第十九話





仕事場を後にした私は、すぐさま首を締め付けるネクタイを外しにかかった。

二度三度と、首元で手を動かす。すると締め付けが解かれ、多少は涼しさを実感することが出来た。

まだまだ夏には程遠い季節であるはずだが、今夜はやけに蒸し暑い。

たまに仕事が早く終わった日くらい、もう少し過ごしやすければいいのだが……。

あぁ、手にしているアタッシュケースも、重い。帰宅が苦行にも思えてくる。

だが、これは捨てられない。仮に捨てろと言われても、捨てる気はない。

と言うか、実際にこれは社内で廃棄されかかったものを、私が引き取ったモノなのだ。捨てられるはずがない。


はぁ……早くタクシーを見つけて、乗り込まなければならない。

運動不足気味の私は、重いものを持つと手が痺れるのだ。

それは翌日のタイピング速度に影響し……つまりは、仕事に差し障る。

ついでに同僚にも「いくらなんでも、貧弱過ぎる」と、馬鹿にされるだろう。

うむ、回避しなければならない明日だ。

いや……別に馬鹿にされても、いいのかもしれない。もう、どうでも……。


「……ため息しか出んな」


昨日と変わらずに、今日も激務だった。おそらく、明日も激務だろう。明後日もだ。

このところ、まったく持って事が上手く運ばない。部下の士気も、軒並み低下している。

間違いなく、私たちにとってのお得意様の人事が原因だ。

これまでは手を取り合って―――とは言い過ぎだが、中々上手くやって来たのだ。

しかし、相手側の担当者が変更となって以降、歯車は狂いっぱなしなのだ。

自身の仕事以外に、心労が溜まり続けている。何ともしがたい状況だ。

自身で選んだ進路で、就職先で、仕事内容だ。私は、今の仕事そのものは天職だと思っている。

問題は、あの馬鹿どもだ。いっそ、取引を中止したいが…………そうも行かない。

あぁ、前はよかった。実に恵まれていたと、嘆息混じりに思う。

自身の仕事に熱中していれば、それでよかったのだから。やりがいが、満ち溢れていた。

無論、自身にとって興味のない仕事をこなすことも、社会人の勤めではあると思う。

思うが……しかし、現状に納得できるかどうかは別問題だ。

もしも納得が出来るような物分りのいい人間ばかりなら、

この世には愚痴や不満などと言う言葉は存在しない。


「早く帰って、寝よう。家に帰れるだけ、マシだ」


何とも気落ちする思考を打ち切り、私は自身にそう言い聞かせた。

相手先の人事は、私にはどうすることも出来ない。

そして色々と不満はあっても、投げ出すわけには行かない。

そうである以上、結局今はこの状態を維持するしかない。


いや――――――まぁ、延々と現状の維持を続ける気もないが。


左遷され、登録を抹消されたはずの前担当者が、実は極秘にこちらに連絡を取ってきてもいるのだ。

何ともきな臭く、普通なら決して応じるべきではない。

だがしかし、何らかのアクションを起こさない限り、現状の打破は見込めない。

危ない橋であろうとも、渡りきれば広い世界がそこにはあるのだ。男は度胸、何でも試してみるべきだ。

そうだ。そもそもそう言ったベンチャー精神が……野心がなければ、今の仕事についてはいない。


「ははっ。何やら活気が湧いてきたな」


空元気なのかもしれないが、しかしそれも元気のうちだ。

危ない橋。野心。度胸。物は試し。

そんな言葉を思い浮かべれば、鬱屈した空気が肺から押し出される気もする。

相手に一泡吹かせようじゃないかと言う気も、湧きあがる。

そうだ。私がこの仕事についたのは、自身の根底に夢や憧れがあったからだ。

その夢や憧れは、まだ心の中にある。つい、忘れてしまいがちだけれども。


気合を入れるため……そして痛くなってきた右手を庇うため、アタッシュケースを左手に持ち直す。

さらにそのまま何度か、アタッシュケースを鉄アレイ代わりに上下させてみた。やはり、重い。


「――――――んんっ?」


その時だった。私はふと、背後から誰かに睨まれていた様な気がしたのだ。

立ち止まり、背後を振り返ってみた。

無論、気のせいでしかない。誰もいるはずがない。今の時期は、怪談には早すぎる。

そう思っていたのに……現実は無上に無情だった。私の気のせいでは、なかったのだ。


「くくくっ、気づいたか。無駄に感がいいな」


私の視線の先にいたモノ―――それは着物姿の、手には刀を携えている男だった。

全身から漂わせているものは、きっと殺気なのだろう。何故なら、私の足が震えている。

これで友好の情だと言うなら、あの男の感情表現はあり得ないほど屈折しているな。

ついでに友達もさぞ少ないことだろうと言う、何とも現実逃避的な思考が浮かんだ。


「気づかぬままに死ねば、苦しまなかったものを……」


何やら、物騒な物言いだった。

ここは確かに木々も多い閑静な郊外だが、何と剛毅な……。

このご時世に、着物を着て本格的な辻斬りを行うとは。

もしかして、ただ時代劇の演劇の練習をしているだけとか、あるいはドッキリカメラ?

いいや、もう現実逃避は止めよう。この殺気は本物だ。そしてこちらを見下すその目も、本物だ。

あの侍は、私を殺す気だ。間違いなく。


「な、何が目的だ?」


まさか……過激思想に染まった産業スパイか? 

こちらの極秘プロジェクトに気づいたのか?

私はアタッシュケースを抱え込むように持ち、侍を見やる。

コレを引き取った条件は、決して家の外に出さないと言うものだった。

ここで奪い取られでもすれば、非常に厄介なことになってしまう。

廃棄物ではあるが、しかしそれなりの技術にとって製作されたものだ。

流出先によっては、不味い事にもなりかねない。くっ、やはり素直に廃棄すべきだったか。


「目的は貴様の……いや、人間の命だ。全ては、狼王復活のため……」

「お、オオカミ王? 何を馬鹿なことを言ってるんだ?」

「別に信じる必要はない。貴様は、ここで死ぬ」

「私は! まだ、死ぬわけにはっ!」


言いつつ、ジリジリと後退する。誰だって、基本的に死にたくはない。聖者でも、悪人でも。


「う、うぅぅ」


背を向けて逃げ出したいが、しかしそうすれば、即座に斬り殺されてしまう気がした。

極度の緊張からか、私の口はくぐもった音を漏らす。歯も、カチカチと鳴り始めていた。。


「だ、ぁ……大体だ。同じ人間同士、な、仲良くするべきではないか? ん?」

「俺は誇り高き人狼だ。貴様ら人間とは格が違う」

「じ、じんろう? 狼男、なのか……?」


まさか、妖怪の類だとは思わなかった。そう言えば、先にも狼王と言っていたな。

まぁ、狂気に染まった人間が、着物姿になって刀を振り回すよりは、

狼男が何やら怪しげな儀式のために、人の血を求める方が納得できる。怪談としても、分かりやすい。

いや、そんなことに納得出来ても、意味がないな。私の命の危機は、まだ目の前にあるのだから。

110番? いや、この場合はGSか。しかし今すぐ連絡しても、到着には時間がかかる。


「つまり――――――八方塞、なのか……?」


私には格闘術も拳銃もない。そもそも5キロ走るだけの体力もない。刀に抵抗する術がない。

デスクワーク主体の中年男性。それはどうやら、目の前の人狼にとって、まな板の鯉も同然……?

いや、まだだ。まだ私には、手がないわけじゃない。

命がかかっているのだ。どれだけでももがいてやる。

何故なら、私はまだ死にたくないからだ。


「プログラムの調整も甘いが……しかし、お前らに頼るしかない!」


私はアタッシュケースを開き、中の荷物を道路にぶちまけた。


「私は部隊司令の茂流田である! 目標を眼前の人狼と設定! これを撃破せよ!」

『サァ、イエッサー』『サァ、イエッサー』『サァ、イエッサー』『サァ、イエッサー』


道路に落ちた荷物は、私の言葉を受けて整列を始める。それは大小様々な、人形たちだった。

最も多いタイプは、15cmほどの自衛ジョーである。その数、10体。

そして1体だけ30cmと言う大型なものがあるが、それは自衛ジョーの搭乗する人型決戦兵器ブンガマワール2NDだ。

関節を折ることで、収納スペースを格段に抑えることの出来る、私自慢の独立支援型戦闘ユニットだ。

大型化するゴーレム開発の傍ら、趣味で開発を始め、いつしか所内の有志でサークルじみた活動になり、

挙句には予算をもぎ取って、ここまでの形にした努力の結晶だ。

もっとも、ここ最近はそんな余裕もなく、無駄と断じられて廃棄が可決されてしまった。

須狩―――いつの間にか、私の上司になっていたりする、同僚だった女性―――に、

恥を承知で泣きついても、その決定は撤回されなかった。よって、引き取ったのだ。

家でこつこつと行動設定を続け、自分だけの部隊を完成させるために……。

いつか支援型のシェアを独占するユニットとするために……。

男のロマンの分からない、女どもに認めさせるために……。


「初陣には強大すぎる敵だが、各員、奮闘を――――――」

「人形風情に、この八房の刃が防げるか!」

「――――――ごろばがぁ!?」


わらわらと動き出した自衛ジョーに、嫌悪感が湧いたのだろうか?

人狼は怒声とともに、剣を振った。

すると剣……いいや、刀か。刀からは突風が巻き起こり――――――私と私の部隊を蹴散らした。


「ぐっあ、あぁっ……」


部隊の面々は、細々となった。私自身、胸と腕を裂かれてしまった。

温かい血とともに、命が抜け出していく気がする……。

あぁ…………私は…………――――――死ぬ、のか……。

くそっ、試作5号機の雄姿を、この目で見ることもなくっ!

私の研究の成果を、世が認める前に去ると言うのかっ!


「そこまででござるよ、犬飼っ!」


諦めや怒りを湧かせる私の視界に、ピンク色の何かが弾丸のように飛び込んできた。

それは―――小さな子供だった。尾が飛び出ているので、おそらくこの子供も人狼なのだろう。

刀持ちの人狼の名を知っていると言うことは、この子は状況を理解していると言うことか。


「巻きこまれ損か、私は……」


誰にともなく、私はそう呟いた。


















            第十九話      能力、開花! でも、実はまだ7部咲きくらい?





















靴も履かず、パジャマのまま飛び出したシロを、俺は追いかけていた。

Gジャンに霊符と霊珠、右手にサスマタ、左手にはシロの靴を持ってな。

何とも間抜けな状態で、俺はシロの気配を追い続ける。靴ぐらい履け、あの馬鹿犬!


基礎体力の高さと日々のたゆまぬ鍛錬に、心の底から感謝だな。

息は荒いけど、でもそれだけ。俺はまだまだ走れる。いまや活躍は逃走だけじゃない、俺の脚!

まぁ、それでもシロの速度には、ついていけてないんだけどな。さすが人狼ってことか。

――――――果たして、そんな強い人狼族の……しかも大人の妖刀装備のヤツに、対抗出来るのか?

その辺はかなり不安だ。出来ればシロを確保して、一旦退却したい。いや、そーすべきだ。


「シロっ! って……げげ?! もう被害者が出とるぅー!?」


会議室じゃない事件現場に到着してみれば、すでに道路には血が飛び散っていた。

被害者は、どうやら男が一人だけらしい。あぁ、よかった。男か。うん。セーフだ。

いや、安心は出来んか。ここに来る前に、あの人狼が美女を殺した可能性もあるし。

……いやいやいや。被害者は被害者だ。生きてるうちに救助しないとな! 

さすがに見殺しには出来ん。後味が悪いし。


「シロ、そこの人を連れて、下がれ! こいつの相手は俺がやる!」


シロは犬飼に立ち向かおうとしたところで、追いついた俺に出鼻を挫かれた格好だった。

ともすれば泣き顔にも見えるような微妙な表情で、俺を見やってくる。

いや、んな顔をするな。俺が止めずに、まともに向かって行ってたら、殺されとったかもだぞ?


「し、しかしセンセー! 犬飼は拙者の……くっ……分かったでござる」


結局、シロは視線を被害者と犬飼の交互に向けて―――一拍だけ悩んでから頷いた。

犬飼がシロを見ず、こっちを睨んでいたからだろう。

つまり、犬飼的にも相手は俺ってことだ。シロなんて眼中にないって感じだな。

あるいはシロがまだまだ子供だからとか、同族だからとかの理由で、最初から手を出すつもりはないのか。

…………って、もしそうなら、最初からシロのとーちゃんを斬ったりはしないか。

そうまとめた考えを、一時保留の棚に追う俺に対し、犬飼が声を張り上げた。


「貴様、邪魔をするか。いいだろう、さぁ、来い! 斬り刻んでくれる!」

「だが、断る!」


刀を構えた犬飼に、俺は反射的に怒鳴り返した。

いや、ギャグじゃなくて、正直な気持ちだ。

俺がお前と戦うなんて……マジで心の底から不本意だぞ?

お前もなぁ、人が修行に専念したいって言う時に、何で来るんだ? 

空気読めよ。タイミングってモンがあるだろ? 来週か再来週にしろってんだ。


「貴様……何を言ってる? 何を考えている?」


俺に任せろと言ったり、断ると言ったり。

こっちの言葉がわけわかめなんで、犬飼は少し警戒したらしい。


「何を言っているのかと言えば、まぁ……お前を馬鹿にしてるんだけどなー」


シロが被害者の身体を道路脇に引きずっているのを横目で確認しつつ、俺はもう少し時間を稼ぐ。

俺と犬飼の戦場から、シロと被害者を引き離さんといかんからな。


一歩横へ移動すると、足元でべきっと音が鳴った。

何か踏んだみたいだけど……ん? 人形? フィギアか?

あのサラリーマン、いつもグッズを持ち歩くマニアなのか?


「人間風情が、この俺を馬鹿にするだと!?」

「えーっと……いえ、嘘です。拝み倒すから、ここは見逃してください」


俺はお宝を破壊された末、自身も斬りつけられたマニアの中年に、少し同情しつつそう言った。

ちなみにゴミと化したフィギュアは踏み込む時に邪魔なので、片足でささっと蹴っ飛ばす。


「今なら2千円も払います。レアな2千円札で」

「ふざけるな! 今さら命乞いなど、誰が聞くか!」

「くっ、2千円札を持っていないことが、見抜かれている!?」

「……っ! き、貴様! どこまで愚弄するかぁ!」


頭に血が上りやすいやつだなぁ、こいつ。さすが、過激派。

どこまでと聞かれても、そんなモンはノリ次第だ。

……って、さすがに馬鹿にする余裕もないか、そろそろ。


俺はサスマタを握り、ついでにポケットから霊符を取り出す。

犬飼の怒気と殺気は膨れ上がり、その全てが俺にそそがれている。むっちゃ怖い。

シロたちから注意を引き離すことには成功したけど、ちょっと洒落になんないかも?

俺と犬飼の間には、人間と人狼って言う基本性能差もある。

にもかかわらず、俺は魔眼を失くした劣化状態だ。絶好調の時でも、戦力差はあるだろうってのにな!

ついでに言えば、武器性能差もある。いや、別にメドーサさんのサスマタが駄目とは言わないけど。

でも、一度振れば、自動追加攻撃発生だなんて言う、便利機能はついてないし……。


怒らせれば、突っ込んでくるだけになって戦いやすいかも?

そう考えたけど…………よくよく考えたら、ただ突っ込んでくるだけでも、十分脅威やん?

俺はユッキーみたく、人類の限界を超えた装甲なんて、持ち合わせてないし。すごく逃げたい。


「でも、シロに押し付けるわけにも行かんし……」


つーか、シロに任せても、逃げ切れる気がしない。

その選択肢の場合はシロが殺されて、挙句に俺も後ろからばっさりって言うバッドエンドだ。多分。

つまり、やるしかない。イヤだけど……あっ! よし、ここは逆に考えよう。

相手は刀と人狼の力だけなんだ。誰かさんみたく、こっちの攻撃を全部無効化したりはしない。

そう考えれば、まだ少しはマシ…………なような気が、するようなしないような?


「うぉぉぉぉっ!」

「ひぃ、き、来たぁっ!?」


いまだ決心が固まり切っていなかった俺は、情けない声を上げながらに応戦する。

頭の冷静な一部分は、さっさと心構えを完成させろと唸ってくる。

イヤ、正論ですがね? でもテンションも上がってないし!?


「くっ!? うわっ! とぅ!」

「えぇい、ちょこまかと!」


俺は奇怪な声を放ちつつ、犬飼を中心に回転するように移動する。

犬飼が刀を振り上げるのを見計らい、出来る限りの高速移動で死角に回り込む。

そうだ、そもそもロックオンされなければ、撃ち落されることもないのだ! そんな理屈。

犬飼はゴキブリのような動きの俺に、苛立ちの混じった声を上げる。だが、俺は当然止まらない。


なお、俺の頭の中の10人のタダオによる横島会議は、もうそろそろ乱闘が起こりそうだ。

そんなに言うなら、お前がメインで戦闘しろ! と言う、臆病タダオ。

臆病なくせに、同じタダオには正面から食って掛かるナイスガイだ。

それに対し、俺はここで冷静に忠告をささやくのが仕事だと言う、クールタダオ。

ぶっちゃけ全部俺なんで、どっちもどっちだ。つーか、なんだコレ?


俺は頭の中に浮かぶ想像を打ち消しつつ、戦闘に集中する。今頃かよと、セルフツッコむ。

すでに身体は温まっている。ここに来るまでに、しっかりと走りこんだからな。

つまり、このまま犬飼の周りで高速移動を続けても、あんまりメリットはないってことだ。

端的に言えば、人間である俺は疲れて足がもつれ、斬られて終わるって感じ?


「怖くても、攻勢に出ないと――――――っな!」

「くっ! 言動はアレだが、しかし速さは本物か!」

「過激派にアレとか言われとーないわっ!」


背後に回ってからサスマタを振り下ろす俺に、犬飼はしっかりと対応した。

俺の叩きつけようとしたサスマタは、その手の刀に防がれる。

犬飼の体勢を崩そうと、俺はサスマタに体重をかけた。

……するとあろうことか、俺のサスマタにヒビが入った。


「んなっ!?」

「ふっ、この八房はあらゆる物質を斬り刻む」


焦る俺に、犬飼は余裕からか嘲笑を浮かべた。すっげぇムカつく!


「唯一の例外があるとすれば、それは霊波刀くらいなもの」

「ああそうかい! そりゃアドバイスをどーもな!」


俺はサスマタを覆うように、霊波をまとわりつかせる。

危うく折られかけたサスマタのヒビの進行も、それに応じて止まる。

このサスマタは俺にとって手の延長だから、この程度の芸当は出来るぞ。

そのくらい、もう馴染んでるからな。

―――そんな大事なサスマタにヒビ入れやがって、この野郎!

俺は大いに眉を寄せて、犬飼に体重をかける。

出来れば一度仕切り直したいけど、距離を取ったりすればこっちが不利だ。


「離れれば斬られるしな。剣術ではそっちが上だし!」

「馬鹿なことを。刀の扱いだけではない。力も重さもこちらが上だ!」


犬飼は嘲笑を消し、右脚を一歩前に踏み出す。

全体重をかけていたはずの俺の体が、動いた。

圧し掛かる形が、圧し掛かられる形にっ! 

重っ! あと刀が目の前にあって、むっさ怖い!


「さ、さすがは人狼ってか!」


やばいやばいやばい! 

このままじゃ押し斬られる! 何か手はないか!?


「最期は潔い方がいいぞ、人間」

「…………は、はは」

「何がおかしい? 死を前に気が触れたか?」

「お前は俺に気を取られすぎだ! やれ、シロ!」

「な、何っ――――――」


俺が不敵な表情でそう言うと、犬飼は焦りながら視線と注意を背後に向ける。

だが、当然そこには誰もいない。血だらけの被害者を脇に退けただけで、シロが放置するはずがないだろ?

俺に名前を呼ばれたシロは、パジャマのズボンを破って、被害者に止血を施していた。

…………何でズボンなのかは、よく分からんけど。

上を脱ぐのは寒いのか、それとも……多分あり得ないけど、恥ずかしいのか。

あー、腕に巻いたりするのなら、ズボンを破く方がいい感じに包帯代わりになるからか。

まぁ、んなことはどうでもいい。俺はにやりと笑って、隙の出来た犬飼の腹に蹴りをぶち込んだ。


「嘘だよ、この馬鹿犬!」

「ぐっ! っ……犬ではない!」


俺はサスマタを構え直し、距離を取った。不本意ながらな。

そして霊符―――これはさっきまで作っていたやつじゃなくて、通常のやつだ―――を、

犬飼の足元に向かって放る。紡ぐ言葉は「歳星招来」だ。

属性を言えば、俺は木行だ。そしてここは郊外で、木々も多い。

ビルの立ち並ぶ都会のど真ん中では、木を召喚することはすげームズいが、ここならけっこう楽だ。


俺と犬飼の間に、丸太を立てたかのように、木が生え始める。

それは犬飼から俺の姿を見え辛く、ついでに防御壁代わりにもなる。

「しゃらくさい!」と一喝し、犬飼は木とその裏にいる俺に向かって、刀を振るう。

木は木片へと姿を変えるが、役目は十分に果たしてくれたぜ。

こちらに飛来する八つの衝撃波のうち、最初の三つは木によって相殺した。

そんだけの余裕があれば、俺は犬飼に肉薄できる!


「はっ!」

「むぅ!」


俺が素早く突き出したサスマタは、犬飼の首を狙っていた。

あわや……と言うところで、またしても犬飼の防御が間に合う。

刀が首とサスマタの間に挿みこまれたんだ。ほんと、いい反応速度だ。さすが狼。


俺と犬飼は、再び一時の拮抗状態となった。

さっきはサスマタの柄の部分と、鍔迫り合いのような格好になっていた。

でも今は、サスマタのU字部分に、犬飼の刀がある格好だ。


「人間にしては素早いが、しかし及ばん。貴様の攻撃は、届かん!」

「それはどーだろうな? この状況は、俺の望んだモンだったりするぞ?」


もちろんこの状況になる前に、サスマタが犬飼の首を押さえつけてくれれば、万々歳だったんだけどな。

俺はあえて余裕のある不敵な表情を崩さずに、犬飼を見やる。

ぶっちゃけると、これからやることは一度も練習してない。構想だけが頭の中にあった状態だ。

上手く行くと思う。多分。でも、少しだけ自信がないってのも、正直なところ。まぁ、とにかくやってみる!


「うおぉぉ!」


俺は手から霊波を噴出させ、それをサスマタに流し――――――U字部分で発現させる。

U字部分から発生した霊波は、刃となって伸び、犬飼を襲う!

研ぎ澄まされた八房がその発現を邪魔をするけど……勢いは抑え切れない!


「がうあぁ!?」


犬飼は伸びた霊波の刃で、首筋を斬られる。

その痛みに悲鳴を上げ、傷に手を当てて思わず後退する。


「おっし! 上手く行ったな」


追撃の前に俺がしたことと言えば、まず安堵の一言だった。

いや、上手く行かなかったら、途端に俺がピンチだったわけで……内心、ビクビクだった。


俺は霊波の刃をU字部分から出したまま、サスマタをひゅんっと振るった。

流れそのものは、神通棍に力を入れる感じとそう変わらない。

ただ、これはいわば変則的な霊波刀なんで、ちょい難しいけど。

こうなると、もうサスマタって言うより、ビーム・ジャベリンだなー。


もっとも、現状じゃこの使用方法には、あんまりメリットがないな。

一度だけ、奇襲できる……だけでしかない。

普通の霊波刀より制御が難しい割りに、威力が上がるわけでもないし。

それこそ神通棍みたいに精霊石を着けて、刃を増幅出来るようにしたりしないとな。

その辺の改造は、今度考えよう。


俺はそう結論着けて、犬飼を睨んだ。


「さぁ、まだ続けるか? ここで退いて、もう人を襲わないって言うなら、俺は戦う気はない」


いや、人を襲わないと約束してくれなくてもいいから、とにかく今日はもう退いてくれ。

この命尽きるまで、貴様と戦う! なんて言われたら、洒落にならん。

命を燃やして向かってこられたら、俺はけっこうあっさりと負けるだろう。

そんなわけだから、頼むから今日はここで退いてくれ! 引き分けでいいし!

…………その内心の思いは顔に出さないよう努力する。

その演技力に、俺の中の全米がスタンディングで拍手をしたのだった。


「貴様と言い、あの小僧と言い……どこまでも忌々しい」


ゆらりと、犬飼は顔を上げた。

人狼の回復力のおかげか、もう血は止まっていた。赤黒い肉は、まだ見えていたけど。

人間なら、間違いなく致命傷だったと思うんだけどな。こいつは全然、死にそうにない。


「……まさか、ダメージゼロなのか?」

「いいや、さすがにそうは行かん」


俺がつい零した疑問に、犬飼は律儀に答えた。

そして自嘲なのか、くっくと小さく笑った。


「だったら、今日はもう退いてくれ」

「このまま、ただで引き下がれると思うか?」

「…………まだやるって言うのか」


俺はサスマタから発現する刃を強いものとする。

すると犬飼は、眉を寄せる俺から視線を離した。

見ているのは――――――下がっているシロだ。シロと、最初に倒れていた被害者だ。


「こちらの攻撃が届くか、そちらがシロを庇うか、どちらが先だろうな?」


言うが早いか、犬飼は刀を振り上げた。シロを狙うってのか、お前!?

俺はどうするか、一瞬迷い…………結局、シロに向けて走り出した。

俺が犬飼を止めようと攻撃しても、その刀はシロに向けて振り降ろされるような気がした。

俺の攻撃を受けても、シロを攻撃出来ればいい。それで俺が悔しがれば、それでいい。

そう犬飼の眼が言っている様な気がしたんだ。


「さぁ、守りきってみせろ!」

「正々が心情の武士じゃないんか、お前っ!」

「はっ! 勝ったものが、正しいのだ!」


耳が痛くなるご意見だことで! 俺は胸中で毒つきつつ、シロの元に走る。

途中、防御壁代わりに霊符を放って、木を生やすことも忘れない。

普通の霊符は、もう全部ぶちまけた。道路は一部分だけ、まるで雑木林だ。

それでも犬飼は焦り走る俺を見て、にやりとイヤな笑みを浮かべていたようだった。

いや、見えないけどな。何となく、そんな気配がした。ガッデム!


「シロ、今度からはもっと下がれよな!」


具体的にどこまで下がれって言わなかった、俺も悪いんだけど。

いや、つーか、言い訳するなら、あの刃を飛ばす攻撃の射程なんて、俺は知らんし?

そうだ。ユッキーのせいだ。戦ったんなら、手紙にその射程とかを詳しく書いとけよ!


「つーか、その人担いで、さっさと下がれ!」


シロからの返事は、聞かなかった。もうすでに、犬飼の刃はそこまで来ていたから。

中距離で一箇所に向かって絶えず攻撃を続ける。その点では、ユッキーの霊波砲よりはるかに凶悪だ。

使用者が5階振れば、自動で40回分の攻撃が起こるわけだしな。八房は伝説の剣に相応しいと思う。

八房相手に、防御し続けるのは愚の骨頂だな。

うん。つまり、今の俺だ。俺は今、もっとも愚かなやつなわけだ。


――――――俺の生やした木々は、簡単に斬り倒される。


八房から放たれた飛ぶ刃は、障害物をものともせず向かってくる。

俺はそれを何とか捌こうと、サスマタを握る。


一刃目、捌けた。


二刃目、捌けた。



三刃目、かろうじて。




そして四刃目で、サスマタが間に合わずに、肩を斬られた。


痛みに耐えつつ、無理に腕を振るって、五刃目を捌く。



その無理がたたって、六刃目に対応が遅れる。




「――――――えっ?」




諦めたわけじゃないと思う。

思うけれど、実際すぐそばまで飛来する刃を見て、俺の気は抜けた。

サスマタに込めていた霊気どころか、体の防御すら、危うくなる。

頭のどこかが『これは死んだな、俺』と呟いたようだった。


結果、その六刃目で、俺の腕が、斬り飛ばされた。


「…………あ……」


右腕。肘から先。すっぱりと、肉と骨と。

赤と黒と白と……それらが混じった切断面。

宙を舞う腕。右の手。糸のように広がる血。

痛い。熱い。わけが分からない。


俺は半ば他人事のように、呆然とその光景を見つめた。


「ああぁぁぁあああぁっ!?」


もしかすると、俺は一瞬だけ気を失っていたのかもしれない。

自分の口から意図せず飛び出たその叫びで、何とか現状を確認する。

そうだ。斬られたんだ、右腕を!

腕痛い。マジ痛い。熱い。

何かもう、痛いのか痛くないのか分からん。いや、痛いが。


「あっ! あぐぅぅ! うぅぅ!」


俺は地面に倒れふしていて、肘からは間欠泉のように血が吹き出している。

ここ最近、痛い目にあってばっかりだ。運が悪すぎる。最悪だ! 何もかも!

でも、斬り飛ばされた拍子に倒れこんで、追撃を逃れたことだけは不幸中の幸いか……。

全然、嬉しくもないけどな! 気休めにもならない。だって、手がないんだぞ!?


「くくっ、無様なものだな。さぁ、先の余裕はどうした?」


銀色の光を反射させる刀を手に、犬飼が俺へと歩み寄ってくる。余裕たっぷりに。

あぁ、こういう表情も、つい最近見せ付けられたばかりだ。くそっ!


「どれ、今楽にしてやる。お前は一つの礎となるのだ!」

「センセーに手は出させんでござる!」


俺から数歩前の位置で立ち止まった犬飼に、シロが吼えた。

その手の中には、斬り飛ばされた俺の手があった。拾ってくれたらしい。

うわぁ……とんだ猟奇的光景だ。

ピンクパジャマの幼女が、下はパンツだけで、切断された手を持ってるよ。

だんだん痛みが気にならなくなってきた俺は、血塗れのシロを見やってそんなことを考える。

余裕が出たってわけじゃないな、これ。

感覚が麻痺し始めてるみたいだし……かなりまずくない?

出血も洒落にならない量のまま、続いている。

俺は身をよじって、左手で切断面を押さえようとし――――――ふと思う。


「このっ……隙だらけだ、こんちくしょー」


俺の目の前で、シロを見やっている犬飼に向けて、そう叫んだ。

いや、叫んだつもりだった。実際は、蚊の羽音みたいなかすれた声だった。

だが、それと同時に掲げた左手から出た霊波砲は、結構な威力だった。

至近距離から、しかも注意を払ってない瀕死のやつから、犬飼は後頭部に攻撃を受ける。

「ふんごうぅ!?」と言う、それこそ無様な悲鳴を上げて、犬飼はふっ飛んだ。


「はは、ザマーみやがれー……ぅぐ」

「センセー! しっかりするでござるよ!」


頭を押さえて転げまわる犬飼を尻目に、シロが駆け寄ってくる。

被害者の傷の具合は? 何て疑問もあるけど、無視した。今は俺の方が辛い。

他人の……しかも中年の見知らぬ男の命なんざ、俺より軽い軽い。

悪いけど、正直知ったことじゃない。


「しろ、ポケットの珠、飲ませて……あと、符も出してくれ」

「これでござるな? しかし、大丈夫でござるか?」

「……多分な」


シロは俺の言葉を受けて、ポケットから試作の霊珠2つと符を出してくれた。

俺はそのうちの一つを、ごっくんと飲み下す。

俺の霊力の塊なんだから、腹の中で溶けて再吸収される……といいなぁ。

胃酸で溶けて炸裂した場合、俺は爆散して死ぬ。でも、このままでもどうせ死ぬ。なら、賭けよう。

さっきの霊波砲で、俺の残存している力はマジでやばいレベルだし、シロのヒーリングでも焼け石に水だし。

俺は速やかな再吸収の成功を願いつつ、シロに次の指示を飛ばす。

犬飼が起き上がるまでに、逃げ出せる体勢を整えないと……。

このままじゃ、嬲り殺しだ。あいつ、性格悪い。絶対。


「珠を符で……くるんで、んで、それを持って、思いっきり霊波を出せ」


差し迫った状況を理解しているのか、シロは何も言わずに指示に従ってくれた。

シロはぎゅっと符を巻いた珠を握り、力を放出する。

こんな状況だってのに……いや、こんな状況だからか、シロの集中力は凄まじかった。

これまでの修行では見せたことがないほどの力が、その小さな手に集まっていた。

死にそうな俺を救いたいとか、そう言う思いでここまでやってくれたなら、嬉しい限りだ。マジで。

お礼に食いたいモン食わせて、ついでに犬状態にして綺麗にブラッシングもしてやりたいくらいだ。


「せ、センセー……これでいいでござるか?」

「ぐあぁぁ! 人間風情がぁぁ!」


パワーを放出しすぎたのか、珠を握るシロがふらついた。

そしてほぼ同時に、起き上がった犬飼の口から咆哮が響き渡った。

俺は舌打ちしつつ、シロから自分の腕を奪い取る。

精巧なマネキンのパーツにも思えるそれは、ひどく気味悪かった。自分の腕なのにな……。


「珠を俺の口に」

「はいでござる!」


左手で、右手の肘にマネキン化中の腕を密着させる。

そしてシロに咥えさせてもらった珠を、そこに向けて吹きつけた。

その瞬間、俺の胸中に湧き上がったモノと言えば、たった一つの漢字だけ。

痛みも、シロも、こっちを睨む犬飼も……全部無視した。ただただ、一字だけを念じる。




            『接』




離れてしまった肘から先が、身体に戻るイメージを湧き上がらせたんだ。

それを接の一文字に込める。つぐ、つなぐ、つらなる…………接はそんな文字だ。


「――――――上手く、行ったな」


これまでに一度も成功しなかった、霊珠。

珠の状態で安定させることすら、成功したのは今日だ。

文字を込める練習もまだなら、実際に使用するのも初めてだった。

全部が全部、ぶっつけ本番。でも、どうやら上手く行ったらしい。


ぱぁっと光を放ち、霊珠が溶けて消えていく。それに応じて、俺の肘部分の境界面が消える。

切断されたはずの俺の右腕に切れ目がなくなり……どこからどう見ても、元通りになった。

いや、違うか。見る限りでは、元通りになった。ただそれだけだ。でも、今はこれで十分か。

少なくとも、出血は止まってくれたみたいだからな。


こっちの右手を見やり、目を輝かせるシロと、そして怪訝そうな犬飼。

俺は二人に対して胸中だけで嘆息しつつ、立ち上がる。

実際の表情は、余裕の笑みを浮かべるように努力した。

かなり引きつってるかもしれないけど、まぁ、大丈夫だろう。

夜でよかった。昼なら、無理がバレバレだっただろうな。


「貴様、まさか人間ではないのか?」


こっちの表情に上手いこと引っかかってくれたらしく、犬飼は攻勢に出ずに様子見状態だ。


「さぁ? どーだろうな? それで、まだ戦るか? 少しくらい斬られても、俺はこの通り元に戻るぞ?」


嘘だ。思いっきり嘘だ。

失った血は戻らないから、フラフラする。

そして腕はあくまでただくっ付いただけなのか……動かない。

指先の感覚もなければ、切断面辺りの激痛は今なおも続いているんだ。

いわば、磁石状態だ。厳密には、全然元に戻ってない。

俺の額に脂汗が浮かんでいくのが分かった。痛みと、緊張のせいだ。。


ここで犬飼が攻めに出れば、バッドエンド。犬飼の慎重な対応が求められるってわけだ。

過激派に慎重ってのも、求めるものが間違ってる気がするけどな。

…………さぁ、どう出る、犬飼?


「よかろう。興が殺がれた。今宵の戦いは、預けておこう」


尊大な口調で、犬飼はそう言った。でも、何気にあいつも汗を浮かべている。

どうやら得体の知れないこっちとの決着を、あっちも避けたってことだな。

つまり、俺のハッタリ勝ちだった。


犬飼は刀を納め、こちらを警戒しつつ闇に紛れ……そして消える。

俺はその後姿が消えて以降も、しばらくそこに立ち尽くし、警戒を続けた。


「シロ、あいつの匂いは? ちゃんと遠ざかったか?」

「大丈夫でござる。確かに遠ざかったでござるよ、センセー」

「………………ふはぁっ……何とか、なったか」

「しかし、すごいでござるな、センセー!」

「全然すごくない。タコ糸で綱渡りだったぞ」


もう、突発的な戦闘イベントはごめんだ。心底、そう思う。

戦うなら、せめて罠の構築時間を与えてください。マジで。

所詮、自分は脆弱な人間ですからっ!


「今後はもう、いきなり飛び出るな……よ?」


ぼとり。

シロに向かって話す俺の足元に、何かが落ちる。


手だ。


誰の? 決まってる。俺の右手。


「やっぱ、不完全だったか……」


俺的理論上、さっきの霊珠はかなりの出来だったはずなんだけど……駄目か。

霊力を凝縮し、一定の方向性の元に、一気に解放する。

方向性をきちんとイメージしてやれば、どんなことも可能となる。それが霊珠。


「でも、俺の腕が、ちゃんと引っ付かないと……なると、問題点は…………」


ぽつりぽつりと言葉を零していると、何故か地面が俺に向かって迫ってきた。


「センセー!? しっかりするでござる! 寝ちゃ駄目でござるよ!」


胸と顔面に、地面がぶち当たる。

固いアスファルト舗装のせいで、鼻の奥がじんっと熱くなった。

あぁ、なんか、シロが騒いでる。シロがしっかりシロって? 

あんまり面白くないな、その駄洒落。つーか、実際…………


「なんか、眠いんだ」

「駄目でござる!」

「もう……疲れた」

「センセ!? センセーっ!?」


俺は本心から死亡フラグっぽい台詞を口にしつつ、両目を閉じた。

世界が、真っ暗になった。

シロはまだ騒いでいるはずなのに、何故か普通に静かだった。




ごめん、シロ。おやすみ……。

あと頼む。





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