第五話



忠夫です。テストに失敗しました。

忠夫です。クラスの女子に、一斉に嫌われちゃいました。

忠夫です。挙句、妖気を感じたと思ったら、よく分からない学校に飛ばされました!

忠夫です。明日のテストは、これでもうおしゃか間違いなしです!


「どうだ、愛子? 最近生活が楽になって悲哀が薄れたけど、まだまだいい感じに味が出てるだろ?」

「う〜ん、ごめんなさい。何のネタか分からないわ」

「……そうだよな。この世界に閉じ込められてるんだし、今のお笑い芸人の世界を知るはずないか」






          第5話   横島クン、専用メイドを入手






気がつけば、そこは学校でした。

いや、まぁ、今までも学校にいたのですがね? 

でも微妙に俺の高校と違うのですよ。机の並びとか、カーテンの色とか、床の色とか。


…………よし、OK。ちょっと事態を整理してみよう。

俺は自分の学校の教室で、何故か不穏な空気を感じた。

で、気がついたら意識を失ってて、

そして俺の知る教室とは違う教室に、寝転がっていたと。

はて? と疑問符とともに辺りを見回してみれば、そこには見知らぬ制服の生徒がいっぱい。

しかもご丁寧なことに、みんな少しずつ制服のデザインが違うと来たもんだ。

はてはて? さらに俺が疑問符を浮かべると、その生徒たちは俺を転校生扱いした。

以上、現状確認終了だな。いや、全く何も整理できてない気がするぞ?


実際、転校生扱いされた俺の胸中に浮かぶ言葉と言えば、

(何なんだ?)

…………そんな一言だけだった。

そろそろ湧き上がり始めた疑問符に、がぼがぼと溺れそう。

そんな俺を助けたのが、愛子と名乗った少女だ。


愛子は、おキヌちゃんのように長い黒髪を持つ少女だった。顔も、かなり可愛い。


『私は愛子、よろしくね。ここの委員長をやっているわ』

『ん、ああ。俺は横島だ。よろしく。なぁ、愛子。ここはどこなんだ?』

『ここは机の妖怪の中。あなたも、飲まれたんでしょ? 机がガバァって襲ってきて』

『いやぁ、飲まれたっちゅーか、気づいたらここでさぁ』


う〜ん。おキヌちゃんがたれ目な感じの犬顔なら、愛子はちょっと釣り目の狐顔って感じ。

日本人だなぁ、と感じさせる顔立ちなのに、二人ともまったく別のベクトルの顔立ちをしているせいか、比べやすい。

ちなみに呼び捨てなのは、愛子にはおキヌちゃんのようなちゃん付けが似合わないだろう、と思ったからだ。


まぁ、それはひとまず置いておいて。


『とにもかくにも! 一目見て惚れました、お付き合いしてくださ〜い!』


おキヌちゃんは『幽霊で、しかも迷子』ということで、

ダイブをかますタイミングを逃してしまったが、愛子にはしっかりロックオン。

朝まで愛のドッグファイトをするために、

俺は上履きという名のカタパルトから、己が身を発進させる。


『きゃぁぁ〜! そんな、いきなりなんて!

 ああ、でも一目ぼれって言うのも、青春かしら!?』


抱きしめた愛子の体は、かなりスレンダーだった。

ふかふかしていないわけではないのだが、

なんと言うか、いまいちボリュームにかける。

ああ、やっぱメドーサさんのレベルは桁外れなんですね!


『そうだ、青春さ! さぁ行こう! ともにシャンデリアまで!』


しかしまぁ、愛子は十二分に可愛い! 

出来ればマジでこのままお付き合いしていただきたいです!

同じ若いスレンダー系なら、

おキヌちゃんみたいな顔立ちにも心惹かれるんだけど、彼女は抱きしめられないし。

ぎゅってすると、暖かくて、柔らかくて。

女の子っていいなぁ。体から仄かに匂う石鹸の香りと、そして…………。


(うにゃ?)


うん? あれ? 何だ、この感じ。女の子って、こういうもんだっけ?

まぁ、俺が抱きつくことの成功した『女の子』なんて、愛子が初めてですけど。

メドーサさんは『女の人』で、さらにちょっと別格だし。

そんなことを考えていると、俺の手の中で、愛子が身をよじった。

本気で抜け出そうとはしていない。

さすが委員長! 不安一杯の転校生を落ち着けようとしてくれてますね!


『ああ、でも駄目よ! だってまだ学生だもの!

 まずは交換日記からよ……っていうか、シャングリアじゃないかしら?』

『ん……そうなのか? いや、俺もよく分かんないで言ってるから』


的確な愛子の突っ込み。さすがは委員長。いや、関係ないか。

ダイブして彼女の体を抱きしめた俺も、そこで一連の行動を強制終了させられた。

勢いが無くなってしまえば、

なんと言うか公衆の面前だし、俺もこのまま行為を続けるわけにもいかんとです。


(あ、そー言えば今……)


愛子に何か疑問を……いや、違和感を覚えたような気もするが……。

まぁ、そんなに気にすることでもないだろう。

気にすべきことならば、もっと胸騒ぎがするだろうし。


今は下らない思考よりも、目の前の愛子である。

うん。愛子はかなり、ノリのいいやつなんじゃないだろうか。

普通なら、俺のことをぶん殴るだろうし。

ああ、俺にもやっと恋愛的な春が? 

異界から脱出するスペクタクルで芽生える、若く熱い恋ってか?


『よし、愛子! そして他の皆!

 この俺が皆をこの世界から救って見せる!

 女子はお代を添い寝で払ってください!』


俺のその宣言に、愛子は苦笑で、

そして他の皆さんは『わけが分からない』と言う表情で答えた。

俺みたいなタイプの『転校生』は初めてだそうで、これまでは真面目な人ばっかりらしい。


…………その後。

俺は色々と、外に出るために考えを張り巡らせたんだけど、どうも無理くさかった。

で、転校生の紹介として、

先ほどまで一人教壇に立って漫才をしてました。ウケは……まぁ、そこそこだった。

真面目な方にも受けてもらえて、ほんとよかったよ。沈黙ほど辛いもんはないしな。


『さて、お遊びはここまでよ。学生なんだし、今からは勉強の時間ね!』


自己紹介終了後、愛子がそう言いつつ、手をパンパンと叩いた。

俺はそれに、素早く突っ込みをする。

勉強などより、もっと考えなければならないことはあるはずだ。


『妖怪の腹の中でまで、勉強するんかい!』

『だって、ここって時間の感覚がないんだもの。何かしていないと、気が狂っちゃうわよ?』

『気が狂う? つーか、時間の感覚がない?』

『そ。この世界の中の時間って、よく分からないの。時間が止まってるみたいなのよ』


考えに考えたけれど、この世界からの脱出方法は分からない。

かつ、時間は止まっていて、どれだけでも使えるらしい。

…………う〜ん。じゃあ俺はまず、ここで何をどうすればいいのか。

すぐには考え付かなかったので、

取り敢えず俺は、ここを出た後のことを心配することにした。


『あ、じゃあちょうどいい。英語教えてくれよ。俺、明日もテストあるんだ』


妖怪の腹の中でまで、勉強するんかい! 

そういった俺が、勉強を教えてくれと、頼んでいる。

よくよく考えてみると、

俺の危機感覚見たいなものも、なんとなくボケていっているのかもしれない。


『横島クン、英語が苦手なの?』

『英語と言うか、他の教科も全滅状態です、はい』

『なら、今から短期集中特訓ね! 

 とは言え、どこからどこまでの時間で短期かは、分からないけれど』


とにもかくにも、皆は俺の発言で、

愛子を中心に机をあわせて、一大勉強大会を開いてくれた。

しかし、本当にこいつらは、勉強ばかりしているのだろうか。

…………多分、そうなのだろう。おかげで無茶苦茶分かりやすい。

ある意味、俺が何も分かっていない大馬鹿者ってこともあるんだろうけれど。




        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「………で、どれくらい勉強したんだろう?」


時間が止まっているというのは、なんとも精神的によくない状態だ。

窓の外には校庭が広がっているが、それ以上は何もない。

街並みが見えるわけでもないし、太陽が夕日に変わっていくわけでもない。

雲の一つくらい、流れればいいのになぁ、と思う。


「普通だったら、今は何時なんだ?」


もう何時間も勉強していたような気もするが、まだ三分もしていないような気がする。

ラーメンにお湯を注いだなら、もうのびているのか、まだ固いままなのか。


愛子に与えられたノートに、

単語や例文を暗記しようと書き綴って、もう五冊目になる。

さらに言えば、他の教科もちまちまやったのだ。

多分、今が俺の人生の中で、今が最も勉強している瞬間なんだろうな。


さすがにこれだけやっておいて、

まだ数分しか経っていないという事はないだろうが……。

しかし、本当のところ、どうなのだろう? 何時間経った?


教室内には妖気が充満している。

だから、余計に俺は精神的な圧迫を受ける。

別に霊能力の無い、他の生徒も無意識には感じているだろう。

だからかもしれない。

ここまで同じことを、時間感覚なしに集中して作業していけるのは。


おそらく俺も含めて、

ここにいるものは精神を守るため、

何か一つのことにだけに、目を向けようとするのだろう。


くっ、これが妖怪。なんて恐ろしい。

これは俺程度では、保護するどうこうのレベルじゃないぞ?。


こんなのがたくさんいれば、人間社会は成り立たなくなるだろう。

人外即時殲滅の強硬姿勢を見せるGSの気持ちが、分からなくもないです。


(うーん、俺が修行して勝てるもんなのか? いや、まぁそこら辺は置いておいて)


そこからもう少し、考えを別方向に発展させてみよう。

確かに時間感覚すらない空間に、人間を隔離するこの妖怪は恐ろしい。

しかし、妖怪にも何か存在理由があるはずだ。

悪霊化した自爆霊でさえ、その土地に執着があるから、その場に存在するのだ。

存在理由が分かり、それを別の方法で満たしてやれば、何とかなるのじゃないか?


じゃあ、この妖怪の存在理由って、何だ?

机の妖怪。生徒を自分に取り込んで、自分の中で学校生活させる。

机。道具。使われるもの。それは、人に対してどういう念を抱く?


「横島クン、手が止まってるわよ?」


深く思考の海に潜る俺を、愛子は呼びかけによってサルベージする。


「ん、ああ、すまない。ちょっと考え事をさ」

「何かしら? 分からないところがあるの?」

「まさか。例文書き写しだぜ? いくら俺が馬鹿でも、単純作業に悩まないっつーの」

「じゃあ何? 悩みなら、私に打ち明けて。

 友達の悩みを聞いて一緒に愚痴るのも、青春だわ」


委員長だからなのか、それとも、もともと世話焼きな性格なのか。

あるいは世話焼きな性格だから、委員長などをやっているのか。

どうにしろ、愛子は優しく俺に視線を合わせてきた。

俺は愛子に、自分の疑問を聞いてみる。

長年……と言っていいかは分からないが、この中にいる愛子だ。

もしかすると、俺の考えていることなんて、何度も考えたのかもしれない。

でも、聞いてみなくちゃ、何も始まらないしな。


「ここは机の妖怪の中、だよな」

「え? あ、うん。そうみたいだけど」

「机の妖怪は、何がしたいのかなってさ」

「…………何が、したい?」

「ああ。意味も無く、俺たちをこの世界に連れてくるはずないだろ?

 溶かして養分にして霊力を高めようって訳でもないんだし」


確かにここは、妖怪の腹の中らしい。

それは妖気が充満しているのだから、分かる。

しかしこの妖怪は腹の中に入れた人間を喰うわけでもなく、ただそこに存在させている。

これは、不可解だ。

学生を無差別に襲い食らうような妖怪なら、もっと騒ぎになって存在が知れ渡っているだろう。


ただただ、学生を少しずつ取り込んでいるから、さして騒ぎにもなってないんだ。

じゃあ、その少数の学生を取り込む理由は、何なのだろう? 何がしたいんだ?


「そうね。きっと…………寂しかったのかも」

「寂しい?」

「だって、みんなと一緒に昼は勉強してるのに、夜は一人ぼっち。

 そして汚れたら、捨てられちゃうんだもん。机だって、寂しいわよ。きっと」


愛子は女の子らしい、机を擬人化した考えを俺に述べる。

確かに、長年使っていて、物に魂が宿るって話は、TVなんかでもよく聞くな。


「……そっか。そういうことも、あるのかもな。でも」

「? でも?」

「それだったら、こんなことしても、何にもなんねーよな、結局」


寂しいから、学生を自分の体の中に取り込んだ。

だがしかしだ。

だったら、それで本当に寂しさが解消されるのか?

妖怪の中の学生たちは、

今の俺たちがそうであるように、まやかしの学校生活を送る。

教室内に充満する妖気に精神を圧迫され、

そして心の中のどこかでは、自分たちを喰った妖怪を恨みながら。


だって、喰われて無理矢理つれてこられたんだ。

諸手を上げて、現状に満足してるやつが、本当にこの教室内にいるか?


いるはずがない。少なくとも、俺は出来ない。


テスト勉強が出来たのはよかったけれど、それはそれ、これはこれ。

さっさとここを出て、メドーサさんに会いに行かなきゃ、とか思う。

ここにいる以上、

学生も救われないし、学生を取り込んだ妖怪自体も救われない。


「じゃあ、横島クンはどうすればいいと思う?」

「どうって言われてもな。どーしよか。そうだな」


ようは、この妖怪はあれだろ? 

長い間人が使ってたら、魂が宿るってやつなんだろ?

人形に魂がこもって、

遊んでくれなくなった主に意趣返ししたり、呪いをかけたりするようなもんだよな。

そういう場合、よくお寺や神社に持っていって、供養するんだよな。


でも、この机はすでにそういうレベルを超えて、妖怪化している。

ちゅーことは、ただかまって欲しいんじゃなくて、

もっと直接的に、寂しさを埋めて欲しいんだよな?


「よし! 俺が死ぬまでこの妖怪の本体の机を、使い続ける!

 それなら、少なくともあと100年は寂しくないだろ」


なんなら、未来永劫、子孫に存続させよう。

うん、それはかなりいいんじゃないか?


『学校のテストが近づいたら、この妖怪さんの中で特訓するんじゃよ?』

『ありがとう、おじいちゃん!

 さすがは妖怪の味方のGSだね! 机の妖怪さん、よろしく!』

『はっはっは、仲良く時を過ごすのじゃよ!

 わしゃこれから、メドーサと魔界に行ってくるし、いい子でお留守番しとれよぉぉ〜』


…………なんてな! うん、いい感じだろ、これ!

もちろん、俺は修行によって、

どこかのエロい亀に乗る仙人のように、途中で不老のじじいになってたりしてな!


「つ、使い続けるって、どうやって?

 毎朝机を担いで学校に登校して、放課後は持って帰る気?」


愛子の戸惑いを含んだ、ごく一般的な疑問にも、俺は止まることがない。


「ああ! それなら、寂しくないだろ?

 愛子、俺は今年中に霊や妖怪にも優しい『GS&CH』になる男だぜ?」


そう、つまりこれは非公式ながら、俺の初仕事ってわけだ。

学校の妖怪って言うのは、ある意味で俺のもっとも身近な妖怪だ。

その妖怪の面倒すら見れなくて、メドーサさんの隣に立てるかってーの。

この妖怪は別に人間を食料として捉えていたりするわけでもなく、ただ寂しいだけ。

ならば十分に共存は出来る!


「横島クン? 私が言ったのは、あくまで私の考えよ?

 本当は残忍な考えがあるのかもしれないじゃない」

「愛子の言うことももっともだ。

 でもさ、妖怪だから残忍って決めるわけにもいかんっしょ?

 第一、俺の師匠は魔族だぜ?」


もう『ボンッ、キュッ、バンッ』なナイスバディ〜なんですけど、

視線で人のこと石に出来ちゃう人です。

でも、あの人は俺を殺そう何てしないし、むしろ成長させてくれてます。

魔族これ即ち悪なんて、いまどき時代錯誤もいいとこって証拠ですだ。


…………って、やべぇ。


白竜会はごく普通の道場で、

実は魔族のメドーサさんが出入りしていることは、秘密だったりする。

なぜなら、人間界に魔族がいることがばれると、

GSや神族が無理矢理滅しようと言う可能性があるらしいのだ。

そんなわけで、学校の悪友にも『綺麗な師匠』としか言ってないんだけど。


…………まぁ、いいか。

言っちゃったもんは、もう引っ込まないし。次から気をつけよう。


「それで、どうするの?

 私もここに長くいるけど、妖怪本人と話したことなんて、ないわよ?」


愛子も、特に今の俺の台詞を気にはしてないらしい。

ふぅ、よかった。


「うーん。そうだな。どうにかして、まず話をしないと……」


俺はそこで、他の学生にも意見を求めた。

で、机を元に戻して、勉強大会は一時中断。

黒板には、第1回チキチキ妖怪対談と書かれ、司会進行が俺、書記が愛子となった。


あーだ、こーだ。


一瞬とも永遠とも思える議論の末、出た案は次のとおりだ。



その一。教室内でコックリさんをし、妖怪本体に降りてきてもらう。

その二。音楽室で大合唱。その歌声で妖怪本体を召喚。

その三。家庭科室で調理実習。飲めや歌えの大騒ぎ。アマテラス作戦。

その四。俺が校庭で最大出力の霊気を放ち、それで妖怪を中から刺激する。


その一は、学生の数が多くて全員参加は不可能だし、その二は召喚できる確証がない。

で、その三は食材もなければお酒もないのでこれまた不可で、結局は第四案に落ち着いた。



        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふぅ……じゃあ、いくぜ!」


俺は教室を出て、荒涼とした校庭に降り立つ。

なんとも不思議だ。

地平線は見えず、しかしどこまでもが校庭。

つくづく他人の腹の中なのだな、と言うことを思い知らされる。


「横島クン? もし妖怪が暴れてあなたを攻撃しだしたら、どうするの?」

「出来る限り説得して見せるさ! 任せとけって」

「……失礼かもしれないけど、

 何だかんだ言いつつ、貴方は危なくなったら一番に逃げ出すタイプのような気が」

「うっ、いや、まぁ、俺はそういうキャラだけどさ!

 やるときはやるよ! そこで、愛子たちにも協力して欲しいんだが」

「何?」


小首を傾げる愛子から視線を外し、俺は他の女子を見渡しつつ、叫んだ。


「女子は全員、裸になってエッチなポーズを!!」





…………沈黙…………。





「………………………………最低ね」


その沈黙を破ったのは、愛子だった。

女子のけ別の視線やら何やらを代表し、

凍えそうなほどに冷たく、小さく呟く。


「いや、ちゃうねん! 俺の霊力は男のロマンがないと高まりにくいねん!」

「何だかんだ理由つけて、結局Hなのが目的なのね。

 いくらなんでもそれは、ケダモノさん過ぎるわよ、横島クン!」

「だから違うんやぁ!」


結局、校庭に学生全員で出ていたにもかかわらず、皆さんは教室へとお帰りになられました。

その視線はもう、口ではあらわせないほど鋭いもので、

ついでに『実はお前が妖怪本体じゃないだろうな!?』って憤ってました。


ううう、本当のことなのに。


やっぱり、スクール水着でもいいですなんて、交渉しちゃったのがまずかった。

反応が優れない時点で、素直にあきらめるべきだったんだ。

俺の阿呆。


「しくしくしく」


泣きながら、

俺は校庭のど真ん中で精神を集中させて……いけるわけがないだろ! 

無理だよ、さすがに。


「はぁ〜。ほんとのこと何に」

「本当に本当かしら?」

「ん、愛子?」

「まだ教室に戻らないの?」

「当たり前だろ。俺はやるといったらやる! やるんや!」

「で? 何で始めないの?」

「だから、俺の霊力を上昇させるには、きっかけが必要なの! 

 でも、今精神的にへこんでるし、集中できないの!」


もちろん、最近では別にエロイことを思い浮かべなくても、ちゃんと霊力はコントロールできる。

実際、おキヌちゃんのために霊力出してたときも、

その間ずっと怪しい妄想を繰り広げたわけじゃないしな。

さすがの俺も、テスト中ずっーとAVの名シーンやら、

雑誌のお気に入りページを思い出し続けたりしない。しないぞ。

それはなんと言うか、あまりに変態すぎるしな。


ただ、やはり最高出力に迫ろうとしたりすると、エロさがあったほうがよい訳で。

午前中、霊力を出し続けたせいで、疲れているわけで。

さらにここは妖気が充満していて、なかなか苦しいわけで。

だから、裸の一つでも見て、

ライフリングを高速回転させ、チャンバー内を正常に加圧しないといけないわけで。


「…………嘘、言っているみたいじゃないから、一瞬だけよ?」

「へ?」

「これ嘘だったら、バケツに水入れて、廊下に立たせるから」


愛子はそっぽを向きつつ、スカートの裾を持ち上げていく。

白く細い太ももがあらわとなり、そしてその上に同じく白い布切れが……。


「はいっ! これでいいでしょ」

「あ、うん……」


どちらかと言うと、見えたことよりも、見せてくれたという事実に、俺はうれしさを感じた。

先ほどここにいる学生たち全員から

軽蔑視線という剣を刺されたので、それも当然だろう。


わざわざ愛子は一人でここに残り、

そして自分からスカートの中を……一瞬とはいえ見せてくれた。

ああ、その愛子の恥ずかしそうな顔で、ご飯三杯は軽いね!

見てろよ! 乙女の恥じらいに応えて見せるさ!

立ち昇れ! 我が霊力よ!


来い来い来い来い来い!


うぉぉぉぉおおおおおおおお! 

来た来た来た来た、来たぁぁぁぁぁ!


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ! よしっ! あ、愛子! お前は俺から離れてろよ!」


俺の体からは勢いよく霊気が噴出し、周囲にまとわりつく妖気を跳ね除けていく。

俺の周囲1メートルは、妖怪の腹の中といえど、すでに俺の領域、レイヤーだ!

先ほどまでのテンションが愛子の恥じらい一つで、ここまで上昇する。


男って……いや、俺って馬鹿だなぁ、と思うが、

これは魂がそうさせるので、恥じても仕方ないのだ!


「よし、いい調子だ! このまま出力を上げれば、妖怪は腹の中の異物に戸惑うはずだ!」


先ほどの愛子お宝映像を、俺は目を閉じて反芻する。


『一瞬だけよ?』という愛子の、赤く染まった頬!

そしてあらわになる太ももと、その奥の白き秘境! 

スタンダードだけど、実に清潔感があっていいよね!


「でやぁぁぁぁぁ! …………って、うおぉぉぉ!?」


俺の霊力上昇に呼応して、校庭の地面がべきべきと割れていく。

まさかそこまで俺の霊力は強かったのか、と驚くものの、

それはどうやら、さすがに思い上がりというものらしい。

割れた地面の土は盛り上がって変形し、巨大なツララのように鋭くとがっていく。


おいおいおいおい! 

いくら妖怪の腹の中だって言っても、ここまで何でも自由になるのかよ!?


大きな土の槍は、俺にめがけて降り注ぐ。

俺は華麗な……たぶん客観的には無様なステップで、それを回避していく。


「待ってくれ! 俺は話をしたいから、ちょっと刺激しただけだ! そんなに怒らなくても!」


俺は動く土塊に向かって大声でそう叫ぶが、状況に変化はない。

まさか、異物を自動的に除去する仕組みがあって、それがただ作動しちゃってるのか?


あれだ。俺は妖怪にとっては病原菌で、この土槍は白血球か?

ふっ。さっき生物も勉強したからな! 少

し頭の良さそうな例えも出来るぜ!


って、ひぎゃぁぁぁぁぁっ!


いってぇ! 土が硬ぇ! 

まともに食らったら、死んじまうぞ!

あ、中に入った異物を殺すためのシステムなんだろうし、当たったら死ぬのは当然か。



「はぁ、はぁ、はぁ……うお!」



回避のために飛び跳ねたら、今度は着地した地面が割れる。

地の底へと落ちないよう、俺は慌ててその場で身を転がす。

すると転がっていた地面そのものが盛り上がり、俺の体を貫く槍を形作ろうとする。


マジで何でもありだ。妖怪、恐るべし。


「くっそ……。ユッキーって実は、世間的に見るとかなり弱いんじゃないか?」


ユッキーは霊波砲すら撃てますが、だからって、こんな状況をどうにかできるとは思わない。

まぁ、そうなった場合、

俺はさらに弱い存在ってことになるんですけどね。


「し、死ぬ……」


このままじゃジリ貧だ。勝てる要素がない。

無様に回避するだけじゃ、嬲り殺される以外の未来が視えることはない。

空に向かって呼びかけようにも、叫ぶ暇もなくなっている。

やっぱ、全空間が敵って言うのは、いかんともしがたい。



「こんちくしょおおおぉお! @−デコイ!」


このままここで死ぬわけには行かない俺は、

一縷の望みをかけて、新技を発動させる。


@−デコイ。


字面でも分かるように、デコイを進化させた技だ。

『@』は、イリュージョンの『@』です。

これまで、自分のまとっていた霊気を移動させ、

自身の気配を消すことでデコイとしていたのだが、@−デコイは一味違う。


自分のまとう霊気をある程度固め、

さらにその中に自分の霊気を一定量、注ぎ込んでから外に射出するのだ。

そう。@−デコイは、薄い霊気の膜の中に濃い霊気を詰めた、いわばバルーン・デコイなのだ。


もちろん、ユッキーの霊波砲みたいな強力な霊気放出ではないので、それだけでは何の破壊力もない。


(うまく行けよ! 実践は、これが初めてだけど!)


俺の放った数個の@−デコイに、土槍が飛来する。

俺の霊気が複数出現したため、土槍はこちらの思惑通り、攻撃目標を間違えたのだろう。

ここまでなら、敵を惑わすこれまでのデコイと変わらない。だが、@−デコイはここからが違う。


土槍に貫かれた@−デコイは、その衝撃から中に含む俺の霊気を爆ぜさせ、拡散させる!


(よし、うまく弾けた!)


さらに割れた@−デコイは、土槍に含まれる敵の霊気……この場合は妖気か……をも分解、拡散する。

つまり、@−デコイが爆ぜれば、そこは俺と敵の気が混在停滞する空間となるのだ。

これにより、敵に一定空間の霊視を困難にさせ、さらには俺のための領域を構成していく。


突然不可解な空間が出来上がったためか、土槍はそこに殺到する。

だが、霧の中にただ手を突き入れたところで、それをすべて払うことは出来ない。

それどころか、霧はさらに空間に広がり、領域を獲得していく。

また、敵が霊的攻撃をすればするほど、

内部には霊気がたまり、俺にとってその維持が楽になる。うん、便利。


俺はある程度まで広がった領域の霊気を制御し、

最も外側に薄い膜を形作って、拡散を防ぐ。

こうすることで、俺は俺のための領域を維持することが出来る。


「@−レイヤー、展開完了!」


これが新技第2弾、俺式結界@−レイヤーだ。

なお本来は、こんな校庭のような視界の開けている場所で使う技じゃない。

室内などの限られた空間を領域で満たしてこそ、その真価が発揮させるのだ。

この技ならば、ユッキーの霊波砲の直撃もしづらいし、またやつの技の霊気そのものも利用できる。


でもまぁ、やっていることは少量の霊力の制御だしな。そんなに難しい技じゃない。

メドーサさんにやったら、

多分ため息一つで全部の霊気を追い払われて、レイヤーを構成できないだろう。

あるいは、無茶苦茶な量の霊気を含む攻撃をし、

レイヤー内部の霊圧を意図的に高め、俺の制御能力を超えさせるかな?


俺に出来る技ってことは、つまり小手先であり、弱点は多いんだよね。


「しっかしまぁ、この土槍くらいなら大丈夫か」


レイヤー内に敵がいる場合、その動きはかなり読みやすい。

また、レイヤー内部に侵入しようとする動きも同様だ。

この場合、俺に飛来する土槍は、

俺の領域内の気に覆われているのだから、少しでも動けばその動きが俺に伝わってくるのだ。


「はっはっは! もうあたりゃしない!」


地面から突き上げる、あるいは空中から飛来する土槍を目ざとく察知し、俺は回避行動を取る。

『全空間から迫る攻撃より逃げる』という状態から、

『俺の空間に入ってくる攻撃を回避する』という状態に移行したのだ。

それなりに、楽になりました。


「もう止めろ! 俺からはお前に攻撃してないだろ! 俺はただ、話しをしたいだけなんだ!」


あまり調子に乗るわけにはいかない。

敵が地面すべてを土の針なんかに変えれば、俺には避けようがないしな。


「人の話を聞けってば!」


叫びつつ、迫る土槍を避け、ついでとばかりにぶん殴ってみたりもする。

俺のレイヤー内に侵入し、

その内部の妖気を拡散させられた土槍は、面白いように簡単に崩れた。


「無駄に妖気を消費するだけだぞ!

 いくら自分の腹の中っていっても、何かを動かせば疲れるだろ!?」


何度も俺は呼びかける。

土槍の動きはどんどんと精彩を欠き、やがて緩慢なものとなっていく。


(ふぅ……)


油断する気はないが、それでも余裕の生まれた俺は、周囲に視線を這わせた。

ふと、先ほどまで一緒にいた愛子のことが気になったんだ。

土槍は明らかに俺を狙って動いていた。

だから愛子にまで被害は及んでいないだろうが……本当に大丈夫だろうか。

離れていろとは言ったが、そう言えば、しっかりとは確認していなかった。



「なっ!」



愛子はまだ校庭にいた。

しかも、どこかが苦しいのか、うずくまっていた。

いや、俺が戦闘に巻き込んでしまったのか? 

地面に降り注いだ土槍の破片が、愛子にぶつかってしまったのか?



くそ! 何で、こんなことに!

俺が愛子を教室に避難させてから行動しなかったからだ!

そりゃ、ここはすべて妖怪の作り出した空間だが、

それでも揺れ動く校庭よりは教室のほうが安全だろう!?

何で、ちゃんとそういうことまで、先に考えないんだ、俺は!

初めて妖怪の中に入って、

分からないことだらけだった…………なんて、言い訳にすらならないぞ!


「愛子!」


俺はレイヤーを解放し、その場から愛子に駆け寄った。

レイヤーを完全制御しつつ、

レイヤーそのものからの離脱行動は、まだできる段階に至っていないのだ。

それができる様になれば、

敵を閉じ込める捕縛結界とかにも、発展できるんだろうが。


「くっ、邪魔をするなよ! 土槍っ!」


俺は愛子までの直線上にいくつもの@−デコイを射出し、それに身を隠しながら進む。

その距離は50mもないのだが、ひどく離れて見えた。


「おい、大丈夫か! 痛いのか? 土にぶつかったのか?」


地面に膝をつく愛子を抱き起こし、その顔を見やる。

愛子の顔はお世辞にもにこやかなものだとは言えなかった。

眉は寄せられ、その目は閉じられていた。

どこだろう、腹に土塊でもぶつかったのだろうか? 

少なくとも、頭から血が出ていたりはしないのだが。


「愛子、おい! くそ、こういう場合、頭を揺らしちゃ駄目だったか?」


どうすればいい? 

ヒーリングなんて、俺にはできないし、応急処置だったわからないぞ!?


ええぃっ!



「っ!?」



そのとき、焦る俺をあざ笑うかのように、

一際大きな土槍が形作られ、そして飛んできた。

おそらく、@−デコイなどにも慣れ、

さらに俺が動きを止めようとしたものだから、一気に仕留めてしまおうとでも考えたのだろう。



どうする、どうする、どうする!?



愛子を抱きかかえている状態じゃ、ジャンプして避けることもできない。

だからといって、

土槍そのものを受け止められるほど、俺には霊的防御の出力がない。



どうする! どうすればいいか、考えろ! 考えるんだ、俺!



それは、一種のパニックだった。

考えなければならないのだが、

俺は『何を』考えればいいのか、半ば分からなくなっていた。



そして現実的な問題を言うならば……考える時間など、なかった。



「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



わけも分からず、俺は声を荒げた。

そして、俺の意識は暗転した。



真っ暗に。




        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




気づいたとき、俺の頭の後ろには、柔らかな感触があった。

頭を軽く左右に振って、俺はその感触を確かめる。うん、実に、気持ちがいい。

いや、気持ちいいのはいいとして、これはなんだ?

疑問が湧き上がった俺は、

まだまだ閉じ続けようとする目蓋を無理矢理こじ開け、眼球を世界にさらす。


「何を泣いてんすか?」


俺の視線の先には、なぜか愛子の顔があった。

愛子の目は閉じられていたのだが、その端々から大量の涙が、頬を伝って流れていく。

愛子の頭の後ろには、どこかで見たことのある天井があるので、どうやら俺は愛子に見下ろされているらしい。



ああ、となると、俺は愛子に膝枕をされているわけか。

俺はそこでようやく自分の格好というか、客観的にどういう状態にいるかを理解した。


「愛子?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


小さく動く彼女の唇からは、ごめんなさいの六文字が途切れることなく零れてくる。

マジでわけが分かりません。

あの後、どうなったんだろう。

謝るのは俺のほうであり、

愛子が俺に謝る必要性なんて、ないんじゃないだろうか。


「愛子?」

「よ、横島クン、気づいた!?」

「ちょっと前から」

「大丈夫? 痛いところはない? 私、ヒーリングとかちゃんとできないから、心配で……」

「いや、大丈夫だけど」


肘や膝などの関節部は痛かったし、

また午前中よりもひどい疲労感が、俺の体を覆っている。

だが、『もう駄目です』というほど辛いものではない。

しばらく休めば、回復するだろう。

俺は愛子の太ももの感触を楽しみつつ、視線を窓の外に向けた。

校庭がどんな様子か、ひどく気になったからだ。


先ほど、俺が意識を失う前に見た光景は、迫り来る大きな土の槍。

しかし、今は愛子の膝の上。

周りに他の生徒がいないことから、多分愛子が、

俺を引きずって教室まで運んだ、と言う想像ができるんだけど………。


うん? つーか、今ヒーリングって言った? 何で愛子が?

つくづくわけが分からない。


「……って!? ここは!」


寝転がっているので、

窓から見える景色は空だったのだが、その空には白い雲が流れていた。

どれだけ時間が経とうとも、太陽すら傾かない妖怪の腹の中にいたのに。


俺は腹筋に力を込めて、上体を起こした。

そして窓に駆け寄って外を見つめてみれば、

そこには校庭が、街が、そして下校していく生徒の姿が見えた。


「帰ってきた!? なんで? いや、そんなことより!」


驚きとともに、今度は教室の中を観察する。

ああ、確かにここは俺の教室だ。

ただおかしな点があるとすれば、俺の机の隣に年代ものの古い机があることくらいだ。

あれがおそらく、あの妖怪の本体なのだろう。

すでに活動は停止しているのだろうか? 傍目からは、よく分からない。

もしかして、あの土槍を俺に向けたところで、

保有している妖気がちょうど足りなくなって、俺たちを吐き出したのか?


まぁ、今はそんなことはどうでもいい。

どうやってかは知らないけれど、とにかく通常世界に帰ってきたという事実が重要だろ!


「愛子、俺ら、普通の世界に帰ってきてるぞ!
 
 何だかんだ言って、時間もほとんど経ってない! まだ昼間だ」


喜びとともに愛子に言葉を投げかけるが、彼女の表情は優れなかった。


「どうしたんだ? まさか、他の生徒に何かあったのか?」

「ううん。他の人も、ちゃんと自分の世界に帰ったわ。

 人の時間軸は、それぞれの主観によるだから」

「? よく分からないけど、全部解決したんだろ?

 妖怪も諦めてくれたみたいだし。もっと喜ぼうぜ?」



「…………ねえ、横島クン」



「なんじゃらほい?」


気軽に聞いた俺に、愛子は何かに耐えるような表情で、こたえた。


「…………実は、妖怪の本体、私なの」


「………………は?」


その言葉の意味を、俺は瞬間的に理解することはできなかった。

愛子が妖怪? 

柔らかくて、温かくて、白い太もものまぶしい愛子が、妖怪?

たちの悪い冗談か?



「私が、今までみんなを閉じ込めてたの! 私が妖怪なのよ!」


ほら、と言わんばかりに、愛子は空中へと舞い上がる。

今朝の……なんだかずいぶん前のような気もするが……おキヌちゃんよろしくな感じだ。


「貴方との会話で言ったことは、全部本心だった!

 私は、寂しかった!

 自分も一人の生徒として、学校に通いたいと心から願ったくらいに!」


優等生っぽい空気を身にまとい、

あの教室内ではリーダーを勤めていた愛子だったが、今はひどく小さく見えた。


「……そして、貴方がずっとそばに置いてくれるって言ったとき、嬉しかった」


愛子は涙を浮かばせながら、しかし小さく笑った。

それは自嘲を含んだ、とても悲しい笑みだった。


「でも……信じられなかった。信じることができなかった。

 貴方は、いつか見捨てるかもしれないと思った……」


「それで?」


「だから、試したの。妖怪が襲ってきても、逃げないで話をしてくれるか……」


「逃げないって言ったろ?」


「でも、私は妖怪だもの!

 知られたとき、横島クンがなんて言うか、分からなかった。

 騙してたと思われるかもって思った!」


「…………」


「すぐ止めるつもりだった。

 でも、横島クンが思ったより強かったから、そのうち加減ができなくなって……」


「ははは。そんな弱っちく見えたか、俺?」


俺は場の雰囲気を盛り返すために、軽口を発した。

だがそんなものでどうにかなるほど、教室内の空気は軽くなかった。


「妖気も、横島クンに槍をぶつけるごとに減って、制御できなくなって行くし……」


「辛そうにしてたのは、妖気がなくなったからか?」


そう言えば、抱きついたときに感じた違和感は、

多分、零れ出た妖気を感じたからなんだろうな、などと、

俺は質問をしながらも、愛子の話と現状を頭でまとめていった。


「私、所詮は学校の机の妖怪だもの。そんなに、強くないの」


自分の空間に相手を取り込む能力。なんと恐ろしいものなのだろう。

そう考えたが、愛子の言葉から察するに、

強力な……たとえばメドーサさんくらいの……力を持つ存在なら、

あの学校ごと、異界すべてを壊すことができるのかもしれない。


「ごめん、なさい。貴方を傷つける気はなかったの。

 本当は、すぐ止めるつもりだった……。でも、暴走しちゃった……」

「だから、謝ってたのか」

「ねぇ、横島クン」

「ん?」

「横島クン、GSになるんでしょ? 

 だったら、私を滅して……。私、人を傷つけちゃう、悪い妖怪だから」


「嫌だ。何言ってんだよ、愛子ってば」


「お願い、横島クン!」


「ことわるっつーの! 何で俺が愛子を消さにゃならんのや」


「だって私!」


「だってとか、しかしとか、そういう逆説語は使用禁止!」


「But!」


「アホか! 英語もだめだっつーの!」


助けるために、共存するためにあんだけの戦闘をしたと言うのに、

なんでいきなり消せと言われなければならんのだ?

冗談じゃない。

確かに愛子のしたことには腹が立つさ。

ああ、ちょっとは俺を信じろよ、とか思うさ。


でも、愛子の心情もなんとなく分かる。

相手が親切そうだからってほいほい乗って、

後から裏切られたら嫌だとは、誰でも思うことだ。


特に、俺が言うのもなんだが、俺はそんなにすごそうに見えないし、軽い。

ああそうさ、女の子大好きですよ。尻を毎日追っかけてますよ!

こんな奴のいうことなんて、ちょっと信用できねぇなぁ、おい。

んじゃ、ここは一回試してみるかと思っても、それは不可抗力ですよ!


「いいか、愛子! 俺は女の子大好きさ! へらへらしてるさ!

 だが好きだからこそ、可愛い娘のためなら頑張るっつーの。

 俺のエロ魂をなめるな!」


なんだかよく分からないことを並べまくっているが、俺が言いたいことは唯一つだ。

つまり、愛子を消す気はない。

そして愛子の机を常備する気はあるってことだ。


だって俺は、霊と妖怪に優しいGS&CH……の卵なんだからな!


「ちゅーか、申し訳ないと思うなら、消えるんじゃなくて、働いて償え!」


「…………働いて?」


「その通り。朝はおはようのチューで起こしたりとか、なんかそんな感じの!

 昼飯用の弁当作ったり、後、勉強教えたり! 身の回りの世話全般担当!」


俺のその言葉にきょとんとした愛子だったが、しばらくすると、小さく笑みを浮かべた。


「…………もう……私をメイドにする気?」

「それも青春だろ! 高校生、秘密の同棲ってドラマとかでもあるだろ!」


その愛子の笑みは、先ほどの自嘲的なものではなく……。


……そう、ごく普通の、綺麗な微笑だった。


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