旅日記 第九話






コロンビア。

正しくはコロンビア共和国。

アメリカ大陸の発見者『コロンブス』に由来する国名です。

一般的に使用される通貨は、ペソです。


産業では……エメラルドの世界市場の、約80パーセントを占めていたりします。

よって産業を一部分的に見ると、精霊石の産出と市場の80パーセントを占める、

ザンス王国と非常によく似ているとも言えます。


もっとも、コロンビアはザンス王国より、産業にずっと恵まれています、

ザンス王国は、精霊石とオカルト技術に、頼りきった産業形態を取りますが、

コロンビアにはエメラルドの他に、コーヒー豆の栽培や、大規模な油田開発などがあります。


そして…………コロンビアでもっとも大きな産業と言えば、コカイン……。

そう、つまりは麻薬産業です。


アメリカに近いこの国では、大量の麻薬が栽培、そして流出していきます。

1989年には、麻薬カルテルとの大規模ゲリラ戦闘である、

『麻薬カルテル戦争』が勃発してしまったほどです。


現代においても、麻薬問題は完全に解決したとは言いがたく、治安も非常に悪いです。

この国の抱える闇に比べれば、

日本の繁華街で起こるやくざの小競り合いなど、大したことがないのかもしれません。


タイガー君が冥子ちゃんに言っていた通り、非常に危ない国であり、街なのです。

女の子がもし、夜に一人歩きをしたならば、何事もない可能性は…………。



そんな国に、今、ある一人の妖怪がやってきていました。



いえ、やってきたと言う表現は、少し適切ではないのかも知れません。

何しろその妖怪は、自分の意思でこの国に着いたのではなく、

海流によって成すすべなく流され、ようやくここにたどり着いたのですから……。


ベリーショートの黒髪に、白いシャツと黒のスラックス。

一見すると、日本の男子学生と言った姿のこの妖怪の名前は、コンプレックス。

もっとも、コンプレックスと言うのは、

あくまで種族的な名前であり、この妖怪の本名ではないのですが……。


8月の頭に、GS美神によって沖合いに吹き飛ばされ、

それから11月の今現在まで、およそ4ヶ月超。

沈んだり、溺れたり、色々あったけれど、僕は元気です……な、コンプレックス君です。



「はぁ、はぁ……うわぁ、何だかすごく久しぶり……。本当に陸地だぁ」



濡れて重たくなった服を気にしつつ、

コンプレックス君は、コロンビアの海岸に上陸しました。

すでに体力はほとんど残っていないのか、息は非常に荒いです。

コンプレックス君は、砂の上に寝転がり、空を見上げました。

夜の帳が下りているため、美しい星が見えます。


変らない星。


海を漂っている間、ずっと眺めていた星。

流されていると、少しずつ配置が変っていく星。

しかし、星座に詳しくないコンプレックス君にしてみれば、いつも変らず、そこにある星。



「ここ、日本のどこなんだろう」



コンプレックス君は、星の瞬きを数えながら、そんなことを呟きます。

日本の小さな島の、ひと夏の負の感情が集まって発生したコンプレックス君。

いくら反転しようとも、生まれ持った知識は日本人のそれでしかありません。

そしてそんなコンプレックス君は、

ここがコロンビアであるなどとは、夢にも思っていませんでした。



「まぁ、いいや。今日は陸の上だから、ゆっくり寝れるし。起きてから考えよう」



何とも楽観的な思考です。

数ヶ月も漂流したならば、ここがどこなのか、普通は不安に駆られるでしょう。

さすが地上でもっともネガティブな存在が、反転しただけのことはあります。

ポジティブに微笑んでから、コンプレックス君は瞳を閉じました。


「…………んっ?」


今まさに眠ろうとしていたコンプレックス君の耳に、数回、乾いた破裂音が聞こえてきます。

何だろう、と思って身を起こすと、海岸をジープが疾走していました。

どこからともなく、破裂音はまだ聞こえてきているのですが、

しかし、ジープの走行音がうるさすぎて、その音源がどこかは分かりません。


で、そのジープは蛇行に蛇行を繰り返しつつ、コンプレックス君のもとに近づいてきます。

いえ、正しくはジープの進路上に、コンプレックス君がいる、と表現すべきでしょうか。


どちらにしろ、さすがに危ないと悟ったコンプレックス君は、

とっさに前方へと身を投げ、微妙な前まわり受身をして、ことなきを得ました。


「ま、まったくもう! 危ないなぁ、何なんだろ?」


普通、車に引かれかけた場合、

危ないなぁ、の一言ではすまないはずなのですが、

しかしその一言ですべてを終わらせると、コンプレックス君は、その場に座り込みます。



その直後でした。



今までコンプレックス君の立っていた場所を、

もう一台のジープがジャンプで通過したのです。


僅か3秒のタイムラグ。

そして、僅か10数センチの差。


もし、他に車がいないかを確認しようとして、後ろを振り返っていれば……。

もし、座り込んだ拍子に、頭を下げていなければ……。

コンプレックス君は、背後から思いっきり車に引かれていたことでしょう。

実にラッキーでした。


「なっ……何なんですか?」


唖然とするコンプレックス君を尻目に、

車から中年の男たちが数人、素早く降りてきます。

そしてはるか彼方を蛇行運転する先ほどのジープに向かい、手に持つ拳銃を惜しみなく発砲。

もしかすると、先ほどから聞こえていた破裂音は、これなのでしょうか?

…………間違いなく、この拳銃の音のようです。

じっくりと聞いて、そんな疑問をしっかりと確かめられるくらい、

パンパンと拳銃は火を噴きます。

ええ、中には弐丁拳銃を操る人もいるほどです。


しかし距離が開きすぎているせいか、

あるいは腕が悪いせいか、どれだけ撃っても、ジープを止めるにはいたりません。


そうこうしていると、さらにもう一人、中年の男が車から降りてきます。

長い、筒状の何かを持って。

彼はその筒状の何かを肩にのせ、そしてその場に膝をつきます。

何か小さな呟きとともに、彼がその筒状の何かを操作すると……。

筒の前後から、火炎と白煙が噴出されます。



そして、数秒の静寂の後…………爆音。

はるか彼方を走行していたはずのジープが、炎をまとって吹っ飛びました。


HAHAHAHA! HA! HA! HA!!


それを見た車の男たちは、大声で笑いあいました。

コンプレックス君には、

彼らが何と言い合って笑いあっているのか、さっぱり理解できません。

それもそのはず。

彼らの使っている言葉は、日本語でも英語でもなく、スペイン語なのですから。


…………まぁ、しかし、コンプレックス君は、なんとなく彼らが、

『やったぜ、ざまぁ見やがれ!』と言っているような気がしました。

ちなみに漢字変換すると、『やったぜ』は『殺ったぜ』と言った具合でしょうか。



「え、えっと、ここって日本じゃない?」



少なくとも、コンプレックス君の知る日本人は、

いきなり拳銃やロケットランチャーをぶっ放したりはしません。


「ど、どうしよう。この人たちって、マフィアとか言う奴なの……?」


その声は、呟きと言うには、少しばかり大きすぎるものでした。

コンプレックス君の声に気がついた男たちは、

素早くコンプレックス君に視線をやりました。

そして口々に、何かを呟きあいます。

なお、数人の男たちに睨まれたコンプレックス君は、固まって動けません。



『おいおい、何だこのガキは?』

『全然気づかなかったな。いつからいたんだ?』

『最初からだろ? ち、見られちまった以上、仕方ない。バラすぞ』

『待てよ。子供は殺すより、中身を売ったほうが金になる』



コンプレックス君がただただ呆然としている間、男たちはそんな言い合いをしました。

議論は白熱していきます。

もちろん内容は『子供に手を出すなんて!』などと言うものではなく、

どこで『解体』して、どの業者に運び込み、いくら儲けるか、などというものでした。

あるいは、身元のいい子供ならば、身代金を要求してもいいかもしれません。

もっとも、真夜中に海岸で、濡れネズミをしている東洋人の子供など、

大した家の子供でもないでしょうけれど……。


「も、もしかして、僕って今、非常に危ない?」


楽観的ではあるけれど、それでもここまで明確な危険が迫っている以上、

さすがのコンプレックス君も、のんびりとは構えていられません。

もちろん、いずれは先ほどの爆発を聞きつけて、警察が来てくれることでしょう。

しかし、あと数秒以内に来てくれないと、

コンプレックス君は、車に詰め込まれてしまいます。恐らく9割以上の確立で。


今のような場合、頼れるのは他人ではなく、自身の脚だけです。



(逃げなきゃ駄目だ! 逃げなきゃ駄目だ! う、動け、僕の足!

 今動かなきゃ、今動かなきゃダメなんだよ! 固まってちゃ、何されるか!)



コンプレックス君は、まだまだ乾かない重い服にいらつきつつ、

立ち上がると同時に、即行でダッシュします。


『あ、こら、クソガキ!』


走り出したコンプレックス君に、背後から罵声が投げつけられます。

何と言われているか分からないコンプレックス君ですが、

とにかくその言葉を受けて、走る速度を出来うる限り上げました。


ついでに胸中で、

『待てって言われて、待つはずがないよ!』とも叫んだりしました。


コンプレックス君は、妖怪です。

人間ではありません。

普通の妖怪ならば、

人間など歯牙にもかけない、人外の驚くべき力を発揮するはずです。


しかし、もともとの状態から反転した今のコンプレックス君は、

非常に戦闘に不向きな妖怪だったりします。


まず、コンプレックス君は、自分に向けられる敵からの攻撃力を、

自動で倍加するという特性を持っています。

これは、敵の攻撃を絶対的な防壁で自動遮断する特性が、反転したためです。


次に、コンプレックス君の周囲にいる人間は、非常に精神的に明るい状態になります。

これは、常に自身の周りに負のエネルギーを拡散させると言う特性が、反転したためです。



…………現状は最悪です。



普通ならば、逃げる子供に対して、男たちはそれほど手荒な真似はしません。


例えば、です。

ある人間が、殺人現場を子供に見られたとします。

そしてその子供が逃げたとします。

その人間は、その子供を追いかけなければなりません。

捕まえるなり、息の根を止めるなり、しなければならないからです。


さて、このとき、子供は海岸にいました。

そしてそこから、海岸に面した街の中に、逃げ込みました。

で、そのある人間の手の中には、拳銃とロケットランチャーがありました。


繰り返します。


子供は捕まえるか、息の根を止めなければなりません。

しかし、子供はすでに身の軽さを活かし、街中に逃げ込んでいます。

夜中ですが、それなりに人目はあります。

で、手には拳銃とロケットランチャー。


さぁ、足止めに使うなら、どっち?


出来ることなら、拳銃だって使いたくはありません。

耳につく音である以上、後々問題になります。

ロケットなど、持っての他です。

人目のない海岸でも、本来は不用意な使用は避けるべきです。

街中での使用など、とんでもありません。




…………が、しかし。




「う、うわぁぁっ!?」




疾風のように走るコンプレックス君の足元が、突如として爆発しました。

海岸から何とか街中まで逃げ込んだコンプレックス君ですが、

相手は車なのですぐに追いつかれ、

その上、ロケットランチャーで攻撃されているのです。


しかも、彼の周辺の空間は、自動的にその爆風を倍以上の衝撃にして、

コンプレックス君に叩きつけます。

結果、コンプレックス君は宙を舞い、ビルとビルの間に吹き飛ばされました。



「はぁ、はぁ、はぁ……くっ!?」



激痛と、何故だか突然感じる、無力感。

コンプレックス君は、それに耐えつつ、何とか起き上がりました。

ちなみに、敵の攻撃を倍加する機構は、

コンプレックス君の妖力を消費して作動しています。

そのため、コンプレックス君は攻撃を受けると、

自動的に自分の生命力までをも削ると言う、何とも不幸な存在だったりします。


何はともあれ、起き上がったコンプレックス君。

ビルの壁に手を着いて、苦痛に耐えます。


「……こ、殺される……な、何か……あっ………」


ふと、コンプレックス君は、目の前にある建物に、眼を奪われました。

丸い赤色灯が煌々と光るその建物は、間違いなく警察署でした。

コンプレックス君の知る警察署とは、あまり類似点のない建物。

しかし、確かに『POLICE』と、わざわざ英語表記までしてあります。


ラッキーです。


爆発に巻き込まれ、着地したところが、警察署のすぐ近く。

ここならば、先ほどの男の人たちも、無茶はしないはずです。

ああ、自分はなんてツイているんだろうと、コンプレックス君は安堵の息を漏らします。

まぁ、本当に幸運の星のもとにいるのならば、

そもそもランチャーの爆風によって飛ばされないはずなのですが、

そういうことは深く考えてはいけません。

本人は、少なくともラッキーだと思っているのですから。



しかし、男たちは止まりませんでした。



警察署の前……つまり、コンプレックス君の前に車を止めると、

窓から身を乗り出して、ロケットランチャーを構えました。


……いえ、微妙に先ほど海岸で使っていたものとは、形状が異なっています。

どうやら、わざわざ後部座席かどこかに乗せておいた、

グレネードランチャーを持ち出しているようです。

これなら、コンプレックス君が多少回避行動をしても、連射が利くので安心ですね。

何発か撃てば、コンプレックス君のミンチの出来上がりです。



「な、何でここまで……」



身を乗り出し、銃口をこちらに向けつつ笑う男を見て、

コンプレックス君は、何と言えばいいのか分からなくなりました。


間違いなく、街中。

しかも、ちょうど警察署の前。

そこでの発砲など、どう考えても、正気の沙汰ではありません。

しかも、使用する武器は拳銃ではなく、爆発するグレネード。

日本生まれの、生後数ヶ月の妖怪であるコンプレックス君の持つ常識でも、

彼らの行為は無謀であるとしか思えません。


ちなみに…………このとき車に乗る男たちは、

すでにある意味では、正気を失っていました。

コンプレックス君を追いかけているうちに、

その精神高揚効果に染まり、今現在は超ノリノリ状態なのです。


『撃っちゃまずいかな?』

『かまわんって! 撃っちゃえ、撃っちゃえ!』

『そうだよな! よっしゃ、ファイヤー!』


と…………まぁ、そういうノリです。

すでに当初の目的である、情報漏えいを防ぐための口封じとか、

誘拐して身代金だとか、あるいは解体して臓器販売だとか、

そういうのはすっぱり抜け落ちています。

逃げる的に、銃を乱射して、いたぶって楽しんでいるのです。


普通ならば、ここまでの高揚はあり得ないのですが、

一仕事終えてちょうどハイテンションだったせいで、拍車がかかったのかも知れません。



『おらぁ、死にさらせぇっ!』



言葉は分からないものの、

コンプレックス君は、確かに殺意ある言葉を向けられた気がしました。

ぞくりと背中を走る、悪寒。


自分にも、逝ける場所はある。

逝くべき場所はある。

それは天国。そこはすべての魂が、安寧な時を得る場所。

そこに逝くためには、成仏しなければならない。

そして成仏とは、現世から消えること。

つまりは……一言で言ってしまうと、死ぬこと。


このまま、僕は安らかに死ねるか?


否。絶対に否! 


こんな成仏の仕方は、絶対に嫌だよ!

ラッキー、あの美神とか言う人には途中で何だか有耶無耶にされたけど、

まさか、こんなところでただで成仏させてもらえるなんて…………僕はツイてるなぁ。

…………って、そんな風に思えるはずがないよ! 

無理! さすがに無理!


心優しいお坊さんが、わざわざ念仏を唱えてくれるだとか、

そういうのならいいけど、こんなの嫌だ! 物理的な成仏は嫌だよ!


(死にたくない! こんな死に方は嫌だよぉ! 絶対に!)


そう胸中で叫んだコンプレックス君は、ビルとビルの隙間を利用して、跳躍しました。

まず、その場でジャンプし、左足で壁を蹴り、今度は右足で壁を蹴り……。

まさに人外の動きで、壁をどんどん登っていきます。


人間にしては、すごい動き。

しかし、妖怪にしては、お粗末な動きでもあります。


あと少しで、屋上まで上りきる。


もう少し、後、少し。

屋上まで行けば、そのまま逃げ切れるかも知れない。


しかし、そのあと少しと、男たちは待ってはくれませんでした。


無慈悲にも発射されるグレネード弾が、空中を翔けるコンプレックス君に迫ります。



「うわぁあぁああっ!?」



絶叫と爆音が夜の街に響きます。

幸い、直撃だけは逃れましたが、ビルの側面は破壊され、

コンプレックス君はその内部へと、吹き飛ばされてしまいました。



「い、痛い……。ほんとに…し、死んじゃうよぉ……」



砕けたコンクリートの破片を頭に乗せつつ、コンプレックス君は起き上がりました。

白いシャツはところどころ黒くこげ……襟元から大きく破れてしまっています。

まぁ、あれだけの目にあったのに、損傷がシャツのみで、

体はほとんど無傷であると言うことは、ある意味幸運なのかも知れません。


…………ああ、でも、ビルの側面を完全にぶち破るほどの威力になったのは、

コンプレックス君が自動的に、

グレネード弾の威力を、倍以上のものにしたからですけれど。



倦怠感にも似た、苦しさ。



自分の意思に反し、勝手に妖力を使用されたコンプレックス君は、

身を起こしたものの、すでに腰が抜けてしまった状態でした。

腕にも力が入らず、がくがくと震えます……。



「ん? あれ?」



そこでコンプレックス君は、地面がやけに軟らかいことに気づきました。

ぷよぷよ、とまでは行きませんが、

しかし、普通のビルの床ではあり得ない軟らかさです。

この軟らかさのおかげで、着地のときに大きな怪我をしなかったのかも。

そう思うと、やはりラッキーだったのかも知れません。



「ううう、何なんですかいノー?」



コンプレックス君が、自身のラッキー加減を神に感謝していると、

突然床が動き出し、そして挙句の果てにはしゃべり出しました。

そして床の動きは大きなものとなり、にゅっと人の顔が現れました。


爆発の混乱と、妖力の強制使用で、ふらふらになっていたコンプレックス君。

だから気づかなかったのかも知れませんが、今コンプレックス君のいる場所は、

あるい男の人の寝るベッドの上。

つまり、白いシーツの下には人が寝ており、

コンプレックス君はその人の大きな胸板を、床だと勘違いしていたようです。


男の人………と言うより、男の子と言う年齢が正しい彼は、タイガー寅吉君。

海岸部まで冥子ちゃんを案内した彼は、

このビル……安ホテルの一室で、一時の休息をとっていたのです。

ちなみに……もちろん冥子ちゃんは、隣の部屋で寝ています。男女別室です。



「……誰ですかいノー、あんさんは」

「え、えっと……。な、名前は、まだないんです」



寝ぼけ眼で、もっともな質問をするタイガー君。

そしてあんまりな回答を提示するコンプレックス君。

二人の間に、しばしの沈黙が舞い降ります。


いきなりの爆音と衝撃。


体の大きなタイガー君にしてみれば、軽いコンプレックス君が

自分の上に飛び乗ったところで、大したことはありません。

しかし、寝ている最中にそんなことをされれば、何事かと思うのは当然です。


目をこすりながら、タイガー君は身を起こしました。

すると、彼の胸からお腹にかけて座っていたコンプレックス君は、

その反動を受けて、ベッドから転がり落ちました。


「はうっ」

「あ、すまんですノー。ふあぁ……」


コンクリートの破片の上に落とされ、小さく悲鳴を上げるコンプレックス君に、

タイガー君は適当に謝罪を述べます。

どうやら、まだまだ寝ぼけているみたいです。


泊まっているホテルの壁が爆発し、外から人が入ってきて、まだ寝ぼける……。

胆力があるというのか、あるいは、よほどの熟睡体制に入っていたのか。


大きな欠伸を最後にもう一回し、ようやくタイガー君は覚醒しました。


先ほどまでのボケた視線ではなく、

ごく普通の視線で、コンプレックス君を見るタイガー君。

見つめられたコンプレックス君は、戸惑い、身じろぎしました。

コンプレックス君としても、まず何を言うべきか、分からなかったのです。

何しろ、こんな風に人に出会ったのは、両者とも生まれて初めてでした。



「ん?」



不意に、タイガー君が呟きました。

そしてベッドから身を乗り出すように、コンプレックス君を凝視します。


「え、あ、あの……」


対するコンプレックス君は、破れたシャツを何とか整えようと、袖を動かしたりしてみます。

あまり意味のない行為なのですが、

ただただタイガー君の視線を受け止めることも、出来そうになかったのです。



そして……。



「お、女子の胸!? 生チチ!?」


タイガー君は謎の言葉を叫ぶと、

突如として鼻血を噴出し、再度ベッドに倒れこみました。


「え!? ええ? どうしたんですかっ!?」


コンプレックス君は、突然倒れたタイガー君を心配して、彼のもとに駆け寄ります。

もっとも、足腰がふらつくため、そのままタイガー君の上に倒れこんでしまいましたけれど。


「だ、大丈夫ですか? ねぇ、ちょっと!」


先ほどまでと同じような、

タイガー君の上に座るような格好で、コンプレックス君は問いかけます。

しかし、タイガー君はなにやらぶつぶつと呟くだけで、答えてはくれません。

一体、何がどうしたのか。

海岸に上陸した後の、あまりの展開の速さに、コンプレックス君は頭を抱えました。

この数ヶ月、ずっと海を漂っていたので、

それも仕方がないと言えば、仕方がないのでしょう。


取り敢えず、戸惑いとともにタイガー君の言葉を、コンプレックス君は反芻しました。


おなごってことは……女の子……の、胸?

誰が?

え? 僕?

僕は男の子だよ…………?


疑問符とともに、視線を自分の胸に向けるコンプレックス君。

破れたシャツの隙間からは…………桜色を下可愛らしい乳首が覗いていました。



「…………え?」



ついでに言うと、その乳首の周辺には、男の人にはあり得ない膨らみがあったり。

ええ、胸です。

トップとアンダーの差は、

Aカップレベルでしか存在しそうにありませんが、しかし、膨らみは膨らみ。

胸、と言うか、乳と言うか。



「え、ええええええええええ!? 僕に、何で!?」


先ほどまで命を狙われて、

ランチャー攻撃を喰らっていたことも忘れ、

コンプレックス君は、頭を抱えて叫びました。


男性体の妖怪として生まれて、それが反転すれば、女性体の妖怪です。

コンプレックス君……いや、コンプレックスちゃんは、

胸丸出しで、男性にまたがると言う、何とも無防備な状態で、

自分が女性に変っていることに気がつきました……。





とまぁ、全くまとまらない状態で…………以下、次回。





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