旅日記 第八話



アマゾン川。

熱帯雨林の生い茂るジャングルを流れる、世界最大の流域面積河川です。

また、その長さも、ナイル川に次ぐ世界2位を誇ります。

ブラジル、ペルー、ボリビア、コロンビア、エクアドル……5ヶ国をまたにかける川なのです。


東南アジアからエジプト、そしてヨーロッパ、さらには南米。

サハラ砂漠も、アマゾンのジャングルも体験……。

こうして考えると、冥子ちゃんの旅は、何だかとんでもないスケールです。

とても遭難から始まった旅だとは思えません。

いえ……冥子ちゃんだからこそ、ここまでのスケールの話になったのかも知れませんが。


そんな自身の体験している旅についてなど、全く気にせず、

アマゾン川沿いのジャングルの中を、

冥子ちゃんはタイガー君の案内で、進んでいきます。


一応、今の時点での目的地は、

今いるジャングル内から、一番近い大きな街です。


もちろん、一番近いとは言え、その街までは数十キロの距離があります。

ちょっとやそっとの距離ではないので、まずはタイガー君の村で一泊し、

明日から改めて目指すことになりました。


それに、よくよく考えれば、

まだこの二人は、しっかりとした自己紹介すらしていませんでした。

タイガー君は、冥子ちゃんが日本に行こうと考えていることすら、知りません。

まずは落ち着いて、お互いの身の上話などをするのが先決のようです。





村に着くと、まず最初に大絶叫が待っていました。

セクハラの虎・タイガー寅吉が、少女を連れてきたのです。

『ついに少女誘拐!?』と、村中の心が一つとなりました。



『ち、違うんジャー! わっしは何も、やましいことは!』

大泣きしつつ、事情を説明するタイガー君と、

『えっと〜〜、こんにちわ〜』

ぽやぽやと村人に挨拶する冥子ちゃん。


そしてそんな二人に対し、

戸惑いを浮かべつつも、タイガー君に問い迫るしかない村人。

混乱は収まることを知らず、しばしの間、村は騒然となりました。


まぁ、そんな通過儀礼を受けてから、ようやく解放された二人。

タイガー君の暴走の危険性がなくなっただとか、

その危険性をなくしたのが、この少女だとか、

結局、最終的な結論として、タイガー君は誘拐していないだとか、

…………村人たちはいまだに心の底から、納得することは出来ませんでした。

心境的には『だって、あのタイガーだし……』と言う感じ。

この『あの』には、底知れぬ深い思いが込められていることでしょう。


しかし、冥子ちゃん本人が誘拐でないという以上、事態は収束する他ありません。

解放された二人は、ふらふらとタイガー君のおじさんの家に向かいました。

なお、ふらふらしているのは、

村人に冤罪疑惑を持ちかけられまくって、精神的に疲れているタイガー君だけです。

冥子ちゃんは、特に疲れるようなことはありませんでしたから。

では何故、二人ともふらふらしていたのかというと、

冥子ちゃんがふらふら歩くタイガー君の後ろを、律儀についていったのです。


『……やっぱ、どこか変った娘だよなぁ』

『ああ。そうみたいだな』


そんなふらふらな二人を見た村人たちは、生暖かい視線を虚空に彷徨わせました。


「こ、ここがわっしの部屋ですケン」

「お邪魔します〜〜」


自宅にたどり着くと、

ドッキンドッキンと心音を跳ね上がらせつつ、

タイガー君は冥子ちゃんを自室へと案内しました。

すでにおじさんには、事情を話してあります。

と言うか、村の人の中で一番冥子ちゃんの襲来に驚き、

いの一番にタイガー君に詰め寄ったのは、おじさん本人だったりしました。


育ての親にも、女性に関しては、つくづく信用されていない。

まぁ、彼が暴走するたびに尻拭いをしてきたのはおじさんなので、

それも仕方のないことなのでしょう。


だがしかし、タイガー君はおじさんに疑われようが、全く気にしません。

わっしを信じてくれんのですカイノー……と、嘆くこともありません。


そんなことよりも、自室に冥子ちゃんを連れ込んだと言う事実のほうが、重大でした。


暴走封印記念。

女の人に、なでなでしてもらえた記念。

女の人に『可愛い』と言われた記念。

女の人を、初めて部屋に入れた記念。

…………今日はタイガー君にとって、色んな記念の重なる日でした。


さして広くもない部屋。

汚れていないのは、部屋が狭く、タイガー君が物を詰め込まないからでしょう。

まぁ、とにもかくにも、そんな部屋で二人は正座しあい、向き合いました。


これでタイガー君だけでなく、冥子ちゃんもがちがちに緊張していれば、

うぶな男女のお見合いにも、見えたのかもしれません。


「い、今更なんジャガ、わっしはタイガー寅吉と言いますケン」

「じゃあ、トラちゃんね〜。私は〜、六道冥子って言うの〜」


何気にニックネームを付けられたタイガー君、もといトラちゃん。

彼は今日何度目になるか分からない、感動の涙をにじませました。


目じりにキラリと何かを光らせるトラちゃん。

そんな彼を見て首を傾げつつ、冥子ちゃんは話を進めました。



遭難して、色々あって……日本に帰りたいのだけれども、

でも、これまた色々あって、オカルトGメンに追われていたり、

と言うか、話が遭難から始まってるので、パスポートとかも持ってない。

でも、どうにかして日本に帰りたい。



要約すると、そんな感じです。

二人とも能力者であり、特にタイガー君は大部分を封印したとは言え、精神感応者。

冥子ちゃんはハイラを使い、自分の記憶の一部を、軽くタイガー君に見せました。

言葉での説明は、いまいちよく分からなかったタイガー君ですが、

映像的なその記憶による説明に、ようやく冥子ちゃんの状況を把握しました。




…………し、しっかし、ど、どーすればいいんカイノー?




目の前の女の子を助けたい。

可愛いからだとか、そういう理由もありますが、何を置いても、恩人なのです。

出会ってまだ数時間も経っていないのですが、

それでも、タイガー君にとって、冥子ちゃんは重要人物なのです。


しかし、今の自分に、彼女を日本まで送れるのか、と自問すると、答えは否です。

飛行機のお金を捻出してあげることは出来ないし、

と言うか、飛行機に乗るにはパスポートが必要だけれど、そんなものは偽造できないし。


あっ、自分の能力の封印を解除してもらって、幻覚で強引に飛行機に乗れば……。

そう、あたかも、チケットを持っているように!

あたかも、パスポートを持っているかのように!


タイガー君の頭に、一つの名案が浮かび…………そして消えました。


…………駄目ジャー。

わっしはパスポートがどんなモンか、知らんしノー。


これまでの人生で、海外旅行など、全く縁のないタイガー君です。

パスポートと言うものは知っていても、その中身がどうなっているか、知りません。

仮に知っていても、現物を見ながら出なければ、

細々と文字の書かれたパスポートやチケットは、想像することができません。



「冥子さんは、どーやって日本に帰るつもりなんかノー?」

「まだ考えてないんだけど〜、太平洋横断とか〜〜?」

「そ、それは無理じゃなかとですか?」

「う〜〜ん、じゃあ〜、取り敢えず、おうちに電話しようかな〜〜」



この村には国際通話が可能な電話がありません。

しかし、街に行けばそういった電話もあることでしょう。

その電話を使用し、まずは親に相談しよう。

冥子ちゃんはそう考えました。

確かに、下手に動いてオカルトGメンなどに発見されるくらいなら、

電話で、両親に助けを請うほうがいいと思われます。

六道家の権力と情報網を持ってすれば、確かに何とかなるかも知れないのです。


「……あ……」


そこでふと、冥子ちゃんは今の自分の考えの、大きな落とし穴に気づきました。


「あ〜ん、どうしよ〜〜」

「どうしたんですカイノー?」

「私〜、おうちの番号を知らないわ〜〜」


まさに、落とし穴でした。

冥子ちゃんはこれまで、

自宅に電話をかけたことがないので、電話番号を知らないのです。


電話番号が分からなければ、電話をかけることが出来ません。

街の公衆電話をどれだけ探しても、

さすがに日本の個人宅の電話番号が記載された電話帳は、ないと思われます。


「…………」

「…………」


気まずい沈黙。

それを先に破ったのは、やはり冥子ちゃんでした。


「取り敢えず〜、海の近くまでつれてって〜」

「ほ、本気で渡る気ででカイノー? 太平洋を……」

「う〜〜んと、海を見てから考えるわ〜〜」


前向きと言うか、あるいは何も考えていないのか。

取り敢えず、翌日から冥子ちゃんとタイガー君は、

目的地を変更し、コロンビアの海岸の街を目指して出発しました。

目指すは、そう……カリの街です。


「まぁ、行くと決まれば、しっかり案内しますケン!」

「よろしくねぇ〜〜」

「この国は治安が悪いですケン、わっしから離れんといてくんサイ!」

「分かったわぁ〜〜」


冥子ちゃんの式神暴走を一度でも見ていれば、そんな台詞は出てこないでしょう。

しかし、暴走や他の式神を知らないタイガー君にしてみれば、

冥子ちゃんは『自分より高位の精神間能力を持つ少女』でしかありません。

彼は任せてくんしゃい、と言う言葉とともに、どんっと胸を叩きました。

すると冥子ちゃんは、タイガー君にぴったりと寄り添います。

冥子ちゃん的には、戦車並みの怪力式神であるビカラに、甘えるような感じです。


(わっしは、わっしはもう、死んでもいい……)


タイガー君は出発するその瞬間から、もう、あの世に行きそうな感じでした。

暴走こそしないものの、その視線はまさに夢心地。


タイガー君、早く現実に復帰してください。



ちなみに、村を出て冥子ちゃんについていくと、タイガー君はおじさんに宣言しました。

恩人を無事送り届ける。男として誓った以上、絶対に成すべきことです。

しかし、冥子ちゃん本人は、警察から追われる身だったりします。

パスポートも持っておらず、実際どういう方法で日本に行くのか、今の段階では不明です。

もしかすると、警察に捕まるかも知れない。

仮にうまく行っても、恐らくもう、この村には帰ってこないだろうと、そう思える……。

南米と日本。そう安々と行き来できる距離ではありません。



つまり、タイガー君はおじさんに、今生の別れを宣言したようなものなのです。



『止めんでつかーさい! わっしは、あの人についていくと決めたんジャー!』


冥子さんのことを思い、タイガー君は叫びます。

それに対し、おじさんはこう答えました。






『ん、オッケー』






無茶苦茶軽い返事でした。



まぁ、そんなわけで、

凸凹コンビは、一路コロンビアのカリへ向かいます。

そこで何が待っているのか。

もちろん二人は、全く知りませんでした。




次へ

トップへ
戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送