」


この世界の魔法は、魔法使いが杖を振るい、魔法語―――ルーン―――を唱え、精神力を消費する事で発現するようです。

火、水、風、土の系統があり、それを文字通りに四系統魔法と呼ぶのだそうです。

なお、虚無と呼ばれる系統はもう廃れており、現在は使用者がいないらしいです。


これに対して私たちの世界の魔法は、周囲に存在する万物に宿る魔力を利用することで発現させます。

魔法の射手などは、召喚した精霊を矢として放っているです。

つまり、私自身の魔力だけを撃ち出しているわけではないのです。

自身の魔力は、精霊を召喚する折に使用しているだけですし。


そして“気”とは、人間の体内に秘められた生命エネルギーのことです。

自身の体力を消費することで、外部へと力を作用させるのです。

この世界の魔法とは、私たちからすれば、カモさんの言う通りに“気”ですね。

ルイズがこの世界の魔法が苦手だというなら、私たちの世界の魔法を教えてあげるです。

気と魔力は、相反する性質だそうです。よって、同時に使うことはまず不可能で、

それを成し得る技―――咸卦法―――は、究極の一つと言われているそうです。

咸卦法は無理でも、魔力を使えるようになれば……。

もう、ゼロとは呼ばれないですよ。


――――――そんなことを考えていたら、教室が爆発しました。

どうやら、ルイズの魔法が失敗したそうです。


「失敗でこの威力。嬢ちゃんの気はトンデモねぇなー、こりゃ」

「気と決まったわけではないですが。それはそうと、後片付けが大変そうですね」


はぁ……と嘆息しつつ、私はパクティオーカードから箒を取り出しました。


「メイドの役目ですよね、掃除は。一応、主人の不始末ですし」

「よし。じゃあ、おれっちは応援してやるぜ」


そう言って、どこからともなく取り出した紅白の旗を、カモさんはヒラヒラと振るのでした。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




「ごめん、ユエ」

「構いません」

「駄目よね、私……」


教室の掃除を、私はのろのろとこなしていく。別にやる気がないわけじゃない。

自分の爆発で起こした惨状なんだから、後始末はやるべきだと思う。

ユエが本当に使用人か使い魔なら、それこそ全部任してしまいたい気持ちでいっぱい。

でも、ユエは私の使い魔じゃないし……押し付けられないと言うか。

そもそも何も言わずに掃除を手伝いだしてくれたことに、何とも言えない気分。

嬉しいけれど、悲しい。ひどく居たたまれない。

むしろ馬鹿にされた方が、そんなことはないって怒って、叫んで、元気が出る気がする。


「魔法が何故失敗したのか、私には分からないです。発動体である杖に、問題はありません」

「ついでに言えば、呪文だって私は間違えていないわよ」

「つまり、従来の方法ではお手上げです――――――が、しかし」


ユエは箒をくるりと回して、床に散らばった木片を集めていく。


「いっそ、別方向からのアプローチはどうですか?」

「……どういうこと?」

「ルイズたちは自身の体の中の力を、外に出してるです」

「まさか、世界の力を借りて魔法とするってこと?」

「はい」


確かにユエの言うことは、分からなくはない。

別方向からのアプローチ。それが有効的な場面は多々あると思うわよ?

でも、あり得ない。無理だ。不可能だ。ユエは何を言い出すんだろう?

自然界に存在する精霊の力を借りて発現させる魔法は、先住魔法だ。

エルフが使うような、とんでもない魔法だ。私に使えるはずがないじゃない?


「まさか、ユエは世界の精霊の力を借りてるの?」

「そうですが?」

「………………はい?」

「そもそも私はそう言う魔法しか、習ってないです」

「ユエって、もしかしてエルフ?」

「ごく普通の人間ですが?」


そう、よね。エルフの特徴は美しく細身の長身であることって言うし。

別にユエが可愛くないとは言わないけれど……ちっちゃいし。


「人間なのに、どうして先住魔法が使えるのよ?」

「使えるように理論体系が組まれており、そしてそれを習ったからです」

「ユエのところじゃ、誰でも世界や精霊の力を借りるわけ?」

「はい。人の言葉には量の差はあれ、魔力が込められています。適切な補助と呪文により、魔法は行使可能です」 

「例外は……ないの?」

「ないわけではないですが、極めて稀だと思われます」

「…………分かった。信じてみる。でも、あんまり他言しない方がいいわね」


エルフと人間は敵対関係だしね。そのエルフの使う先住魔法が使えるとなれば、騒ぎになりかねない。

私も本当なら習わない方がいいのかも知れないけれど……でも、やっぱり私は魔法を使えるようになりたい。

四系統魔法を使ってるような振りをすれば、別にいいわよね、うん。


「じゃあ、お願いするわ。でも、その場所は私の部屋だけよ」

「そんなに警戒するほど、エルフとは仲が悪いのですか?」

「聖地がエルフに取られてるから、その辺の関係で……」

「仲良く出来ればいいですね」

「簡単に言うけど、まず無理よ」


すっぱりと言い切った私に対し、ユエは『それは残念ですね』とだけ言った。

妖精とかが身近にいて、さらに私たちの言う聖地を大切に思わないユエにしてみれば、

つまらない仲違えなのかもしれないわね。

仮にもし、ユエが自分たちの大切な聖地について話してくれたとしても、

私にとってはそれこそ他人事なお話でしかないんだし。


「ミス・ヴァリエール。ここの掃除が終わったら、儀式に移りますぞ」


掃除が終わりかけた頃、教室の扉をミスタ・コルベールがノックした。


「あ、はい。ミスタ・コルベール! 今日こそはバッチリです!」

「頼もしい心意気です。では、私は先に」


いよいよね。同じ失敗は繰り返さないわ。今日こそ私に相応しい幻獣を呼び出すわ。

昨日よりも強く『いい使い魔』が現れてくれるよう、願う。

ついでに言えば、昨日みたく逃げられないように、

召喚して相手が現れたら、即座にキス。何かをされる前に、キス!

乙女の唇を大安売りするような感じだけど、それはそれとして!


「やるわよ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの名に懸けて!」


私は胸元で両手を組んで、ばんっと足を床に叩きつけた。気合は十分よ。

この左手に刻まれたルーンも、まだ見ぬ使い魔に叩きつけてあげるんだから!

もう一度、フンッと息を吐いて、足を踏み鳴らす。

――――――今度は、もう、失敗しないわよ!


「空回らなきゃいいがなー」

「やる気に水をさしては駄目です」


燃える私を尻目に、ユエとカモは冷静だった。

って言うか、カモ。不吉なことを言うんじゃないわよ。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




涼しげな風が、さぁっと流れていく。

あるいは『ひゅうぅぅ〜〜』と言う、どこか寒々しい風が。

春を迎えて草の生えそろった中庭には今、何とも言いがたい沈黙があった。


私、ユエ、カモ、ミスタ・コルベール…………そして、見知らぬ少年。

昨日のサモン・サーヴァントをなかったこととし、やり直しを要求した結果が……これだった。

なんで何で人間? 少年? 何で平民? 何で、どうして幻獣じゃないわけ?


「2度あることは3度って言うしな。もう一回やり直しても、人間が出るんじゃないか?」


私の肩にぴょいんと乗って、カモが気軽にそんなことを耳打ちしてくる。

ユエはと言えば、怪訝そうな顔をしてミスタ・コルベールに問いかけていた。


「人が召喚されることは、珍しいですよね?」

「あ、あぁ。私の知る限り、過去には例を見ないですな」

「では、ルイズに何か特殊な事情があるのかもしれないです」

「ふむ、そう言う見解は成り立ちますな」


ユエとミスタ・コルベールは頷き合い、再度少年を見つめる。

その視線に居心地の悪さを感じたのか、名も分からない少年は身をよじった。

そして、わけの分からない言語でオロオロと何かを喋っている。


「日本語ですね」

「ユエ、分かるの?」

「私の国の言葉です」


ユエは私やミスタ・コルベールに向けて右手を出し、一人少年に向かって歩いていった。


「私は綾瀬夕映と言います。とりあえず、落ち着いてください」

「×××? ××× ×× ×××」

「いえ、ここは日本ではありません」

「×× ×××? ×× ×× ×××」

「ここは異世界です。何故日本人の私がいるかと言えば、私も召喚されたからです」


ユエの言葉は分かるけれど、少年の言葉は分からない。

魔法が私の頭の中で自動変換してくれているからで、

聴覚的には、どっちも聴いたことのない言語であるはずなのに。

そう考えるとすこしだけ不思議な気分。

ちらりとミスタ・コルベールを見れば、私と同じように戸惑いの表情。


ユエが状況を説明するけど、少年はものすごくわたわた慌てるだけ。

話を聞いているのかどうかも、分からない。察するに、魔法使いじゃないわね。

だって、ユエは召喚されても、もっと落ち着いていたもの。

つまり、彼はやっぱり魔法に縁のない平民で確定ってワケよね。

一度目が魔法使いの少女で、やり直しの二度目が平民の少年。

何だかランクが下がってるのは、気のせい?


「……はぁ、もういいわ、ユエ」


こんなのとキスと契約するのは嫌だけど、このままじゃ話が進まないし。

ミスタ・コルベールも、何とも言えない視線で私のことを見るようになってきてるし。

ここはさっさと契約してしまいましょう。

キスはまぁ……昨日と同様、これは契約のためであって、ノーカウントよ。


私はユエを下がらせ、少年を前に膝を折る。

そして目線を合わせ、静かに言葉を呟いた。


「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 5つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」


言うが早いか、私は自身の唇を、彼のそれに密着させる。

貴族の唇を押し付けられた少年は、瞬間ぽかんとした表情になる。

そしてオロオロと頬を紅潮させ――――――そしてルーンを刻まれる痛みに呻きだした。


「よっし! 成功だわ! やったわ! 今度はちゃんと使い魔にルーンが!」

「ひ、人が苦しんでるのを見て、喜ぶなぁっ!」

「よしよし、言葉もちゃんと通じるようになったわね」

「人の話を聞けよ、おい! ぐあぁあ!?」


ごろごろと、昨日の私のように地面を転がる少年。

ルーンが刻まれる時の痛みは、幻獣ならともかく、人の身には余る。

正しく身を持って痛いほど知ったので、転がる少年に少しだけ同情する。

ワケも分からぬまま見知らぬ土地に来て、この痛み。さすがに可哀相だ。

とは言え、同情だけしかするつもりはないけれど。

可哀相だから、使い魔にせずに見逃すなんて提案は上がらないわ。

ユエはいつか帰るって言ってるし、私には使い魔が必要なんだもの。

人だろうが何だろうが、もうドンと来いよ。とりあえず使い魔がいないと、正式に進級できないし。


「ふむ、変わったルーンだね。昨日のミス・ヴァリエールと同じか」


刻まれたルーンを観察するミスタ・コルベールを見、私は左手の包帯を取った。

使い魔にルーンが刻まれた以上、もう私の左手には何もないわよね。

そう思ったのに――――――


「消えてない……?」


――――――私の左手の甲には、変わらずにルーンがあった。

右手で軽く擦ってみるけれど、消えない。消える気配もない。


「おそろいだな、嬢ちゃん」


はははと、タバコを吸いながら笑うカモが、いやに憎たらしかった。


…………って、なんでよ?

誰が説明しなさい!? お願いだから、簡潔に!




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




「全然、信じられねーんだけど……あの月を見る限り、ホントみたいだな」


アスファルト舗装されていたはずの街中を歩いていたら、目の前に突然光の壁が現れた。

好奇心からつい手を差し込んでみたら、何もかもが反転したような不可思議現象に直面して……気づいたら、異世界。

そして俺は、桃色の髪の女の子―――ルイズと言う名前。長すぎて後半は覚えていない―――の、使い魔になった……と。


この平賀才人、こんな状況に叩き込まれるのは、この17年間で初めての出来事でござる。

……いや、なんでござる? とりあえず落ち着け、俺。


そりゃ、剣と魔法のファンタジー世界に憧れたことがないわけじゃないけどさ。

正直、新規テーマパークの無料体験者に選ばれて、先行プレイ中とかそんな感じだと助かるんだけど。

でも、現代日本でそんな拉致まがいな無料体験なんて、問題になるはずだからあり得ない。あぁ、分かってるさ。

俺が今思い描いた考えは、現実逃避ってやつだろう。あぁ、月が綺麗だ。二つもあるけどな。


これが超高精彩投影スクリーンの試験だとかだと嬉しい。どっかの電子工学会社の。

もしそうなら、その技術に感動して、もう将来の就職先を決めちゃうよ、俺。


「地球から見える月は、二つもありませんからね」


遅まきながら、俺の言葉に反応を返してきたのは、黒髪の小さな女の子。こっちは綾瀬夕映と言うらしい。

麻帆良学園中等部だとも自己紹介された。つまりは、思いっきり日本人。学校名は聞いたことがないけど。

この子も俺と同じく、ルイズの召喚で呼び出されたらしい。


人間である綾瀬を呼び出したその1回目を失敗ってことにして、再チャレンジしたのが、今日の午後。

そして結果が、俺。そう聞くと、やっぱり失敗したんじゃん……って思うわけだけど、ルイズは俺で妥協したらしい。

だからもうやり直しはなく、俺はルイズの使い魔に決まったのだそうだ。

くっ、あそこでボーっとせずに、キスを回避していればっ。

少なくとも激痛のせいで転げまわったり、使い魔だとか呼ばれずにすんだのに。

でも駄目だ。俺の左手に浮かんだこの模様がある限り、この近辺のやつらは全員、俺をルイズの使い魔と認識するらしい。

つまり、ルイズの目を盗んでここから逃げ出しても、左手をうまく隠さないと、すぐ引き戻されるってことか。

いや、そもそもここから逃げても、いく当てがないんだけど……。


「こっちの月面開発は、地球より大変そーだよなぁ」


窓辺に腰かけた白いオコジョが、口元にニヒルな笑みを浮かべつつ、そう言った。

ちなみにこいつの名前は、カモらしい。オコジョなのか、鳥なのか……。


「つーか、俺の知る地球のオコジョは、しゃべらねーんだけど?」

「アレだよ、世の中には不思議がいっぱいってやつだ」

「綾瀬が魔法使いだってのは、本当なのか?」


魔法使いが目の前にいるなんて……ここが都内の何処かなら、まず信じない。

喋るオコジョは、ファービー人形とかの進化版だということで納得してしまいそうだ。

実際「魔法です」と言われるより、「最新技術です」って言われた方が、多くの人が納得するぞ?


「はい。私はミニステル・マギ。まだまだ見習いですが、魔法は使えます」

「俺の知る限り、魔法なんてモンは現実に存在しないはずだけど?」

「魔法使いの存在は、通常は隠匿されているです」

「つまり、俺が知らないだけで、本当は俺の世界にも魔法使いはいたってことか」

「はい。私自身、去年まで魔法の存在は知りませんでしたし」


綾瀬の言葉を補う形で、今度はオコジョのカモが口を開いた。


「ゆえっちが魔法を習得し出したのは、ここ最近の話だしな」

「んじゃ、俺も練習すれば使えるようになったりするのか?」


それはなかなか面白そうだ。

ただそう思って口に出しただけだったが、これがルイズの怒りを買った。

ルイズは顔を真っ赤にして、噴火した山のごとき勢いで俺に詰め寄ってきた。


「バッカじゃない? 何言ってんの、アンタ! そんなに簡単に魔法が使えるはずないでしょ?

 魔法はね、そもそも貴族の系譜の者にしか使えないの。あんたみたいな平民、無理に決まってるわ!」


その魔法は、こっちの世界の話だろ? 

綾瀬は俺の世界の人間で、貴族でもなんでもないみたいだぞ?

そう言おうかと思ったけど、火に油を注ぎそうなので、今は口を閉じておいた。

ちらりとカモを見てみると、苦笑混じりに親指を立て、その後人差し指を立て、丸を作った。

つまり、俺も俺の世界の習得方法なら、魔法を使えるだろうってことらしい。まぁ、後で詳しく聞こう。

ところで、カモ。お前の指の関節って、実はすごくないか?


「とにかく、アンタは平民で、私の使い魔よ!

 感覚の共有も出来ないダメダメだけど、この際ガマンするわ! 感謝なさい!」


こき下ろされた上で感謝しろ……って、アホか、コイツ。誰が感謝するかよ。

顔はいいのに、性格が悪すぎるぞ。可愛くても、かなりマイナスだ。


「なぁ、ルイズ。俺はお前の使い魔になんて、なりたくないぞ?」

「ルイズ様と呼びなさい。私はご主人様なのよ?」

「……綾瀬だって呼び捨てにしてるだろ」

「ユエは私と対等だもの。アンタは私の使い魔」

「だーかーら! 俺は承諾した覚えがないんだけど?」

「ふふんっ! そのルーンが証拠よ」

「何でそんなに勝ち誇ってるんだ? って言うか、お前にもあるじゃん。この模様」

「うっ、うぅ、うるさいうるさいうるさい! 私のこれは、その……気にしないでいいの!」


爆発した火山から、火砕流が噴出しまくったって感じに、ルイズは怒り出した。

これは触らぬ神に祟りなしだろうってことで、俺は両手を上げて押し黙った。降参のポーズだ。


「ふんっ! まぁ、いいわ。ユエ、今日は疲れたから、もう寝るわよ!」

「ちょっと待てよ。俺はどこで寝ればいいんだ?」

「アンタはその辺で寝ればいいのよ! 床で、一人で!」

「………………へいへい」


俺が返事をすると、ルイズからばさっと、毛布が一枚だけ放り投げられる。

感謝しなさいよ! と、とても感謝する気になれない言葉がオマケでつけられてた。

これに丸まって寝ろってか? 床は板張りなのに? 

人権って言葉をご存知か? いや、貴族だってんだから、そんなもんはないか。


「それは下に敷いて、これをかぶるといいです」


触ってみると何気に上等な毛布だった。たかが毛布でも、さすがは貴族様の持ち物か?

ちょっと皮肉っぽくそう思っていると、綾瀬が黒いローブを手渡してきた。どっから出したんだ、コレ?

まぁ、遠慮なく使わせてもらおう。板張りの床に直で寝るのは、かなり辛いもんがあるし。


「はぁ。ったく、何なんだよ」

「いいじゃねーか。美少女に仕える。男のロマンだろ」


惨めに床の上にて丸まる俺の元に、カモがやってくる。


「それはまぁ、一理ある気もするけどな。でも、性格が最悪だろ」

「可愛いもんだぜ、あのくらい。兄貴のマスターたるエヴァンジェリンは、もっとすげぇぜ?」

「もっとって、どのくらいだ?」

「兄貴が弟子入りしたいって言ったら、その次の台詞が――――――じゃあ、まず足を舐めろ……だぜ?」


そう言うカモの手には、火のつけられたタバコと携帯灰皿があった。

おいおい、こいつってタバコまで吸うのか、オコジョのくせに?

妖精のイメージがぶち壊しだな。なんでこんなにスレてんだ?


「まぁ、長い人生は色々あるぜ、ダンナ。女の我が侭を許してこそ、男ってやつさ」


――――――異世界に飛んだ夜、俺はオコジョに慰められつつ、眠りにつくのか。何だ、このカオス?

それよりカモ。お前もしかして……実は中年男性が呪いとかで変化してるだとか、そう言うことはないよな?

思わず疑っちまうくらい、哀愁がそのちっこい背中には漂っていたぞ?


はぁ、どーなるんだろうな、俺。

不安満載だからこそ、精神的に疲れていたのか。

俺は案外静かに、すぅっと眠りについたのだった。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




朝が来る。日が昇る。恐る恐る窓の外を見ると、太陽は一つだった。

その事実に少しだけ安心しつつ、俺は黒ローブを綾瀬に返した。

するとそのローブは綾瀬の手元でカードに変わった。場所を取らなくて便利だな、コレ。

ちなみにルイズはいまだに眠りこけている。寝相は結構悪くて、貴族らしいエレガントさはない。


「いくつなんだ、こいつ」


うぅーん、むにゃむにゃ……なんて状態のルイズを見る俺は、たぶん半眼になってたと思う。

そんな俺に対し、すでにメイド服に着替えた綾瀬が「確か16だと言ってたです」と答えてくれた。

いっそ、綾瀬がご主人様だった方が、マシなのでは? ふと、そんなことを思う。

少なくとも、怒鳴りつけては来ないし。自分で起きるし。しかも、俺より早く。


「……? ない?」

「どうしたんだ、綾瀬」

「ルイズの下着がないです」


私服、メイド服、黒ローブにとんがり帽子。

綾瀬の服装はこの3種類があり、カードに戻すことで多少の汚れは消えてなくなる。

ひどく破れたりとか、ペンキをぶちまけたりとかしない限りは、洗濯の必要だってないらしい。

でも、下着ばっかりはそうも行かないってことで、綾瀬はルイズの新品の下着をもらったらしい。

体格差は少しあるけど、意外と大丈夫らしい。いや、つけてるところを見てないから、良く知らんけど。

あぁ、俺が起きる前に綾瀬が起きたのは、ささっと着替えるためだったのか?

――――――いやまぁ、そんなことはともかく。

綾瀬が昨日、寝る前に自身の着替えとして確保した分以外の下着が、見当たらないらしい。


「先に言っとくけど、俺は何もしてないぞ」

「知ってるです。よく寝かせたですから」

「……いや、何か微妙に不穏当な発言がなかったか、今」

「練習も兼ねて、気分がリフレッシュする魔法を使ってみたです。よく寝れたでしょう?」


綾瀬は人差し指を振り、何か呪文らしき言葉を口にしていた。

今のは何かをしたわけじゃなくて、暗唱の練習らしい。

ついでに小さく「眠りの霧は、やっぱりまだ無理です」とか何とか呟いていた。


俺が意外とスッキリ眠れたのは、綾瀬のせいと言うか、おかげと言うか? 

まぁ、害はないからいいけどさ。


「そう言えば、カモさんはどこ行ったですか? カモさん?」


確かに言われてみれば、あの白いオコジョの姿がない。

俺は嘆息しつつ、ルイズの眠るベッドの下を観察してみた。

小動物って、結構こういう暗くて狭い場所に――――――うわ、本当にいたよ。

って、カモ。何でお前はルイズの下着に埋もれて眠ってんだ?


「ん……朝かー?」

「朝かーじゃないだろ、何してるんだ」

「いやー、肌触り最高だぜ、このベッド。何と言ってもシルクが多いしな」

「ルイズと綾瀬にバレたら、とんでもなく怒られるんじゃないか?」

「ふっふっふ。つまり第一発見者の旦那が黙ってくれりゃ、問題はないわけだ。アンタも悪だね」

「いや、おい? 何言ってんだ、お前」

「アレだろ? 口止め料が欲しいってんだろ? ほら」

「こ、コレは? ひもパン?」

「さぁ、想像するんだ。これをゆえっちやルイズの嬢ちゃんが着けているところを!」


俺は手渡された白いひもパン―――かなり頼りない、小さな布切れ―――を見つめる。

すると次の瞬間、頭の中に何かしらのイメージが湧く前に、衝撃が走った。

無論、イメージを湧かしかけた、頭に。


「……何やってるですか、こそこそと」


どうやら、頭を踏みつけられたらしい。鼻が床に激突。かなり痛い。


「カモさん。出て来て下さい。今すぐ」

「…………へ、へいっ! イエス・マム」

「下着ドロをしたことがあるとは聞いていましたが……」

「オコジョは暖かくて保湿性のいい寝床を好むんでさぁ!」

「言い訳は不要です、このエロオコジョ」


綾瀬はカモを捕まえたらしい。ヒッとカモら悲鳴が零れる。

ちなみに、俺には見えない。俺の視界は、いまだに床でいっぱいだ。


「今度やったら、捻じ切るですよ」


ど、どこをだろう? 胴体? 尻尾? それとも……?

何だか切なげな悲鳴混じりのカモの返事に、俺はガクガクプルプルだ。

いや、俺は悪くないはずだろ。そりゃ、女性モノの下着を現在進行形で握ってるけど。

俺はささっと、手にしていたそのひもパンを、カモが集めた下着の山に放っておいた。


「才人さんも、カモさんの甘言に惑わされないで下さい」

「い、イエス・マム!」

「カモさんは、下着を元に戻して……いえ、ここは一度洗濯するです」


つまり、対外的にメイドである私の苦労が増えたですね……と、綾瀬は静かに呟いた。こわっ。

14歳の女の子だろうが、何だろうが、怖いときってあるもんなんだなー。

そんなことを考えていると、後頭部に降って湧いた圧力が消えた。

どうやら、綾瀬が足をどけてくれたらしい。

立ち上がってみると、綾瀬はどこかばつの悪そうな表情をしていた。


「すみません。その場の勢いで、踏みつけたです。よくよく考えると、今のはやり過ぎたとしか」

「いや、まー……そんなことより、カモがヤバいんじゃ?」


上半身と下半身が捩れに捩れ、580度くらい回ってる気がする。俺の気のせいならいいんだが……。


「んぅぅ〜? 何よ、うるさいわねー」

「起きたですか? ルイズ、もう朝です」


さすがに煩かったのか、ベッドから起床したらしいルイズの声が聞こえてくる。

ちなみに綾瀬はルイズに声をかけると同時に、カモをぽいっと床に捨てた。何気にひどい。

と言うか、もしかしてカモの扱いは、このくらいでデフォルトなのか?


「んー……」

「着替えて、朝食に行くですよ」

「着替えー」

「一応、出しておいたです」

「着替えさせてー」

「はい? 何故です?」

「下の者がいるときには、貴族は自分で服なんか着ないのよ」


喋っているうちに眼も覚めてきたのか、ルイズの口調は間延びしたものから、普段のそれに変わっていった。

それと同時に、綾瀬に向いていたはずの視線が、俺の方へと向けられている。

なんだ? 会話の流れからして、俺に着替えさせろってか?


「俺は男だぞ?」

「使い魔の性別なんて、気にしないわ」

「本気か、お前」


17歳の男の俺を前に、着替えさせろという16歳のルイズ。

待て。お前が何も思わなくても、俺は色々と思うぞ?

人の理性を勝手に信用して、無理難題をぶつけんなよ。

いや、着替えさせたいという気も、なくはないけどな。


「ルイズ。才人さんはこの世界の平民ではないです。貴族に対して、遠慮なんてしないです」

「……? どういうこと?」

「ものすごく端的に言えば、その場の勢いでルイズを押し倒す可能性もあるですよ?」

「平民のくせに、貴族にそんな無礼なことはフツーしないわよ」

「だからその普通の感覚が、この土地で育っていない私や才人さんにはないのです」


俺は飢えた獣というか、ケダモノかよ? 

そう思わなくもないけど、綾瀬の言葉には、なかなか反論しづらい。絶対に襲わないなんて、誓えないし。

だって、ルイズは顔だけは可愛いしな。顔だけは。何気にスタイルもいい感じ。胸はないけど。

悪いのは性格だけなんだよな。そんな可愛い子を前に、俺の理性はいつまで持つか……。

着替え途中に「手が滑ったー」って感じで、それとなくボディタッチってアリか?


「分かったわよ。自分で着ればいいんでしょ、着れば」

「そうした方がいいと思うですよ?」


――――――ちっ。

着替えというミッションを回避出来たのに、気付けば俺は舌打ちしていた。


異世界生活1度目の朝は、そんな感じだった。

あんまり混乱も動揺もしてないのは、同じ国から召喚された綾瀬がいるからだろうか。

あと、カモのおかげで起き抜けから色々あったからか……。

さてと、それじゃー今日も一日、頑張ってみるか。


んで、俺は具体的に何をすればいいんだ?




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




食事は厨房でもらえた。俺は綾瀬と並んで、一緒にスープをすすった。

メイドの中にも黒髪の子がいて、3人が近くにいると兄妹みたいだと言われた。

食べ終わると厨房の皆に別れを告げて、俺は不本意ながら、ご主人であるルイズとともに教室で授業。

何やらこの世界の魔法理論の勉強らしいけど、ちんぷんかんぷんだ。

言葉は分かるけど、文字は読めないからな。教師の言葉を追うだけじゃ、疑問ばっかり浮かぶ。

でも、俺は生徒じゃなくて使い魔だから、質問権もないし。


暇だ。他の使い魔を眺めるのにも、飽きた。すげーっと驚けたのは、最初の5分だ。

いくら動物園や水族館でも会えない種類のオンパレードでも、ずっと座って見てれば飽きるに決まってる。

ショーの一つでもあれば、別だけどな。


ちらりと、教室の外で待機している綾瀬を見る。

ルイズ付きのメイドなので、何かあった時にすぐ駆けつけられるように待機している……という設定らしい。

ルイズって、実は貴族の中でもかなりいい家柄ってやつかな?

他のやつらは誰もメイドなんて待たせてないし。

そして待たせたりしても、教師は別に何も言わないし。


でも、どー見てもただ待機しているだけのメイドには、見えないぞ? なぁ、綾瀬?

百科事典のようなものを空中に浮かべて、さらにその周りに透過性のウィンドウまで展開してるし。


綾瀬の使う魔法。つまり俺たちの世界の魔法は、この世界では特殊らしい。よく知らないけど。

だから綾瀬の魔法については、出来るだけこの世界に人間に知られないようにした方がいい……らしい。

だってのに、何を思いっきり不思議な本を読み進めてるんだ、綾瀬?

一応、ほとんどの生徒が教師に注目してるから、別にいいだろうけど――――――って……あっ。

青髪の眼鏡をかけたちびっ子が、綾瀬に注目してる。これ、まずくないか?

まぁ、俺にはどうすることも出来ないんだけどな。


そんなことを考えているうちに、授業は終わった。

これで午前中の授業は終了だな。よし、昼飯だ!

もう食べることだけが楽しみだぞ、ここじゃ。

ネットもテレビもゲームも、何もないんじゃなぁ……。


「綾瀬ー、厨房に行こうぜ!」

「才人さん。ご主人様がお怒りですよ?」


終了と同時に教室から出た俺に、外で待っていた綾瀬はそう言った。

振り返ってみると……ご主人様のルイズが、すごい形相で俺を睨んでいた。


「何かしたか、俺?」

「慎みというモノを持ちなさい! この馬鹿!」

「はっ! そっちこそ足りないんじゃないか? 慎みと……あとその辺」


俺はルイズの胸元を、そっと指し示してみた。

……何か、途端に背後からも圧力が増した気がした。

あれ? もしかして綾瀬も怒ってる? 

ま、まぁ、14歳の綾瀬はまだ成長の余地があると思うですぞ?


「な、ななな! 何ですって、この馬鹿犬!」


何だがルイズは呂律が怪しいことになっていた。


「誰が犬だ、誰が!」

「くっ! アンタなんか、御飯抜きよ!?」

「いいもーん。勝手に厨房でもらってるわけだし」

「厨房にも、今後出入り禁止!」

「いーやでーす」

「アンタ、それでも私の使い魔なの!?」

「だから、そもそも俺は認めてないって言ってるだろ!」

「ルーンがある以上、アンタは私の使い魔なの! 何度言えば分かるのよ!」

「はっ、そうだな。あと1324回くらいか?」

「このっ! 馬鹿にしてっ!」

「何だよ、やるってのか?」

「そっちこそ、メイジに逆らうわけ?」


そこで俺は口調を落ち着いたものに変え、ゆっくりと腕を組みつつ言った。


「メイジって言うのは、魔法使いのことだよな……」


いきなり勢いを変えた俺に戸惑ったのか、ルイズは一歩後ろへと下がった。

俺に気圧された格好だった。


「教室で生徒の私語を聞いて、色々俺も分かったことがあるのだよ、ルイズ君」


人差し指を立てて、俺はどこぞの名探偵っぽく呟いた。


「へ、へぇ……何よ?」

「まず、お前の二つ名はゼロ。何故なら魔法の成功確率がゼロだから」

「アンタを召喚した以上、ゼロじゃないわよ!」

「それだって、平民を雇ったって噂状態だぞ?」

「…………あぁ、もう! つまり何が言いたいのよ!」

「ケンカしたら、俺が間違いなく勝つだろ? 魔法がまともに使えないなら、ルイズはただの女の子だし」

「私はただのルイズじゃないわ! メイジのルイズよ!」

「いや、でも現実的に、ただのルイズじゃん。なら、逆らっても負けない」


俺は威圧を込めて、ジロリとルイズを睨みつけた。


「使い魔になってください。お願いします……って、まず言うべきだろ」

「だ、誰がアンタなんかに! っぅ! もう、いいわよ!」


ルイズは肩を怒らせたまま、しかし目尻に涙を溜めて、去っていった。正しく逃げるように。

向かう先は、食堂じゃないんだと思う。ルイズの走っていった方向は、自室のある寮の方だった。

まだこの建物に詳しくないから、はっきりとは言えないけど。


「……やりすぎたか?」

「その通りです」


ちょっとだけ後悔しつつ呟いた言葉に、綾瀬が同意する。

俺たちはそのまま、小さな声で話し合う。

ちなみに、周囲には野次馬がたくさんいた。

俺とルイズが口喧嘩をしている最中も、楽しそうに色々と言っていた。

『使い魔に愛想を尽かされてるぜ』とか『だからゼロなんだよ、あいつは』とか。

でも、さすがにルイズが泣いたのには驚いたのか、今は静かだった。


「…………俺は謝らないぞ。人を呼びつけて、一生尽くせってのは……勝手だろ」

「私の価値観は、それに同意するですが」

「俺も魔法が使えれば、綾瀬と同じように対等だったかな?」

「おそらく。魔法を使えるか否かが、ここでは第一の基準のようですから」

「綾瀬はいいよな、魔法が使えて」

「まだ見習いです」

「それでもだ」


俺はそう呟いて、歩を進めだした。

ちなみに、進む方向はルイズとは逆方向だ。

後ろからトコトコと、綾瀬がついてくる。


「どこに行くですか?」

「厨房に、飯もらいに行く」

「本当に謝らないんですか?」

「それは……まず飯を食ってから、考える」

「では、私はルイズの様子を見に行き――――――」


その言葉の途中で、俺は綾瀬の手を取った。

いきなり手を取られるとは思ってなかったのか、綾瀬は少し驚いてるようだった。


「ほっとけよ。今は飯を食っとこうぜ」

「確かにな。嬢ちゃんも一人で落ち着いた方がいいぜ、ゆえっち」


俺の言葉に、綾瀬の肩に乗っているカモも追従して来た。

結局、綾瀬は迷ったようだけど、俺と一緒に厨房に向かった。


「いいねぇー。ケンカしてすれ違う少年少女。青春だなぁ。おい」


何を言ってんだ、この小動物は。

他人事のような感じでそう気楽に言ったカモに、少しだけ腹が立った。

それこそ……いいよなぁ、動物は。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




厨房の片隅で飯を食った後――――――俺は色々あって、給仕の真似事をしていた。

俺はルイズの使い魔だし、綾瀬もルイズ専用のメイドだ。対外的には。

にもかかわらず、俺たちは食事の時になると、この学校の使用人の皆様に頼りまくりだ。

これじゃいけないってことで、恩返しをすることにした。そしてそれが、食後のデザート運びだった。

出来るだけ、ルイズの部屋に真っ直ぐ帰りたくないってのも、あったんだけどな。ルイズはまだ怒り心頭だろうし。


俺は胸中だけで嘆息し、ケーキやら何やらを配っていく。余ったら食っていいか、これ?

ちなみに俺と一緒に、綾瀬も給仕を手伝っている。

一応メイド服だけど……綾瀬だけ見ると、秋葉っぽいな。

周囲のメイドの皆さんとも、一線を画している。スカートの丈が短いからか?

さらについでに言っておくと、カモだけ先に部屋に戻っている。

こっそりと先行して、ルイズの現在の状態確認ってわけだ。

さすがは小動物。忍者の真似事もバッチリだ。


「なぁ、魔法使いはいても、さすがに漫画的な忍者はいないよな?」


ふと思い浮かんだ疑問を、綾瀬にぶつけてみた。


「いますよ」

「マジか?」

「しかも、クラスメイトに。ちなみに吸血鬼やロボット、陰陽師に読心術士なども」

「いるところにはいるってやつか。出来れば会ってみたいな。いや、無理か」


もう、俺たちは地球に帰れないんだもんな。


「私は帰るつもりでいます。だからこそ、ルイズに再度の召喚を進めたのです」


まさか、またしても日本人を呼び出すとは思いもしませんでした……という綾瀬。


「帰れるのか?」


俺は口の中に溜まった唾液を飲み込んで、ゆっくりと聞いた。


「いえ、手がかりもありません」

「じゃあ、無理じゃねーか」

「でも、諦めません」

「まぁ、確かにそう簡単には諦められな――――――ん?」


少し離れたテーブルで、何やら騒ぎが起こっていた。

首を傾げつつ、好奇心から近寄ってみる。それで痛い目を見たってのにな。


するとメイドの一人―――確かシエスタだ―――が、金髪の野郎にからまれていた。


「君が『香水を落とした』と声をかけた時に、僕は知らないフリをしたじゃないか」

「た、確かに、そうでしたけれど……」

「ならば、話しを合わせるぐらいの機転があってもよいだろう?」


痴話喧嘩って感じじゃなくて、男の方が一方的に文句を言っているみたいだった。

いや、詳しい状況は分からないが、少なくとも不機嫌なのは男だけだ。

男の方が貴族だからか、シエスタはただただ恐縮している。

ここは貴族のいる国だからいいけど―――いや、よくないけど―――もしここが日本なら、

あいつはメイドカフェのメイドさんに無茶を言う、かなり痛いヤツだな。


俺は手にしていたトレイをすぐ傍のテーブルにおいて、シエスタに歩み寄った。

そして何があったんだと、シエスタに問いかける。

周りの貴族は、まともに質問には答えないだろうと思ったからだ。

でも意外なことに、状況説明は金髪貴族の近くに座っているやつらがしてくれた。

この金髪―――ギーシュと言うらしい―――をからかえれば、今はそれでイイっぽい。


「えっと……つまり、こいつが二股してたのが悪いんだろ?」


色々と言われたけど、まとめるとその一行で済むような気がした。


「なんだい、ぶしつけに? そこの給仕君は、貴族に対する礼儀を知らないようだね?」


横から口を挟んだ俺に、ギーシュは嫌みったらしい笑みを浮かべてそう言った。

ムカッと来たので、文句の一つでも浴びせよう……と思ったら、いつの間にか隣に綾瀬が立っていた。

綾瀬は何も言わず、ただただ息を吐いた。


「――――――はっ」


これぞ正しく、鼻で笑うってヤツだ。

おっ、下手に何か言うより、ギーシュは大ダメージらしいな。

そりゃそうか。痴情の縺れの責任をシエスタになすりつけようとしてたところで、綾瀬に笑われちゃなぁ。

こう言うと失礼だけど、綾瀬はちっこいしな。そしてギーシュは普通に背が高い。

まさに駄目大人が子供に嘲笑されるの図だった。


「本当に魅力があるのであれば、何人の女性が一人の男性を好きになろうとも、こんな騒ぎにはならないと思います」

「何か、やけに実感がこもってるな。まさか、実体験か?」

「まぁ、そうですね」


あらー、最近の女子中学生は進んでいらっしゃることで。

俺なんて、全然女の子と縁がないから、出会い系の登録中だったんだぞ?


「私と親友、そしてその他数名が、一人の先生に好感を抱いていたです。

 でも、誰もネギ先生を責めたりはしないです。ネギ先生は……」


綾瀬はぽつぽつと、そのネギ先生とやらの魅力を話したり、止まったり、やっぱり話したり。

どうやらその人を褒めるのが恥ずかしいらしい。

いやー、ちょっとそのネギ先生に、嫉妬が湧いたよ。

別に綾瀬が好きでたまらないとか、そう言うことはないけど。同じ男としてな。


「くっ……君たちはルイズの使い魔に、メイドだったね」

「ん? あー、まぁな。何かそうなってる」

「いいだろう。君たちに決闘を申し込む」

「何故に?」

「そのふざけた態度を、僕が矯正してやろうじゃないか!」


ギーシュは作り物の薔薇の花を、びしぃっと俺に突きつけた。


「言っておくが、君の主人であるルイズと僕は違う。僕はゼロじゃないからね。

 まともにやれば、君らに勝ち目など欠片もない。さぁ、今謝れば許してあげよう。どうする?」


俺はギーシュが突きつけた薔薇を、ぺしっと右手でぞんざいに払いのけた。


「誰が謝るか。つーか、俺は別に悪いことしてないだろ」

「その態度が罪だと、何故気づかないんだ! 無礼な!」


あれか? 総理大臣とか大統領か、何かそういうのと対面した時のような反応をしろと?

いやぁ、無理だろ。日常的にそんな態度、いちいち取ってられんぞ。面倒くさい。

ギーシュがおじさんなら、もう少し敬語を使うのにも抵抗がないかもしれないけどな。


「……ふん、いいだろう。では決闘だ。ヴェストリの広場で待つ!」 

「これで俺が行かなくて、お前が一人で数時間待ってたら、アホだよなー」

「か、必ず来いよ! 逃げることは許さないぞ! 逃げたら臆病者だぞ!」

「へいへい。分かった分かった」


俺は顔を赤くして怒鳴るギーシュに、ヒラヒラと手を振った。

やつはドスン ドスンってな感じの歩き方で、去っていった。

何たら広場に向かったんだろう。


「戦うのですか? こちらは魔法が使えませんが」

「まぁ、何とかなるだろ」

「なりませんっ!」


俺の気楽な言葉に反論したのは、綾瀬ではなくシエスタだった。


「貴族を本気で怒らせたら、殺されてしまいます」

「確かに、本気で怒ってたな。貴族ほどのものが、何て器量の小さい!」

「あんまり似てませんね、声真似」


俺が誰の台詞をパロったのか、綾瀬は分かったらしい。ぽつりと評価を呟いてきた。


「いくら魔法の性能がよくったって、貴族がっ、その性能を引き出せなければ!」

「クロスボーンの……誰でしたっけ?」

「昔、F91に乗ってた人」

「あぁ、ナゥさん」


思い当たったのか、綾瀬はぽんっと手を打った。

いや、こういう話が普通に通じるとは思わなかった。少し意外だ。


「友人の影響ですね。そう言ったものが大好きなので」

「あの、聞いてください! 大変なんですよ!?」


のんびり話し合う俺たちに、シエスタが声を張り上げた。

それを受けて、綾瀬が手を顎に当てる。


「いざという場合には、私は奥の手を使うつもりです」

「使っても大丈夫なのか?」


奥の手とは、つまりこの世界の魔法とは違う魔法ってことだろう。

俺の確認の言葉に、綾瀬は首を…………横に振った。あれ? 


「私の使うものは、こちらとは違うそうです。よって、騒ぎになる可能性は否定出来ません。

 しかし、命のやり取りとなれば、出し惜しみも出来ないです。

 それでなくとも、私には実戦経験もないです。使えるものは、使うべきです。そちらは?」


そちらは……と言われても、俺は別に格闘技も何もやってない。

運動神経がなくてダメダメだとは言わないけど、良くて普通だ。


「しいて言えば……アクションゲームは得意だ」

「電脳戦でもないので、意味ないですね」

「悪かったな」

「戦闘となった場合、才人さんがこなすべき仕事は一つ。囮です」

「俺が注意をひきつけているうちに、綾瀬が奥の手を使うわけだな?」

「えぇ。詠唱を妨害されれば、私は何も出来ません。それこそただの中学生です」

「分かった。せいぜい、怪我しないように相手の気を引く」

「では、そう言うことで」


俺と綾瀬は頷き合って、シエスタに向きなおした。

そして、決闘場所となる広場はどこかと、そう訊ねた。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




ヴェストリの広場は、魔法学院にある二つの塔の間の中庭を指しているそうです。

私と才人さんは、そこに向かってテクテクと歩いていきます。

私はメイド服から黒のローブ姿に。右手には箒を持っています。

才人さんは相変わらず私服のままです。

そう言えば、彼は着替えをどうするのでしょうか?

……いえ、そんなことは後から考えればいいです。

今考えるべきは、決闘です。相手の実力は、未知数なのです。


果たして私が魔法を使ったところで、勝てる相手でしょうか?


開始と同時に、まずは―――倒れろ―――で、彼の魔法発動体を吹き飛ばすべきです。

出来れば、彼がつい手を滑らせて落としたかのように、自然に見せられればいいですね。

それが無理なら―――武装解除―――で強引にでも丸腰になってもらいます。


それらが間に合わない場合は、すぐに防御を。

出来れば―――風よ―――で、攻撃をそらしたいです。

しかし無理であるなら―――風陣結界―――ですね。


今の内に出来る準備と言えば、後は……後方との情報交換でしょうか?

私は空いている左手で、パクティオーカードを握りしめる。

無論、それは私の姿が描かれていない方のカードを……です。

私はカードを、自分のおでこととんがり帽子の間に挟んだ。


「……ふぅ」


決闘。闘い。それを思うと、ひどく緊張します。

幻覚だったとは言え、高畑先生の攻撃をもらった時の、あの痛み。それを思い出します。

すると緊張がより高まって、足が震えだしそうになります。


「駄目ですね、これでは」


実戦経験が得られるよい機会だと、そう思うくらいでなければ。

こんなことでは、無事に帰れたとしても、ネギ先生とともに旅立てません。


「諸君! 決闘だ!」 


私と才人さんが広場に着くと、途端にそう高らかな宣誓がなされ――――――そして歓声が上がりました。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇




「相手はルイズの使い魔と、そしてメイドらしいぜ!」

「あのゼロのルイズの使い魔か。へぇ……」


俺と綾瀬に向けられる視線は、見世物小屋の展示物か何かに注がれるようなモノだった。

周りのやつらは自分たちの作り出したこの熱狂を、存分に楽しんでる。

むしろ戦う俺たちが、その熱狂に置いてけぼりだ。波にノリ切れないと言うか?

あれか? 縁起でもないけど、公開処刑される本人の心境って、こんなんか?

周囲は色々騒ぐだろうけど、自分は眼と口を閉じて、静かに時を待つ……みたいな?


「はっはっは! まずは逃げずに来たことを、褒めてやろうじゃないか」

「んで、始まりの合図は何だ? もう殴りにいっていいか?」

「前口上も何もなしか? 遺言も残さないつもりかい?」

「お前に勝ってから、何か言うことにする」


俺は何となく両手を前に出し、足を開いた。

本当に、何となくだ。俺の中にある戦いのそれっぽい構えってヤツ。

隣では綾瀬が箒を少しだけ前に突き出した。


「そちらは箒で戦うのかい? メイドらしいと言えば、らしいか。

 もっとも、そのローブはあまり似合わないね。メイジの真似事かな?」


魔女は箒に乗って空を飛ぶって決まってるのに、ギーシュは何を言ってるんだ?

そんな俺の疑問は、綾瀬が解いてくれた。

曰く『こちらの魔女は箒で飛ばないのでしょうね』と。

そう言えば、何で俺の世界の魔女は、箒で空を飛んでるんだろう? 意外と謎だ。


「ふっ、いいだろう。かかってきたまえ」

「では、突っ込むです、才人さん」


俺に向けてそう言いつつ、綾瀬はさらに箒を傾けて、小声で―――×××―――と言った。

呪文は日本語ではなくラテン語で紡ぐそうなんで、俺には分からん。

プラクなんたら……とか? まぁ、どうでもいい。


俺はギーシュに向かって肉薄する。ギーシュはそんな俺に対して、嘲笑を浮かべて、薔薇の花を振るおうとする。

そこでギーシュの手の平の中から、薔薇の花がすっぽ抜けた。ギーシュの顔色が、さぁっと青くなる。


「え? あれ?」


悪いけど、拾うまで待ってなんてやらない。

俺は慌てるギーシュの腹に、拳を突き入れた。


「ぐはっ! ちょ、ちょっと! 待ちたまえ!」

「決闘に待ったも何もあるかよ!」

「確かにそうだが、無抵抗の相手を殴るのは、ちょっとアレだろう!?」

「かかってこいって言ったじゃねーか」


わたわたと手を振るギーシュに、蹴りを入れる。太股にヒット。ローキックって感じだ。

痛いんだよな、これ。じわじわ効くんだよ。休み時間に蹴り合いやったなぁ、そう言えば。


「ふぐっ! ぐぬ!? くぅ! っ……えぇい!」


膝を折って、ごろごろと地面を回り進み、俺から距離を取るギーシュ。

その手には器用に回転しつつ拾い直したのか、薔薇の花があった。


「はぁ、はぁ、なかなかやるじゃないか!」

「お前がやらなすぎだろ、今のは」

「その余裕も、そこまでだ! さぁ、行け! ワルキューレ」


ギーシュが腕を振り下ろすと、その手の中の薔薇の花びらが舞い、地面に落ちる。

ちなみに今回も綾瀬の援護があったのか、花びらはかなりバラバラに落ちた。

本当はギーシュの手から、薔薇本体を落としたかったんだろうけど……

さすがにギーシュも落とさないよう、ぎゅっと握っていたらしい。


地面に落ちた薔薇の花びらは、いつの間にか……本当に、気づいたら人形になっていた。

女性用の西洋甲冑着込んだ、人の暖かさを感じさせない人形。アレに殴られたら、痛そうだ。

しかも一人だけじゃなくて、七人もいる。さらにさらに、すぐ囲まれそうな位置関係だ。

花びらを拡散させたことが、むしろギーシュに有利に働いたか。

くそ……距離を取らせず、あのまま気絶するまで殴ればよかった。

俺の油断のせいだ。ファーストアタックが、上手く行ったからって……。


「僕は青銅のギーシュだ! 平民に負けなどしない!」


その怒号とともに、ワルキューレがこっちに突進してくる。

武装した七体の鉄人形―――いや、青銅人形か―――に、囲まれる素手の俺。

わざわざ俺が注意を引かなくても、ギーシュはこっちしか見てないけど……ヤバくないか?


「うぉっ! あぶね!」

「えぇい、ちょこまかと!」


ワルキューレの攻撃を、何とか紙一重で回避する。ありえないくらいの、本当に紙一枚の差で。

俺にこんな体捌きは不可能だ。出来っこない。

でも、敵の攻撃が振るわれるごとに、俺の身体を押すように風が巻き起こるんだ。

これも綾瀬の魔法のおかげか。ギーシュの武器を落としたり、俺の身体を押したり……地味だ。

もっとドカーンと、敵を一掃する魔法を見てみたいもんだと思う。

まぁ、そんなことしたら、秘密がバレて困るけど――――――って、あっぶな! 今のマジやばいって!

首筋の皮の上を、青銅の槍が滑っていった。あと1センチずれてたら、死んでたぞ、俺!


「はっはっは! 手も足も出ないじゃないか! まぁ、仕方もないね!

 このワルキューレは七体で、手だれの傭兵一個小隊と同レベルの戦闘をこなすからね!」


くそ、このままじゃヤバイ。避けてるだけじゃ、話が先に進まない。いずれ、俺の体力が尽きて、負ける!

そう考えた俺が、身体をひねりつつもギーシュを見やってみると…………その後ろに、綾瀬がいた。


「才人さんに、気を取られすぎです。この決闘は私もいるです」


綾瀬はそう言いつつ、ギーシュの手から薔薇を抜き取った。

すると、ギーシュからの指令が届かなくなったからか、青銅人形がぴたりと動きを止めた。


「い、いつの間に僕の背後にっ!?」

「貴方が高笑いしていた時には、すでに後ろに歩み寄ってました」

「くっ……き、貴族の物を盗むとは、平民らしい手じゃないか」

「何と言われようと、貴方が魔法発動体を失くした以上、決闘は私たちの勝ちです」


その綾瀬の宣言に、観客は大いに沸いた。

たかが平民に殴られるわ、杖の代わりの薔薇を取られるわ、ギーシュはいいところなしだ。

エレガントさを気取ってるやつが3枚目になるってのは、可笑しいもんだろう。

ギーシュは周囲からの嘲笑や野次によって、押し黙る。

しかし一拍後、怒りとともに顔を上げた。その目は、爛々としていた。


「…………ま、まだだ! まだ終わらない! 予備はあるのだから!」


言うが早いか、ギーシュは懐から薔薇の造花をもう一本取り出した。

そして眉を寄せる綾瀬の腹を蹴り飛ばす。


「あ、綾瀬っ!」

「おっと、君の相手はワルキューレだ!」


ギーシュがこちらを振り向き、薔薇の造花を軽く振る。

すると、活動を停止していたはずのワルキューレが動き出した。

ただ一つでも幸いなことがあるとすれば、それはギーシュの注意が綾瀬に向いていたことだろう。

そのおかげで、先ほどよりもワルキューレの動きが遅い。俺だけでも、何とか避けられ続ける。多分。


「平民とは言え、女子を痛めつける趣味はないのだけれど……そうだった。これは決闘だった」


蹴られてうずくまっている綾瀬の背に、ギーシュが足を乗せた。

体重差が大きい以上、もうそれだけで綾瀬は動けないだろう。

と言うか、あそこから頭を蹴られでもしたら、命に関わる。


「――――――あっ! ぐはっ!」


俺も綾瀬の方に注意を向けすぎたらしい。

ワルキューレの持つ槍が、俺の胸を薙いだ。

パーカーが、そしてその下の肉が、斬り裂かれる。っつぅ……イッテェ。熱いしっ。

……こんな時に言うのもなんだけど、これより痛いルーンの刻みって、尋常じゃねぇぞ、おい。


「ゆ、ユエ!? サイト!」


俺は痛みから胸を押さえて、うずくまる。それは奇しくも、綾瀬と同じ格好だった。

そして俺の首筋に、ワルキューレの槍が固定される。

そんな時だった。ルイズの叫び声が聞こえてきたのは……。

サイトって……ルイズが、もしかして俺の名前、呼んだ?

何気に初めてじゃないか? 人を異世界に呼び出しておいて、ようやくかよ。

って言うか、こんな状況でかよ。ぐだぐだだな。普通、初対面で一回は呼び合うだろーに。


「大丈夫かい、旦那?」


ルイズについて来たのか……いや、こいつが外の騒ぎに気づいて、ルイズを呼んだのか?

どうにしろ、ルイズとともに姿を現したカモは、俺の肩に乗ってそう聞いて来た。

綾瀬の所に行かなかったのは、ギーシュに踏み潰されることを警戒したからだろう。


「俺は胸をちょい斬られた。綾瀬は、今のところ蹴っ飛ばされただけだけど」

「あぁ、ゆえっちの方は大丈夫だ。蹴られた程度じゃ、泣きもしねぇよ」

「大丈夫って……大の男に蹴っ飛ばされたんだぞ?」

「ゆえっちはあんなナリだが、根性はあるんだぜ?」

「……はは、そーか」


短く頷いて、俺は視線をギーシュに詰め寄っているルイズに向ける。

ルイズは決闘を止めるよう、ギーシュに頼み込んでいるようだった。


「相手は平民なのよ? ここまでやれば十分じゃない!」

「確かに、気づけば神聖な決闘が、ただの弱いイジメのようだね」

「だったら、さっさと二人を放しなさい!」

「駄目だね。まだ敗北宣言も謝罪も聞いていない。決闘はまだ続いているのだよ」

「武器も持たない平民を甚振るのが、決闘!?」

「ははっ、武器を持ったとしても、戦いにはならないだろうけれどね」


よく言うぜ。出だしは俺にいいように殴られていたくせに……。


「なら、サイトに武器を持たせてもいいのね?」

「僕は別に構わないが? しかし君は何も持っていないようだけれど?」

「いいから……確認するわよ。私はサイトに武器を渡す。構わないのね?」

「いいだろう。ナイフでも何でも、渡すがいいさ。彼に武器を渡した時点で、仕切り直しと行こう」


ギーシュの言葉に頷き、ルイズが俺に向かって歩み寄ってくる。

それを見たカモが、俺に小声で耳打ちした。


「嬢ちゃんから渡される武器は、剣だ。どんな特殊能力があるかは分からねぇし、

 旦那に使えるかどうかも分からねぇ。アーティファクトは、個人専用だからな。

 でも、武器を渡してもらって、立ち上がることは出来る。

 その瞬間に、ゆえっちががばっと起き上がる! となれば、相手にも隙が出来るはずだ。

 そこでだ。すぐにこの包囲網を抜けて、ギーシュって野郎の持つ薔薇を砕くんだ、旦那!」


随分と細かい作戦だな。いつの間に考えたんだ?

それに勝手に決めたところで、綾瀬とタイミングが合うはずがない。

そんな俺の懐疑的な視線に気付いたのか、カモはニシシと人懐っこい笑みを浮かべた。


「ゆえっちと嬢ちゃんは契約してて、分かりやすく言えばテレパシーが使える。

 んで、決闘が始まる前から、ゆえっちは嬢ちゃんに情報を流してたってわけだ」


用意周到だな。そう思って苦笑を浮かべていると、ルイズが俺の前に立った。

そしてルイズは周囲に聞こえるだけの大きな声で、俺に聞いて来た。


「敗北を認める気はないの?」

「ないな。まだ俺は負けてない」

「どう見ても、負けが確定した姿よ?」


まぁ、そうだよな。もうプリンセステンコー並みの脱出術がいるくらい、囲まれているし。

そして俺には、そんなに大それた脱出術もない。

でも状況は流れているんだ。さっきまでなら、負けしかなかった。

でも、ルイズが来てくれたおかげで、仕切りなおしのチャンスが来た。

まだ、これからだ。天は俺を見放していないってやつだ。らっきー。


「こんな時に運任せなんて、アンタって馬鹿ね」

「運だって実力のうちだって言うぞ」

「まぁ、一理あるかも知れないわね」


ルイズは小さく笑って―――アデアット―――と言った。

すると、その手の中には一振りの剣が収まっていた。


「これは、破邪の剣。特性は……そう、熱を発するのね……何でこんなことが、分かるのかしら?」


ルイズは首を傾げつつ、剣を振る。実に優雅で、そして素早く、流れるように。

途端、俺を取り囲んでいたワルキューレの一体が、音を立てて崩れ落ちた。


「とにかく、刀身は燃えるのね? この炎が破邪ってわけ?」


剣を眺めつつ、ぶつぶつと呟くルイズ。

まるでその光景は、機械の動作を確かめているかのようだった。

そしてルイズがもう一度剣を振ると、その言葉通りに刀身からは帯状の熱閃が噴き出してくる。

――――――いや、熱い! ルイズ! 熱いから!

持ってるお前は魔法的な何かで保護されてるかもしれないけど、俺は熱い!


「る、るるルイズ! 何なんだ、その炎を出す剣は!」

「何よ? 武器を渡していいって言ったじゃない」


そんないい感じの魔剣じみた武器は、そりゃギーシュも予想外だろ。


「そ、それはそうだが……いや、と言うか、何故ワルキューレを! 決闘に手を出すのか?」

「初めて持ったから、ちょっと振ってみただけよ。それにしても中々いい剣みたいね」


褒めつつも、ルイズは最後に「私はメイジだから、真面目に使わないけど」というオチをつけた。

何故か、剣が少しだけ寂しそうな表情(?)をしたような気がした。


「これを取れば、もう後戻りは出来ないわよ。それでもいいなら、取りなさい」

「その前に、ちょっといいか? 何で俺に手を貸すんだ? ケンカしてただろ、俺たち」

「一応アンタは私の使い魔だからね。このまま負けちゃうのは、気分が悪いのよ」


ルイズは少しだけ頬を膨らまして、そう言った。


「それだけなんだからね? 別に深い意味なんて、ないんだから!」

「まともに頼まれない限り、俺は使い魔をやりたくないんだけどな……」

「アンタ、この状況でよくそんなことが言えるわね。普通は私に尻尾を振る場面よ?」

「そんなに潔いくらいの事なかれ主義なら、最初から決闘なんてしない」

「まぁ、このくらい意地っ張りな方が、私の使い魔には相応しいのかもね」


膨らんでいた頬がしぼんで、再びその顔に小さな笑みが浮かんだ。

表情がころころ変わって、忙しいヤツだな、ルイズ。


「私はアンタに『使い魔になってくれ』だなんて、絶対に頼まないわよ?」

「頼まれない限り、俺はルイズの使い魔だって、心の底から認めたりしないぞ?」

「ふんっ。どうせそのうち、アンタが自分から『俺を使ってくれ』って、頼み込んでくるに決まってるんだから」


意地っ張りなのは、俺もルイズもそう変わらないらしい。

ルイズの笑みにつられるように笑ってから、俺は立ち上がる。

そして、ルイズの持つ剣に手を伸ばした。


「それで、才人は剣を使えるの?」

「いや、触ったこともない」

「じゃあ、形勢は不利なままじゃない」

「まぁ、何とかなる……と言うか、何とかする。自分の使い魔候補を信じろよ」


ルイズにそう告げ、俺は剣を取った。すると、剣の最適な振り方とでも言おうか? 

動き方のイメージのようなものが、頭の中を駆け巡ったような気がした。


「――――――さぁ、仕切りなおしだ!」


気分が高揚したらしく、気付けば俺はそう怒鳴っていた。

身体を駆け巡る全能感のような、何か。

それに俺は、ただただ突き動かされた。




俺は、ワルキューレを斬り捨てた。



(続かない)

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