第二十一話




事務所で書類を読んだり話をしているうちに雨が降り出したらしく、地面は濡れていた。

傘をさして歩く美神さんの後ろを、俺は傘もささずについていく。

なぜなら俺の背中と両腕は、大量の荷物の運搬のために使用されているから。

電車を乗り継ぐのが、少々……つーか、かなり辛い格好だ。これは。

背中に荷物を担ぐのは、愛子の机で慣れていたつもりだけど、

机の2倍はあろうかと言う大型リュックだと、重心がうまく取れないし。

それでふらつくもんだから、余計に人の視線を集めてしまうし。

周囲の視線を気にしないで、ずんずん進んでいく美神さんはさすがだなぁ。


「あの男の子、凄い荷物ね」

「というか、前の女とどういう関係だ?」

「姉弟?」

「……いや、あれは女王様と奴隷だろ?」


周囲の喧騒が耳障りだった。

でもまぁ、顔が煮てないから姉弟には無理があるし、恋人にも無理があるのは分かってるけどさ。


「横島クン、世間の認識って意外と事実に当たるものよね」

「いやいやいや! 師匠と弟子でしょ、俺ら!?」


まぁ、美神さんみたいなおねーさまなら、奴隷でもいいけどさ。

着替えも入浴も、どんなことでも手伝う気があるしな!


ちなみに、愛子とおキヌちゃんはお留守番だ。

俺の研修を愛子が手伝うわけにも行かないので、

この仕事が終わるまで、愛子はおキヌちゃんとトークタイム。

と言うか、基本的に普段、おキヌちゃんはお留守番をしているらしい。

何気にコンピューター操作なんかも出来てしまうおキヌちゃんは、

仕事上の電話の応対とかをして、美神さんが留守中の事務所を切り盛りしているらしい。


「あー、重てぇ」

「大丈夫? 横島クン」

「大丈夫っす。重たいことは重たいけど、まだまだいけます」

「そう? 給料は出ないけど頑張ってねー」

「ここまで重労働だと、バイト代が欲しいとか思ったりするんですが」

「研修経費を払う? 実地で装備を使うと、かなりの額になるんだけど」

「はっはっは。不満などこれっぽっちもありません、おねーさま」


確かに美神さんの言うとおり、俺は移動中に電車代も何も払ってないんだよなぁ。

つーか、両手が使えないから、切符やら何やらは美神さんがフォローしているし。

1件の研修で1000円移動費がかかるとして、100件で10万になる、か。

研修代として数十万を今すぐ出せと言われても、ぶっちゃげ出せねぇ。


「もうそろそろよ。頑張ってね」

「ういーっす」


俺は登山用リュックサックを背負い直し、美神さんの後を追う。

今俺の背中にある荷物の中身と言えば、

神通棍や霊体ボウガンなどの武器、大量の札、そしてキャンプグッズだ。

と言うか、むしろキャンプグッズに、除霊用具を足した荷物と言う方がいいのかもしれない。

本日の研修場と言うか除霊作業場は、郊外から少し離れた地区にある屋敷だ。

日帰りで行き来できる距離だが、

場合によってはこの中で夜を過ごすことになるので、キャンプ装備も必要らしい。


言われてみれば、納得だ。

よくある恐怖映画みたいに、何か特殊な霊的建物に押し込まれたとする。

水もなければ、食料もなく、さらには寝る場所もなく……追い詰められた状況で除霊。

うん。考えるだけでも最悪な状況だ。

除霊をしに行って、逆にやられてしまったら、マジで洒落にならんしな。

そんな状況に追い込まれるぐらいなら、重い荷物を背負う方がましだよ。


「除霊って言うと、俺の場合ならサスマタと符だけでいいかとか思ってたなぁ」

「長期戦になる場合も考えなさい。人の怨念って言うのを甘く見ると、痛い目に遭うわよ」


道すがら、俺は美神さんに色々なことを教えてもらう。

と言うか、やはり俺はあまりに知らないことが多すぎるっぽい。

直接の師匠であるメドーサさんが魔族で、人間の使う道具や術を必要としないから、

特に紋章系統の結界術なんかは、ほとんど初耳だった。

紋章式の術は、紋章それ自体に意味が込められていて、

自分自身にほとんど霊力が残されていないときでも、描くことさえ出来れば効果を発揮できる。

土の上なら、木の枝で十分描けるし、固い地面でも石があれば十分に描ける。

あらかじめ霊力を込められたチョークなんかあれば、もう最高だ。

少々時間のかかる術だけど、設置型のトラップとしても使用可能。

しかも、その場に描くわけだから、消費するのは基本的に時間だけ。


(まぁ、ある意味では、符術とそう変わりないけど)


知っていて損をすることはない。

なにもない状態でも発動できる術を覚えられることは、非常に心強い。

符は、少なくとも紙がなければ駄目なわけだし。


「符術の暗記も面倒だけど、紋章とか紋様の暗記も面倒だな……」

「終わりのない円周率を覚えるよりはマシよ」

「美神さんは全部覚えてるんですか?」

「さっきも言ったけど全部は不可能ね。失われた秘術も多いし。て言うか……」

「? なんすか?」

「符術とかも、覚えるのがイヤなら、私みたく買うのも手よ?」

「あー……厄珍とか言う店があるとか」


そう言えば、ピートがお見舞いに持ってきてくれた札は、

GS試験でムカつく解説をしてくれた、チビな親父の店の品物だとか。


「そう。私もあそこで買ってるわ。自分でいちいち描くのも面倒だし。

 それに符術なら符術で、それだけを極めようとした者の作った符の方が、

 片手間に作る符よりも、強力なものが出来上がるもの。値段は張るけどね」


「ちなみに、いくらぐらいですか?」

「今回持ってるのだと、8千万が最強クラスね」

「それ、家が建ちますよ!?」

「精霊石よりかなり安いわよ」


貧乏学生の俺に……いや、貧乏じゃなくても、学生に億単位の買い物は絶対に無理だ。

俺は胸中で、符も霊石も自分で精製していくことを誓う。

8千万円の符の威力は出せないだろうけど、8千円くらいは出せるはず!

と言うか、人間の作るものが、値段で完全に測定できて貯まるか!

俺だって調子のいい日は、いい感じの符を作れることもあるし。

多分、1万円のを8千枚使う方が、物量で押せていい感じなはずだ!


「……って、美神さんは駆け出しの時、どうしてたんスか?」


ふと、俺は美神さんのことが気になった。

もしかして美神さんは、駆け出しの頃からお札を買えるような、お金持ちのお嬢様だったのだろうか?

…………冥子ちゃんの家も無茶苦茶でかいしな。

でも、すっげぇ失礼なことを言うと、美神さんって、全くお嬢様っぽくないんだよな。


「うん? まぁ、最初は神通棍1本で、ひたすら貯金だったわ」


どうやら、やはりお嬢様ではなかったらしい。


「下積み時代って誰でも辛いモンなんですね。当たり前なんだろーけど」

「馬鹿ね。アンタはまだいいわよ」


そこから美神さんは少しばかり遠い眼をした。

美神さんはGSになるための修行を、唐巣神父の教会でしてたらしい。

それは美神さんの母親が、神父の弟子だったからだそうだ。


「大変だったわ。あの欲のない先生の下での生活は!」


生活費がなくなっている状況で、しかし依頼者から料金を取ろうとしない唐巣神父。

そんな神父をなんとか丸め込み、

依頼者から料金を徴収して、生活を守りつつ修行する美神さん。

さらに美神さんは俺と同様に、神父の下で修行したのは高校時代。


「アンタは私の事務所の経営の心配なんて、しなくていいけどね」

「美神さんはしてたんすね……」

「学校で『今月の光熱費はどうしようか』とかね!」

「あの人は行きすぎですよねぇ、マジで」


俺は神父の下で研修となった陰念に、胸中で頑張れよと念じた。

何を頑張るのかは知らないけれど、

とりあえず食う物だけは食っとけよ……と思う。

神父もなぁ。いい人なんだけど。

………って、実地で何かの装備を使えるのか、あの教会は?

少なくとも、8千万円のお札は、まず置いてない気がする。


「さて! グダグダ言っている内に着いたわよ!」


陰念に生暖かい同情の念を向けていると、美神さんがそう言った。

その声につられて視線を動かせば、確かに『それっぽい』建物が目の前にあった。










            第二十一話      美神除霊事務所 出動









「ここが……」

「取り壊そうとすると、次々と人が死ぬらしくて、40年近くこのままよ」

「呪ってヤツですか?」

「もっと直接的ね。多分悪霊が今もいて、侵入者に手を出しているのよ」


古びた鉄柵に覆われた、モダンな建物。

それが今俺の目の前にある今回の研修場。

気配を探ろうとすると……確かに、何かが存在する気がする。

ただの空き家なら、こういう存在感は感じないはずだ。


「このホラー映画チックな雰囲気、むっちゃ気味悪いんですけど」

「小竜姫とガチンコ対決するよりマシでしょ? こんなプレッシャー」

「比較対象が違う気が……」


おどろおどろしい雰囲気の建物と、純粋に強い存在って言うのは、全く違う。

と言うか、外見が可愛い小竜姫ちゃんと、廃墟なこの建物ではやはり比べようがない。


「何人もの霊能者が失敗して、不動産業者も頭を抱えているわ」

「追い討ちをかけんでくださいよ。人が怖がってるのに」



何だかんだ言いつつ鉄柵を開き、俺たちはモダンな廃墟の正面玄関へと侵入。

敷地に入った瞬間に何かあるかと思ったが、特に変化はなかった。

俺は玄関前で荷物を降ろし、その扉に手をかけた。

だが、扉は随分と固かった。

長年の風雨でさび付いたのか、扉の形自体が歪んだのか。


「美神さーん。開きませんよ?」

「びくともしない?」

「押しても退いても駄目っぽいっす。これ以上力を入れると、扉が壊れそうな気が」

「いいわよ、玄関くらい。開けないと入れなんだし、不可抗力」

「そうっすよね」


俺は扉から3歩ほど下がって、脚の筋肉に力を流し込む。

そしてふっと息を吐いて、その場で跳躍。身体をひねって回し蹴りだ。


「うぁちゃぁあ!」


いや、回し蹴りをする必要はないんだけど、ちょい格好付けてみたくて。

玄関扉前、傘を折りたたんだ美神さんの見守る中、

今俺の華麗なるローリングなキックが…………。


《立ち去れぇい! 死にたくなくば、失せぶぼらばぁぁああ!?》


キックが…………扉にクリティカルヒットする瞬間、何かがその表面に発現する。

それはどうやら人の顔らしかった……が、

俺の蹴りの衝撃に耐え切れず、ちょうど顔の中心部である鼻が陥没し、

さらには扉ごと、屋敷の奥へと吹っ飛ばされる。


「…………ご、ごめんなさい。いや、まさかいきなり出るなんて」

「何を謝ってんのよ、アンタは。それにしても、派手に蹴ったわね」

「扉を蹴破る機会なんてないから、つい映画のワンシーンを意識して」

「そう言えば、白竜は大陸系の武術の流れなのよね」

「怪鳥音を出しといてなんですが、ジークンドーじゃないっす」

「まぁ、そりゃそうよね」


美神さんは苦笑しつつ屋敷内へと入っていく。

俺もそれに従って、微妙に尻込みしつつ、中へ。

当たり前だが屋敷内に光源はなくて、暗く閑散としていた。

俺が蹴り破った扉が、闇に混じるように屋敷の奥に倒れている。


「さっきの顔……アレが今回の除霊対象ですか」

「そう。40年以上前に死んだ、ここの主。プロフィール、聞きたい?」

「じゃ、参考までにお願いします。相手のことを知ってた方が、俺も色々やりやすいですし」

「…………意外ねぇ」

「へ?」

「やけにすんなり来過ぎてるのよね。アンタ、本当に横島クン?」

「何がどーなって疑われてるのか、分からないっす」


「私の知っている横島クンって、もっとこう、悪霊擁護派な人間と言うか。

 私が除霊するって言ったら、やめましょうとか提案してくるっぽいと言うか」


あー、まぁ、なんだ。

美神さんの言うことも、分からなくはない。

と言うか、俺はオカルトGメンを目指してたりとかするけど、

最終的な願いが何かと言えば、

霊や妖怪や、魔族の方々とも仲良くしていきたい……と、そう思ってるのだ。

実際、メドーサさんを庇おうとして、小竜姫ちゃんに楯突いたりもしました。

そのせいか、何もかも保護するみたいなイメージで見られているのかもしれない。

でも、俺は悪霊を保護していく気なんて、ないです。これっぽっちも。


「俺は『悪霊』の擁護派じゃなくて、『霊とか妖怪』の擁護派なんです」


意思のない災害としての霊は仕方ない。

意思がないって言うのは、すでに人格がないってことで、

人格がないってことは、魂のないただの残留物だ。

実際に、俺は唐巣神父の教会で、悪霊を成仏させたこともある。


俺がイヤなのは、お金を貰って、見境なく霊を払うGSとかだ。

話の通じる霊を無理やり払うのは、どう考えてもやりすぎだ。

だから、そう言った霊がいれば、どうにかしてあげたいと思う。


美神さんに分かりやすい例を出すなら、おキヌちゃんや愛子だ。

愛子たちは悪いこともしないし、ちゃんと話も通じる。

にもかかわらず『妖怪』だとか『幽霊』だとかで、無理矢理排除されそうになったら?

俺は断固拒否します。ええ、徹底抗戦っすよ。


ついでに言わせて貰えば、メドーサさんがまさにそれ。

小竜姫ちゃんには、是非じっくりとメドーサさんと話し合って欲しいモンです。


「で、つまりアンタにとって、今回の霊は保護対象にならないと?」

「イヤ、それを判断するためにも、プロフィールを教えてくださいよ」

「まぁ、そうよね。悲劇の死を遂げたなら、優しく成仏させてやりたいとか考えるわよね、普通」

「そーっすよね」

「でも、そんな気遣いは無用かもよ?」


美神さんはどこからともなく、一枚の写真を取り出した。

そこに映っていたのは、顔に傷のある暴虐っぽいおっさんだった。

もしかして、陰念が年を取ると、こういう雰囲気のおっさんになるのだろうか?


「残忍非道、冷酷無比。一大勢力を築いた犯罪組織のボス。

 一日に平均して1人プラス半人前を殺した、無茶苦茶な男。

 部下もその横暴さについていけず、32歳の彼を殺害……って感じ」


「この顔で32なんですか。いや、つーか、そんな男が何でいまだに悪霊に?」

「自分を殺した部下への逆恨みか、あるいは別の理由かしら」

「逆恨みなら、死んでまで迷惑かけないで、さっさと成仏しろってとこっすね」

「まぁ、本人に聞いたほうが早いか……。横島クン、荷物!」

「うい。で、何するんですか?」

「誘き寄せて、現世にしがみ付く理由を聞くわ」


俺は美神さんの指示に従って、屋敷の中に簡易テーブルを組み立てる。

そのテーブルには白い布を敷いて、さらに1本の蝋燭を立てる。

今から美神さん降霊術を行うらしい。

なお、美神さんの実力なら、わざわざこういう儀式形式を踏まなくても、

この今回の霊程度なら無理矢理引き出せるらしい。

だがまぁ、そこは俺の研修と言うことで、参考までに。


「こんなので、いいんですか?」


「OKよ。さて、呼び出すわよ。

 横島クンの蹴りに、すっかりビビッた犯罪組織のラスボスを」


美神さんは精神を集中させていく。

眼を閉じて、蝋燭の火の近くへと手の平を近づけていく。

……うーん。今なら、忍び足で接近して、キスできないか?

この俺の無駄に成長したスキルを持ってすれば、あるいは可能では?

修行の初期に、メドーサさんの胸を我が物にしようと、

気配を絶つ練習だけは無我夢中でやってたし、その杵柄を……。


「横島クン? アンタから悪霊より禍々しい思念が、飛んでくるんだけど」

「ごめんなさい。しばらく何も考えんよーにします」

「そうしてくれると助かるわね」


美神さん、嘆息。その僅かな息に、蝋燭の火が揺れる。


「じゃあ、行くわよ。我が名は美神令子。

 この屋敷に住むものよ、何故、死してなお現をさまようか……?」


《ダァー! やっかましい! 帰れっちゅーのが、分からんか!》


美神さんの声に反応したのか、テーブルと天井の間の空間に、先ほどの顔が発現する。

つくづく、柄の悪い言葉使いだ。しかも、顔が怖い。

こっちを押しつぶすほどの威圧感はないけれど、ビジュアル的には辛いなぁ。


《おんどりゃぁ! ナメトッタラアカンゾ、ゴラァ!? イワシタルケンノウ!?》


関西弁と広島弁が微妙に混じっている感じだ。

微妙に口調が安定しないのは、やはり何とか現世にしがみ付いている悪霊だからか。

そこにくると、おキヌちゃんって凄い安定率だよな。存在感もちゃんとあるし。


「煩いやつねぇ。日本語で喋りなさい」

「ま、確かに他の国の言葉にも聞こえるっすね」


美神さんは机から立ち上がると、空中で喚き散らす霊をぶん殴り、ダウンさせる。

さらに地面にべちゃりと落ちた霊を、上から女王様らしく踏みつける。

実にうまい踏み方だった。


《く!? はなさいかい! ハナセイウトルンジャ!》


霊は美神さんの脚の拘束から逃れられず、ただ無様にじたばたと暴れる。

もちろん、多少暴れた程度で、美神さんの拘束からは逃げられない。

脚への霊力の供給加減が、この踏み付けのポイントか?

俺は胸中で分析しつつ、美神さんの踏み付けを観察する。


「……………何してるの、横島クン」

「美神さんの踏みつけの観察です」

「……地べたに這いずって?」

「…………美神さんがピンクって、ちょっと意外な感じ」

「………それは、一体何の色のことかしらっ!?」


俺は今、地面に頬をつけて、美神さんの踏み付けを観察している。

そう、踏み付けを見ているのだ。

つまり美神さんは片方の足を地面につけ、もう片方の足を上げている。

そして、美神さんはふとももがよく見える、短いスカートを着用している。

まぁ、なんだ。この状態で見える物と言えば、言うまでもないだろう。


「逝きなさい」

「それはどこに!?」


ぼそりと美神さんは呟くと、急に霊を押さえつけていた脚を解いた。

上からの圧力がなくなった霊は、その場から緊急移動。

そして移動中にすぐさま見つけた体のいい獲物……つまり俺に飛来する。


《さっきはよくも蹴ってくれたのう!》

「いだだだだだだっ!?」


しゃがみこんで地面に顔をつけていた俺は、

飛来する霊を回避することができなかぅた。

獅子舞のように大口を開けた霊に、がちがちとかまれる。容赦なく!


「うわぁ! 地味にイテェ! ええぃ!」


俺は右腕に霊力を溜め、そこに石化の魔眼を発動。

パキンっと硬化し武器となった腕を、しつこく人の頭を噛みたくる霊に向ける。

基本的に霊とはガスのような、実に不確かな存在。

それをあそこまでしっかりと踏める美神さんは、普通に凄い。

霊力の集中のさせ方とか、現実的な話をすると、マジで凄い。

でも、攻撃されている今の状況で、俺にはそこまで出来ない。

なら、とりあえず『溜める』→『固める』と言う単純工程を踏んで、反撃をしたほうがいい。

幸いにして、この近距離では高威力が望めるしな。

って言うか、こんな状態で霊弾なんかぶつければ、直撃の反動衝撃が、俺にもかなり来るし。


「S・ガントレット!」

《ぐあぁぁ!?》


自身の霊気を凝縮した手甲で、不確かな霊をぶん殴る。

霊は意味不明な叫びとともに俺からはなれ、空中で霧散した。

そして同時に、パキンっと言う音ともに、俺の手甲が砕け散る。

光り輝く手甲の下からは、いつもと変らない俺の手が現れた。

………どうやら、攻撃中に精製したために、錬度が低かったらしい。

ああ、となると、実戦中にちゃんとした手甲はまず使えないってことか。

しっかりと手甲を作ってから、戦闘を開始できれば、それがベストだな。

……………そう思うと、小竜姫ちゃんのときは、かなりやばかったなぁ。


「………って言うか、あの霊は成仏した?」

「なわけないでしょ。一時的に退散しただけよ」

「あ、そーっすか」

「ったく。仕事中はエロス厳禁! いいわね!?」

「んなこと言われても、俺の霊力の源泉はエロなんです!」

「………愛とか希望とかじゃないわけ?」

「じゃあ、美神さんの気力とかの元って、何なんですか?」

「決まってるでしょ? 現金よ! キャッシュよ! 利益よ!」

「…………どっちもどっちじゃないすか」

「ええい! 師匠に口答えも厳禁よ」

「へーい。で、これからどうするんすか?」

「恐らくヤツは、何か企んでいるはず。刺激しすぎてもなんだし、様子を見るわよ」

「了解っす」

「ったく。誰かさんが邪魔しなかったら、もっとさくさく終わって……」


美神さんはぶちぶち文句を言いつつ、俺に指示を出した。

長い上に取り留めのない文句だったが、

要約すると『横島クンが馬鹿なことをしているせいで、止めを刺し損ねた』と言うもの。

…………まぁ、確かに仕事中に不謹慎な行為をしました。ええ、しました。

でも、その場のノリで霊に止めを刺さなかったのは、美神さんの責任では?

思いっきり『逝きなさい』って、俺に言ってからあの霊をけしかけたくせに。

そう思うものの、文句は言わずに俺は美神さんに従う。

まだそんなに長い付き合いじゃないけれど、

『言っても無駄だろうなぁ』ってことぐらいは、もうしっかり悟ってたりする。


「結界を張って、現状のまま待機。はい、横島クン」


美神さんはすらすらと床にチョークで紋様を描き終えると、

使い終わったチョークと、小さな本を俺に手渡してきた。


「え、あ、あの?」

「ただ待ってても仕方ないし、少し寝るわ」

「いや、だから……」

「昨日は書類仕事のせいで、夜が遅かったのよね」


美神さんは、受け取って戸惑っている俺を無視して、いそいそと寝袋を広げる。

俺は美神さんが寝袋に下半身を突っ込んだところで、ようやく我に返って質問した。


「あ、あの、これは自分で結界を描けと?」

「もちろん。何で私がアンタの分までしなきゃいけないのよ?」

「いや、まぁ、確かに研修に来てるわけだし、美神さんの言うことは分かります」

「でしょ? 自分で結界を描いて、そして不寝番をお願いね」

「いやいやいや。その前に、この本なんですけど?」


俺はチョークを足元に置いて、本をめくりながらに言葉を続ける。


「これ、何語ですか? アルファベットではあるけど……」

「ラテン語よ」

「どう考えても読めないっすよ!」

「これから先、必要な言語よ」

「そりゃまぁ、そうなんでしょーけど」


原文や古典でつまづき、

英語の成績は中の上以上に達していない俺なんかが、

どう頭をひねったところで、いきなりラテン語が分かるはずがない。

つまり、紋様や紋章は図を真似て描くことが出来るけれど、その効果は一切不明。

もし、出来上がった結界が呪縛結界だったら、俺は一人間抜けに固まることになったり?


「っち。しゃーない。こうなったら」


俺は美神さんが周囲に張り巡らせた紋章を見て、それを真似ることにした。

美神さんが敵陣の中央で、身を守るために描いた結界だ。

どう考えても強力な防壁作用のある結界なので、これを完璧に真似ればOK!

薄目を開けてこちらを見る美神さんを、意識的に視界の外にやりつつ、

俺はせっせと紋章・紋様を書き写していく。

まず円を二重に描いて、その周囲にラテン語で何かを書いていく……。

…………くぅ。よくすらすら描けるよな、こんなもの。

指に覚えこませないと、やっぱりこういうのはサクッと描けないモンだよな。


「あ、寝る前に一つだけアドバイスしとくわ」

「なんすか? 美神さん」

「この結界は私のオリジナルで、発動にはちょっとした…………すぴ〜……」

「今、一番大事なとこを言い忘れてません!?」


俺は美神さんに文句を言うが、しかし美神さんはすぴすぴと寝息を立てている。

絶対に狸寝入りに違いない。どう考えても寝息がウソっぽい。

でも、普通に文句を言っていても、絶対に起きてくれないだろうし。


「よし、ここは目覚めのキスで!」

「すぴー、すぴぃー!」


ゆっくりと唇を尖らせながら近寄る俺に、美神さんの右ストレートが炸裂。

いつの間に寝袋から手を出したのだろう?

俺が美神さんの結界を見よう見まねしている時、この人はすっぽり寝袋に入ってたはずなのに。


………あぁ…………いってぇ……。

今更改めて言うのもなんだけど、絶対起きてるよ、この人。

げふんげふんと、美神さんから離れつつむせる俺。


(どーすっかな)


まぁ、美神さんが手取り足取り、

優しく教えてくれるような人じゃないってのは分かってたが……。

何なんだ、この微妙に愛のない仕打ちは? 俺が何かしたか? 

俺が美神さんを怒らせるような、何か悪いことをしたか?


……………風呂、覗こうとしました。

美神さんの除霊作業中に、下着見てハァハァしてました。


(これは、自業自得ってヤツか!?)


とにかく、このままじゃヤバイ。

幽霊屋敷の真ん中で、結界も張れずにいたら、どうなるか分かったもんじゃない。

となると、俺はこれからの行動を今ここで選択せにゃならんわけだ。


えーっと、まず……俺は不寝番なので、眠れない。

つまり、下手するとこのまま徹夜な上、結界がないと常に神経を張り巡らせる必要がある。

正直これでは身が持たないので、さてどうしよう?


提案その1。相手を引きずり出す。

それを可能にする方法……降霊? 

駄目だ。さっき美神さんがやった以上、相手も慎重になるから降りてこないはず。

そもそも、降霊術は美神さんのを見ただけで、まだ詳しく知らんし。


提案その2。相手を探し出す。

それを可能にする方法……なし。

仮に俺の独自結界I−レイヤーを張ったとしても、屋敷全てを覆いつくせないっぽい。

完全に覆いつくせない以上、敵がずっと隠れていれば、俺は疲れるだけ。


「あ、この部屋にだけ、レイヤーを張ればいいのか」


この部屋全体を俺の領域とすれば、あの霊が近づけば俺には分かる。

うん。常に部屋の中を自分の霊気で満たさなきゃいけないから、

美神さんの結界と違ってかなり疲れるけど……まぁ、いい。スタミナには自信があるし。


「よし、レイヤー展開っと」


俺は虚空に霊気の塊をいくつか放出し、それをぶつけ合って割った。

するとその塊の中から霊気が拡散し、広がっていく。

その霊気はやがて部屋中に充満して、そしてこの部屋は俺の領域に……

…………………なりませんでした。

俺が放出する霊気を、美神さんの周りの結界が片っ端からレジストしていきます。

つまりは使用者に忍び寄る不穏な気配として、結界に排除されているのだ。

こうなるともう、俺の霊気が出尽くすのが先か、

結界が無効化するのが先かと言う、熱き魂のデットヒート……って、おい!

違うから。そんな無意味な根競べをしてる場合じゃないから。


「くそ……。俺はどーすりゃいいんだ。符もないし」


仮に符があれば、五行を利用した別種の結界が張れるが、残念ながら持っていない。

今回の俺のメインワークは荷物運びだし、

そもそも今研修中は、普通の一般的なGSの装備に慣れていくというのも趣旨。

サスマタと符と魔眼は、実は出来るだけ使わないようにすることになってんだよな。


(で、サスマタと符は今無し。魔眼は俺の目だからあるけど、

 部屋中を石にして固めても、幽霊は透過して入ってくるしなぁ)


一番手っ取り早いのは、ラテン語を解読して、紋様結界を描くことだ。

仕方がないと判断した俺は、頑張って背負ってきた荷物の前にしゃがみこむ。

そして登山リュックの中から、ラテン語の辞書を探す。

この仕事をするにあたり、美神さんの解説を聞きつつ、

愛子とおキヌちゃん協力のもと、荷造りは行われたのだ。

そしてその折に、何冊かの本も詰めた。

そう、その時おキヌちゃんが本棚から取り出し、俺に何かを手渡してくれたのだ。

そう。『これも必要になると思います』って、おキヌちゃんは言っていた。

となれば、ラテン語の辞書が入っている可能性も……………。



  『キャッツボーイ・シリーズ1   著・安奈みら』
   超美形でクールな高校生・伊集院隼人。
   しかし彼はICPOに追われる天才怪盗だった!
   この夏話題のアンナ耽美文学の処女作、堂々の刊行!



「……………なんでやねーん」


カバンの中から発見できたものは、なんか微妙な絵柄の少女小説だった。

残念ながら、もちろん中身はラテン語用の辞書ではないです。

……俺に、いつ、どこで、どんな理由でこれを読めというんだ、おキヌちゃん。

お耽美学とか、俺には全く必要性も興味もないですよ?

こう言うのが好きなのか、おキヌちゃん。

となると、今頃事務所では、愛子とボーイズがラブな話をして盛り上がってる?


「まぁ、暇つぶし用……だと思っておこう」


げんなりとしつつ、俺は他の本を探す。

すると見つかったのは、これまたラテン語で書かれた魔道書らしきものだけ。


「世に言う天才なやつらは、ここで独自の紋様術の一つでも編み出すんだろーなぁ」


部屋の隅で美神さんの寝顔を眺めつつ、一人ごちる。

先ほどまでは寝たふりだったけど、今はもう完全に眠っているだろうか?

でも、下手に近寄るとどーなるか分からんしなぁ。

うーん。もうちょっと近づければ、健やかな寝顔がじっくり見れるんだけど。


《しくしくしくしく……》

「な、なんだ?」


突然、部屋の外から女の人の泣き声が聞こえてきた。

この屋敷にいる霊は、あのおっさんだけじゃなかったのか?

俺は両手にたっぷりと霊力を溜めて、いつでも霊弾を撃てるよう身構えつつ、扉を開ける。

するとそこには、半透明の……おキヌちゃんよりかなり薄い女の幽霊がいた。

廊下に座り込んで、両手を目元に当てて泣いている。


《助けて……助けてください》

「どうしたんだ? 何で泣いてるんだ?」


女性から助けを求められれば、例え火の中水の中。

大統領だって、その場のノリでぶん殴っちゃうかも知れないのが俺だ。

俺は地面に膝をついて、その泣いている女の人の肩に手を添える。


《聞いてください! 私ってば可哀想な幽霊なんです!

 ラーメンの出前に来たところで、ドジしちゃって……

 屋敷の主人様に玄関で手渡そうとしたら、ドンブリをぶっ掛けてしまって!

 そのせいで殺されたんです! あんまりです! 人生これからだったのに!》


「犯罪組織のボスのくせに、出前を取るなよ……」


俺は泣き叫ぶ女性の肩をぽんぽんと叩きつつ、呆れる。

一大勢力のボスとなった男が、近所のラーメン屋に注文って……。

挙句玄関まで出前の品を取りに来るって……部下にさせろよ。

ああ、俺の中の悪の大ボスのイメージが壊れる。

やっぱり大ボスと言えば、

革張りの黒椅子に、ワインに、葉巻に、高級そうな黒猫だろ?


まぁ、あの変なおっさんについては、まぁいいとして。

確かにこの女の人は可哀想だ。

来来軒なんて言う、有りふれたラーメン屋の名前のエプロンが、また物悲しさを誘う。


「よし、俺に出来ることなら、何でも協力してやる!

 で、何が心残りで成仏できないんだ?

 やっぱ青春に甘い思い出を体験できなかったからか!?

 なら、俺が今ここで君を薫りある大人の女に!」


《ちょ、ちょっと待って! そ、そうじゃない! そうじゃないの!》

「えー、そーじゃないのー?」

《何で、残念そうなんですか! て言うか、私は幽霊ですよ!?》

「ふっ。ヤリたい盛りの男子を舐めるな! この横島忠夫をただの男と思うな!」

《いや、だから、いいです。そう言うのはいいです。心底いいです。本気で遠慮します》

「なら、何が心残りで成仏できないんだ?」


見たところ、かなり意識がはっきりしている。

俺の言葉にもしっかりと受け答えしているしな。

そこから考えるに、彼女は意識をしっかり現世に留めて置けるだけの要因があるはずなんだ。

例えるなら……ありがちだけど、どうしても誰かに思いを伝えたいとか。


早い話が『死んでも死に切れない』という状態を、彼女は自ら体現しているわけだ。

だから『もう安心して成仏できる』とさえ思えば、彼女は天に召されることが出来る。

霊に優しいGSになりたい俺としては、

ぜひとも心残りを解消して、晴れやかな気分で成仏していただきたい。

手の付けられない悪霊や、ただの残留思念ならともかく、

名残惜しくて死にきれない霊を、お札に封じ込めて強制消滅なんて、却下だ!


《心残り、ですか……?》

「そう。なんだ? 言ってみ?」

《え、えーっと……えー……》

「ないのか? あるだろ? 心残りがあるから成仏できないんだろうし」


《あー……。えっと! ところで話は変るんですけど!》


「……唐突な上に、なんか凄い気迫だな」

《さっきから見ていたんですけど、あなたは男として恥ずかしくないんですか!》

「? なにが?」

《あんな女にあごで使われて、情けなくないのかと聞いているんです!》


「いや〜、文句なんて口が裂けても言えない自分が、

 ちょっと可愛く思えてしまう今日この頃だったり」


《…………ほ、本気で言ってる?》


「ああ。年上のおねーさまにあれこれ命令されるのが、

 もう俺の天命かと思ってる。メドーサさん然り、美神さん然り!」


《だぁー、もう! なんなんじゃ、貴様わぁ! それでも男か、ワレェ!》


呆れた口調でこちらに質問を続けていた来来軒の女の人は、突然キレた。

ガシガシとはしたなく頭をかいて、自身のまとうエプロンを引き剥がす。

すると……そのエプロンの下からは、先ほどのおっさん霊が出現していた。


《最近の男はどうなっとんじゃ!? この軟弱野郎! 信じられんわ!》


来来軒の店員から、華麗なイリュージョンで変身したおっさんは、

生きていたら間違いなくツバを飛ばす勢いで、俺に詰め寄ってくる。


《お前をたぶらかして、あのクソ女を陥れ、二人とも殺す完璧な計画が!

 貴様のアホさ加減で、企画倒れやないか! このダボ!》


「はっ! 女装してたおっさんに、軟弱とか言われたくないな!

 それに人の趣味は、人それぞれのもの! おねーさま好きで何が悪い!」


大口を開けてこちらに迫るおっさん霊に、俺は霊弾を放つ。

するとおっさんはそのお面のような平面さを活かし、ひらりひらりと回避する!


「くっ! なら、当たるまで連射するまで!」

《ちぃ! 軟弱小僧の攻撃など、当たって堪るか!》

「ええい! ちょこまかと!」

《はっ! 次はワシの番じゃ! どたまカチ割って、ラッキョのいれもんにしたる!》


なんとお面のような形状しか取らなかったおっさんが、

ここに来て急に人型の形態を取り出した。

中肉中背の、実にのっぺりとした特徴のない霊体。

しかし、顔だけはいかつく強烈な個性を発している。

さらにその口は、先ほどのお面形態のときと同様のレベルで開くらしい。

口裂け男……とでも言えばいいのか? なかなかに強そうだった。

どのような理由で、現世に留まるのかは分からない。

だが、これだけの力を発揮できるということは、よほど強い思いなんだろう。

………これで、殺されたことに対する逆恨みなら、本気で最悪だぞ、こいつ。


《ワシの攻撃、受けてみよ!》

「ちっ! そっちが全力で来るなら、こっちだって!」


俺はあえて敵の全力を受けきることにした。

本当なら、この攻撃を避けて、敵が体勢を崩したところにこちらが攻撃。

その後、止めの吸引……って言うのが、『理想的なパターン』ってやつだろう。

少なくとも、美神さんの戦闘スタイルでは、それがベストとされていると聞いた。


でも、今俺は止めをさせそうなアイテムを持っていない。

8千万円すると言う強力な符も、いまだにリュックの中だ。

取りに行きたいと言えば、このおっさんは待ってくれるか?

答えは否だろう。

なら、どうにかして相手の虚をついて、自力で強烈な一撃を与えないと!


(美神さんが起きないってことは、自分でどうにかしろってことだよな。

 さすがに俺がこいつに殺されそうになったら、起きて来る……と思うし)


俺は全身に霊力を充実させる。

そのためのガソリンは、先ほど美神さんのパンチラと言うかパンモロで補充済み!

俺は常時放出できる霊波量こそ少ないけど、溜めたりするのはかなりうまい!


両手、胸、腹、両足。体の各部分に視線を這わせ、硬質化させていく。

ピキパキと霊的エネルギーは音を鳴らし、霊石となった。


《な、なんと……!?》


「全身、これ即ち霊石の鎧! 

 これが我流+メドーサさんの教えの魔眼制御術最終奥義(仮)!

 その名もスピリット・フル・アーマー!」


《くっ! これではワシの噛み付きも通用せん…………って、おい》

「なんだ! 来るなら来い!」

《いや、本当にええのんか? お前、後ろ半分は鎧がないぞ?》

「視界外だからな」

《と言うか、喉元やら金的やら……つーか、頭部丸出しやないか》

「視界外だからな!」

《ならば……貴様、その状態でも高速移動が!?》

「基本的に全く動けん! 何しろ石の鎧だからな! 重量過多だ!」


そう。何故俺が小竜姫ちゃんと対峙した時、ガントレットのみで戦ったか。

全身に石の鎧を発現させると、かなりの重さになってしまう上、

かなり色んな部分を守ることが出来なかったりする。

仕方ないじゃん。結構色んなところに穴が開いているが、

そもそも戦闘中に姿見の鏡を用意して、

じっくり背中まで見て、しっかりした鎧を作ることなんて、出来るはずないつーの。

そんなわけで、この技は防御技としては、あまりに中途半端なのだ。


「ノリでこんな技発動しちゃって、今俺は猛烈に後悔している!」


腕の部分に注目してみよう!

さっきのS・ガントレット時は、

そこを凝視していたので、かなりの部分が覆われていた。

しかし今のアーマーは、体の表面を流し見ただけなので、

夏の海で体の表面を焼いただけのような、そんな感じなのだ!

繰り返すけれど、『敵の攻撃を防御するための鎧』としては、あまりに不出来だ!


《ワシが撃退した中で、お前はもっともアホな霊能力者だった。覚えておこう》

「うわぁ、嫌な記憶の残り方だな、おい!」


おっさん霊は、ゆっくりと俺の元へと歩み寄ってくる。

そして動かない俺の両肩に手を添えて、大きく口を開けた。

余裕綽々だった。

自分で見れないせいで丸出しになっている俺の頭部を、美味しくいただくつもりらしい。


《ふん! では、サラバだ! クソジャリ!》

「く、くそっ…………なんてな。それはアンタの方だ」


俺は両腕を動かして、サバ折りでもするかのように、おっさんの身体を強く抱きしめる。

生身のおっさんでなくてよかった。そもそも男って言うのは、汗臭いしな!

ちなみにどうでもいい話だが、女の人の汗には、

男を引き寄せるフェロモンが含まれているらしいぞ!


《き、貴様! 動けんはずじゃ!?》

「真に受けるなよ。仮にも犯罪組織のボスが………石破!」


俺はおっさんと密着した状態で、体を覆う霊石の鎧を破裂させる。

もちろん、俺の体から飛び散った霊石は、密着しているおっさんの身体に突き刺さる!

身体を守るための鎧としては、トンでもなく不出来なアーマーだが、

こういう使い方をすれば、その威力はガントレットの石破とは比べ物にならない。

一点ではなく、敵の全身をくまなく霊石の飛礫が直撃するわけだしな。


《が、がぁああぁぁ!?》

「よっし! 作戦成功!」


俺は高らかに宣言しつつ、苦しむおっさんから距離を取る。

うむ。キレーにヒットした。

おっさんは零距離で、全身にショットガンを喰らったようなもの。

かなりのダメージだろう。

ああ、一度は使う機会があってよかった。

こんな技、実際に使う場面なんて普通はないしな。もうネタの領域だし。

そして使ってみて分かったことは……やっぱり、全くもって使えないってこと。

よほど相手をうまくノせて、こっちペースに引き込まないと、

実際機動力は低下している上に、微妙にしか身体を守れていないわけだから、

あっさりとやられてしまう可能性もあるし。


《こ、このワシがぁ! こんなガキにぃい!》


まるっきり悪役の台詞とともに、おっさんの身体は薄くなっていく。

これは……体が保てなくなっているみたいだな。このまま成仏するかも?


「放っておけば、もう終わるか?」

「甘いわね、横島クン。大本を絶たないと意味がないわ」


おっさんはもともと半透明な存在だったが、その薄さがさらに強まっていく。

もうあと僅かで消え去ろうとするおっさんを眺めていると、

背後から美神さんが声をかけてきた。

手にはいつの間に装備から取り出したのか、ボーガンが握られている。


「やっぱり起きていたんすか」

「仮に寝てても、そばがアレだけ煩ければ起きるわよ」

「ごもっとも」

「それにしても、無茶な技ね」

「まぁ、自爆技みたいなモンですし」

「でも、今の技を眺めてて、ふといいこと思いついたわ」


美神さんは俺に言葉を投げかけつつ、ボーガンを構える。

そして消え去ろうとするおっさんの体に向けて、矢を打った。

その屋の尾には、なにやらヒモがついていた。

そして霊体が風に乗るように消え去ろうとすると、

刺さった矢がその流れに乗り移動、かつヒモが行き先への道標となる。

美神さんの言う『絶つべき大本』まで、これが案内してくれるみたいだ。


「あの霊が、この世に執着する原因。それを取り除かないと、

 その原因に篭る執着から、また残留思念とか生み出される可能性があるしね」


「それは分かりましたけど……それより、いいことって?」


「ん、ああ、あんたの霊石よ。

 ねぇ、これから毎日何個か作って、私にくれない?

 精霊石よりレベルはかなり落ちるけど、使えないこともなさそうだし」


「俺の霊石って、魔眼の効力が消えたら霧散しますよ?」


と言うか、俺が先ほど破裂させた鎧の一部は、

すでに地面へと転がった上に、音もなくいつの間にか消滅している。

これまでの経験から言うと、

俺の魔眼によって石にされたものは、最長でも数週間しか持たない。

未来永劫、永続的にその場に石として存在することは、ないのだ。

何でかって言えば……まぁ、コーラルが完全に起きていなかったり、

俺自身の錬度が低かったりするからだろう。

逆からの視点でものを言えば、仮に魔眼が暴走しても、

1ヶ月も我慢すれば、放っておいても元に戻る可能性があるわけだ。


「ちっ。一日50個。一週間で250個。

 それだけあれば、マシンガンの弾みたく使えるかと思ったのに」


ご、50個も作らす気だったのか!?

まぁ、確かに一日50個ずつ霊石が手に入れば、経済的にはいいよな。

本物の精霊石には劣るとは言え、数で押すことも出来るわけだし。


…………俺の霊力の源泉はエロなわけだし、

一度Hさせてくれれば、100でも200個でも作れそうな気がする。

でもなぁ。美神さんがそんな報酬の払い方、してくれるわけないよなぁ。

イケイケな格好の割りに、この人意外と身持ち方そうだし……。


そんなことを話しているうちに、俺たちはヒモを辿って地下へ。

薄暗い階段をこつこつと降りていくと、壁にボーガンの矢が刺さっていた。

どうやら、体に刺さった矢のせいで、

壁を透過して『向こう側』に行けなかったようだ。


「この先に執着する要因があるんすね」

「どうやら、そのようね」


《ない! ないったらないんじゃ! なんもない!》


「美神さん、本人はああ言っていますけど、ここにスイッチを発見です」

「さすが我が弟子。じゃあ、早速ぽちっと押しちゃって」

「ういっす。ぽちっとな」


俺はおっさんの言葉を無視し、我が師匠の言葉に従う。

石を組み合わせるようにして作られた壁。

その石と石の隙間にある小さな突起。俺はそれを、人差し指で押した。


《あ、ああああああ!》


隠し扉、とでも言うんだろうか。

組み合わさった石の一部が動き出し、俺たちの目の前に穴が出現する。

その中を覗いてみれば、なにやらそこは書斎のような部屋だった。

かび臭さが気になるが、それさえ無視すれば、

多くの本棚が壁一面に設置されていて、かなり立派な部屋だ。


「秘蔵のエロ本置き場!?」

「……それはそれで恥ずかしくて、成仏できない気もするけど」


美神さんは部屋の中に入るなり、適当に本棚から書物を取り出す。

そしてぺらぺらと中身を眺めている。その表情は……半眼だった。

呆れていると言うのか、馬鹿にしていると言うのか。

少なくとも、超過激なエロ本ではないみたいだ。

ちっ。なんなら、こっそり貰っていこうかと思ってたのに。

俺は美神さんにならって、本棚から1冊の本を取り出す。


「仕事明けに飲むヨーグルトは、高原に光る朝露の幻……? 何だこれ?」

「自作のポエム集みたい。これが恥ずかしくて、成仏できないみたいね」


まぁ、確かに犯罪組織のボスの屋敷を取り壊して、

そこから自作のポエム集が出たら、なんと言うかもう、かなり恥ずかしい話題になる。

そうならないために、この屋敷を取り壊さないよう、

建設業者やら霊能者が入ったりしたら、邪魔してたのか。


「って言うか、美神さん」

「ん?」

「仕事明けって、どういう仕事明けなんでしょう?」


人殺しか、それとも麻薬密売か、あるいは刑務所から出所したってことか?

どう考えても、ヨーグルトを飲んで爽やかな感傷に浸る感じじゃないぞ。


「確かに、誇れる仕事じゃないっぽいわね」

「で、どうします?」

「…………燃やしましょう。綺麗さっぱり」

「了解。運び出して庭で燃やします。何処かの教育ママみたく」

「結構な量ねぇ」

「体力には自身ありっす」


《や、やめろ! ワシの傑作集が! せめて読んで批評してから!?》


俺は矢によって壁に縫い付けられたようになっているおっさんを無視して、

本棚から10冊ずつ本を取り出していく。

本棚はこの狭い部屋の中に4つ。で、その本棚の段数も4段。

で、1段に十数冊が入っているから……うん、搬送はすぐに終わるな。

まずこの10冊を庭に出しに行って、

で、ついでにリュックの中身を出して持って来れば……。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




………………カチ、カチッ。

雨がさっきまで降っていたために、

庭にある落ち葉を集めたところで、なかなか火はつかなかった。


……ボッ。

しかし、やがて火はつく。


……………バサバサ、バサ……。

運んできた本を、惜しげもなくぽいぽい放り込む。


メラメラメラメラ〜〜〜……。

黒い煙とともに、本は燃えていく。


…………………………チーン♪

どこからともかく、リンの清々しい音が聞こえてきた。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「うーん。今日はほとんど何もしなくてよかったから、楽だったわ〜」


私は屋敷を出るなり、背中を逸らして大きく伸びをした。

今回の仕事で私がしたこと言えば、霊を呼び出して踏んづけて、ボーガンを射出したことだけ。

霊をシバくのはそれなりに楽しみなんだけど、

でもまぁ、動かないでお金が入るって言うのは、もっと好ましい。

自分の仕事を全部横島クンに任せて、

ただ監督するだけな毎日が続けば退屈もするだろうけど、たまにならいいわね、こういうの。


「ちなみに今日のギャラは、いかほどっすか?」

「数億は固いわ! まだまだ事後交渉で上げるわよ!」

「GSって凄い職だなぁ、つくづく……」

「アンタ、公務員になるんでしょ? 手取り15万くらい?」

「………………」

「頑張ってね、国のお犬さん」

「…………めげるんですけど、その応援。いや、別にお金目当てじゃないんですが」


私の言葉に、横島クンは苦笑する。

先生タイプな人間だけど、お金の重要視と言うものはしっかりと把握しているみたいだ。


「まぁ、頑張んなさい。ウチで研修する以上、

 どういう道を行こうが恥ずかしくない実力はつけてやるわよ」


私は横島クンの肩を叩いて、彼の前を歩く。

今日の仕事を見る限り、やはり常に放出している霊波が、

一般的なGSレベルより低いことが気になったけれど、

それはごくごく短時間の溜めると言う行為で、どうにかしているみたいだし、問題はないと思う。

まぁ、今後は彼の放出する霊波総量を伸ばすことも、考えてあげないといけないかも知れないわね。


……………それにしても、

仕事中でも人の下着を覗こうとしたりするその性格が、どうにもいただけないわね。

その辺りをどうにかしてくれれば、もう少し評価を上げてもいいのだけれど。

まぁ、バイト料も無しに、ここまで働く人間をしばらく使えるわけだし、多少は目を瞑るしかないか。

そこ以外は、明るくていい性格の子なんだし。


「今後とも、よろしくお願いします」

「はいはい、任せなさい」

「後、99件っすね」

「何言ってんの。後100よ。私が手を貸したしね」

「…………もしかして、ちょこっとでも手を貸せば、俺一人でしたことには」

「当然、ならないわよ?」

「今後、最後にちょこっとてを出して、『俺一人で完了してない』とか言われる予感が」

「………えーっと、順調に行けば、研修の終わりは横島クンが2年に上がる頃ね」

「順調に行けば、って言葉が気になることっす」


なかなかに鋭いことを言ってくる横島クンに、私は笑ってごまかす。

記念すべき研修一件目……とは言え、残り100件アリ……は、こうして終わった。



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