第十六話



陰陽五行説法:第3項:日本における陰陽道

一般的に、陰陽五行説が朝鮮半島を経由して、
仏教や儒教とともに日本に伝わったのは、5世紀から6世紀頃であるとされている。
その陰陽五行説と密接な関係をもつ天文、暦数、時刻、易といった
自然の観察に関わる学問、占術とあわさって、自然界の瑞祥・災厄を判断し、
人間界の吉凶を占う技術として、陰陽道は日本社会に受け入れられた。
陰陽の技術は、7世紀後半に律令制が引かれることにより、
中務省の下に設置された陰陽寮へと組織化された。
陰陽寮は配下に陰陽道、天文道、暦道を置き、
それぞれに吉凶の判断、天文の観察、暦の作成の管理を行わせた。

            (〜中略〜)



…………何なんだ、これは。何でこんなに細かいんだ? 読んでて眼がちかちかするぞ?

つーか、術の項目には、いつになったら行くんだ? 札の作り方とかは?

火がぼぉーとか、氷でカキーンとか、雷がどーんって言うのは!?



今、ペラペラ〜って、

後のほうまで見たんだけど、なんか、図とかほとんど無いんですけど。

ていうか、5世紀だとか7世紀だとか、これはまんま日本史ですか?

俺、歴代天皇とか将軍とか、ほとんど知らないよ?



神父より渡された本、その名も『陰陽五行説法』

名前だけ見れば、確実に何処かの寺の和尚様から渡されたと、人は思うことだろう。

キリストのキの字も見えないのだから。

そんな本を、俺は読み進めている……とは言うものの、実際はあまり進んでいない。

正直に白状するなら、

俺はこれまで、まともに活字出版物を読んだことが無いのだ。

漫画ばかりだったからなぁ。

漫画でないかな? こういうのの詳しい内容のやつ。

本当にそう思う。心の底から。何度も思う。そう言うのなら、もっとさくさく読めるのに……。

うん。俺が凄い術師になったら、奥義は漫画家に描いてもらおう。



「あーもー、嫌になるな。読んでて何がなにやら」

「横島クン、ちゃんと授業を聞いてないから」

「授業ってお前……。関係ないだろ?」

「律令制とかは、日本史でもよく出てくるじゃない」

「知らん!」

「……私の個人補習でも言ってたでしょ?」

「あう、ごめんなさい。もう忘れました」



呆れた声を出してくる愛子ですが、

知らないものは知りません。記憶にございません。

思い出しに関しては、前向きに善処していきたいと思います。

つまり、多分思い出しません。



「くそ〜、メンドクサイなぁ」

「多分、西洋魔術を習得するにしても、こういう座学は必要よ?

 私がちょっと錬金術に関して調べたんだけど……こんな本があったわ」


「ああ、あの金を作る術だよな。あと、ゴーレムとか。知ってるぞ」



愛子が本体の机から手渡してくる本の内容を、俺は読んでいく。

正直、そろそろ漢字ばかり眺めているのは、嫌になっていたところだ。

ここは一つ、神秘的な名前とか、ゴーレムのこととか、そういうことを読みたい。



んーと、何々?

錬金の書:第2章:歴代錬金術者に見るその傾向
タロットの大アルカナの「魔術師」のモデルとされる彼の名前は、パラケルスス。
ヨーロッパ初期、ルネサンス期の有名な錬金術師であり、医師であり、自然哲学者である。
本名は、
テオフラトゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバトゥス・フォン・ホーエンハイムという。
そのパラケルススという名前は、
遥か古代ローマ時代の医師ケルルスを凌ぐ者、との意味を持つ名前である。
人造人間ホムンクルスをつくった、賢者の石を所持していたなどの伝説があるが、
この章では、彼の生い立ちを含め、その術の傾向に関して、詳しく見ていくことにしよう。



「…………」

そこまで何とか読み進め、そして俺は本を閉じた。
疲れを取るために、目の下をゆっくりと指で揉み解したりしてみる。

えーっと、あれ? 俺の見間違いかな?

なんか、名前が6つくらいあるように思えるんだけど。

え、何これ? 長くない? これで一つ? 

てか、肝心のホムンクルス生成法は、いつ出てくるんだ?

ちょっと待てよ? この人の半生だけで、あと450ページくらいあるんですけど?

え? イジメ? 軽い嫌がらせですか?



「なぁ、愛子。これって、本当に全部読まなきゃならないのか?」

情けないと自覚できる声を、俺は口からこぼす。

ちゅーか、こんなものを好んで読む人は、活字中毒だと思います!

「そうみたいよ? プロのGSって、知識もすごい大事らしいし」



うーん、確かにそうかも。

愛子の言葉に、俺は納得させられる。

街中でいきなりゴーレムやらホムンクルスが暴走した! 

大変だ、誰か止めろ!



そんな事態でGSが出てきて、

『……このゴーレムは!』

『わ、分かりますか?』

『いや〜、実は俺、本とか読まないんで、よく分からんです』

…………いや、駄目だろそれ。絶対まずい。

ユッキーのことをただのバトルジャンキーだなんて、言えない。



『よし、ユッキー! こいつを止めるぞ!』

『ああ、だが横島、こいつの弱点は知ってるか?』

『知るかよ! お前は?』

『俺も知らん! よし、こうなったら、パワーで押し切るぜ!』

『おう! 力押しなら、負けない!』



……こんな感じかな? 俺とユッキーがいた場合。

うわぁ、思いっきり、ただのパワー馬鹿だ。知性が感じられない!



普通、そこに出向いたならさ、

ああ、これはパラケルススの流れを汲む術だな、解呪できるぞ!

……って感じにならないと駄目だよな。



はぁ、分かりました。

読みます、読めばいいんだろ。

唐巣神父の言うように、俺の進むべき道は大変だなぁ。

いや、GSになることが、普通に大変なのか。

第1次試験が筆記だったら、俺絶対合格しないぞ?



愛子、お前には、俺の補佐を頼みたいです。

博士になっていただきたいです。いわゆる生き字引。

絶対、俺だけじゃ知識を詰め込めきれませんって!



ああ、賢者ってすごいんだなぁ。

さすが魔法師と僧侶の呪文を、同時に習得できるだけあるね。

賢者って、道化師からでもなれるんだよな?

俺にピエロの資格、ないかな? いつも馬鹿ばっかりやってるとですけど?



……って、それはゲームの話しだっつーの。



それはそうと、どっちから読んでいけばいいんだ?

どちらの本も、現文と古典と生物の教科書をあわせたくらいに、分厚いですよ?

いっぺんに読むなんて、無理無理。

終わらないし、覚えられないし。俺の夏が、本2冊で終わってしまう。



うーん、まぁ、順当に陰陽から行くか。せっかくの貰いもんだし。

俺の知ってる陰陽の術者といえば、

安部清明だけど、そいつが出てくるまでは、今日中に読むぞ!

そうしないと、夏休み中に1冊すら読み終えそうに無いし。






プルルルル〜

プルルルルルル〜





「おっと電話だ」



間の抜けた電子音が、室内に木霊する。

誰だろうか。

今日はもともと夏休みの宿題をする日と決めており、

あらかじめ道場には、休むことを伝えてある。

まさか、オヤジってことは無いだろうな?



「私が出るから、読んでていいわよ」

「……ん、あんがと」



俺が出たほうがいいのでは。

一瞬そう考えなくも無かったが、しかし折角の申し出なので、愛子に任せることにした。



「はい、横島です……あ、はい、この前はどうも…。はい。ねぇ、横島クン?」

「ん? 俺か? 誰だ?」



どうやら俺宛のようなので、本にしおりを挟みつつ、顔を上げる。

愛子はごく普通に、俺のほうへと歩き寄ってくる。

その表情からは、誰が電話の相手か、読み取ることができない。

なお、オヤジの襲撃後、コードレスになっている我が家の電話機。

ちなみにお値段は3万円ちょい。

もちろん、親父に領収書を送り付けました。



「美神さんから」

「え、ええ!?」



愛子は子機を俺に手渡してくる。

だが、俺は一瞬どう対応すればいいのか、分からなかった。

なんと言うか、思いっきり予想外の相手だ。

親父か、学校の友達か、あるいはユッキーなどの道場関係者だと思っていたのに……。



「あ、あの、もしもし? 横島っス」

『こんにちわ、横島クン』



麗しい、弾む声が俺の耳を刺激します。

しっとりと落ち着いた美神さんの声は、耳にしていて気持ちよかった。

だが同時に、俺の脳内に危険信号が点滅する。

第1種警戒態勢だ。相手はまだ、こちらの友好種と決定したわけではない。

精神防壁を展開するんだ! 

メイン煩悩エンジン、強制停止! 少しでもいい、時間を稼げ!

相手の色香に騙されるな! 冷静になれよ、俺!



そう、相手は美神さんだ。

よく分からない……まぁ、たぶんシリコンという台詞が主な原因なんだろう……が、

あの人は俺のことを嫌ってるのだ。そして俺も何故か、あの人には逆らえない。

あの人が蛇なら、俺は蛙だ。

いや、蛇はメドーサさんか。まぁ、それは置いといて。

なんか、美神さんのパンチは、俺にクリティカルヒットするんだよなぁ。



だから気をつけなくちゃいけない。

この電話も、何かの罠かも! 乗るんじゃないぞ、俺! 

胸なら、メドーサさんを思いだぜ! ショーツなら、愛子の純白です!



「あ、あの〜、今日はどういったご用件で?」

『あら、どうしたの? 元気ないんじゃない?』

「は、ははは! 今まで俺にしては珍しく、勉強してて! んで、気が滅入ってるんですよ!」

『そう? あんまり無理しないほうがいいわよ。ねぇ、お勉強、忙しい?』

「いや〜、正直、そろそろ疲れてきてたっす。まぁ、今日は一日こんな感じで、行くっすけど」

『あら、そう? だったらさぁ、私と一緒に、少し息抜きしない?』

「へっ!?」

『そうね。明日、一緒に海にでも行かない? 今日一日勉強するんだから、いいでしょ?』

「う、う、海っすか!? え、でも、何で?」

『私とじゃ、嫌?』



その瞬間、俺の脳内の妄想モニターに、美神さんの映像が描写された。

『私とじゃ、嫌?』

正直、実年齢よりマイナス2歳くらいの

ちょっと子供っぽい美神さんが、涙を溜めて、上目遣いです!

うわぁ、現実にありえねぇ。

強くそう思うものの、その描写されたビジュアル自体は、非常にグット!



(…………くっ! き、気を許しちゃ、駄目、ダメなん……いや、ちょっとくらいなら…)



駄目です! 精神防壁が、見る見るうちに崩壊していきます!

食い止められません! エンジンが、強制停止コードを受信しません!

エネルギー『血』が増大、このままでは、メルトダウンしてしまいます!

め、メイン妄想モニターに、海に行った場合のシュミレーションが!?

目標、何故かトップレスです! 現実での出現率は、マイナスを示しているのに……!

ああ! 連動して、鼻腔の血管に大きなダメージが……このままでは、出血が!

まずい、なんとしても食い止めろ!



「え、えーっと……」



…………脳が混乱するのを自覚しつつ、取り敢えず俺は鼻にティッシュを詰め込んだ。

美神さんのあの体に対する想像は、一度膨れだしたら、止まらない。

今のうちにこういった予防をしておくことが、後に有効であるはずだ。

突然起こった鼻への刺激と呼吸のしづらさも、俺の脳を少しだけ冷静にさせる。



横で見ている愛子がかなり怪訝そうにしているが、気にしない。気にしたら負けだ。

すーはーすーはーすーはー。

口で深呼吸し、俺は再度美神さんとの電話を行う。



「嫌じゃないっすけど、何て言うか、俺を誘ってくれるなんて、思ってませんでしたから」

『私もさ、ちょっと大人気なかったかなぁって……これでも反省したのよ? ごめんね?』



こ、声だけ聞いてると、すんごい可愛いんですが!

これはもう、反省してくれたものと思っていいんじゃない!?

いやいやいや、待て、待つんだ、俺!



「いや、元はといえば、俺が悪かったですし……」

『それでね、私も明日、海での依頼があるの。

 簡単な仕事なんだけど、でも、プロの仕事を見るものいい勉強になるでしょ?

 横島クン、大きい夢持ってるから、そっちでも手伝えるかなって思えるんだけど』


「悪霊でも、出てるんですか」


『まだよく分からないけど、何人か襲われているらしいの。

 でも、今得られている情報から考えるに、そんなに強くない存在ね。

 仕事自体は六道家からの斡旋だし、信頼性はもてるから。

 それに、今回は六道冥子っていう、私の友達も一緒だしね。

 ちなみに、冥子もすっごく可愛いわよ♪』


「え、えーっと」 



話が、いくらなんでもうますぎる。

失言一つで軽く俺を半殺しにした『あの美神さん』が、

自分から仲直りを申し出つつ、海に誘いつつ、

プロの仕事を見学させてあげるといいつつ、さらには可愛い友達まで紹介するだと!?

な、なんなんだ? 何が背後にあるんだ!?

さすがに怪しいぞ!?



「あの、美神さん。それって、本当ですか?」

『あら? もしかして嘘だと思ってる?』

「は、ははは、その、ちょっと思ってます」

『横島クン? 私は天地天命に誓って、嘘は言っていないわ』


……い、言い切った!?


「マジで?」

『大マジよ。嘘を言っていたら、一晩私を好きにしていいわ』

「ま、マジですか!?」

『ま、私は嘘は言ってないから、そんなことは有り得ないけどね。

 で? 来られるの? それとも明日もお勉強?』


この人は、負けるような賭けをする人じゃないはず。

なら、今の言葉は本当だって、そう判断していいんじゃないか?

…………よし! そうだよな! 疑ってちゃ、何も始まらない!



「行きます! この横島忠夫、何が何でも!」

『じゃあ、明日、横島クンは私と私の友人の冥子と一緒に、海へGOね!』

「ええ、GOです! ……あ、愛子もいいっすか?」

『私もおキヌちゃんを連れて行くから、いいわよ』

「いえす、さーっ! よっしゃ! 夏休み最初から、こりゃ縁起がいいや〜ってか!?」



その後、詳しい時間や待ち合わせ場所、持って行くものを話し合った。

海に入るので、水着は必須。愛子はみんなのお弁当を作っていく。

代わりに美神さんは、海までの脚を用意してくれるそうだ。

愛子の机のスペースは大丈夫かと聞いたら、全然問題ないって言われた。

うん、さすがはお金持ちなGSは違うね。



「愛子、明日は海に行くぜ、海!」


鼻に詰めたティッシュをゴミ箱に投げつつ、俺は言った。


「…………ねぇ、私も一緒にいいの? 私、机だけど」

「美神さんが大丈夫だってさ」

「ほんと? 嬉しい♪」



そうして俺は上機嫌で電話を片付け、

その日はそのまま水着を買いに、街へと飛び出した。



ごめん、安部清明。ごめん、宿題。

お前らより、明日の準備が大事なんだ!

将来目指すものがあれど、それはそれ、これはこれ。

明日はひと夏のアバンチュール。それが今まさに、目の前に!

テンションはいやがおうにも、高まります。



ちなみに愛子の水着は2着必要だった。

いや、だって本体の机が海水に浸かっちゃったら、まずいだろ?

そんなわけで、アウトドア商品も見に行った。机コーティングのための、雨具とか。

楽しかった。朝からずっと本を読んでいたし、それも当然だよな!



そして翌日。



「よし、準備OK。愛子、行こう!」

「うん♪」


俺は意気揚々と愛子の机を担いで、美神さんとの待ち合わせ場所へと向かった。

すでにそのとき、俺の頭の中で美神さんは『いい人』だった。

……ああ、何てお馬鹿な頭の構造をしているのだろう、我ながら。



プルルルル〜

プルルルルルル〜



誰もいなくなった横島忠夫の部屋に、電話の電子音が鳴り響く。

しつこくも一定回数鳴り響くと、それは自動的に録音された台詞を喋りだした。


なお、声は愛子が吹き込みなおしたので、愛子のものである。


『ただいま、でかけております♪ ピーという音の後に、お名前とご用件を♪

 あ、FAXはそのまま送れますから、そのままでお待ちください♪』



…………ピーッ、ガチャ……



『横島くん? いないのか……

 横島くん、君がすでに出かけてしまった後だというなら、

 君がこれを聞くとき、それは私が君に多大なる迷惑をかけた後のことだろう。


 すまない。愛子くんにも、すまないと言っておいてくれるか……

 留守番電話に吹き込んだくらいで、詫びられるとは思っていない。


 私では、あの人との口論に勝てる要素が、無かった。

 まんまと引っかかってしまった。

 もっとよく考えるべきだったのだ……』



唐巣神父からの電話は、その後おおよそで4分間ほど続いた。

それは、一種の懺悔だった。

なお、後にこれを聞いた横島忠夫は、こんなコメントを残している。


『……ハゲるわけだよなぁ。そんなに気にしなくても、いーのに』












      第16話      ちょっと思い切って、南の島で一夏の思い出を!












その日は、朝から晴れていた。

気温もぐんぐん上がっているので、今日も真夏日の連日記録を更新するだろう。

そんな中、海に向かうのは六道冥子さん、美神さん、横島クン、そして私。

あのおキヌちゃんという巫女さんは、今日は急遽お留守番らしい。

妖怪の私や人間の横島クンには分からないのだが、なんでも特殊な『幽霊風邪』だとか。

ちょっと残念だけど、まぁ、それだけ横島クンが暴走する要因が減ったかな?



ちなみに今、私たちは空の上。

六道さんの自家用ヘリにて、海へと進行中。


「いやぁー、すっげぇ! ヘリ、ヘリだ! 俺飛んでるぞ、愛子!

 ていうか、んなことより、美少女だ美少女! 冥子ちゃん可愛い!

 なんつーか、ホントに美神さんより年上なんですか?」


横島クンは、必要以上にはしゃいでいる。

口から流れ出る言葉も、まるで滝のような勢い。


「うん〜。私が〜〜お母様のお腹にいたとき〜〜

 レーコちゃん、まだ産まれてなかったから〜〜〜」


それに答える六道冥子さん。

横島クンとは対照的に、のんびりです。


「なんか間延びしたそのしゃべり方もグッドです! 僕はもう、なんつーか」


よくよく考えていくと、

横島クンが褒め称えているこの六道冥子さんという方が、

今回の小旅行の発案者ということになるのだろうか。



今のところ私が知ってる情報で整理すると……。

彼女のご両親がGS協会からの仕事を請け、そして彼女に任せた。

しかし彼女は折角仕事場が海なのだから、友人である美神さんを呼ぶことにした。

そして美神さんは、どうせなので横島クンを呼ぶことにした。

誘われた横島くんは、ちゃんと私も一緒に連れてきてくれた。

で、おキヌちゃんだけ、風邪で欠席。お留守番。

一人欠席者が出たけれど、みんなで海へ遊びに行く。

それだけだと思っていて…………まさかヘリなんかに乗るとは思っていなかった。

横島クンが『机の愛子もOK?』と聞いてくれた時点で、OKは出ていた。

だから大きめの車……まぁ、ワゴン車とか……が、

用意してもらえるのかな、とか考えてはいたけれど。



ヘリ。空を飛ぶもの。

私の眼下には、手のひらの上に載りそうなほど小さな家々が。



学校の屋上より高い場所から世界を眺めるなんて、初めてのこと。

私も、少しわくわくしてる。

…………って、横島クン? 感動が薄くないかしら?

なんですぐに冥子さんに視線をやっているの?

もっと下を眺めなさい、こんな風景、なかなか見れないんだから。

まぁ、らしいと言えば、らしいけれど。


(むぅ〜……)


別に、横島クンがどこを見て、誰を口説いていても、私は気にしない。

気にしないんだけど……。

私は眉を寄せつつ、彼のバンダナの結び目を引っ張る。



「もう、僕は我慢が!」

「…………落ち着いて、横島クン」

「ひゃぷんっ!?」



冥子さんに飛び掛ろうとしていた横島クンは、

私が頭を押さえたせいで、ダイブを不発に終わらせる。おかしな悲鳴とともに。


もう……。もう少し、しっかりして欲しい。

でも、しっかりしたら、横島クンじゃないかな。

何気に、私は今の自分の立ち位置に満足してる。



私は横島クンの家族で、お姉さんみたいな位置。

いつも一緒。

あの日から、そうなっていた。

やっぱり私は、手を焼かせてくれる弟の横島クンが好きだ。

しっかりした横島クンじゃ、私は何も言えなくなってしまうから。

もし、横島クンがクールにさっきの台詞を言っていたら、どうだろう?


『愛子、ヘリだ。空を飛んでいるんだな、俺たち。

 いや、そんなことよりも、目の前の可憐な女性に目を向けるべきかな?

 可愛いですね、冥子さん。

 美神さんよりも、年上とお聞きしましたが……?』


…………う、う〜ん? これってクール?

いまいち想像できないなぁ、やっぱり。

クールな横島クンって、もう横島クンじゃないわね。



「ありがとうね、愛子ちゃん」


ふと、横島クンの頭を引っ張る私に、美神さんがお礼を言った。


「? 何がですか?」

「そこの馬鹿を押さえてくれて、よ。

 言い忘れてたけど、冥子がびっくりして暴走したら、このヘリ堕ちるわよ?」


「………………え、えっと、どういうことですか?」


美神さんが言うには、

冥子さんは精神的に非常に脆い人で、すぐに泣いたりしちゃうらしい。

今は頭にふわふわとした可愛らしい式神を乗せて微笑んでいるけど、

本当にふとしたことで、すぐにその表情は曇っちゃうそうだ。

そんな風には見えないけれど……お友達の美神さんが言うなら、そうなんだろう。



「なら、俺が冥子ちゃんの笑顔を守ってやるさ!」

「え〜〜、そう〜? ありがとう〜〜」



先ほどまで首のダメージで沈黙していた横島クンが、復活する。

そして胸を張ってそう宣言する。

もう…………誰か一人に絞れないのだろうか、横島クンは。


横島クンの一番大事な女性って、この先誰になるんだろう?

メドーサさんも、何気にキスなんかしちゃってたし……

しかも、街中でやったら、お巡りさんに注意されそうなやつを。


まぁ、今もこうして私をそばに置いてくれているのだから、

横島くんは自分の言った言葉には、ちゃんと責任を取ってくれてる。

だから、不満は無い。無いんだけど、

どうせなら、私ももう少し、見てもらいたいかな?



「冥子ちゃぁ〜ん」

「なに〜〜、横島く〜〜ん?」

「いや〜、マジ可愛いっすよ!」

「や〜ん、ありがと〜〜」



えーっと…………取り敢えず、こっちか、窓の外見なさい。

いつまでも冥子さんと喋っていないで。ね、横島クン。

うん? 別にいい? 

いや、横島クンの意見こそ、どうでもいいから。

ほら、いい風景でしょ? いい風景よね? 普段見れないでしょ?



「ところで、美神さん。六道さんって、そんな風なのに、ちゃんとGSができるんですか?」



横島クンの頭を胸にかき抱き、外の様子を見せながらに、私は疑問を提示する。

なんと言うか、失礼な聞き方をしてしまったけど……でも、気になったんだもの。



おそらくプロなのだから、ちゃんと仕事はできるのだろうけれど、

しかし本当にこの冥子さんが、悪霊と戦えるものなのだろうか?

あ、もしかして、戦いになると、

キリッとした人になるのだろうか?

よく、車に乗ると人が変わるって言うけれど、そんな風に……。

でも、このニコニコした冥子さんが戦う姿は、やはり想像しにくい。



「いやぁ、それがねぇ……」



何処か言いづらそうな、美神さん。

なお、私の胸の中でいまだもがく横島クン。

これがメドーサさんなら、彼は胸に包まれて、すっかり大人しくなるのだろうけれど。

…………どうせ私は、そんなに大きくないですよーだ。



「この子ってさ、実は今、免許剥奪寸前なのよね」

「って、なんじゃそら!」



私の拘束を振りほどいた横島クンが、美神さんの言葉に噛み付いた。

ううん、正しくは突っ込んだ、かな? 

横島くんは、関西育ちらしいし。



「ちゅーか、そんなんで見学とか大丈夫なんすか?」


「私がついてんのよ? 大丈夫大丈夫。

 それに、あんたは冥子の笑顔を守るんでしょ?

 何かあったら、冥子のことはあんたに任せるから」


「…………な、何かがおかしい気がする」

「気にしないで。じゃ、冥子のこと、お願いね?」


「え? あれ? 何故にそうなりますか?

 美少女を任されるのは男として嬉しい気もするけど、何か釈然としない気が……」



確かに、混乱している横島クンの言うとおりだ。

今回は、知り合いであるプロGSの仕事を見に来たはずなのに、

なんとなく、その仕事をこなすメインが変化している気がする。



美神さんの口ぶりからすると……


『仕事をするGSの、美神さん & 冥子さん 

 + 見学者の横島クン + 見学者の付き添いの私』



  ↓それがいつの間にか……



『お守りをさせられる横島クン & 免許剥奪寸前な冥子さん 

 + 全体監督者の美神さん + 付き添いの私』


あれ?

横島クンのランクが、いつの間にか一つ上がっているような気が……



「今頃気づいたの? あ、ちなみに嘘は言ってないから。本当のこと言ってないだけで」



……え、ええっと? 今の美神さん発言は、

『横島クンと冥子さんの戦いを補佐する』って疑念を、そのまま認めることになるのかしら?



昨日の横島クンと美神さんの会話は……どんなのだったかしら?

横で聞いていた私が覚えている限り、美神さんは……


『私も明日、海での依頼があるの』

『プロの仕事を見るものいい勉強になるでしょ?』

『明日、横島クンは私と私の友人の冥子と一緒に、海へGOね!』


確かに、横島クンに仕事を手伝えとは、一言も言っていない。

海に行く約束しか、していない。嘘は言っていない。

でも、当日の横島クンの扱いそのものも、言及していない。

つまり、本当のことも言っていない。



今さっき、横島クンが『笑顔を守る』と言ったから、美神さんはお守りをしろと言ったけれど、

でも、横島クンの性格を少しでも知っていれば、

彼が『俺に任せろ』だとか『俺が守る』だとか、

『いつもそばに』と言う台詞を口にするのは、十分に予想できる。

つまり、美神さんは最初から、横島クンを冥子さんに当てるつもりで誘った?



…………なんで、こんなに回りくどいことを?

それだったら、最初から冥子さんに

仕事をさせなければいいのではないだろうか。

私がその疑問について尋ねると、美神さんは苦笑した。



「まぁ、そうなんだけどね。でも、六道家って、昔からある名家なのよ。

 だからGS免許剥奪なんて事態は、どうにかして避けないといけない」


「それはまぁ、何となく分かりますけど……」


「で、切羽詰った冥子のお母さんは、

 誰かGSを冥子につけて、あの子を鍛えなおそうとしたわけ。

 そのお鉢が回った来たのが、私なんだけど……」


「それで、横島クンを身代わりに?」


「いや、最初はそんなつもりじゃなかったんだけどね、さすがに。

 でも、どうにか面倒ゴトを避けようと、言い訳並べてるうちに、つい。

 向こうも、最初は世間話から入ってくるから……」


最初に自分に有効そうな情報を引き出してから、本題に入るってことかしら?

何ていうか、怖いなぁ。

あ、でも、横島クンのお父さんもやりそうな会話術かも。話し上手な人だったし。


「私の母さんも、冥子の母さんにはお世話になったくらいだし、

 もうこうなると、にっちもさっちも行かないくて……」


なお、横島クンの個人情報を、美神さんは知らなかった。

だから冥子さんのお母さんは、唐巣神父に電話し、

そこからの伝で横島クンの個人情報をゲットしたらしい。

どのような伝かと言うと、唐巣神父の家にはピート君が。

そのピート君は、私たちと同じ学校、同じ学年。

で、緊急の連絡網から、住所と電話番号などの個人情報を確保したらしい。

もちろん、美神さんが言うには、

唐巣神父は言わないようにしたのだろうけれど、

多分、その努力は無駄に終わったのだろう、とのこと。



さらに、美神さんが言うには、

冥子さんのお母さんが神父に電話したのは、そんな個人情報よりも、

『唐巣神父が、横島クンをかばうかどうか』が見たかったのではないか、とのこと。

つまり唐巣神父が、

横島クンをそれなりの人物と認めているなら、あの人は横島クンをかばう。

まだGSにすらなっていない横島クンに、

名家六道が接触することは、色々な意味で刺激が強すぎるから。



……で、冥子さんのお母さんの信用にたる唐巣神父が認めたならば、

横島くんが十分に有能なGSの卵と言う、

美神さんの評の裏づけが取れる……と言うことらしい。



…………横島クンが道場で修業したり、分厚い本に頭を悩ませたりしているとき、

私たちの知らない世界では、色々な動きがあったみたい。



「え、えっと、でも、もし横島クンが怪我とかしたら、誰が補償してくれるんですか?」



ここは押さえておかなければならないところ。

横島クンはもう、のこのこと餌に釣られて、しっかりかかって、六道家のヘリの中。

つまり、敵の罠のど真ん中。

だから、私がしっかりしないと! ダメな弟のお世話は、姉が! 

ちょっと言い換えるなら、旦那の不始末は妻が……な、なんちゃってね。



とにかく。

さっき、横島クンが『冥子さんを守る』って言ったので『言質』を取られて、

冥子さんの暴走とか言うので、横島クンが怪我をしても、

それは『本人の責任』とか、そういうことを言われたら、洒落にならない。



「ごめん、私じゃ何とも言えないわ。相手は六道家とおば様だし」

「へ〜。美神さんでも頭の上がらない人、いるんすね〜」



今まで会話に参加しなかった横島クンが、ふとそんな呟きを漏らす。

って、横島クン? 何のんびりしてるの? 話についてきてる?



「横島クン、あんた、私をどういう眼で見てるの?」

「なんつーか、天上天下唯我独尊?」


「あ、そう。ふーん。そう。へぇ。

 ムカついたし、もうあんたのこと助ける行動、私しないから」


「ちょ、ちょっと待てぃ! いきなり全投げするな!

 何で感想一つで、そうなるんじゃ! 謝るから許してください! すんまそん!」


「……横島クン、怒るのか謝るのか、どっちかに……」


……と言うか、謝るくらいなら、最初から文句っぽい台詞を言わなきゃいいのに。

美神さんがどう人か、もう大体分かってきてるんだし……。


「いや、愛子。何だかもう、混乱して俺自身、よく分からない!

 今の話で分かったのは、俺はスッゴイ厄介ごとに巻き込まれたってことくらいか?」


……どうやら、横島クンの頭は、本当に混乱の渦中にあるみたい。

でもまぁ、面倒なことになったと言うことは押さえているので、特に問題はないだろうけど。


「ていうか、私のほうもこんな仕事負わされて、堪んないわ。

 まぁ、だから今回はおキヌちゃんを連れてこなかったんだけど」


「風邪じゃないんすか?」


「幽霊風邪なんて、本当にあるわけ無いじゃない。

 冥子が暴走したら、フォローできないから留守番にしたの。

 はぁ。唐巣神父も、責任感じちゃってるでしょうし。髪、抜けてないといいんだけど」


「あー、あの人、無茶苦茶真面目そうっすしねー」

「そうなのよね。いい人なんだけど、その分だけ苦労が舞い込んできて」










う、ううううう〜〜〜〜〜〜
うう〜〜〜










「? なんか聞こえない?」

「え? 俺は何にも……」

「……あ、ねぇ、横島クン。め、冥子さんが……」



一番最初に気づいた私が、横島クンの肩……ついでに美神さんも……叩き、

二人の注意を冥子さんへと向けた。



冥子さんは、体中から静電気のパチパチと言う音を発しており、その目には、涙が……。



「あの、美神さん。何で冥子さんのスイッチ、入ったんでしょうか」


私は視線は冥子さんに向けたまま、美神さんに聞いた。


「わ、分からないわよ。そんなの」

「しっ! な、何か言ってるっス!」


横島クンが、私たちに沈黙するよう促してくる。

人差し指を口の前にやり、

唇を尖らせてる横島クンの顔は、こんなときだけど少し面白かった。



「レーコちゃん〜〜。私〜〜、面倒ゴトなの〜〜?

 横島く〜ん、私〜〜、厄介ごと〜〜?」


「あっ…。冥子に聞かれちゃまずい部分まで、きっちり聞こえちゃってるわね」

「つーか美神さんの声が、大きすぎだった……」

「何よ! あんただって、普通の声で話してたじゃない!」

「っていうか二人とも! フォロー! フォローしないと!」


いい争い出す2人を、私は何とか仲裁した。


「あ、そうね! えっと、冥子? 私たち別にそんな……」

「そうそう! 全然気にしないでいいって!」



「気に〜〜しないでいい〜〜〜〜〜〜?」


ワンテンポ遅れての反応に、私たちは皆、首をかくかくと縦に振ります。


「それって〜〜、本当はやっぱり〜〜厄介者ってこと〜〜〜?」



フォロー:誤答例
厄介者? → 気にしないでいい → 事実否定無し → 実際、厄介者


フォロー:正解例
厄介者? → そうじゃないよ! → 事実否定あり → 実は、厄介者じゃない




「横島ぁ! あんたちゃんとフォローしなさいよ!」

「そ、そんな!? 些細なミスやないですか!」

「やっぱり〜〜、ホントはレーコちゃん〜〜〜私のこと嫌いなんだ〜〜〜!」



「「「あ、ちょっと待っ……」」」


私たち3人の声が重なり合い、冥子さんを止めようとするのだけれど……



「うわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜ん!」



その叫びとともに、冥子さんの体から発せられる静電気は放電となり、ヘリの中を迸った。

そして冥子さんの影から、

明らかに物理法則を無視した量の物体が出現する。



ああ、どこか共感する光景。



私の机の引き出し口と、

冥子さんの影には、何処か似ているところがある。

そんなことを思ったのは、

おそらく私も混乱していたからだと思います。



そして、閃光。

一瞬の浮遊感。

さらには意識の喪失。



世界が、まるで約束されていたかのように、白く染まっていく……。
















………………無音の、一面の、雪原………………








            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





足の下。床。ヘリの床。

それが気がつけば、なくなっていた。

いや、屋根に当たる部分も、窓も、全部が全部、なくなっていた。


そう。閃光に焼かれた眼が治るころには、

俺たちは全員、ヘリの外へと投げ出されていたんだ。


(くそ、なんなんだっ!?)


全く持って、理解できなかった。一体、何が起きたんだ?

『冥子ちゃんが暴走すると、ヘリが落ちる』

そんな風に、美神さんと愛子はしゃべっていた。


あれは比喩じゃないのかよ!?

本気で落ちてるぞ!? てか、爆発したのか、ヘリは!?


愛子!? 冥子ちゃん? 美神さん!!

皆、どうなっている!?


周囲を見渡そうと、素早く数回、俺は瞬こうとする。

しかし、駄目だった。

体に衝突してくる空気の壁が、俺の体を打ち据えていく。

眼を、開けていられない。

閃光による焼きつきが収まったからといって、

この風じゃ眼を見開くことは、無理だ。



言いようのない、しかし、少しだけ馴染んだ感のある浮遊感。



両手足を広げて、その浮遊感を強めようと、努める。

ごうごうとなる暴風が、聴覚を壊していきそうだ……。



(? 何だ、あの蒼……)



かすむ視線の先にあったのは、真っ青な海。

高い場所から落ちれば、水面だってめちゃくちゃ固い。そう聞いたことがある。


…………死ぬ?

冗談じゃないぞ!? 

海に行って、何で水面に潰されにゃならんのだ!


(…………って、あれは愛子の机!?)


視界一杯に広がる海の中に、小さな黒い点が見えた。

いや、見えた気がした。

眼はまともに開けられないので、それは『気のせい』ですむような、そんな感じ……。


でも、感じたのは事実。

あれは、愛子の本体。そう感じたんだ。間違うはずがない。


(!? うぉっ!)


そんなことを直感している俺の隣を、

俺よりも速い速度で、ヘリの破片らしきものが落下していく。

俺は空気抵抗を眼一杯受けようと、頑張っている。

しかし、ただの『物』は、そんな行動をしない。

気を失ったのか、本体だけになっている愛子も同様だ。

あのまま水面に叩きつけられたら、いくら妖怪だとは言え、机じゃ…………。


「くそ、間に合えよ!」


俺は両手脚を閉じ、直立不動の体制で、愛子の机めがけ、落下した。

大声で叫んだつもりだったが、

しかし、それは俺の耳にすら届くことなく、暴風にかき消された。









            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇










「おい、大丈夫か! 愛子! おい!」

「…………横島クン?」



呼ばれた。

私は、横島クンに……。



「良かった! ようやく気がついたな!」

「ここは……?」



言いつつ、私は体を起こした。

随分と、体が重い。

ついでに言うなら、頭というか思考自体が重い気がする。

意識を失っていたからだろうか?


(………あれは)


ふと視線をやると、私の本体である机が無造作に置かれていた。

机は大量の水を吸っているせいか、

見た目からして普段よりも重量感が増大していた。

私の体が重いのは、多分そのせいだろう。

気のせいではなく、机本体が水を吸った分、確実に私は重くなっているのだ。



「えっと、ここって……?」

「大丈夫か? 無理しなくてもいいぞ?」

「あ、うん。ありがと…」



さらに視線を周囲に向けると、そこは密林だった。

先ほどまで私の魂がいた白き雪原とは、似ても似つかないジャングル。

不快な湿気が満ち、多くの木々が生え伸び、その葉は空を覆い尽くしている。

そう、木の根の上にいる私たちの頭上は、葉っぱ、ツタ、枝。

そのせいか、まだ昼間だと言うのに、暗い。



いえ、本当に昼間? 



もしかすると、夕暮れが迫っているのかもしれない。

私はどれくらい、気を失っていたのだろう。


「ここが何処かは、分からん。

 あの冥子ちゃんの爆発のあと、

 落下中にギリギリで愛子の机をキャッチしてさ。

 そんでそのまま自由落下したら、下が海で。

 いやぁ〜、さすがに着水の衝撃には死ぬかと思ったよ……。

 …………でさ、なんとか泳ぎ着いたのが、ここなんだ」



つまり、話し合っているうちに、

いつの間にか目的地の近くまで来ていて、ヘリは海上にいた。

だから、私たちは助かることが、できた?

ううん。私が助かったのは、間違いなく横島クンのおかげだろう。

彼が本体の机を確保してくれなければ、私は今頃海の底に沈んでいたかもしれない。


「横島クン、ありがと。助けてくれて」

「おう! ま、当然だけどな」


そう、当然のこと。横島クンが助けてくれないことは、多分無い。

助けられなかった、という可能性は有り得るだろうけれど、

横島クンは、最初から私を見捨てはしない。

いつもそばに置いてくれると、言ってくれたから。


「ところで、も、もしかしてここ、無人島、とか?」


嬉しさがこみ上げてくる。

とても黙っていられなかった私は、とにかく話題を続けることを優先する。

暗いから分からないだろうが、多分私の顔は火照っている。絶対。


「さぁ〜。崖近くから陸に上がって、一息ついたのがここだし。まだ何とも。

 美神さんとか、どうなったかなぁ。ま、俺が大丈夫なんだし、大丈夫だろうけど」


「横島クン、本当によく無事だったわね」

「ふっ。キロ単位で、落ち慣れてるしな」


……う〜ん、それは自慢できることなのだろうか。

まぁ、人生において無駄な経験の無いという証拠だろう。

胸を張る横島クンに、私は少しの呆れと、そしてすごさを感じた。


「とにかく、今日はここで体を休めて、明日探索すんぞ。

 まぁ、意外とこの森を抜けたら、街に出たりするかもな。

 あるいはさ、夜中寝てたら、暴走族の爆音が聞こえてきたりとか」



明るく言う横島クン。

だからだろう。私はこのとき、馬鹿なことを考えていた。



こんなことを言うのは不謹慎ですけど、冥子さん、グッドジョブです。

思いがけない二人きり。

いえ、いつも家で二人きりなんですけどね。

でも、何て言うか、こういう開放的な雰囲気は……。

メドーサさんもキスしてたし、私だって。



私は横島クンのお姉さんみたいな存在でも、それはそれでかまわない。

でも、私が今恋愛対象として見たい男性が、横島クンだけなのも、また事実。

クラスの男子、雪之丞君やピート君、あるいは陰念さんは、私の恋愛対象外。

何でって聞かれても分からないけど、

まぁ、多分横島クンが私にできた、最初の本当に大切な人だからかな?



……何てことを、密林の中、考える。


つくづく不謹慎。ヘリが落ちて、美神さんたちの安否も知れないのに。



まぁでも、

『助からない。私、もうダメかも知れない。ああ、ダメなんだわ』

などと考えるよりは、よっぽど前向きでいいのかもしれないけれど、



少しお馬鹿な気もする。

でも、いいよね、これで。

ね、横島クン?



「ん? どうかしたか、愛子?」

「別に。なんでもないわよ?」




            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




一方その頃:美神令子


「……はぁ、はぁ、はぁ。し、死ぬかと思った」


健在。肉体損傷、軽微。精霊石アクセ紛失。経済損失、多大。

現在位置……


「それで……こ、ここどこよ、へっ? す、砂浜!? 何、どこに流れ着いたの、私!?」


現在位置、不明! 取り敢えず陸地! 多分日本国土内。




            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




一方その頃:六道冥子


「…………きゅうぅ〜〜」


健在。しかし意識なし。しかし外傷無しで無傷。しかし精霊石アクセ紛失。

現在位置……

ちゃっぷちゃっぷ。ざば〜〜ん。

現在位置、不明! 取り敢えず海上! 多分、まだ日本領海内。




            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




一方その頃:ヘリパイロット

「以上、救援を求む。ふう、これでひとまず安心か……」

健在。パラシュートを取り外しつつ、救命用具を展開中。

現在位置、通信機により、衛星経由で把握。

「しかし、まさか海の上でいきなり機体が撃破されるとはな。

 六道は名家で、テロの危険があると聞いていたが、ここまでとは……」


しかし、大きな勘違い中。




            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




一方その頃:メドーサさん

「くそ! 横島が、横島が海だと! ちぃっ!」



「……荒れてるわね」

「そうだな。で、横島は今何してるんだ?」

「それが、ヘリで行ったらしくて、ビッグイーターじゃ追えなかったみたい。

 何してるか分からないから、余計に荒れるんでしょうねぇ」

「ああ、そうか。そりゃ、追って行ったらばれるもんな」

「ええ。魔物の欠片が、GSのヘリを追って、空を飛んでちゃねぇ」



メドーサ、部下二人に哀れみの眼で見られる。

もしかしなくても、今一番精神的に追い詰められています。




            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




一方その頃:六道家食堂

「お、奥様!」

「なにかしら〜〜? 私の嫌いなものは〜〜抜いておいてくださいね〜〜」

「そうじゃなくて、お嬢様のヘリが墜落したと!」





「………………えぇ〜〜〜〜? ど〜〜しましょ〜〜」





悲惨さや真剣さは窺えないが、それなりに驚いているみたいです。







以下、次回!



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