旅日記 第五話





サハラ砂漠。

東西5600km、南北1700kmで、面積は約1000万km2であり、

アフリカ大陸の3分の1近くを占める、無茶苦茶広大な砂漠です。


ひょんなことから…………って、

ひょんなことでこの砂漠に来ることは、まずありえないのですが、

とにもかくにも、来てしまった我らが冥子ちゃん。


数日の滞在の後、ようやくそこが日本でないことに気づいた彼女は、

すぐさま、日本に向けて旅立ちます。何しろ砂漠に用は、まったくありませんから。


これまで何不自由なく暮らしてきた彼女です。

どこをどうすれば日本に帰れるのか、分かるはずもありません。

そこが日本でないと気づいても、ではどこが日本なのか、

どっちに行けば、日本にたどり着くことができるのか、分からないのです。

まぁ、不自由ばかりですごして来た人でも、

いきなりサハラ砂漠に来てしまえば、どうすればいいのか、嘆くかも知れませんけれど。


迷子。


そう、もともと遭難者であり、冥子ちゃんは旅行者ではありません。

今の彼女は、間違いなく、右も左も分からない迷子でした。


しかし、何もかもが分からない状況でも、彼女は止まりません。

自分の足で、式神で、あるいはラクダの背中に乗って、一路日本を目指します。



なお、東南アジアからエジプトへと、冥子ちゃんが移動している期間中に、

日本ではすでに夏休みも終わり、

横島忠夫は学校に、修行に明け暮れていました……。

美神令子は、普段どおりにジャンジャンバリバリお金を稼いでいました……。

ついでに言っておくなら、

GS美神によって、沖へと吹っ飛ばされた妖怪は、

順調に海流に乗り、太平洋上をぷかぷかと漂っていました……。



まぁ、とにもかくにも。

迷惑をかけた人のもとに帰り着き、頭を下げる。

そして、これからはもっと頑張るから、仲直りして〜と、

そう自分の気持ちを正面から伝えることが、今の冥子ちゃんの最大の目標でした。


その後、冥子ちゃんは、アフリカの砂漠を抜け……。

ようやくヨーロッパ圏……その中のドイツへと、到着していました。

ドイツに到着したその日の日付は、10月16日。


今年も、残すところあと2ヶ月と少しです……。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





さて、ドイツにやってきた冥子さんですが、ここで問題がありました。

言葉はこれまでどおり、精神感応でどうにかなるのですが、路銀が圧倒的に足りないのです。

大事に着てきたつもりですが、すでに彼女の服はかなりボロボロです。

靴も、もともと履いていたものは、ヘリから落下した時点で無くなっている為、

リンシャンの人々から借りた、少々サイズの合わないものを履いています。


ここは一つ、洋服も靴も新調したい。

清潔さには気をつけてきていましたが、せっかくなので、熱いお風呂にも入りたい。

そして、髪がだいぶ伸びてきたので、カットもしてもらいたい。


しかし、いくらそう思っても、お金がありません。


「お仕事しないと、だめねぇ〜〜」


東南アジアからインド、インドからエジプト。

エジプトのサハラ砂漠から、ヨーロッパ圏へ。


この長い長い旅の中、冥子ちゃんはちょっとしたお仕事をするようになっていました。

それはヒーリングであったり、低級霊の退治だったりします。

まさにGS。技能職は、どこに言っても強し、です。

本来なら、ちょっとした低級霊ですら、怖がって暴走していた冥子ちゃん。

しかし、今は弱い敵に過剰に怯えはしません。


あのゴーレムと対峙した時の経験も大きいのですが、

何より、今は自分で動かないと、誰も何もしてくれません。

六道家の屋敷……あるいは、リンシャンにいたころは、

すべて人がやってくれたことも、自分でしなければなりません。


たとえば、何処かの宿に泊まったなら、夜のうちに自分で服を洗濯しなければなりません。

放っておいても、服は勝手に綺麗にはならないのです。

洗濯もゴハンも、ちょっとしたお仕事も、すべて自分がやらなければならないのです。


働かざるもの、食うべからず。

そんな言葉が、ぴったりと当てはまる状況なのです。


もちろん、普通の人からすれば、

彼女はまだ、それほど追い詰められた状況ではありません。

少しの労力で、簡単に悪霊を祓い、大きな賃金を得て、旅をする。

これが仮に伊達雪之丞と言う少年ならば、実に悠々自適な旅になっていることでしょう。

しかし、繰り返すことになりますが、冥子ちゃんにしてみれば、すべてが初体験です。

だから、彼女は彼女なりのペースで、ゆっくりと成長していくのです。


したがって、弱い悪霊にびびって暴走しなくても、

それはあくまで成長したのであり、決して偽者ではありませんので、あしからず。



「えっと〜、何か困っている人、いませんかぁ〜〜。

 私がすぐ〜、霊能力で、お役に立ちます〜〜」



冥子ちゃんは、声を張り上げます。

街中で突然そんなことを言っても、普通は見向きもされません。

しかし、ボロボロの服をまとい、

その背後には明らかに人外の存在を従える冥子ちゃんです。

その言葉には妙な説得力があります。

少なくとも、一目見れば、一般人でないことだけは確かです。

何か特殊な力があるのでは、と言う雰囲気だけは、びんびんと発しています。


もっとも、だからと言ってすぐに信用し、仕事を頼めないのが人間です。

むしろ、背後に化け物がついている以上、

いくら見た目が少女の冥子ちゃんでも、普通の人は警戒します。

マジシャンの行う奇術パフォーマンスではなく、

本当に特殊な力……異質な力であると分かるからこそ、

一般人は不用意には近づけないのです。



「私のお友達は〜、皆頼りになる子ばかりですよ〜」



街を行く人々は、こちらを見るものの、仕事を頼んではくれない。

…………仕方がないので、もっと目立つ場所で自分を宣伝しよう。


そう考えた冥子ちゃんは、式神の1柱であるバサラの上に乗り、声を張り上げます。

なお、バサラとは大きくて、漆黒の毛むくじゃらな式神です。

その上に立つのですから、否応にも目立ちます。


待ち行く人々は、異形のものの上で自分を売り込む冥子ちゃんに、少し引き気味です。

しかし、それでも怖いもの見たさで近寄る人が、大勢の人の中には少なからずいるもの。

多くの人々が遠目から冥子ちゃんを見やる中、一人のおじさんが、声をかけてきました。


「何か、もっとこう、面白いことはできるかね? 何か芸とか……」


どうやら、冥子ちゃんを乗せるバサラに興味があるようです。

また、彼がそういうと、周囲にいた他の人々も、声援のようなものを浴びせます。

周囲としても、街中に現れた怪獣に、実はかなり興味津々なのです。

最初の一人が近寄ってしまえば、

遠巻きに見守る人垣も、少しずつ冥子ちゃんへと近づいていきます。

中には、携帯電話のカメラで、式神を撮影しようとしているものもいるほどです。


冥子ちゃんとしては、怪我をした人を治したりだとか、

タクシーの変わりに人を運んだりとか、そういうことをするつもりだったのですが、

いつの間にやら、いっぱしの街角エンターテイナー状態です。



「う〜〜んと、マコラちゃ〜ん」



少し考えた後、冥子ちゃんは自身の式神の1柱である、マコラを呼び寄せました。

マコラは変身能力のある、

通常状態では一昔前にはやった宇宙人・グレイのような外見の式神です。

どこか半液体チックな体のマコラが、

どこからともなく登場し、冥子ちゃんの隣に立ちます。

するとそのままマコラは、すぐさま冥子ちゃんへと姿を変えました。


一人の少女が、いきなり双子に。

実にファンタスティックな光景です。

確かに、そこには今まで、少女は一人しか立っていなかったのに!


周囲から拍手が巻き起こり、歓声が上がります。

ウケたことに胸をなでおろしつつ、冥子ちゃんはさらにアジラを呼び出します。

アジラはカメレオンのような外見で、石化を火炎を操る式神です。

アジラは大きく鳴くと、その口から大きな火の波を吐き出します。


これまた、拍手と声援。

火を噴くはずのない、ただのカメレオンにしか見えない動物。

それが火を噴く…………実に分かりやすい、非日常的な光景です。


冥子ちゃんの足元に、小銭が投げられます。

人々は、怪獣を操る冥子ちゃんに、惜しみのない声援と小銭を送りました。



こうして冥子ちゃんは、ちまちまと旅費を稼ぎつつ、日本を目指します。



その日の売り上げは、日本円にして、およそ4万円。

数百人が、一人100円レベルの公演料を払った様なものでしょう。

冥子ちゃんはその小銭を持って、安いホテルを探し、宿泊することにしました。


自分の使う精霊石を買い付けるため、

冥子ちゃんはこれまで、何度も海外に渡っています。

帰りに香港によって、お買い物をするなどと言うことも、多々ありました。

その折には、絶対に泊まらなかったような、安ホテル。


しかし、船の狭い船室での寝泊りや、

砂漠の真ん中での野宿に比べれば、格段にマシです。

冥子ちゃんは自分の部屋のベッドに、嬉々として飛び込みました。


スプリングはそれほどよくなく、トランポリンのような弾力はありません。

もちろん、冥子ちゃんの屋敷にあるベッドとも、比べ物にならないほど、貧相なベッドです。

しかし、今はこれで十分です。

ひとしきりベッドの上でゴロゴロしてから、冥子ちゃんはすぐにお風呂へ。

備え付けのユニットバス。

実にちいさな浴槽ですが、冥子ちゃんも体は小さいので、それほど問題ではありません。

お湯を目いっぱい張り、飛び込みました。


ふと、髪の毛が気になりました。

日本にいたころは、肩に触れるかどうか、と言うくらいに切りそろえていたのですが、

今は明らかに、肩に髪が触れまくっています。

前々から気にはなっていたのですが…………。

しかし、このホテルに来るまでに、服などを新調しましたし、

今日の稼ぎはほとんど消えています。

カットをしたいなら、そのお代は、また明日稼ぎなおさねばならないようです。


お風呂で十分にあったまり、疲れと汚れを落とした冥子ちゃん。

薄いバスローブを体に巻きつけて、ベッドに腰掛けます。

そうこうしていると、ヘアのドアがノックされました。


「? 誰かしら〜〜〜?」


ルームサービスなどは、頼んだ覚えもありません。

また、一人旅であるため、誰かが尋ねてくる可能性も、皆無です。

冥子ちゃんは首を傾げつつ、ドアを開けました。

女の子の一人旅では、相手の確認もせず、不用意にドア開けるべきではない。

……と、普通の方なら思うことでしょう。

やはり、まだまだ冥子ちゃんの危機管理というか、そういった意識は低いようです。


「どなた〜〜?」


冥子ちゃんがドアを開けると、突然ドアの隙間に手と足がねじり込まれます。

びっくりして後方へと冥子ちゃんが飛びのくと、それに比例するように、

外から男が部屋の中へと入り込んできます。

男は二人組みで、コートを着込んでいました。

見知らぬ男に驚いた冥子ちゃんは、泣き笑いの表情で、再度たずねました。


「ど、どちら様〜〜?」


その質問に、男たちは顔をあわせて頷きあってから、答えました。


「私たちはドイツ警察の特殊心霊課所属……つまり、オカルトGメンのドイツ支部員だ」

「正しくは、ICPO超常犯罪課のドイツ支部となる、ドイツ警察の部署と言うことになるが……」

「オカG〜? えっと、心霊犯罪を取り締まる、アレ〜?」

「その通りだな」


オカルトGメンと言う言葉は、冥子ちゃんも知るところです。

まだ日本に支部こそないものの、各国の警察機構の連携による、ICPOの一部門です。

心霊犯罪を専門的に扱っており、

各国において宗教的・心霊的テロ行為を行ったりする者を、

オカルトGメンは厳しく取り締まったりするのです。


「えっと〜、貴方たちが私に何の用なの〜?」


「昼間、我々の部署に通報があった。見慣れない少女が、見世物をしていると。

 そしてそれがどうやら、普通の見世物ではないようだ、と」


「当局に許可を取っていない往来でのパフォーマンスは、軽犯罪法に抵触する」

「またそれ以上に、GS協会に無許可で行う霊能使用も、犯罪行為だ」


「君はドイツ人でもないようなので、すぐに居場所が分かったよ。

 君のした行為については、色々と署で聞こうと思うが……、

 取り敢えず今ここでは、パスポートとビザを見せていただけるかね?」


「ぱ、パスポート?」


その言葉を聞いて、冥子ちゃんはまたしても首を傾げました。

よく聞く言葉ではありませんが、パスポートやビザと言う言葉の意味は、よく知っています。

冥子ちゃん自身、それらを持って飛行機に乗って、海外旅行をしたことがあるからです。


(ど、どうしよぅ〜〜〜。持っていないわぁ〜〜)


傍目から見ても、明らかにおろおろし出す冥子ちゃん。

今まで気がつかなかった、

ものすごく基本的なことですが、冥子ちゃんは不法入国者です。


彼女はこれまで、いくつかの国境を渡ってきました。

では、その今までの国境越えは、どうしていたかと言うと……。


彼女の式神の中の『シンダラ』は、亜音速で飛行します。

『インダラ』は時速300キロで、世界を走り抜けます。

国境警備隊も何のその、全く気にせず、スルーしてきました。


これがバレれば、とんでもない罪となります。

霊能を駆使して不法入国を繰り返していたわけですから、

オカルトGメンによって、世界的に指名手配されてしまいます。


悪気がなかったとか、そういうレベルの話ではありません。

コンビニでこけて、知らぬ間にカバンに商品が入っていて、

気づかずに店を出た…………などという、知らない間の万引きとも、わけが違います。


(ど、ど、どう、どうすればいいのぉ〜〜〜〜?)


半泣きになりつつ、右を向いたり、左を向いたり……。

そんな冥子ちゃんを怪訝そうに眺めつつ、沈黙するGメン。

どこからどう見ても、今の冥子ちゃんは、自分の犯罪がバレておろおろする犯罪者です。



「取り敢えず、話しは署で聞こう。すぐさま身支度をしてくれるかね?」



温和な台詞ではありますが、どことなく、語尾がきつかったりします。

任意同行を求められているはずなのに、今の冥子ちゃんには、

『さっさと警察に出頭しやがれ! この犯罪者!』と言う風に聞こえました。


突然のことへの戸惑い。

大柄な二人組みから感じる威圧感。

無自覚なまま重ねていた、不法入国への罪悪感。


ふと、冥子ちゃんの脳裏に、警察署で泣いている自分が思い浮かびました。

寂しく、冷たく、心が凍ってしまいそうな、そんな孤独感。

相手がオカルトGメンである以上、霊能力は強制封印されるでしょうから、

式神すら、冥子ちゃんの隣には寄り添ってくれません。

謝ってもいないし、まさかこんなところに自分がいるとは誰も思わないだろうから、

もちろん、家族も友人も……令子ちゃんも、面会には来てくれない……。



「そ、そんなのイヤァ〜〜!?」



追い詰められると、まだまだ精神的に脆いようです。

久々に絶叫し、自身の影から無意識に式神を召喚した彼女は、

これまた無意識にオカルトGメンを全力で攻撃します。

自身のした想像を振り払おうと、ぶんぶんと頭を振りつつ、冥子ちゃんは泣き叫びます。



「おう!? うおぉおおおおぉお!?」

「ぐあぁあああぁぁあ!?」



冥子ちゃんの叫びに重なるように、二人の男の断末魔の重なります。

その嫌なコーラスに、他にホテルの客も騒ぎ始めます。



冥子ちゃんの混乱は、さらにひどいものになって行きます。

周囲の喧騒が、どんどん焦りという釜に、石炭をくべて行くのです。

冥子ちゃんは今、頭から湯気でも出そうな気分でした。



どうすればいいのか。

どうすればいいのか。


本当はこんなつもりでは。

こんな風に、騒ぎにするつもりなんて、全然……。


どうすれば。

どうすればいいのか。

自分は今、何をするべきなのか。



考えて、考えて、考えて、考えて……。









でも、やっぱりまとまらなくて。









気がつけば、冥子ちゃんは両手に荷物を抱えて、ホテルの裏の道を走っていました。

完全な、逃亡です。

そんな彼女の背後からは、怒声が投げかけられます。

あの二人組みでした。

やはり、それなりに霊能攻撃に対する耐性はあったのでしょう。

ボロボロになり、息も絶え絶えながら……それでも、オカルトGメンは追いかけてきています。



えっと〜。逃げれば逃げるほど、罪って重くなるんじゃ〜〜〜〜?



冷静な頭の部分が、そんなことを述べますが、

しかし、冷静でない部分は、必死に足を動かし続け、逃亡を続けます。


「ふえええ〜〜、ごめんなさ〜〜い!」


薄暗い路地を、冥子ちゃんは泣きながら走ります。

そして、後ろから追いかけてくる二人に、一応謝ってみたりします。


「謝ってすむと思うのか、貴様!」

「謝るぐらいなら、さっさと捕まれ!」



…………もっともでした。



「そ、それは嫌なのぉ〜〜〜〜!」



…………もっともと言えば、もっともなのかも知れません。





結局。

この日、六道冥子ちゃんは、犯罪者になりました。

まだ不法入国の件はバレてはいないのですが、

しかし、公務執行妨害だとか、傷害罪だとか、霊能力の不正使用だとか……。


冥子ちゃんの明日は、どうなるのでしょう。


それはやはり、神様すら知らないと言うか…………まぁ、そんな感じです。

少なくとも、やはり小竜姫ちゃんの知ったことではありませんでした。






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