番外





          第8.5話     メドーサさん、ご立腹







「天竜童子の件、これでよろしいのですか?」

「ああ、かまわないさ」


ヨコシマの机妖怪を道場に片付けた後、

勘九朗は改めて私の元を訪れていた。


私がヨコシマにこの件を担当させたことを告げると、

勘九朗は、お世辞にも心からの賛成とは言えない表情を浮かべている。

だが、それだけだった。

不満そうにはしていても、自分からそれを話そうとはしない。

だからこそ、私は自分から勘九朗に問いかける。


「何か言いたそうだね」


「僭越ですが、メドーサ様。

 ……メドーサ様が直接出て、

 殺すなり何なりしたほうが、早いかと考えますわ」


そう勘九朗は提案するものの、結局それに私が乗ることはない。

もともと私は、

天竜童子を何を持ってでも亡き者にしよう、などと考えてはいないのだ。


まず天竜童子を殺害して得られるメリットは、さほどない。

たとえば、そう。

第一王位継承者が亡き者になっても、

天竜真家の跡継ぎがなくなるわけではない。

竜族の雄は基本的に好色で、人やら馬やら蛇やら、何でもござれだ。

気に入った存在とは、そのほとんどのケースで子を残す。

西洋、東洋。

竜種は違えど、その傾向は変わらない。

だからこそ、世界には多くの竜と竜人が存在する。


そのため天竜童子以外にも、まだまだ多くの継承者は存在する。

天竜自身は怒り狂うだろうが、それだけだ。

血が途切れるわけでもない。



もしかすると、

魔族に簡単に殺される不出来な息子のことなど、

気にかけないかもしれない。が……それは可能性の話でしかない。

どちらかと言えば、情に熱い竜族のこと。

怒り狂う可能性のほうが高い。


そして、殺した私には、

天竜からの執拗な追っ手がかかることだろう。

殺してメリットが得られないというのに、

なぜ大きなデメリットを背負う必要がある?



それに、最悪のケースを考えてみてもいいだろう。



私は天竜童子殺害以後、

地上での任務をドコゾのハエ野郎か誰かに任せ、魔界に隠れ移ったとする。

それを察知した天竜が、

もしも怒りに任せて魔界へと配下を連れて侵攻したら……。

そしてそのままデタントが崩壊し、ハルマゲドンが起こったら……。

我が主の願いが叶うことも、永遠になくなってしまう。


で、私は天界からも魔界からも、

ハルマゲドンに巻き込まれた人間界からも、さらに自分の主からも追われる?


…………考えただけで、アホらしい。


もちろん、天竜は自分の子供を殺害されたとしても、

自身の身分の考え、武力侵攻は自重するだろう。

しかし、それは絶対ではない。

我が子を失った悲しみで、とち狂う可能性は、やはりゼロにはならない。

他の神々が狂った天竜を止めようとし、

結果、天竜とその神々と騒乱を巻き起こせば、もうけた物だが……。

やはり、そこまでうまく行くとは思えない。

心も政治も、完全に読みきることなんて、出来ないからね。



そもそも、今回天竜童子が地上に来ていたことは、

あらかじめ自前の情報網で察知していた。

だがしかし、天竜童子が妙神山を抜け出したことは、偶然の産物でしかない。

天竜童子が抜け出すことなど、

あらかじめ予想していたわけでもないので、何の準備もしていなかった。


運に任せた仕事は、あまりしたいとは思わない。

だからこそ、今回はヨコシマで遊ぶことにしたのだ。


天竜童子の保護者は、妙神山管理者の小竜姫だろう。

あいつは抜け出した天竜童子を確保するため、地上に降りてきている。

もちろん、私のような存在が、

天竜童子を奪取する可能性も考えていることだろう。


しかし実際に天竜童子を確保することを邪魔するのは、

ただの人間のガキ……しかも、大した能力者ではないと来ている。

だが、本人はあくまで、

私の命により善行を行っている気なので、邪気すらない。

それこそ、無邪気で善良な一市民だ。

小竜姫は説得やらなんやらに、ずいぶんと骨を折ることだろう。


それだけで、十分な成果だ。

神族が無駄な労力を払うと言う事実だけで、

私もずいぶんと楽しい気になれるからね。



「今回の件を、利用すればよかったのではないですか?

 そう。いっそのこと横島を、

 こちらに引き入れる機会だったのではないのですか?」


しばしの沈黙の後に、勘九朗が口を開いた。

私は勘九朗の問いに、さらに問い返した。


「すべてを話す機会だと?」

「私はそう思いますわ、メドーサ様」

「その必要はない。ヨコシマには、この先も事情は伏せ続けるよ」

「……どういうことです?」


ヨコシマの得意技は、なんと言ったか。

そう、デコイだ。

奴の得意とする技を、そのまま奴の役目とすることに、私は最近決めた。


小竜姫がヨコシマと出会ったとき、

小竜姫はヨコシマを善良な人間だと考えるだろう。

自分の邪魔をするヨコシマを鬱陶しくも思うだろうが、

しかし、身を挺して子供を守ろうとするその気概は、気に入るはずだ。

武人でもある小竜姫は、義理や人情に脆いだろうからね。


そしてそのヨコシマが所属する白竜会も、

ごく普通の……GSも育成する……道場だと考えるだろう。


仮に今後、GS試験に私が関わりだすという情報を掴んだとしても、

小竜姫はヨコシマの所属する白竜会には、

厳しい疑いの目を向けはしないだろう。


一人の人間で組織を見るのは間違いだと、分かってはいる。

しかし、自分の知る人間で、その人間が善良な者ならば、

やはりその者の所属する組織も、善良であってほしいと願うはずなのだ。


神剣使いと誉れ高い武神・小竜姫だが、

そうであるからこそ、一度信じた人間に対し、過剰な警戒は行わない。

せいぜいヨコシマを見て、白竜会を仲良し道場だと考えるがいいさ。



「メドーサ様は、そうお考えでしたの……」



勘九朗が私の考えを受け、呟く。

こちらの考えをようやく理解したのかと、私は息を吐いた。

しかし、その次の瞬間、

私は勘九朗の放った台詞に、思わず呆気にとられることとなった。



「私は、メドーサ様が横島忠夫を、

 我々の側に引き入れないよう、便宜を図ったのかと……」



「………………なんだって?」



「あ、いえ。横島がすべて知れば……その…………」



それは、どういう意味だい?

まさか、私が自分のペットを、気遣っていたとでも言うのかい?


あれかい? 

若い男を悪の道に引きずり込みたくないと、苦悩しているとでも?

それとも、ヨコシマにすべてを知られて、

奴に嫌われたくないとでも思ったと?

私はペットに嫌われるのが嫌で、

自分の悪事をばれないよう、心配していると?



何を馬鹿な。

そんなはずがない。


私は勘九朗の言葉に、大変気分を害された。

こんなにただの会話で腹が立ったのは、久しぶりだね。


「……おや、ヨコシマが鬼二匹を丸め込んだよ。

 ほう、GSもご登場だね」


私は勘九朗から、

ヨコシマを監視しているビッグ・イーターに意識を向けなおす。

今は、勘九朗の顔を見る余裕はなかったから。

まったく、腹立たしく、そして馬鹿らしい。


なぜ、私が『ペットに嫌われたくない』などと、

そんな下らないことを考えなければならないのさ。

それではまるで、私がヨコシマに惚れ込んでるみたいじゃないか。


あくまでヨコシマは、

使えると思ったから、拾っただけだ。


私に臆することなく、近づいてくるから。

……ただそうだから、可愛がってやっただけだ。

それだけだ。

それ以上の特別な感情など、ない。

必要とあれば、切り捨てるつもりだ。



まったくもって、腹立たしい。



………………うん? 



なぜ私が、ここまで怒らなければならないんだい?



まるで、図星を指されて焦っているみたいじゃないかい。



「ちっ」



私は、小さく舌打ちした。

それを聞いた勘九朗は、びくりと体を震わせる。



ふん、いい気味さ。


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