第五話




身体にまとわりつく程度の、ごくごく狭い範囲に隠行結界を張り、

さらには霊波や魔力を遮断する、迷彩機能を付加した服を着込む。

首飾りと……そして奴からプレゼントされた髪飾りをつけ、私は外出の準備を整える。


私が今いるのは、東京シティホテルの一室だ。

偽名で部屋を取り、長期滞在の契約は交わしているものの、

実際に使うことは少ない、言わば仮住まいの一つ。

準備を終えた私はソファから立ち上がり、ふと窓の外を見やった。

広い大空。太陽。……今日は晴天だった。


「横島の奴は、どうなったか……」


1次試験に合格したことは、すでに知っている。

また、昨日の第1試合に勝ったことも、勘九朗を通して伝え聞いている。

だが、今日の試合はどうだろうか?

もっとも、今年が不合格であろうと、来年受ければすむことなのだ。

来年には、横島の力はさらに強いものになっているだろう。


…………いや、本当にそうだろうか?


そもそも来年が……未来が、私や横島に何の障害もなく、やって来るだろうか?

GS協会へ子飼いのGSを無事に送り込めたならば、

そいつらに情報の操作をさせ、私は風水盤計画に取り掛からなくてはならない。

香港の地下で、こそこそと活動しなくてはならない。


もし、横島がGS資格を取ろうと取れまいと、

私はしばらく、あいつと会うことはできない。

まさか、横島を香港に連れて行くわけにも、行かないのだから。

仮に不合格だった場合、

悪いけれど、来年の試験まで修行を見てやることは、出来そうにもない。


「……ふぅ」


私は嘆息しつつ、部屋を出た。

今考えても、栓のないことだ。今は、GS試験会場に向かおう。

今ならば、試合がちょうど白熱し、

会場もコートに釘付けになっている頃合だろう。

情報はデミアンがしっかりと機密保持に努めてくれている。

またわざわざ結界もかけているのだから、誰にもばれるはずがない。


そう気分を転換し、エレベーターに乗り込む。

……だが、一人でエレベーターに乗り沈黙していると、

先ほどの考えが、再び頭をよぎった。


私はいずれ、横島と離れることになる。

いつまでもともに、などという青臭い願いは、決して叶わない。


その願いがあまりに現実的ではないからだろう。

叶えようという気持ちさえ、どこか希薄だ。

だが、だからとって、

横島がどうなろうと知ったことではないと、開き直ることも出来ない。


これまで、ずっと考えないようにしてきた。

先延ばしにしてきた。

その現実が、GS試験に直面することで、考えないわけには行かなくなった。


数ヵ月後。私は香港にいるのだろう。

そのとき、横島はどこで何をしているのだろうか。

私は湿っぽい思考とともに、GS会場に向かった。


思うに、私はもっと早くに、

何らかの決断を下していれば、よかったのだろう。


長い時を生きてきたとは言え、恋愛に……そう、恋愛に悩むのは初めてだった。

また心の奥底に、男が怖いと言うそんな思いも、あったと思う。

横島は私を恐れはしない、気のいいやつだ。

私を無理矢理襲った古代の神々とは、似ても似つかない。

だが、それでも怖かったのだろう。どこかが、漠然と。


「…………私はどうすればいい、か。最近、自問してばかりだね」


私は自嘲を含む声で、独白した。


私は確かに、主の計画に携わっていた。その計画の補助をしていた。

だがデミアンから聞いた話では、主は新たな素体を用意し、

来たるべき時の計画実行者を、用意しているらしい。

だから、私は逃げ出そうと思えば、逃げ出せたのかも知れない。

私の代わりなどいくらでもいて、

そして私はさして重要な情報を持っているわけでもないのだから。


逃げ出してしまえば、そこまで悩むこともなかったであろうし……


『メドーサがホテルを出たぞ、デミアン』

『わかった。まだ張り付いていろ。後は、タイミングだな……』


……仕事仲間に恨まれて、策略にはまることもなかったのだ。



考え事をしつつ会場に向かっていた私は、

自分の背後で監視をしているハエ野郎に、気づけなかった。

もっと早くに仕事から逃げ出せば……

あるいは、このとき監視にさえ気づいていれば……

もしかするとどうにかなったのかもしれない。


もちろん、どうにもならなかったのかもしれないが。










            第五話      はじまる、狂乱と……









俺は愛子手製の弁当を食いつつ、眼下で行われる試合を見物する。

観客席からコートを見ると、やはり試合をしている人間が小さく見えるもんだな。

派手な試合なのだけれど、実際に戦っていた俺としては、

やはり遠目からの見物だと、少し迫力にかける。

観客席にいる以上、パンチが顔面に迫って来ることもないしな。


えーっと、今残ってる奴は、何人なんだろう?

1800以上の人間が、128人。

128人が、64人。

さっきの第2試合で32人になって、

今第3試合をところどころでやっているから、

もうすぐ16人に絞られるわけだな。


試合が進むに連れ、怪我人も出るようになってきている。

コンちゃんとか、保健係りは大変だろうな。

それに、コートを覆う結界が磨耗して、新しく張り替えられたりもしている。

そんなわけで、一部試合が早まったり、早まらなかったり。


つーか、この時点で試合待ちしてたりする奴は、全員GS資格取得なわけだ。

つまり、ユッキーもサボ念もカンクローさんも俺も、白竜は全員GS資格を取ってる。

快挙だよな。こりゃ、道場に帰ったら、またお祭り騒ぎかも知れない。

会長だって、合格祝いくらい、大目に見てくれるだろう。

クリスマスだってやったんだし。


俺は白米を飲み込んで、水筒からお茶を汲んだ。

なお、俺の手荷物……サスマタとか受験票とか……以外の

こういうちょっとした荷物は、例によって愛子の机に中にしまってある。

異界空間に物がしまえるのは、本当に楽だと思う。

ああ、でも机を持ち運びするから、ヒフティヒフティかも知れんけど。


ちなみに、サスマタは常時装備中。

今も俺は自分の肩に立てかけつつ、弁当を食ってます。

…………今のうちに、符を柄の所に張っておこうかな?

武器の整備ってことで……駄目か? 

やっぱ、バレたらヤバイか?


なんて事を考えつつ、完食。手と手を合わせて、ご馳走様。

やっぱり、試合で疲れるから、ゴハンが進む。

…………腹を殴られなくて、よかった。殴られてたら、食えなかったと思う。


「ふ〜。美味かった」

「はい、お粗末様」


弁当を食い終えた俺に、愛子が答えた。

なお、俺の隣……というか、近くの席には、

愛子の他にも、唐巣神父とピートが座っている。

俺の試合は、まだまだ行われそうではない。

で、仕方がないので、俺は本部から出てきた神父と一緒に観客席に来たんだ。

そしてそこに、神父の話を聞きつけて、ピートがやって来たという形。


唐巣神父は、部外者には話せない特別な事情があって、GS試験に参加していたんだと。

神父の他には美神さんも絡んでいるそうで、

もしかすると、あの人が神父の代わりに試合をしてた可能性もあるそうだ。

…………神父でよかったなぁ、と思う。

美神さん、手加減とかしなさそうだし、怪我人が多く出そうな気がする。

まぁ、神父のバーニングパンチも、かなり効きましたけどねー。


……特別な事情って、なんだろう?

俺は試合を見つつ、考える。

ピートはただ、次の試合までの待ち時間を潰しているだけなんだけど、

俺は待ち時間どころの話じゃない。

俺の今後の試合は、微妙な調整をされて、最後のほうに回されるんだそうだ。

いきなりシード権をもらったようなものか?

まぁ、試合の組み合わせ自体はサイコロで決まるから、

俺という要素を抜きにしてサイコロを振れば、

試合の組み合わせはちゃんと出来るんだけど。


俺が少し早い目の飯を食って、こうして休憩できたり、

シード権をもらったような状態になるのも、神父の影響。

試験をしている委員会のほうも、なんか色々あったっぽい。


その色々と言うのは、簡単に言うと、

プロGSとぶつかる事になった可哀想な受験者を、

少しでも休ませてやろう、と言う、運営委員会側の、親切な配慮らしい。


そんな配慮をされたり、色々面倒が起こるのを承知で、神父が潜り込んだ理由。

なんだろう? やっぱり秘密にされると、微妙に気になる。


オヤジの『世にはばかる講座』によると、

こういうときは手にした情報から、とりあえず推測してみるのが吉らしい。

考えても分からないって言うには、まぁ仕方がない。

でも『俺には関係ないし』って、

最初から考えるのを放棄しちゃうと、流れに取り残されるんだそうだ。

ごもっとも、だよな。


さっきは神父がすぐ説明してくれると思って棚上げしといたけど、

『特別な事情』ってこと以上のことを言ってくれないなら、自分で考えるしかない。


で、考える。

わざわざ現役の人が出て、受験者と試合する理由を。

……………うーん。

いまさらGS資格が欲しいわけがない。

となると、試験に合格するのが目的じゃない。

となると、なんだ? 参加することに意味がある?

参加して、その結果得られるもので、かつ資格じゃない。

……………むぅ。分からん。


嫌がらせで参加とか、後輩の腕試しに参加とか、

そーゆーのなら動機として、分かりやすいんだけど。

でも、嫌がらせじゃ、神父や美神さんはわざわざ出てこないよなぁ。

特に美神さんはお金にならないことに…………待てよ?

お金をもらったら試験に参加して、

受験者を蹴落とすことくらい、しそうだよな。あの人なら。


…………って、アレ? もしかして? んん?


俺は不意に、ある可能性に行き当たった。

おお、なんか名探偵チックだぞ?

そんな風に自分で自分を賞賛しつつ、

俺は今思いついたある可能性を、神父に聞いてみることにした。


「ねぇ、神父。誰か合格させたくない奴でも、いるんすか?」


嫌がらせで合格させないっ……て言うところから思いついた。

なんかヤバイ奴が試験に紛れ込んでて、

内々のうちにそいつを排除しよう、とかな。

ヤバイ、と言うのがなんなのか知らないけど、うーん……犯罪歴持ちの奴とか?


…………まさか、サボ念。

不良時代の強盗の件でちょっと……とか、ないよな?

あの犯罪者なんぞに、どうしてもGS資格を取らせるわけには……とか。


俺は自分が今考えたことについて、神父に説明していく。

すると、意外なところから、俺への反論があった。


「それはおかしくない、横島クン? 

 だって、試合の組み合わせは、ダイスで決まるんでしょう?

 ちゃんと当たりたい『ヤバイ相手』と、試合できるかしら?」


「あ、そうか。今の時点で勝ち残ってたら、

 例え先生が負かしても、意味ありませんしね」


人差し指を立てて愛子が。

そして愛子の言葉にぽんっと手を叩いて、ピートが言う。


う、うう。確かに。

霊的な干渉を受けない、運命のサイコロを使ってるんだ。

神父が目的とする相手と、確実に当たることはないなぁ。

それに、俺は今、もうGS資格を取っちゃっている。

次の試合で負けても、資格は失われない。

つまり、第2試合まで勝ち残ってれば、後は負けても問題ないんだ。


「穴だらけよ、横島クン」

「うう。俺さ、今さ、自分がすっごい頭よくなった気がしたんだけど」

「まさに、小説に出てくるへっぽこ探偵の役ね」


「まぁ、あながち外れているわけでも、ないのだけれどね……」

「へっ!?」


愛子と苦笑し会いつつしゃべる俺に、神父が小さく呟いた。

慌てて俺が視線で問いかけるんだけど、神父はそれ以上、話してくれなかった。

不器用な感じで、ただ一回だけ、俺に向けてウインクする。

仕事上の守秘義務に、触れちゃうから、ヒントはここまで。

もう僕は何も喋れないよ、ってことだろう。


俺の考えが、微妙に当たってる?

なんだろう? 

つまり神父は、やっぱりオトリ捜査とかしてる?

うーん。分からない。




そんな俺に対し、答えは予期せぬ方向からやってきた。




「お、お前は竜族危険人物・ブラックリスト『は‐5番』の、メドーサ!?」

「…………小竜姫……何故、ここに……」

「お前がGS協会に手下を送りこもうとしていた魔族ですね!?」



観客席の後ろ……観客席はコートが見やすいよう、段々状になっているんだけど、

その最上段のさらに後ろの、通行部分から、女性の大きな声が聞こえてきた。

後ろを振り返ると、そこにはメドーサさん。

そして美神さんと……何故か、小竜姫ちゃんまで。


……GS協会に手下を送り込む?

………神父がわざわざ試合に出てでも、合格させたくない奴?

…………って、それってもしかして、俺ら白竜会のことか!?


そうだよな。

GS協会に入って、その体質を変える。

オカルトGメンに入って、妖怪とかの保護部署を作る。

そんな俺の目標だって、師匠がメドーサさんである以上、

変な見方をすれば、

『魔族が少年を洗脳し、GS取得を取らせ、裏からGS協会を操作しようとしてる』とか、

そういう風にとる事は、出来なくもないんだ。

実際、俺は全然洗脳なんかされてないし、

自分の意思で試験を受けたけど、他人から見たら、そんなもん分からないし。



「何のこと? 私は試合の見物に来ただけ。証拠はあるのかしら?」

「お前を斬るのに、証拠など必要ありません」

「ただ試合を見に来ただけの魔族を、殺すと?」

「ええ。私がこの場に来た以上、もはや往くことも退くことも出来ぬと、心得なさい!」



メドーサさんは、小竜姫ちゃんに対して、少し戸惑っているようだった。

なんと言うか『ちょっと話の流れに、ついて行けないんだけど?』って、

そんな感じで、小竜姫ちゃんのほうを見ている。

それに対して、小竜姫ちゃんはよりヒートアップしていく。

馬鹿にされたとか、あるいはとぼけられたとか、そう取ったんだろう。


……正直、傍で聞いている俺としても、

メドーサさんと小竜姫ちゃんの会話は、

いまいち噛み合ってない気もする。特に小竜姫ちゃん。


小竜姫ちゃんがやる気な以上、

そのまま膠着が続くはずもなく、事態はどんどん流れていく。

メドーサさんが素手でその場に突っ立っているのに、

小竜姫ちゃんは、脇に装備してある神剣を抜こうとしていた。


メドーサさんの眉が、寄せられた。


「ちょ、ちょっと待ってよ、小竜姫ちゃん!」


気がつくと、俺はサスマタ片手に、二人の間に飛び込んでいた。

……っと、飛び込んだはいーけど、俺はどうすればいいんだ?

メドーサさんを援護する方向で行くのはいいけど、

白竜会でメドーサさんに指導を受けてましたとか言うと、旗色は悪くなるのか?

くっ、こんなときこそ、よく感がえないといけないのに、

なんで勢いだけで飛び出してんだ、俺は。


っ!?

つーか、小竜姫ちゃんが『殺る目』で、こっちを睨んでる……。

もしかして俺、余計に状況を悪くしちゃいましたか、メドーサさん?




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




怪しいと思われるところをあらかた回ったものの、

特に何も有益な情報は得られなかった。

またGS試験に潜り込んでいた先生の正体も、ばれてしまった。

こちらの捜査線は、もうボロボロと言ってもいいくらいだった。


まぁ、そもそもの情報が少なすぎると言うのもある。

GS試験に手下を潜り込ませようとする魔族が誰なのか。

そしてそれは本当なのか。

そんな根本的な部分から、微妙にあやふやだった。


まぁそんなわけで私と小竜姫さまは、一度先生と合流すべく、試験会場へと向かった。

どう行動するか、これからについて話し合わなければならない。

もう第2試合も終わっている時間帯なので、

もし合格者の中に魔族の手下がいるならば、

どうやって資格を剥奪するか、そう言ったことについても、話をする必要があった。


そして観客席へと、私たちは足を向けた。

すると、そこにいたのだ。

スタイルのいい、私より5つ以上は年上の外見の女性が。


その存在に、最初は私も気づけなかった。

小竜姫さまが立ち止まり、何かを凝視しようとしていることに気づいて、

そこでようやく、感覚を鋭敏化させて、気づけたのだ。

その女性は、狭い範囲の結界を張っていた。

また、着ているものに細工がしてあるのだろうか?

体から普通は零れ出るはずの霊力……いや、この場合は魔力かしら?

それすら、ほとんど遮断していた。


しかし、その行為が、

自分は隠れて試合を見物している魔族です、と言う大きな証拠。

小竜姫さまは、拳をぎゅっと握った。私もつられて、間合いを整える。


するとそれまではコート……いえ、観客席?

とにかく視線を前方へと向けていたその魔族が、こちらに気づいた。

……この時点で、その魔族の結界は、かなり意味のないものになった。

隠行の類の結界は、他人に認識されると、とたんに効力を低下させる特性があるからだ。


その魔族女性は、自身の結界が見破られたこと。

そして目の前に神族である小竜姫さまがいることに、多少は驚いたらしい。

眉を寄せ、さらには私のほうまで見やってくる。


「小竜姫に……GSの美神令子か」


外見から、もっとハスキーな声を想像していたのだけれど、

その魔族の声は意外としっとりとしていた。

にしても、こんな魔族にまで知られているなんて、私もちょっとしたものかしら?


魔族は小竜姫さまと私、そしてコートと……やはり観客席の一部を交互に見やる。

その先にいたのは、先生とピート。そして、横島クンたちだった。


先生を見やったと言うことは、

やはり、こちらの動きを察知していたのだろうか?

それとも、ただの偶然?

こちらの動きを察知していたのなら、

こんなところでわざわざ見つからないだろうし……。


「お、お前は竜族危険人物・ブラックリスト『は‐5番』の、メドーサ!?」

「…………小竜姫……何故、ここに……」

「お前がGS協会に手下を送りこもうとしていた魔族ですね!?」


ここに来て、ようやく魔族の名前が明らかになった。

メドーサ。

彼女の姿を見たものは、そのあまりの醜さに、体を石にしてしまう。

あるいは、彼女に見つめられたり、

目を合わせると石にされてしまうと言う、そんな伝説のある魔物。

しかも、ブラックリスト? 随分な相手らしいわね。


メドーサは名前どころか、危険人物とまで言われたからだろうか。

やはり少し戸惑いつつ、小竜姫さまに問いかける。

だが、小竜姫さまは取り合わずに、確認するようにメドーサへ反問した。


「何のこと? 私は試合の見物に来ただけ。証拠はあるのかしら?」

「お前を斬るのに、証拠など必要ありません」


確かに、メドーサは何をするでもなく、試合を観戦していたようではあった。

そして確かに、私たちにはメドーサの言うとおり、なんら証拠がなかった。

だが、やはりそれでも、小竜姫さまは気にしないらしい。

すでに剣に手をかけて、臨戦態勢を整えている。


「ちょ、ちょっと待ってよ、小竜姫ちゃん!」


そしてさらに登場する、横島クン。

手にはサスマタを持ち、剣を抜いた小竜姫さまに対して、明らかに警戒していた。

ただでさえ、今はややこしい状況なのに……。

この子は天竜童子のときもだけど、つくづく事態を混乱させる奴ね。


「そこを退きなさい!」

「いやっスよ! なんで剣を抜いてるんすか! 危ないから、早くしまったほうが!」

「危ないのは貴方のほうです! 貴方の後ろのいるのは、魔族ですよ!」

「何にもしてないじゃないすか! 何でいきなり戦闘になるんすか!」


魔族だろうが、妖怪だろうが、悪霊だろうが。

基本的に色んなものと共存関係を望む横島クンは、かたくなだった。

神剣を構える神さまに対して、サスマタを構えて応戦の構えだ。

魔族だろうとなんだろうと、いきなり殺そうと言う考えは駄目だろうと、

横島クンは全身で意思を表していた。


その彼の後ろで、メドーサは思案顔だった。

私はどうすればいいのだろうと、そう顔に書いてあるくらい、思案顔だった。


「大体、さっきブラックリストだとか叫んでましたけど、何をしたんです?」

「知りません。リストを見て、覚えていただけですから」

「って、なんじゃそら! そんなんでいきなり斬ろうとするなってば!」

「リストに載ったことが、そのまま極悪な存在である証拠です!」

「誤報だとか、誤認だとか、あるかもしれないだろ!?」

「神族の調査官の報告に、そのようなことはありません!」


「調査官って、あのヒャクメちゃんみたいな奴?

 なんか、すごくノリが軽そうな娘だったんだけど……」


「…………………調査官の報告に、間違いなどほとんどありません!」


痛いところを突かれたのかしら? 

小竜姫さまは、律儀にも言い直した。

それにしても……横島クンって、私の知らない神族にまで会ってるのね。




…………ん?




横島クンが目覚めた魔眼は、石化の魔眼。

その横島クンの後ろに今いるのは、石化の代名詞とも言える魔物のメドーサ。

そして、メドーサを横島クンは擁護している。

これは偶然かしら?


騒ぎは段々と大きくなっていく。

さすがに会場にいる者は、全員少なからずGSに関係している者ばかり。

明らかに人間とは違う気の小竜姫さまや、

その小竜姫さまに魔族だと言われたメドーサがいても、パニックにはならなかった。


先生とピート、そして愛子ちゃんの視線も、こちらに注がれている。

特に先生は、懐からカバーの着いた聖書を取り出して、

戦闘にすぐさま移れるよう準備していた。


「ねぇ、横島クン? もうバレているのよ?」


私は先ほど思いついたことを確かめるため、

横島クンにカマをかけてみることにした。

突然の私の発言に、小竜姫さまは驚いたようだけれど、

私は視線で黙っているように頼んだ。


「貴方はメドーサの……いいえ、白竜会が、

 そのメドーサの手下GSを育てる場所だったんでしょう?

 こっちはもう、情報を掴んでいるの。

 こんな茶番劇は、終わりにしましょう?」


YESか、NOか。

横島クンがきょとんとしてくれれば、それでいい。

何を言っているのか、分からないという顔をしてくれれば、それでいいのだ。


だが、横島クンは、何とも言えない顔で、私のほうを見た。

何かに迷っているようでもあり、

何かを悲しく思うようでもあり、

その顔は…………何かを知っていると言う証拠だった。


「よ、横島クン。貴方、本当に……」

「………俺は……白竜会は……」


思いがけない反応。まさか、するはずがないと思っていた反応。

それに戸惑い、私の呟きは少しだけかすれていた。

そして、横島クンも同様に、かすれた聞き取りにくい声で、何かを呟いた。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「今ここで、こういう風に出会うとはな。少々予定外だが、まぁ、いい」


メドーサと神剣使い・小竜姫が立つ、

そのちょうど反対側の観客席に座っていた私は、そう独りごちた。

メドーサのホテル出発も、かぎまわっている小竜姫の動向も、

どちらもベルゼブルのクローンに張り付いていてもらって、把握していた。


別段、今すぐ鉢合わせにするつもりは無かった。

後々、メドーサをそれとなく誘導するつもりだったが……まぁ、ちょうどいい。

今ならば、メドーサが企みを察知された末に、逆上。

GS試験会場内で、大暴れしたというシナリオが、十分に成立する。


私はその場から立ち上がり、観客席の通路へと足早に移動する。

すでにすべての用意は整っている。

私は念話で、会場の外にいるベルゼブルへと合図を送る。

この合図にあの小竜姫が気づいたなら、私のシナリオは変更を余儀なくされるのだが……。

間抜けなことに、小竜姫は目の前のメドーサに集中し、

私が使用した念話を感じ取るにはいたらなかった。

神剣使いと謳われた小竜姫。しかし、大したことはない。


全体的なシナリオを読み上げようか。

私の描いたシナリオは、単純なものだ。

文章に目を通すだけならば、実に……そう、実に簡単な話だ。


GS協会乗っ取りを企み、子飼いのGS候補を育て上げたメドーサ。

しかし、どこからか漏れた情報により、その企みは神族に知られることとなる。

そして試験当日。

自信たっぷりに、大胆にも会場に姿を現したメドーサは、

神族の登場に、自分の企みが漏洩していたことを知る。

自暴自棄に陥ったメドーサは、GS会場内に己が支配下にある魔物を召喚。

水泡に帰した計画の腹いせに、その会場を壊滅させようとする。

会場内は、メドーサと魔物と、神族の戦士とGS候補により、混戦する。

その混戦中、致命傷を受けたメドーサは、その場で滅した……。


そう、メドーサ。

ここがお前の墓場となるのだ。


私が自身のシナリオを反芻していると、会場の正面玄関が吹き飛ばされる。

その破壊された扉の向こうにいるものは、皮膚の表面が腐りきったゾンビ。

その数は100を超え、さらには私ですら見慣れない魔物も多くいる。

南部グループに提出させた、先行型ゾンビ兵……あるいは、失敗兵器。

凶暴すぎて制御に問題があるという、曰くつきだ。

小竜姫にはさして障害となる相手でもないだろうが、GSの候補程度では、どうだろうな?



これらの魔物は、

私がわざわざ、この日のためにメドーサの外見に擬態し、

南部グループより秘密裏に提出させたものだ。


知らないだろう、メドーサ。

このような試作が、存在したことなど。

貴様の知る、風水盤計画用の量産型ゾンビ兵は、

霊的構成自体が改良され、また外装にも気を使い、

一見するとゾンビには見えないほどだからな。


これも、貴様への手向けだ。遠慮せずに、受け取るといい。



さぁ、殺し尽くせ。

戸惑え。混乱しろ、人間よ。

貴様らの叫びが、メドーサへの冥土の土産だ。


私の思い描いたとおりの混乱が、会場内に巻き起こった。

後は……私が隙をつき、メドーサを暗殺すれば、すべてが終わる。

この混戦。誰が誰に致命傷を負わせたかなど、分かるものか。

流れ弾とは、予期せぬ方向より飛来するものだからな。




さよならだ。メドーサ。



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