第十三話



ずっと見つめてきた。

自身の欠片を、相手の周囲に張り付かせることで。



しかし、見えなくなった。



なぜなら見つめていた相手は、神族の本拠地へと連れて行かれたから。

そんなところまで、のこのこと自身の欠片をついて行かせれば、

さすがに何もかもがばれてしまう。



神聖な霊気の充満した空間に、

魔族の欠片が迷い込めば、どんな馬鹿でも見つけられる。

白い一面の壁に、小さな黒い点を打ったようなものだから。



見えていたものが、見えなくなった。

そして私は、ひどく不安になった。

論理的な思考をしてみれば、不安になる必要などないと分かるはずなのに。



だってそうだろう?

世界の正義の権化たる神族。そいつらが、むやみにあいつを殺すはずが無い。

見えていようといまいと、あいつはそのうち帰ってくる。

それは確定しているはずの未来だ。

恐れることなど、何もない。

そう、不安になることなど、何一つ無いはず。

……なのに、拭い去れない何かが私に存在した。



今一度、考え直そうとした。

自分とあいつの関係を。

師と弟子? 上司と部下? 飼い主と飼い犬? 棋士と駒?

どれもしっくりと来ない。

しっくりと来てほしくない、と思う自分がいる。



ああ、どうやら認めるしかないようだ。

そんな風に、しぶしぶ私はようやく思い至る。



私は横島を、ただの部下や駒やペットとして見ていないらしい。

なぜなら、ただの『何か』ならば、横島である必要はないのだ。

もし横島がいなくなれば、代わりを持って来ればいいだけのことなのだ。



だが、私は何処かから持ってきた代わりではなく、横島がいいと思う。

横島だから、いいと思う。

どう考えを展開しなおそうとしても、

それはどうやら、純然たる事実とか言うものらしい。

すでに私は、横島が取り替え可能なものだと思っていないのだから。



自覚してしまえば、これほどくだらないことも無い。

なんだ、ただ好物が一つ増えただけではないか。

ただ、それだけのこと。



取り敢えず、私はそんな風に結論付けた。

長き年を生きてきて、いまさら人間に恋に落ちるなど……

私は作成されたばかりの、低級魔物じゃないんだ。冗談じゃない。

そもそも、恋という言葉の青臭い響きが気に入らない。

くだらないとも思う。おかしな執着だ。



…………こういう性格なのだ、私は。



これまでずっとそうして生きてきた。

そしてこれからも、ずっとこのまま生きていく。

つくづく可愛げのない存在だと思うが、

しかし可愛い女など、私には演じられないだろうし……はなっから演じる気も無い。



唯一の救いは、横島が今の私を好いてくれていることか。

これがもし、

片思いなどと言う吐いて捨てたくなるような、

そんな腐った状況なら、まったくもって救いが無い。



7枚目の紙に、私はようやく横島との関係を記すことができた。



『好物』



それが、私と横島の関係。

どう考えても、関係を表す言葉じゃないのだけれど、まぁいい。

誰に見せるわけでもないのだから。



そんなことを考えていると、蝿野郎のクローンが、部屋へとやってきた。



『話がある。いつものところへ来い』



本体は、魔界の深部で魔王をやっているというのに、

分霊であるこの蝿野郎はなんでこう、馬鹿なのかね。

私は時折、そんな風に奴のことを思うことがある。


これまでの男に持ったことのある感情の多くは、嘲りでしかなく、

横島に対するような柔らかなものは無かった。



魔族相手ではなく、人間の子供に本気になる、か。

こういうのは何と言うのだったかね?

ショタ…………いや、考えても栓の無いことだ。やめておこう。



「仕方が無いね。……行くか」



本当は横島が帰ってくるまで、道場で待っていてやりたかったんだが。

私はそう胸中で文句を言いつつ、そのときは外へと出向いた。

そして下らない話に耳を傾け、

さらに様々な意見を言い…………気がつけば朝だ。



蝿野郎どもとの不愉快な会話を心の奥に圧縮しつつ、道場へと戻る。

するとどうだ。

道場には戦闘訓練用の結界が張られ、中で誰かが戦っているじゃないか。



これは…………横島か。そうか、帰ってきたんだな。

会合中はそれに集中せねばならず、

横島の居場所について、

思いを張り巡らせることもできなかったが……そうか、もう帰ってきていたのか。



私は道場内で動く気配を感じ、そう結論付けた。



「それにしても、帰ってきてすぐ、戦闘訓練とは。

 まさか小竜姫の妙神山で、何かあったのか?」



私はぶつぶつと物事を考えつつ、

しかしそれなりに軽い足取りで、道場へと向かった。



なぜ自分の足取りが軽いのか。

自問してみたくなる疑問ではあったが、結局私は無視した。

考えても、栓の無いことなのだ。

おそらく、感情と言うものは。













             第13話      突然やってくる不幸、あるいは死に至る……












ぶっちゃげた話をしようか。

俺、横島忠夫の力についてさ。

俺の今の霊的な攻撃力、防御力、出力……

それらを合わせ考えたとき、はたして陰念に勝てるのだろうか。

ぶっちゃげると、まず無理。



初めて会った者には@−シリーズが効かないことは無い。

アレはなかなかに使い慣れてきた術で、

制御もうまくなってきたし、ちゃんと独自の結界として作用するようになってきている。

特にこちらの居場所を相手に把握させず、

かつ光を遮断して視界を奪うなどの側面は、ちょっとしたもんだろう?

生身の存在には、かなり有効だ。



でも、その術を見慣れた相手には?

道場の中で、皆が『俺・横島と雪之丞の訓練』を見てる。

ユッキーの使う純粋な高出力霊波砲は、防いだりかわしたりするのがなかなか難しい。



だが、俺の@−シリーズは、ネタバレしてる奴には対策も立てやすい技だ。

純粋に威力があるわけじゃなく、あくまで小手先の技だしな。

@−デコイに引っかからないよう、皆俺と戦う時は明らかに警戒してる。

親父のときと同じだ。すべてデコイを回避すれば、レイヤーには発展していかない。

俺が故意にデコイをぶつけようとすれば、

それは隙になり、相手には攻撃の好機になるし・・・・・・。



手品のネタを知り、

そのネタが発動する瞬間を見ようとする客に対して、マジシャンはどう思うだろうか。

多分、俺と同じ心境じゃないだろうか?

ちょっ、ちょっとお客さん、こっちも引っ掛けるのが商売なんだ、引っかかってくれよ?


俺も相手を引っ掛けるために、

更なる引っ掛けを考えたりするけど……結局それはイタチゴッコ。

どう考えても、常日頃から見慣れられているって言うのは、痛すぎる。



じゃあ、C−マインはどうか?

これは俺が考え出した、苦肉の攻撃方法だ。

そう。出来立ての新技であり、陰念はもとより、ユッキーすら知らない。

まだ霊波砲が使えるほどの出力を手にしてない俺が、

どうにか高威力の攻撃をするための技。



でもさ。俺に制御できるC−マインってさ、

なんだかんだ言って、ユッキーの全力霊波砲より劣るわけです。

当然だと思うけど。



それでも相手が俺と同じ生身なら、通じないことはない!

ないんですけど…………。



取り合えず学生服を脱いで胴着を着込み、勝負の準備を整えた俺に、

陰念はこんな言葉を投げかけます。



「死ねぇぇぇ! 横島ぁぁ!」



容赦など、まったく微塵も、これっぽっちも感じられませんな。

そしてその怒号が消え行くのと時を同じくして、陰念の体は霊気の鎧に包まれる。

奥義である、魔装術が発動したのだ!



「…………って、訓練やないんかい!」



いきなり魔装術を使用してくる陰念には、

C−マインもたいして通じるはずがないとですよ。

だって、『魔』の属性まで備えた特殊装甲なわけです。

外見的には、うわぁ、RPGで装備したら絶対呪われるよ! 

守備力上がっても、ステータス異常の魔法にかかっちゃうよ! ……てな感じですが、

実際、かなりいい鎧なわけです。自分の霊気なので、重くもないそうだし。



こっちは胴着一枚なのに……ガッデム!



何でや? 何でいきなり全力やねん。

勝負や言うたけど、殺し合いやとは言うとらんかったくせに。



というか、本気になられて、俺が勝てるはず無いだろ?

そりゃ実戦式のテストのあるGS試験を目指してますけどね。

でも、試験開始までにまだ時間はあるとです。まだ俺は発展途上なんです。

で? こんな未完な状態の俺が、何でフルパワー陰念に勝てますか?

無理。ぶっちゃげ無理。

つーか、ぶっちゃげなくても、無理。



「ちぃ、ちょこまかと! さっさと食らいやがれ!」

「馬鹿! 食らったら死ぬだろ! 

 つーか、ユッキー! 無理! こんなん訓練じゃねーって!」


俺は陰念の攻撃を回避しつつ、道場脇でこちらを見やっているユッキーに助けを求める。


「まだ大丈夫だろ? 本気でやばくなったら、止めてやる。心配せずにやれ」

「横島クン、頑張って!」


ユッキーは俺の言葉をあっさりと切り捨てる。

ちなみに奴の隣には起きた愛子が、本体の机に座って俺の戦闘を観戦中。


「くそ! 応援する気があるなら、脱げ!」

「いやよ。他の人もいるのに」


にべもない愛子。

というか、なら他の人がいないときなら、OKなんすか?

……あ、そう言えば、校庭で二人っきりのときは、純白ショーツ拝ませてくれたっけ。


「まだまだ余裕がありそうだな、横島」

「ええい、真面目に戦いやがれ!」


愛子との会話から、俺に余裕があると判断するユッキー。

そして俺に馬鹿にされたと判断し、さらに出力を上昇させる陰念。


いや、まぁ、確かにまだまだ余裕はあるんですけどね?

これまでユッキーと訓練してきたおかげか、

基本的に俺は『1発攻撃を受けたら負け』なことが多く、

攻撃を回避する事に関しては、かなり磨かれている。


大砲の一撃で沈み、そして自身の攻撃はエアガンしかないような、もうボロボロなボート。

そしてそのボートに攻撃をしかけるのは、エアガンなど物ともしない装甲を持つ戦艦。

落とされたくなかったら、取り敢えずボートは逃げ続けるしかない。

ボートが俺。戦艦がユッキーや陰念。

そんな感じ? 分かりやすいだろ?



とはいえ、いつまで逃げ続ければいい?

陰念がばてるまで?

この狭い道場内、

しかも戦闘訓練ということで結界が張られた、さらに狭いスペースで、

陰念が諦めるまで逃げるなんて、無茶だ。

今はまだ余裕を持って避けられているけれど、そのうち……



「っ! 捉えた! どらぁ!」



……って、言ってるそばから補足されてるし!



「くっ! P−アーマー!」



陰念の繰り出したパンチが、俺に迫る。

俺は両手を交差させ、そのパンチを防御しようとする。

もちろん、両手には他の部位よりも厚く霊的防御を重ねている。


そう、その名の通りP−アーマー。

俺式の霊的複合装甲術……みたいな? 

何故疑問系かと言えば、

別段名前を付けるほどのことじゃない技だからだ。


しかし、色々あって、名前を付けたほうが意識しやすいことに気づいた。

あれだ。ただの人形とかより、

固有名詞のある人形とかオモチャのほうが、親近感が沸くのと同じ。


P−アーマーは、妙神山からの帰路で、

うっかり足を踏み外して、岩上から落ちたとき(ちなみに4回目)に、考え付いたもの。

いや、正しくは『名前を付けて叫べば……』ということに気づいただけで、

この防御自体は、前々からやってたんだけどね。


だって正直なところ、ユッキーやカンクローさん、

あるいは普通のGSなら、無意識に行うような基本的な防御なのだ。

……が、しかし、

やっぱ固有名詞があったほうが、やりやすいしな。

科学的にも、何かを叫んだほうが攻撃とかにも威力が出るって言うし。



「くっ、けほ、ぐはっ……し、死ぬ」

「む? 殺ったとおもったが、防いだか」



…………………なーんて長い解説しているうちに、

俺は陰念のパンチですっかり吹っ飛ばされて、壁に叩きつけられてたりします。

車に鉄板一枚付けたくらいで、戦車の砲撃がどうにかなるはずがない……てか?

爆発炎上だけは回避できても、もう装甲は不可能なレベルな気がする。


防御したのに、辛い。

腕はもう、駄目くさいし。

霊力は出せるけど……物理的にはやばい。

もうちょっとダメージが蓄積すると、

新しい方向に……曲がっちゃいけない方向に、腕が曲がりそうな予感がビンビンする。



「はぁ、はぁ、くそ……けほっ」



肺の空気を無理矢理押し出され、俺はよだれを垂らしながらにむせる。



「ふ、いいザマだ」



陰念は明らかな嘲りの歪みを、口の端に浮かべた。

うわ、むかつく。

……でも勝てそうな気がしないんで、これくらいで勘弁してくれません?

俺は反撃の狼煙を上げるため、C−マインをチャージしながらに陰念を見やってみる。

できれば、無用な用意であってほしい。

狼煙なんて、危ないから使いたくないですよ! 火遊びはおねしょの元だよ!



「次はクリティカルを食らわせてやるぜ!」



でも、陰念クンは、思いっきりやる気満々マンです。

勘弁してくれる可能性は、まずなさそうです。

C−マインをチャージしといて、正解かも。

土下座しても意味なさそうだし、それくらいならせいぜい、こっちも攻撃しよう。



陰念は笑いながらも、油断のない視線で俺を見据え、走ってくる。

攻撃は速いわ、重いわ。

挑発には乗るものの、自分を完全に見失うことはないわ。

何だってんだ。陰念の奴に何があったんだ?

当たり前かも知れんが、以前に何回か手合わせしたときより、ずっと強い。

さすがは魔装術。装甲を増加させてるのに、運動性は落ちてない。



せめて、俺がもっと疲れていないときにしてくれよ! こんな勝負は!

……いや、まぁ、疲れてなくても勝ち目は薄いけど。



「死ね!」

「O−5!」



俺は陰念の攻撃をかわし、奴の背後を取った。
                                                       1
壁際にいた俺に迫ってきた陰念。

その陰念の攻撃を回避して、奴の後ろを取ったのだ。
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あいつは今、目の前の俺が消えて壁になったことに驚いているだろう。

…………頼むから驚いてください。
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「壁に頭から突っ込め! C−マイン!」                                

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俺は陰念の後頭部に、先ほどから溜めだしたC−マインを投げつける。

俺の圧縮された霊気は、陰念の体に触れるなり解凍、そして爆発する。
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陰念はその衝撃を堪えることができずに、

そのまま俺の言葉どおり、壁に頭から突っ込んだ。

…………ふぅ、そこまででジャスト5秒。



うん、うまくいったんじゃないか? これで陰念も驚いただろう。

とりあえず、一方的にやられっ放しで試合終了だけはなくなった。

まぁ、陰念のムカつき度がアップして、

さらに俺の身が危うくなっただけのような気もするけど。



「ふっ! やるな横島! 弱いわりに粘りやがる!」



俺の予想通りに、まだまだ元気ハツラツ、やる気溢れる陰念。

つーか、ダメージは無いって感じですか? そうですか。



「その頑張りに免じて、もう終わりにしてくれない?」

「駄目だ! 俺は貴様に、この世の道理を叩き込むんだ!」

「道理?」

「弱い奴がいきがると、痛い目にあうってな!」

「…………もう、十分あってるんですけど。両腕がかなりやばい状態だし」



何とかC−マインを放つことはできた。

だが、もう俺の両手はほとんど使い物にならない。

つーか、痛い。

我慢できないほどじゃないが、確実に集中力を削いでいる。

まぁ、さっきの状態なら、暴発しても陰念に衝撃は行っただろうけどな。


俺が手をプラプラ振りながら奴に見せると、陰念は少しだけ唸った。


「むぅ、確かに痛そうだ……って、違う違う! 俺のしごきはこんなもんじゃない!」


だが、何かを思い直したらしく、頭を激しく振る。


「その程度の痛みで、この俺が認めると思うのか!」

「いや、実際かなり痛いって。マジで。これが痛そうじゃないってんなら、代わってくれ」

「断る! 何で俺がそんな目に」

「…………言ってることが無茶苦茶だぞ」

「……俺も、今のはさすがに少しそうかなと

 思わんでもないが……とにかく、俺はまだまだお前を痛めつけるぞ!」

「変態サドさん?」

「誰がサドだ!?」

「じゃあ何で俺といきなり勝負なんて言い出したのか、その辺詳しく教えろ!」

「それは……お前が横島忠夫だからだ!」


それは、もしかしてアレですか?

俺はいじめられっ子で、素直に苛められろってことですか?

ノビタ君ですか? ノビタの癖に生意気だぞ、ですか?


まぁ、陰念がどう俺を思っていようが、どうでもいい。

相手が陰念じゃなくて美少女なら、何とか好感触になるよう頑張るけど。

あっ…………小竜姫ちゃんにも、ちゃんと謝らないとなぁ。

菓子折とか持っていけばいいか?



ん? 小竜姫ちゃん?

あ、そうだ!



「ユッキー。いや審判! 横島忠夫、テクニカルタイムアウトを要請します!」

「……テクニカル?」

「ああ、じゃあハーフタイムでも何でもいいし! とにかくタイムだ!」


バスケを知らないらしいユッキーから、俺はとにもかくにもタイムをもぎ取る。

俺は今、あることに気づいたのだが、

それを実行するには、一度試合の場から立ち退かなくてはならない。


こういう勝負に、テクニカルタイムがあるのかどうか。

普通に考えたら、考える余地すらないのだが、そんなもん知ったことではない。

こちとら、命かかってるんですしね。



「おい、横島、お前っ!」

「よく分からんが、タイムだな? 

 いいぞ、認める。もともと実力差のある勝負だしな」

「…………くそっ!」



もちろん、その俺の行動を陰念が止めようとするものの……結局タイムは有効になった。

審判のユッキーのほうが陰念より強い以上、あいつも下手なことは言えない。



「ち! 数分だけ寿命が延びたな!」


そんな捨て台詞を吐かれつつ、俺はひとまず、愛子のところまで引き下がる。

愛子の下に、俺の脱いだ学生服やら何やらが置いてあるのだ。


「おい、横島。それでお前、タイムをとって、何をするんだ?」

「秘密兵器を投入する」


問いかけてくるユッキーに答えつつ、俺は折神剣を取り出した。



「……ほお、霊刀か。しかし、いやに刃が短いな。というか、おかしな形だ」

「ああ。もともとはもう少し長かったんだが」

「これであいつに対抗するつもりか?

 だが、その剣の間合いじゃ、相手の懐に飛び込まないと駄目だぜ?」

「仕方がない。俺のC−マインじゃ、あいつに通じないからな」

「あの霊弾攻撃か。なかなかの収束だったが、確かにアレじゃ魔装はやぶれんな」

「だから、これを使う。ところで、武器の使用を禁じたりするか? 審判のユッキー」

「いや、認める。これで横島にも決定打ができた。見てて試合が面白くなる!

 もとより、実力的には大人と子供だ。子供が長物を持ったくらいで、俺は騒がん

 やるなら、徹底的にやれ。かまわん。使えるものは使ったものの勝ちだ

 まぁ、俺は素手の殴り合いのほうが好きだがな」



認めてもらわないと、俺が困る。

……だが、本当にいいのか、ユッキー。

いや、こんなこと言うのもなんだが、危険物の使用を奨励する審判って……。

使えるものを使って何が悪い……って言う考え方は別にいいが、

実際こんなのがオリンピックの審判とかしてたら、すごいことになるだろうなぁ。


『おおっと、ここで日本の選手が、審査員の座るパイプ椅子を武器に!』

『いいですね、非常にいい思い切りです。これで試合の流れが分からなくなりました』

『ここで審判が、日本の選手にガッツポーズを送ります!』

『当然です。あの思い切りは、十分に賞賛に値します』


こんな感じか?

どの競技も、結局最後は乱闘になるような予感がする。

やっぱ、ルールって大切だよな。



「ところで、ちょっといい?」


俺が一銭にもならない無駄なことを考えていると、

愛子がこちらに質問してきた。


「何でその剣は、そんなに短いの? ていうか、その剣どうしたの、横島クン?」

「ああ。昨日、知り合った神族に貰ったんだ。

 さっきも言ったように、もともとはもっと長かったんだけど」

「だけど?」

「……その場のノリで、折っちゃった」

「……………………つまり、横島クンは今、自分で自分の首を絞めてる?」

「そうかもな」


あの時、俺が馬鹿なことさえしなければ、

帰り道にあそこまで疲れることも、なかったかもしれないし、

この神剣だって長かったはずなんだ。

てか、今の刀身は小学生のカッターナイフといい勝負だしな。


「俺からもいいか、横島?」


折神剣を眺めていると、

ユッキーが愛子に便乗して、質問を投げかけてくる。



「ん?」

「何たらアーマーは、防御特化のなんかだろ? まだまだ錬度は低いみたいだが」

ユッキーはユッキーで、俺の先ほどの技名が気になったらしい。

「ああ、大正解。ゆくゆくは、自分の霊気をもっと収束させて、

 俺式のかったい装甲術を目指すつもり」

「で、次のO−10ってな、なんだ? 

 あの後、お前の霊的出力が一時的に上がってたが……

 いったいどんな術だ? 追い出される前に、妙神山でなんか教えられたのか?」

「いや。言っちゃうと、ただのやせ我慢」



手の内って言うものは、あんまり見せたくはない。

と言うか、見せちゃ駄目なんだけど……

@−デコイみたいな系統の技じゃないので、

俺はユッキーに『O−カウント』について説明する。


無呼吸走法とか言うものがあるって、昔体育の先生が言ってた。

短距離の100mとか50mとかだったら、

スタート時に息を止めて走ったほうが、いい場合があるんだと。

ようは、それと同じ……かな?


俺の出力で普通に出せるのが5、

頑張って出せるギリギリの範囲が10だとしたら、

短時間だけ我慢して15を出す。

それは俺の制御レベルから言えば、無茶なことなんだけど、しかし短時間なら問題はない。

だって、無茶したその瞬間に、暴走するわけじゃないし。


息をしなければ、俺は死んじゃう。でも、短時間なら我慢できる。

出力を上げると、俺は暴発しちゃう。でも、短時間なら我慢できる。


5秒とか、10秒とか、狭い区切りなら息を止めるみたいな感じで、

無理矢理出力を上げられることができる……まぁ、そんだけのこと。



ようは時間を限って、技名を付けることで、

短時間の無理を無理じゃないよう、俺自身にそう思い込ませたんだ。



で、出力が上がるから、瞬間的なすばやい動きとかもできたり、

あるいはちょっと強めの攻撃ができたり、とかね。



ちなみにP−アーマーのPはパーソナルで、

O−カウントのOはオーバーのO。

名前を付けていることがオーバーなような気もするけど、

付けるのと付けないのとでは大きく違うしな。



「それいいな。よし、じゃあ俺も今度から、秒数を決めて出力を上げてみるか」

「ユッキーの場合、そんな風に意識しなくても十分出力あるじゃん」

「ふっ、そうか?」



つーか、それ以上無駄に出力を上げないでくれ。

かするだけでやられてしまうような攻撃を出された日にゃ、もうどうにも対処できなくなる。

そんな後ろ向きな考えからの発言だったんだが、ユッキーはどことなく嬉しそうだった。

まぁ、台詞だけ考えれば、褒め言葉に聞こえなくもないし。



「……」



……ごめんな、ユッキー。

今、親友のお前のこと、単純馬鹿っぽいとか思っちゃったぞ?

避けまくる俺に対して、ごり押しで勝とうとする戦闘スタイルばっかりとるから……。

そういや、バスケもよく知らないんだよな。

学校行こうよ、お前。もしくは、スポーツ漫画を読むとか。

『諦めたら、そこで試合終了』っていう名言とか、いっぱい出るから。



まぁ、どうしても駄目だから、

俺は諦めて試合中断して、武器を持ち込もうとしてたりしてますけど。



「さて、仕切りなおしだ!」

「ふんっ、そんな物を持ってきて、どうするつもりだ」

「この剣はなぁ……」

「……いや、刃がないぞ」

「……ほっとけ。折っちゃったんだよ。いいんだよ、これでも高位の霊刀なんだし。

 これで一撃でも加えられれば、お前の魔装術だって突き抜けられる!」

「むぅ、そうなのか」

「うん、いや、多分」



「んじゃ、いいな? 勝負再開!」



道場の中心に構えなおした俺たちを見て、ユッキーが大きく宣言する。



「行くぜ! O−5!」

「しゃらくさい!」


                                                       0
そして俺と陰念は、再び熱い戦いを始めることになった。
                                                       1
陰念の攻撃を、俺は折神剣の柄やつばで受け止め、そのまま斬りつける。
                                                       2
いや、これは殴りつけると言うほうが、いいのか。
                                                       3
対する陰念は、俺が柄で奴のパンチを受け止めると、そのまま霊波砲を放つ。
                                                       4
いい手だ。俺はユッキーの霊波砲に慣れてるから、回避には自信があるけどな。
                                                       5
………………って……ちぃ、もう5秒か。

俺は間合いを取りつつ、大きく息を吐く。


「はぁ、はぁ、はぁ」


辛い。たった数秒でも、無理な出力を扱おうとするのは、辛い。

だが、敵の打撃系の攻撃は、俺も折神剣で防御できるようになった。

そこから霊波砲に派生されると面倒だが、

しかし俺にも、奴がそれを放つ一瞬の隙に、折神剣で斬りつけるチャンスはある。

……一つでも攻撃手段と防御手段があれば、なんとなりそうな気もしてくる。


いや、つーか。攻撃も防御もできないような相手と勝負するって、どんな話やねん。

その場合は、何かが間違ってるだろ。うん、激しく間違ってる!

クリアできないファミコン時代のゲームじゃないんだから。

そう言えば、ファミコンと言えば……………



「ふっ! 雑念が入ったな? 隙だらけだぞ!」

「げっ!?」



あ、あうう〜。その通り。

つい関係ないこと考えました!



「その剣が邪魔だったんだよ!」

「うあぁ!?」



陰念の足が俺の手の甲を蹴り上げ、折神剣を遥か彼方へと投げやってしまう。

くそ! 俺としたことが、何てことを!

目にも留まらない速さで、回転しながら飛んでいく折神剣。



ああ、俺の最大にして、最後の攻撃手段が……っ!



虚空を突き進んで……!



ヒュンヒュンヒュンヒュンっ!




「横島、帰ってきて………」













すっこーん。













「ぱぴゅん!?」



「…………………………」

「…………………………………」

「…………」

「………………」



その瞬間、世界は凍りついた。

少なくとも、道場内の時間だけは、世界の理から脱し、止まっていたと思う。



誰もいない方向に飛んでいたはずの折神剣は、

突然扉を開いて中に顔を出したメドーサさんの額に、キレーにヒット。

まるで映画のワンシーンのように……って言う言葉は、今のためにあったんだとさえ、思う。


『ぱぴゅん』


しかも、これまでからして、あり得ないメドーサさんのそんな声。

うん、キュートです。









「…………なんだい、これは?」









止まっていた時間を動かしたのは、メドーサさん本人でした。

メドーサさんは額から剣を抜き………

………よかった、大事は無いみたいです。

防具っぽいヘアバンドもしていたし、もともと刃もそんなに無いですしね。

で、抜いた剣を無造作に捨てつつ、こちらに問いかけてきます。



(…………お、おい、横島!)


メドーサさんの声を受け、陰念が俺に強い視線を投げてきます。


(わ、分かってるさ!)


だから俺も、視線だけでそういい、頷きました。







『……ご、ごめんなさい』






そして俺たち二人は、

取り敢えず仲良く声をハモらせつつ、メドーサさんに謝った。











おまけ:愛子の青春日記より抜粋

『今日はびっくりしたわ。だって、試合を見てたら、

 剣が飛ばされて、そしていきなり扉が開いて……。

 で、そっちを見たらメドーサさんが、横島クンの剣を頭から生やして立っているんだもの!

 隣にいた雪之丞君も、アゴが外れそうなくらい驚いてたもの。それに……………』






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