第一話

捨てたはずの家族と、閃光の……




宇宙は広がる。闇は広がる。健気な星々の輝きなど、全て飲み込むように。  
 
そこでは人の感覚など、無いに等しい。
 
もっとも、俺には五感がほとんど残されていない。

そう。最初から、物を感じるための器官は、すでに死んでいるのだ。

 

だからある意味では、この人の心を黒く塗りつぶすような宇宙こそ、

俺が他人と変わりない状態にいられる、唯一の場所なのかもしれない。


『前方に動体反応を確認、全3機。詳細情報投影開始』
 
「・・・・・・なんだと?」
 
俺の脊髄に直接接続された、双方感覚回線から投影される外部映像。

そして耳を通すことなく、頭の中に響く合成音が、俺の意識を宇宙の闇から現実に引き戻す。
 
(・・・・・・認識のリンクも、まだ正常稼動している。だから、俺もまだ生きている)



ふと、突然沸き起こった刺激に、そんなことを思う。


間に合わせのシステムに、五感と残りの寿命がない体。
 
ああ、自身を自覚すれば、口から出るのはくだらない嘆きか、憎悪。
 
しかし、それでもまだ生きている。ちょっとしたことでそれを確認した俺は、苦笑した。
 
生きることに疲れているのに、いつまで生きることにしがみつくのか。
 
こんな身体で。
 
[彼女]を失い、失わせたものに復讐し、それを成し遂げた自分。
 
そして、疲れた体を引きずり、現実から眼をそむけ、逃げている。
 
(なにがしたいんだろうな、俺は)
 
漏れる小さな自嘲に、再度の苦笑が胸中に沸き起こる。
 
今の行動に、大義名分がないわけではない。だがしかし、立派な行動だなどとは口が裂けてもいえない。
 
犯罪者であり、復讐者であり、破壊者。世界全てに弓引く存在なのだから。
 
自覚していても、俺は止まらない。止まれない。それは絶対だ。
 
「はぁ」
 
自身を情けなく思いつつ、敵勢力の構成を見やる。
もちろん、言うまでもなく、電子的に再構成された情報に意識を傾けるだけだが。

 

俺の乗る機体のセンサーが確認した、動体反応の根源。その根源が脳内に投影されていく。



動体反応は…………連合宇宙軍所属の戦艦2、外部に機動兵器が1。
 

「連合宇宙軍か」

 

『敵勢力と認定しますか?』

 

「いまさら、俺が向こうに擦り寄ったところで、仲良しにはなれないだろう?」

 

『肯定です。動体反応を敵勢力と認定し、マーキングします』

 

「当然だ」


指定された敵機は、どれもが前世紀から存在する旧型兵器である。

さらに言えば、全方位1500km以内に、その敵勢力を援護できそうな、別の敵対勢力も確認できない。
 
どういった思惑があるのだろうか。
 
あれを囮に、こちらのレンジ外から高威力・広範囲攻撃でもするつもりか?

だとしたらばかばかしい。どうにしろ、この程度、俺にとっては障害となる戦力ではない。
 
もしくは付近の警戒中に、偶然出合っただけか? 

だとすれば、不運なことだ。
 
眼に入った以上、殲滅させてもらう。
 
今、捕まる訳にはいかないのだから。
 
今は、まだ。
 
『回避行動に移りますか?』
 
「当然だ」と言う独白に対しての、簡潔な答え。

合成された女性の声での、少々遅れたその返事は、俺の脳内でかすかに反響した。
 
俺はしばし黙考する。

ふむ、あの程度の戦力ならこいつの「教育」にちょうどいいだろう。

 

俺がこのコクピットでぽっくり死んだ後は、こいつが俺の『遺志』を継ぐのだ。
そう、俺と同様に、その体が朽ち果てるその日まで。

 

だからこそ、自身で判断し、行動すると言う経験は、機会があれば積ませておきたい。


「ああ、自身の意思で判断しろ。俺は・・・・・・俺は疲れた。勝手にやってくれ」
 
『了解。戦闘支援から、シフト、独立戦闘モード、シフト、状況設定、完了。

回避行動より殲滅行動が効率的と判断。[勝手に]との言葉より、特定条件の下、自立行動に移ります』
 
「・・・・・・撃墜はするな。戦闘能力と移動能力を落とさずに奪え」
 
暴れまわり、破壊するだけなら思考は必要ない。

こいつの成長には高度な思考と判断が必要だ。
そういった判断からの言葉だが…………恐らくこいつは、俺の意思など大して理解していないだろうな。

 
『了解。状況設定追加。完了。移行後、音声確認を省略。殲滅行動に移行します。許可を』
 
「許可する。・・・・・・敵機からの通信があった場合は、拒否しろ」
 
救難や降伏など、認める必要はない。

「教育」が終われば俺が「後始末」をするのだから。
 
『了解』
 
しかし、こいつの成長は遅い。

「無条件の破壊」や「一定条件下の限定的な情報収集」などの、

局地的な戦闘レベルでは一定の水準には達したが、それでも機械仕掛けくささが抜けない。

 

これでは戦場で人間の機微を、読み取っていくことはできないだろう。
また、逆に行動パターンを読まれ、いずれは撃墜されるだろう。

 

魂のない人工知能に、そこまで求めるのは酷なのだろう。

しかし、俺が生きている時間内に、できる限りの教育はしていくつもりだ。


「・・・・・・俺の復讐は終わった。ならば、『後始末をして』消えるしかない。だろう?」
 
ふと、問いかけてみる。

これまでの経緯から、こいつはなんと言うのだろう?
 
『戦闘行動開始準備中、会話不能』
 
戦闘モード中のため、音声による回答は冷たく簡潔なものだった。
 
まぁ、当然といえば当然であり、予想内の回答だ。
 
だが、ある意味心地いい。
 
くだらない慰めよりは、ずっと。


 

俺の相棒「B・MT」が狩りを開始する。

独立進化型戦闘支援AI [TAMA]を搭載しているため、並のパイロットでは勝てるはずもない。

たとえ一定条件下でしか優秀な自立活動を行えず、機械くささが抜けなくとも。
 
そもそも戦闘能力の基準は、俺自身である。
 
標準のパイロットは機動兵器一機で連合軍2個師団と、正面から戦闘して生き残りなどしない。
 
つまり目の前の旧式戦力など、問題ない。

ただ、「落とさずに無力化」という条件が未発達なTAMAにとっては、少々厳しく感じるところかもしれないが。

まぁ、あくまで少々厳しいだけだ。無理ではないだろう。
 
『フィールド展開、平行して高機動戦闘モード・ロジック展開。

敵艦後方に回り込み、旋回。推進力部分と推定される装甲を第3式兵装により破壊します』
 
戦闘行動に対しての音声確認ではない、ただの状況報告が続けられる。

重圧のかかるコックピット内で、骨と筋肉が軋むのを感じることは無くとも、機械的に認識だけはしながら、俺は観察を続ける。

ふむ、高火力で装甲を吹き飛ばし、内部を露呈。

おそらく、その後ピンポイントで誘爆を回避しつつ、エンジンを破壊するつもりか。

一応は、条件に沿った無力化を頑張って実行している。
 
が、しかし。
 
『後方より敵機高速接近。A2。当機、AR1より離脱。戦闘続行』
 
足が止まりがちなのだ。

だから高機動戦闘モードの能力を生かしきれない。

神速で敵艦に近づいたとしても、そこで止まって攻撃をしていては、捉えられるのは当たり前である。
 
……ああ、囲まれた。

こいつに「手加減」はまだ早かったかもしれない。

攻撃行動に対して慎重になりすぎである。
 
『左腕第7装甲前方に被弾。損傷軽微。戦闘続行に問題なし。回避行動。

機体制御に問題発生。バランサー調節。胸部前面装甲に被弾。損傷軽微。

戦闘続行に問題発生。モード移行。シフト、ロジック再展開。…………マスター』
 
ここまで色々と食らうは久方ぶりだな。

今条件下で、さらにこいつの現能力では、一度躓けば止まるしかないか。

 

俺は胸中で嘆息してから、AIの言葉に返事をする。


「どうした?」
 
『被弾した弾丸がチャフ性能を保持。外装内臓のレーダーが無効化。

また敵戦艦より高ジャミング反応。第1カウンター、作動しません。

第2カウンター……防壁、突破されました。強制的に通信着信。映像出ます』
 
「……役立たずが」
 
『自立戦闘完全中断。全権を操縦者に委任。私は外装非常用回路、防壁の再構成を開始します』
 
俺が復旧させたほうがおそらく早いだろうが、任せることにした。

俺が認識している限り、敵はこちらに無理矢理映像を送りつけてきているだけだ。

こちらの期待コントロールを無理やり奪い取ろうとしているわけでもないので、今のところ、AIに任せても大きな問題はない。


「遅くとも35秒で終わらせろ。で、何か個人的に言うことは?」
 
『……まことに遺憾です。マスター。お役に立てず、申し訳在りません』
 
「まぁ、いいが。最初から、さして期待していない」

 

『…………』
 
情報処理速度が速くとも、判断力のなさがそれを殺しているから、こうなるのだ。
 
俺が出れば、この程度のトラブルで戦闘続行が不可能になるわけではない。

今、この機体は視覚と触覚を殺されているが、俺は五感を殺されても戦える。

そもそも、『遺跡製補助脳』を持つ俺の情報処理速度は、基本的にTAMAなどより上だしな。
 

 



 と・・・・・・・・・・・・。


  
『帰って、帰ってきてください! みんな、貴方を待ってるんです!』
 
操縦桿を強く握り締める……そんなイメージとともに、意識を機体へと流し込む俺に、少女は泣きながら嘆願してきた。
 
俺が常時発しているであろう殺気を受け流すことなく、全身で受け止めながら、である。


 
それは、俺が捨てた、家族の一人だった。




 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 

 


 
『あの人も待ってるんです! みんなも、私だって!』
 
「昔の俺は死んだ。もう、昔のように君たちにご飯を作ってあげることも、

勉強を教えてあげることさえも出来ない。色々、実験されてさ。頭の中がもう、駄目なんだ……」
 
『……それ、格好つけてます。だって、だって……!』
 
俺は答えることなく、沈黙したまま顔面を覆うような漆黒の視覚補助バイザーに手をかける。
 
『……なっ』
 
「そうなんだ。感情が高ぶるとさ、ぼぅっと光るんだ」
 
漫画だろ? そう問いかけながら、絶句して両目に涙をためる少女を見つめた。
 
今の俺の顔は・・・・・・いく筋もの光の奔流が流れていることだろう。
 
かつての家族。自分にとっては、妹のような存在。

本当の妹よりも、その存在を身近に感じた存在である。

 

胸を突く郷愁。

 

とっくに捨てた、犯罪者には持つことの許されない感情だ。
 
「さっさとこの宙域から離れろ。もしこの通信が傍受されれば、君たちまで共犯にされてしまう。

知っているだろ? 俺が、彼女を助ける手がかりをつかむため、どれだけのものを破壊したか」
 
連合軍の戦艦として偽装工作してまで会いに来てくれた。俺を探してくれた。俺の帰りを待っていてくれる。
 
その事実自体は、心のそこから嬉しい。そこまでしてくれる彼女たちを、本当にいとおしいとも思う。
 
だが、だからこそ俺は遠ざからなければならない。
 
俺が一緒にいれば、彼女たちを不幸にするだけだ。
 
『彼女、ですか。妻を名前で呼ばないんですね』
 
「・・・・・・電子の精霊か」
 
『妖精、のほうが可愛くて良いと思うのですが』
 
白金の髪から光を零しながら、電子の精霊が現れる。

機械尽くしの戦艦の中にいる彼女なのに、どこか神秘的な雰囲気が漂っていた。
 
『まぁ、誰が何と呼ぼうといいのですが、私たちは貴方には名前で呼ばれたいです』
 
「・・・・・・わかったよ」


 俺は、嘆息交じりに、小さくつぶやいた。
 


「しのぶちゃん・・・・・・スゥちゃん」



 
『・・・・・・先輩』
 
『・・・・・・景太郎』

俺の呟きに、二人の少女もささやきを返してきた。

 


 
20世紀後半、歴史的発見が成し遂げられた。

それは、はるか彼方に忘れ去られた文明の名残であった。しかし、活動をまだ続けてもいた。
 
『遺跡』と言う名で世界を震撼させたそれは、ナノサイズの機会の塊。オーバーテクノロジーの塊。
 

そのころすでに、アメリカ大統領に就任していたビル・クリントンは、ナノテクノロジー事業を国家事業として打ち立てていく方針を採っていた。

国家の威信をかけたアメリカは、まず『議会図書館の蔵書すべてを、角砂糖一つ分の容積に収める』とまで公言した。

 

その技術は、すばらしいものだ。何しろ、様々な未来のビジョンを、人々に与えたのだから。

 

だが、その当時の米国技術よりも、土の下の技術のほうが、はるかに進んでいた。

アメリカが100年かけて成し遂げようとする技術。極秘裏に進めようとしていた計画。

その完成と、更なる発展を示す技術は、すでに人類の生まれる前から、地球になったのだ。


それゆえにその発見の事実は隠蔽された。
 
そして秘密裏に研究が続けられた。
 
もっとも、正確な意味でその遺跡が発見された年代は分かってはいない。

ただ、魔法としか思えない技術の表面の一端を解明できる時代が到来し、認知されるようになったというだけだ。
  
まぁ、なんにしろ、遺跡がもたらした恩恵は大きい。
 
機械的な極小の補助脳の形成。大気バランスの建て直し。相転移を利用したクリーンなエネルギーの確保。硬く、軽い未知の金属。
 
それは………人間自身の進化の限界、大気・環境など地球の汚染、次世代エネルギー問題などなど………人類の直面していた問題をことごとく解決した。
 
が、その技術革新には、人の良心による歯止めがなくなっていた。
 
 
それは結婚式を終え、新婚旅行に旅立とうとした二人の夫婦の下に舞い降りた。
 
草で編まれた笠をかぶり、漆黒のマントを着た男。

外道と狂気という言葉を背負った男だった。
 
「浦島景太郎に、成瀬川なる、だな」
 
「なんなんですか? あなたたちは」
 

俺は突然目の前に現れた、そのわけの分からない男に噛み付いた。

 

当然だろ? 

これから新婚旅行だというのに、

何故わけの分からない格好をした、怪しい男に押しとどめられなければならないんだ。


「やかましい」



しかし、男は目の前に立った俺を、その一言で黙らせた。 
そして首を締め上げられ、壁に叩きつけられ、さらに腹を殴り飛ばされる俺。

俺の背後の壁が砕ける衝撃音が、あたりに響いた。
 
「女、ああなりたくなければおとなしく従うことだ」
 
「・・・・・・げ、ごほっ、くっ、おい! なるを離せ!」
 
壁にめり込んだ身体を強引に引き剥がし、男へと蹴りを放つ俺。

だが、脚を受け止められ、そのまま再度壁に叩きつけられた。
 
それでも、俺は立ち上がった。

表情は多少曇っていたかもしれないが、いまだに無傷だった。
その程度のダメージは、幾多の遭難と命の危機を体験した俺にとって、ダメージと換算されない。

 
「・・・・・・不死身。報告書どおりの頑丈な身体だ。期待が持てる」
 

普通なら、こちらの体の頑丈さを、不気味に思うはずだ。

少なくとも、俺はこれまで自分の体を、多くの人間に呆れられてきた。

 

だが、その男の反応は、これまでの誰とも違うものだった。

そう、男は自身の言葉の通り、俺の体に何かの期待を抱いていたんだ。


そして、男はマントを翻しながら、高らかに宣言した。
 

「貴様らはわがラボの栄光の礎となれ!」


その後『実験体:浦島景太郎』は、遺跡から発見されたナノマシン投与実験により光、音、匂・・・・・・何より、幸せな未来と言うものを失った。

 

そして……………恩師であり、遺跡の研究者である瀬田夫婦に助けられた浦島景太郎は、復讐鬼となった。
 
瀬田夫婦より体術の、おもに歩行と呼吸の特訓。また家族の一人・青山素子による「気」の特訓。
 
それは一応、五感を失った身体で生きていくためのリハビリとして行われたものだった。
 
「復讐に使用する」等と言えば、もちろん誰も彼に特訓など施さなかっただろう。
 
しかし俺は無気力を装い、生きるために仕方なく無理矢理教え込まれている、という雰囲気を崩さなかった。

憎悪と悲しみといった強いの感情を深く、そして強く心の奥底にしまいこんで。

そうすれば、「どうにかして景太郎に生きていってもらいたい」と思う周囲は、丁寧にその極意を教えてくれるのだ。

特に『青山素子』は、その傾向が顕著だった。
 
また時を同じくして、現在では電子の精霊と言われるまでになった、天才カオラ・スゥにより機動兵器「B・MT」を受け取った。

さらに、五感も補助として、精霊より「生体リンクシステム」を施された。

簡単に説明すれば生体を外部端末とし、外界を認識するシステム。

 

生体部品には、俺自身との互換性を考慮し、俺のパーソナル情報を入力した『肉隗』が使用されている。

それは、かつての実験により使い物にならなくなった俺自身の身体の一部と、

遺跡と融合し無機質化した俺の妻の有機物であったころの、名残。

俺が救出されるのと時を同じくして回収されたものだった。
 
これらは、俺が直接『カオラ・スゥ』に懇願して、製作をしてもらった。
 
正直、当時『カオラ・スゥ』はまだ精神的に未発達な少女であり、

俺の様々な演技、巧みな言葉使いにまんまと騙されたと言える。

もっとも、俺自身も、彼女を騙したことで、相応の罪悪感を覚えたけれども。 
 


『ええよ、ケータロがそれで元気になるんやったら、うち、やったるよ』
 
『ありがとう、スゥちゃん』
 

俺は、ナノマシンに合成・吸収され、遺跡と一体化し、無機物化した妻を助け、自分たちの体を弄繰り回したものたちを狩った。

多くの遺跡、それらの調査団、研究所、遺跡のある小さな国々それ自体・・・・・それらをことごとく破壊・・・いや、消滅させた。
 
俺の復讐対象のとばっちりを受けて、家を失い、家族を失い、命を失ったものは大勢いた。

復讐の火を燃やす精神の一角では、その者たちへの罪悪感も、もちろん感じていた。

 

だが、俺は破壊をもたらし続けた。 
だからこそ、俺は復讐を成し遂げたんだ。
 
そんな俺の最後の望み。
 
それは地球上に存在する全ての遺跡の回収、そして破壊。
 
つまりは、憎き全ての元凶を『殺す』こと。
 
それが終わるまで、俺は彼自身の行動を悔やんだとしても、

家族や最愛の妻に止められたとしても、決して止まらない。止まれないんだ。


「・・・・・・しのぶちゃん、スゥちゃん。そこをどけ。帰らないというなら、押しとおるまでだ。大体、その程度の戦力でなにが出来る」
 
『先輩を止められます! カオラ!』
 
『分っています。説得に応じてもらえない以上、強引にいくしかありません。

損傷もしましたし、スペック上もう要りませんね。偽装外装パージしてください。フィールド展開、電子機動戦艦モード・ロジック展開』
 
先ほどTAMAに傷つけられ、くすんだ外部装甲が、爆発音と共にはがれていく。

中から現れるのは白亜の戦艦。空気抵抗を無視した、芸術的なフォルムを持っていた。
 
「新型か・・・・・・」
 
戦艦を丸ごと偽装外装で包むとは、なかなか突飛なアイディアだ。
 
似たようなことを思いつく人間はいただろうが、コスト面などから歴史上それを実際に採用し実行した人間はいない。
 
『はい。B・MTは「あの私」の最高傑作でしたが、それをこの子は超えています。「貴方を止めるため」の戦艦ですから・・・・・・しのぶ?』
 

精霊。俺が騙していたころの彼女は、もういない。

俺が、彼女を変えてしまった。

まるで、今の彼女は、常に赤い月の光を受けているかのようだ……。

 

冷静な精霊の言葉を受け、少女はその目にさらに強い光を灯した。

俺の知っている泣き虫の少女は、もうそこにはいなかった。


『分ってる! 先輩、失礼します!』
 
その言葉を俺が認識した瞬間、視界が暗転し、そして赤く染まる。

外部から強制的にこの機体に侵入したか。

電子戦略兵装を中心としているようだ。

俺を止めるため・・・・・・B・MTを停止させ、俺を捕らえるためだけの移動する巨大なコンピューターと言うところだろう。彼女たちも本気のようだ。
 
だが、俺もまだ止まるわけにはいかない。復讐者としての後始末が残っている。
 
歴史から遺跡を消し、新たな不幸の芽を残さないと言う。
 
「TAMA」
 
『はい』
 
「電子防壁を多重展開、そして機動戦闘に移るから出力最大。作戦概要としては直進し、前方敵艦に突撃。

その後、外部装甲や一部兵装を強制パージし、爆発させ目隠しとし、撤退する。簡単なことだ。補助して見せろ」
 
『・・・・・・非常に危険ですが』
 
「誰にものを言っている。それに俺は補助をして見せろ、といっている。分るな?」
 
自分たちの配置を思い浮かべながら、操縦桿に力を込める。
 
「イメージシンクロ率は突撃と同時に20パーセントに。離脱と同時に100パーセントにタイミングは任せる。これも経験だ」
 
『了解・・・・・・イメー『そんなことはさせん』・・・・・・敵機動兵器からの通信です』
 
「素子ちゃんか・・・・・・」
 
『ともに修行した身。考えることは分かる。逃がしはしん』
 
「分るなら、そこをどいてくれ」
 
前方にいると思われる素子に、言う。

いまだ視界赤く染まったまま回復していないが、『気』を読めば大体は把握できる。
 
研ぎ澄ませば、気は宇宙でも地球でも読むのに差し支えない。
むしろ、漆黒の闇の中を漂っているのだ。気を感じたほうが、話の早い場合すらある。

 

…………今の今まで会話に参加せず、

気配を押し殺していたと言うことは、彼女も何らかの策を持っているのだろう。


『私にも、引けないものがある。お前と同じに』
 
「それはなんだ」
 
『愛する人間のためだ』
 
そんな人間が素子ちゃんにいるとは。

いつの間に・・・・・・いや、俺には関係のないことだ。
 
そう、その人間と共に人生を歩み、俺のことなど忘れてしまえばいい。
 
「・・・・・・どかないなら、それもいい。いくぞ! TAMA!」
 
『了解』
 
臨界点へと登るジェネレータの駆動音が、聞こえた気がした。

聴覚の無くなった俺に? 

ふん。それこそまさしく幻聴だな。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




『しのぶ、まだ?!』
 
『ごめん、先輩が防壁M2システムを多重展開起動したみたいで・・・・・・しかも構成データ改竄されてる』
 
『さすがですね。私の創ったものに、後から手を加えましたか。TAMAもかなり成長しているようです』
 
『プロテクト23から41まで解除、機体シンクロ握れそう、あと少し! あ、だ、駄目。なにこれ・・・・・・速い!?』
 
『素子、もう少し抑えて置いてください。しのぶがTAMAに押され始めました』
 
『スゥ、すまん、無理だ! このプレッシャー・・・・・・浦島め!』
 
『・・・・・・カ、カオラ、先輩が突撃してくる!』
 
『私たちでも・・・・・・止められないの?』
 
『カ、カオラ! あきらめちゃ駄目だよ! 素子さん、大丈夫で・・・・・・』


 
その時、漆黒の闇が広がる宇宙に、小さな、ほんの小さな光が生まれて。
 
そして、消えた。


第1話   終


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