第四話




「はい。あー、そうですか。はいはい」


私は上着の内ポケットで鳴る電話に気づき、素早くそれを取り出した。

この携帯電話は、

わざわざ今回の仕事用に調達したものであり、番号を知っている者は少ない。

電話の相手の可能性は……おキヌちゃんか、あるいは先生かGS協会の幹部長か。

おキヌちゃんには事務所の留守番を頼んであるので、

あの子の場合なら、

強引な客に仕事の依頼をごねられて、助けを求めてきたのかも知れない。

そんなとこを考えて電話に出ると、相手は先生だった。

GS試験会場の、いまだ撤去されていない旧式の公衆電話から、かけてきたようだ。


「唐巣さんでしたか? 美神さん」

「ええ」

「何か問題でも?」

「問題と言えば、問題なんでしょうけど」


私は、私を抱える小竜姫さまに、先生との会話内容を説明する。

なお、私が何で小竜姫さまに抱えられているのかと言うと、

それは空を飛んでいるからだ。


地上の交通機関を駆使するより、小竜姫さまが直接飛んだほうが、速い。

だが、それだとお供の私がついて行けないため、こうして抱えられているのだ。

小竜姫さまの手は、私のわきの下に回されている。

そのせいで、少しだけ電話が取りにくかったりもするのだけれど、まぁ、大したことじゃない。


先生からのお話は、実に簡潔なものだった。

曰く『すまない。ばれてしまったよ』だ。

何でも、横島クンとの戦闘中に髪の毛をつかまれ、かつらが取れた、とのこと。

そう、確かに、実に簡単な理由。

もう。だから強力な接着剤で引っ付けとけって、言ったのに。

……まぁ、その場合、

はがすときに残り少ない先生の髪の毛が、全滅しちゃうんだけど。


「しかし、予想外に早かったですね」

「実は、わざとばらしたのかも知れないわ。電話口の先生、少し笑っていたもの」


先生には、試合に受験生として潜り込み、優秀な者を見定め、

その優秀な者の中から、さらに不審な受験者を探し出す役目を負ってもらっていた。

プロのGSであり、実力者である先生が、GS候補に負けるはずがない。

順当に行けば、最終的に主席合格も可能なはずだった。

だから、合格してGSになろうという魔族子飼いの候補とも、

いずれは手合わせするはずだったのだ。


でも、現実は2回戦途中で正体が露呈。

今は運営委員会のほうで、頭を下げているようだ。


「下手すると、GS免許剥奪なんて可能性もあるような話ね……」

「大丈夫です。協会の最上層には、しっかり通達してありますから」

「それはそうなんだけど……」


まぁ、とにもかくにもバレた以上、

受験者の中にいる魔族関係の奴らは、警戒を強めるだろう。

試験は受け続けるでしょうけど、

怪しいところは昨日より、見せないようにしてくるはず。

急いでこっちも関係のありそうな研修先に行きつかないと、

全部の試合が終わって、無事にGS資格を取って、帰ってしまうわ。


「唐巣さんなら、お弟子さんも出場しているし、会場入りは不自然ではない。

 美神さんも性格的に、いちいち試合をするより、

 私とともに調査するほうがいいと思って、こういう振り分けにしたのですが」


「今思うと、私が試合に出たほうが、よかったわよ。

 先生の性格から言って、もし自分の弟子のピートと対戦することになった場合、

 手加減無用でさっさと勝っちゃう様な真似、出来るはずがないもの」


そう。先生のことだから、きっと昨日も悩んでいたんでしょうね。

仕事のためとは言え、本来受かるはずの若い可能性を潰すと言うのは……とか。

今の言ったけど、もしピートなんかと当たったら、

先生はストレスで胃に穴が開いちゃうかもね。


「美神さんなら、もし自分のお弟子さんと当たっても、平気ですか?」


「ええ、運が悪いと思って諦めてもらうわ。

 恨むなら私じゃなくて、そういう目を出したサイコロと、自分の運でしょう?」


「ま、まぁ、そうなのですけれど……」


小竜姫さまは、あははと小さく笑って、私の意見に同意した。











            第四話    ひと時の休憩時間











昨日のドクターカオス発砲事件でも、場内は騒然としたらしい。

とは言え、それはさほど大きい騒ぎじゃなかったらしい。

俺なんかは試合中だったし、

コートも離れてたから、今朝のTVで知ったくらいだ。


でも、今日の場内の騒ぎは、多分昨日より大きなものだと思う。

何しろ、GS業界ではけっこう有名な唐巣神父が、

メイクまでしてわざわざ試験に潜り込んだんだから。


ストレスによる、乱心か?

そう場内の誰かが言った。

うーん。アレか? 

弟子である美神さんの評判に胃を痛めて、

ここは一つストレス解消をしようと、GS試験で候補をぶっ潰してたと?


まぁ、ありえない話じゃないけれど、違うと思う。

神父はストレスで物を壊すような戦い方は、しなかった。

もしそういう戦い方をしてたら、

俺は開始数秒で、ボロクズになっていたかもしれない。


となると、やっぱり何かしらの思惑があったんだろう。

何だろうか? 考えてみるけど、全然分からん。

今、唐巣神父は試験を運営する委員会に呼ばれて、本部にいる。

かくいう俺も、神父を追って、本部の扉の前で、立っている。


一応、反則負けというか、失格と言うか。

色々な理由で神父が負けたので、とりあえず俺の勝ちと言うことになった。

つまり、俺はGS資格をゲットしたわけだ。

…………喜べないなぁ、素直に。

なんと言うか、実力で取った気がしない。

何しろ、あのまま戦っていて、俺が勝てたかどうかと言うと……どうだろう?

俺も奥の手は出してなかったけど、神父も本気じゃなかった。


GS資格をやっと取れるような若造と、

GS資格を有して、プロとしてGSを営むものの差、と言うところかな?

資格を取ったとは言え、浮かれて遊んでたら、

何にもならないぞって、釘を刺された気分だ。


「あの、えっと……横島、さん?」


腕を組んで黙考する俺に、一人の少女が話しかけてきた。

そこにいたのは、コンちゃんと愛子だった。

俺が本部へ移動したのを、観客席で見て取って、ここまで来たんだろう。

なお、愛子は机を。コンちゃんは救急箱を持っている。


「ほっぺ、ひどいです。でも、これくらいなら普通の治療でいいですよね」


俺の頬……神父の燃える右手で殴られた部分……を見て、コンちゃんが言う。

そう言えば、この子は保健係だったな。

コンちゃんはそんなことを思い出す俺を尻目に、

てきぱきと救急箱の中から、ガーゼと軟膏を取り出した。


「普通の治療……てことは、ひどいとどうなるんだ?」

「その場合、チーフがヒーリングしてくれます」

「へぇ。さすがGS試験会場」

「じゃ、ちょっと動かないでください」


そう言い、コンちゃんは背伸びをして、俺の頬に手を伸ばす。

うん、可愛いなぁ。普通に可愛い。

なんと言うか、軽い怪我をどんどんしようと言う気になる感じだ。


つーか、あの攻撃で軽い怪我しか負わない自分が、ちょっと怖い。

昔から体は頑丈だったし、

色々鍛えているけど……普通なら、首を痛めるような気がする。

よく交通事故の後、首に白いギプスようなものをつけている、ああいう感じだ。

何て言ったっけ? ムチムチ? ムネウチ? ミネウチではなかったような?

まぁ、どうでもいいんだけど。


下らないことを考えているうちに、コンちゃんの治療は終了。

俺の頬には、大きなガーゼが貼られることになった。

喧嘩しなれない奴が、つい喧嘩して、大きなパンチをもらったような、そんな姿。

ユッキーに何か言われたら、『階段から落ちたんだよ』と言ってみよう。


…………なんとなく、落ち込んでた気分が、上昇しだしている。

痛かったところを、女の子に手当てしてもらってるからか?

煩悩が俺のエネルギー源だとは言え、俺もつくづく現金だな。


「何はともあれ、GS資格取得、おめでとう、横島クン」

「ありがとう、愛子。ま、素直に喜べないけど」

「さっきの試合、見てた人が皆驚いてたわよ?」

「一番驚いたのは俺だよ。髪の毛がごっそり取れるんだから」


そんなことを言って、笑いあう。

愛子も『何で唐巣神父があんなことを?』と思っているようだけど、それは口にしなかった。

目の前にある本部の扉。ここから神父が出てきて、聞けばいいことなんだ。

俺たちが蚊帳の外でいくら想像を膨らませても、真実は見えてこないしな。


「他の奴ら、どうしてるかな?」


「道場の皆? カンクローさんはさっさと勝ってたみたい。

 試合が終わるのが、一番早かったもの」


「サボ念とユッキーは?」


「二人とも、私たちがここに来ようとしたときは、まだ戦ってたわ。

 よく見てないで言うのもなんだけど、いい感じだったと思う」


「同じ道場が4人か。こりゃ、3回戦はマジでぶつかるかもな」


俺は自分の右拳を見つめる。

もうしばらくして、俺の名前が呼ばれれば、3回戦が始まる。

昨日みたいに一日の休憩が置けるわけじゃなくて、連戦だ。

相手もその条件は同じだけど……。



「ん?」



ふと、俺の視界に大きな山が映った。

人通りも疎らな本部前へ続く廊下……その廊下の向こうから、大きな山が近づいてくる。

いや、違う。

それは2mを越す大きな男だった。額にあるVの刺青が特徴的だ。


「おぉ〜、コンさん! こんなとこにおったんですかいノ〜」

「あ、タイガーさん」


コンちゃんにタイガーと呼ばれた男は、笑いながらにこちらへとやって来る。

こいつも受験者なんだろうか? 

でも、白衣を着ているところを見ると、保健関係者か?

何にしろ、でかい白衣だなぁ、おい。

普通の何人分になるんだろう?


「チーフが呼んどりますケン。来てつかぁさい」

「そうですか。じゃあ、横島さん、愛子さん。ボクはこれで」


コンちゃんはタイガーから視線を放し、ぺこりと頭をたれた。


「さぁ、さくさく行きますケン! わっしの肩に乗ってつかぁさい!」

「嫌です! タイガーさん、変なところ触るじゃないですか!」

「全くもって、そのとーりジャー」

「自覚があるなら、止めてください!」


ぎゃーぎゃーと言い合いつつ、二人は去っていった。

タイガーか……。

ふっ。何となく、お前とは俺と同じ匂いが感じられたぜ……。

今度ゆっくり、話をする機会があって欲しいもんだな。

だが、さすがにコンちゃんにセクハラするのは、どうかと思うぞ。

実際年齢はいくつか知らんが、見た目は中学生くらいなんだし。

2m級の大男と言うこともあり、絵柄がなんとも犯罪チックだぞ。


「アンバランスなコンビよねぇ〜」


結局、廊下の端でタイガーに肩車されたコンちゃんを見つつ、愛子がそう締めくくった。


…………ん?

さっきまで何となく感じてた、楽しい気分というか、

何かそういうものが、今急速に低下しているんですけど?

もしかして、俺ってロリ属性もあった人なのか? そうなのか?


微笑ましそうに廊下の向こうを見やる愛子を尻目に、

俺は一人、自分の胸中を向き合った。

いや、違うよな?


……でも、じゃあ、何だったんだ?

さっきの高揚した気分は…………うぅ〜ん。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





上層部に様々な問い合わせをしていた委員の一人が、私に向かって嘆息する。

その表情は疲れ切ったもので、こちらとしては、つくづく申し訳ないと思えてくる。

何しろ、現役のGSが私文書を偽造して、試験に潜り込んだのだ。

協会の上層部には、一応知らせておいたとは言え、

底辺部分の一般職員は、右往左往したことだろう。


内密に調査すると言う以上、私が潜り込むことを、

あらかじめ多くの職員に伝えておくことは不可能だ。

また、仮に職員に通達しておいたとしても、

今のように試合中に正体がばれれば、結局は騒ぎになっただろう。


今回の件で特に問題となるのは、昨日の私との試合で不合格になった者の措置だ。

このまま不合格とするか、あるいは誰かと再戦させるか。

再戦するにしても、試合日程を練り直すとなると、総務は忙しくなるだろう。

申し訳ない。


だが、私は今、少しばかり安堵している。

横島クンとの試合が始まったときは、一体どうしたものかと思った。

ラプラスのダイスは、何を考えて、私と横島クンを戦わせたのだろう?

まぁ、絶対公平のサイコロが出した宿命なのだから、

私がこうして今、正体をばらしてしまい、頭を下げているのも、ある種の運命なのか。


横島クンは、ずいぶんと強くなっていた。

一度見たことのある奇妙な構成の結界。

あの目視と霊視をかく乱する結界も、以前より洗練されていた。

また、符を使用し、火炎まで召喚して見せた。

前々から器用な少年なのだろうと思っていたが、

ここまで様々な術をすでに使えるとは……。


だが、私のほうが彼より霊格が……つまりは、レベルが高かった。

だから彼の結界や炎は、簡単に私のものにすることが出来た。

相性がすこぶる悪かった、とも言える。


私は普段から、世界を構成する大きな存在から、力を借りている。

試合中で言うなら、横島クンは試合用結界内に、自分の世界を作り上げた。

横島クンの世界は、あの結界の中だけ。

しかし、私はその結界の外からすら、力を自分へと流し込んでいた。

私の世界は、結界内どころか、会場の外すら含む、本当の意味での世界。

となれば、最終的に使える力の量は、私のほうが大きくて当然である。


横島クンの成長期は、今からようやく始まる、と言ったところだろう。

私は妙神山での修行まで受けており、すでに完成してしまった人間だ。

勝負をして、まともな試合に成るはずがない。


…………そう、そのはずだった。

横島クンは、あのときの私の打撃で、倒れてしまうはずだった。

だが、彼は意識すら失わず、私に手を伸ばしてきた。

なんと言う、打たれ強さ。

予想はしていた。

彼は実力がはるか上の先輩と、

日頃から修行していると言っていたから。

しかし、結局は……予想の範疇になかった。

私が考えるより、はるかに彼は頑丈だった。


耐久性だけで言えば、私や令子君よりも、上かも知れない。

ああ、スタミナもかなりのものか。


そんな彼に驚き、私は隙を作って……正体をばらしてしまった。

仕事は失敗だ。

私のせいで、今後少し、試合の速度は変るだろう。

運営委員会が戸惑っていたのだから、すいすい試合が進むはずもない。

また、魔族関係者のGS候補は、警戒する。

令子君も今頃、そう考えて頭を抱えているかも知れない。


だが、私は何故か、安心している。

おそらく、もしあのまま私が横島クンに勝っていたら、

今後、私は彼に会うことができなくなっていたからだろう。


さて、今から私は、受験者ではなく、見学者だ。

自分のミスで警戒が鋭くなった分、しっかりと目を光らさなければならない。


…………ああ、多分、この本部の扉を開ければ、横島クンがいるのだろう。

何故、神父がこんなことを?

彼でなくとも、このような事態になれば、

本人である私に、事情を聞きたくなるだろう。

もしかすると、ピートも騒ぎを聞きつけ、やってきているかも知れない。


令子君。すまない。

受けた時点でうすうす感じてはいたが、

やはり、私には少々向かない役立ったのかも知れない。

まぁ、かつらを手渡されたとき、ついノってしまった私が悪いのだが……。


………………。

………。

ところで令子君。

あのかつらは仕事が終わった後、もらってもいいのかい?



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