第三十話




とりあえず、何とかなったわけよね?


陰陽師・高島を抱えて空を飛びながら、そう私は考える。

奪うべき魂を持つ陰陽師・高島の予期しない行動により、赤っ恥をかかされるわ、検非違使に追われる騒ぎになるわ……。


本当に冗談じゃない状況になったけれど、今その高島は、私の腕の中。

振り返ってみれば、地面を走ることしか出来ない人間どもは、私の姿を見失ったらしく、追って来ていない。

そう、私は目標の人間を手中に収め、追っ手からもしっかりと逃げ果せたという事。

それはつまり、終りよければ全て好しってことよね。


「はふー。……っち。プロテクターが邪魔だな」

「何やってんのよ、アンタは!」


やっぱり、全然良くないわ。

人が抱えて飛んでやっているというのに、

高島はこっちに感謝するとか、宙に浮いて飛んでいることを驚くとか、

そういう事はまったくなく、人の胸をその後頭部でまさぐろうと、何やら躍起になっていた。

これはまぁ、私の魅力がしっかりと通用している証拠でもあるけれど…………ムカつくわ。

人が後方確認している時に、本当に何を考えているのかしら、こいつは?


「ほら、着いたわよ!」

「うぉっと!」


眼下に打ち捨てられた『静かに話をするには手ごろな廃屋』を見つけた私は、

抱えていた陰陽師・高島をそこに投げ捨てる。

するとヤツはあわあわと叫びつつも、空中で体勢を整えて、しっかりと着地した。


ちっ。なかなかの体捌きね。

いっそ無様に腰を打ち付けでもしてくれたなら、私のムカついた心も晴れるかも知れないのに。

……いや、こちらの予想の『斜め上』を行く人間の魂に目を付けたと考えるなら、

私の魂を探す眼力は実に良い精度であり、間違いなどなかった……とも言えるのかしら?


「……ったく」


ワケが分からないわ。人間の男って言うのは、こういうものなのかしら?

アシュ様から頂いた知識には、そのようなことはないのに。


「はぁ〜。いや、でも本当に助かりましたよ、美神さん。いえ、師匠!」


地面に直接腰を下ろした高島は、戸惑う私を完全に無視して、一人で話を進める。


「……で、そのコスプレはなんなんスカ?」

「こすぷれ?」


聞きなれない単語だったので、私は高島に問い返す。

すると高島の方も、問い返した私に向かって首をかしげた。

何だろうか? 今の言葉を知っていて当然な日常用語だったのだろうか?

アシュ様から授かった知識量を疑うわけではないけれど、

しかし……やはり人間には人間の間でのみ通じる言葉と言うものも、あるのかもしれない。


「まぁ、コスプレは置いといて。で、俺はどうやって帰ればいいっすか?」

「帰るって、何処に?」

「いやだな、現代に決まってるじゃないすか。1100年後ですよ、1100年後の現代」

「? あんたは、1100年後から来たと?」

「…………あれ? 何か、話がかみ合ってない気がしません?」


質問の多い私に思うところがあるのか、高島は確認するようにそう聞いてきた。

対する私も、高島に対して一つ気になったことがあったので、それを聞いてみることにした。


「お前は私を誰かと勘違いしてない?」
「えーっと、お名前は美神令子さんですよね?」


私と高島…………いや、陰陽師・高島だと思われる人物は、同時に言葉を発した。

そしてしばし固まる。

高島は笑いかける表情で。私は怪訝そうな表情で。

しかし、いつまでも固まっているわけには行かないので、私は高島らしき人物の問いに答えた。


「私の名前はメフィスト・フェレス。陰陽師・高島と契約を結びに来た!」

「……………………えぇぇええぇぇ!?」


本日二度目となる私の名乗りに、高島はおおげさに驚いた。

確かに悪魔に名乗られれば、普通の人間は驚くだろう。

しかし、陰陽師であり普通らしからぬ行動を取っていた彼のことを考えると、

今更『魔族に名乗られた』程度のことでここまで驚くのは、ひどく不自然だと思う。

いや、もしかすると彼にとっては大げさに驚くに値する事実を、知ったのかもしれないけど。


「……美神さんじゃない」

「美神とは、誰のこと?」


なにやらぶつぶつと呟きつつ、こちらをちらちらと見てくる彼に、私は質問した。


「誰って……言ってもいいのかなぁ?」

「聞かせなさい」

「えっと、め、メフィストさんの……来世、だと思う、です。いや、確証はないんすけど」

「確証はない?」

「いや、顔も雰囲気も似てるんすけど、他人の空にと言う可能性も、やっぱり無きにしも非ずで」


この私に、来世がある? 

しかも、彼の言うことを信じるならば、1100年後に、美神と言う名前の人間になる?

有り得ないはずだ。少なくとも話を聞くだけでは、そうとしか思えない。


アシュ様のために生を受けた私が、輪廻の輪の中に組み込まれた上で人間に転生するには、

アシュ様の支配力から解放され、かつ神界でのほほんとしている神族から『許し』を得なければならない。

つまりは、創造主たるアシュ様の手の中から離れ、かつ神族に気に入られる行動を取らなければならない。

上級魔族にクリエイトされた下級魔族が、人間として生まれ変わると言うのは、そういうこと。


(この私がアシュ様に見捨てられて、その後で自棄になって神に尻尾を振るとか?)


可能性として、少しばかり想像してみる。

結果、私の胸中に湧いた思いはどんなモノかと言えば……馬鹿らしいというモノ。

仮に創造主に見放されて、私に価値がなくなったとしても、だからと言って神族に尻尾を振る気はないもの。

大体、考えてみればこの男……陰陽師・高島と思われる男の言葉を信用させる要因など、ないのよね。

もっとも、これまでの彼の奇怪な行動や言動も、

彼が千年以上後の時代から来たとすれば、何となく納得出来るような気もしないでもないけれど。

おそらく「こすぷれ」とか言う言葉も、その時代の日常の用語なのだろう。多分。


「う〜……ん」


どうしたものだろうか?

とりあえず私は悩んでみた。

しかし、特に結論らしい結論は出すことが出来なかった。


(……って、何を悩んでいるのかしら、私?)


ふと、考え直す。

相手が特殊すぎるせいで、すっかりペースを乱されてしまったが、

よくよく考えれば私のなすべきことは、魂の収集だ。

相手が1100年後から来ようと来まいと、私はただ願いを叶えて魂を収集すればいいだけのこと。

悩む必要など、何一つない。

悩む必要がないのだから、自分が納得する答えは出るはずがない。

まさに『悩む必要がない』と言う事実自体が、答えなのだから。


仮にこの高島の中身が『高島の来世』ではなく、『高島の前世』であっても、何の問題もないわけだ。

むしろ転生と言う過程を経たのだから、魂の質は上昇しているんじゃない? ちょうどいいわよ。

仮に劣化して質が悪くなっていたとしても、私の目をひく程度にはいい魂なんだし。


「ふぅ」


私は高島らしき男に、改めて視線を向ける。

……いや、もう高島でいいか……。

気を取り直した私は、彼の前に仁王立ちして、改めて自己紹介をする。

これで本日三度目。

正直、繰り返しすぎなような気もするけれど、仕切りなおすためには仕方がない。


「我が名はメフィスト・フェレス! 我が仕事は力ある人間の魂の収集!

 そーゆーわけで、私はあんたの魂が欲しいの。

 願い事3つ叶えてあげるから、代価としてあんたの魂を頂戴?」


私がそう言うと、高島は『美神さんじゃないとなると、俺はどうすれば? ぬか喜び?』とかナントカ言って、悩みだした。

しかし、即断を信条しているのか、それともあまり長く悩む気質ではないのか……。

彼は一刻の時間も必要とせず、すぐに顔を上げてこちらに尋ねてくる。


「とりあえず、メフィストさんは魔族で、俺の願い事を叶えてくれると?」

「あんたの魂を代価としてね。良く考えなさい」

「どんな願いでもいいっすか?」

「一つ目の願いで『これからずっと願いを叶え続けろ』とか、そういうのはナシよ?」

「……じゃ、俺の魂を元に時代に戻すとか、OKすか?」

「…………………え、えーっと?」


こいつは本当に、未来から時間を遡ってきたのだろうか?

本気で、本当に、マジで、間違いのない真実? 一つの虚偽もなし?

だとするならば、どういう方法を用いて、どういった理由で?

仮にそれが分かっても、どうにしろ私には任意に対象を時間移動をさせる能力なんてないし……。

と言うか、私の創造主たるアシュ様の限界も超えている気がするわ。


「…………………無理ね」

「何でも叶えるとか言ったくせになぁ〜」

「うっ……」


私の言葉に、高島は不満を漏らした。

彼の言葉はただの落胆であり、そこに責めるような色はなかった。

なかったけれど……しかしだ。

悪魔として人間に舐められるのは我慢できない。

私は嘆息する高島に対し、胸中で素早く言いわけを考える。


「無理って言うか…………その……叶えたくないのよ。

 だって、叶えたら貴方の魂は、この場から消えるわけでしょ?

 未来に帰っちゃうわけだし? つまり契約不履行になるわけよね?

 で、そんな願い叶えたら、私が創造主に怒られるもの。

 大体、魂と願いは等価じゃなきゃいけないのよ?

 つまり、魂の値段と同じ値段の願いしか応えられないの。

 だからあんたの魂は、時間移動するには安すぎるってことなのよね!」


とりあえず思いついたことを口に出してみると……意外なほど説得力があった。

うん。確かに等価交換なんだから、本人の魂より重い願望なんて、叶えられないわよね。

もっとも、その言い訳に納得して安心しているのは私だけだったようで、高島はすでに意識を転換していた。

早い話が私の言い訳……じゃなくて、説明の途中で、次にどんな願いを言うかを考えていたらしい。

うんうんと首を傾げて唸っている。

…………人が話をしている時は、ちゃんと聞きなさいよね? まったく。


「じゃ、ケーキでいいっす。ケーキ出してください。イチゴのショート」

「イチゴのショート?」


またしてもワケの分からない願い。

ケーキは分かるけれど、ショートケーキとは何?

ショート。この言葉は、どういう意味合いで使用されているのかしら?

と言うか、この国でケーキなどという言葉を知っているものはまずいないだろうし、やはり彼は本物の時間移動者?


「甘いお菓子で……うーん、分かんないかなぁ?」


色々と胸中で複雑に考える私。

そんな私に気づくことなく、高島は軽い調子のまま、

その菓子の説明をどうしたものか考えているようだった。

……そのあまりに軽い雰囲気に、むしろ私が戸惑ってしまう。


だって、願いが3つ叶ったら、魂を奪われるのよ? 

もっと深く考えて願いを口にするもんでしょう?

少なくともアシュ様から頂いた知識の中の人間では、そう言うものなのに……。

何か、一発逆転の契約を不履行にする考えでも、あるのかしら?

とゆーか、だから等価交換だって言ってるのに……!

こいつは本気で『苺の菓子』と『自分の魂』を、同列に扱うつもりなんだろうか?


「こんな感じで。スポンジの上に、生クリームがこーゆー……」


眉を寄せて彼の考えを推し量ろうとする私に対し、当の本人はマジで気楽そのもの。

その辺に落ちていた木の枝で、なにやら地面に絵を描いている。

なお、その絵がお世辞にも上手いと思えないのは、

多分、月の明かりしかこの場になく、鮮明に絵が見えないから……ではないだろう。

どうしたものかしら……? 

ワケわかんない願いだし、ここはもう、諦めて他の誰かを探した方がいいのかしら?

はぁ。なんで一番初めの相手から、こんな変なヤツなのかしら。


私はもしかして、男運が悪いのですか? アシュ様…………。















      第三十話      魔王候補と流浪する女王














(間違いなく、今日は厄日だな)


私は現在の状況を整理する。

まず、メフィストの気配が、突然二つに増えた。そして、その原因は不明である。

対応策として、道真にメフィストの廃棄を一任した。取り敢えずはそれで事態収集が可能だろう。


問題としては、いきなり癇癪を起こしたメフィストにより、破壊された京の都の修復だ。

魔王を目指すこの私が、わざわざ人間の都市を修復するのは、いささか情けなさ過ぎる気がする。

だが、攻撃者であるメフィストの気が都市内に残存し、その気に神族が気づいては少々厄介だ。

それに、メフィストの創造者である私だからこそ、メフィストの攻撃により破壊されたものの修復も容易と言うもの。

それこそ無闇にドグラでも呼び寄せようものなら、そこからまた何か騒動が起きるかも知れない。

私は気配を殺し、京の町に降り立つ。

自分の作り出した魔物が壊した壁や塀を直すために。


(次からは、もう少し『教育』と言うものを考えねばならんな)


次回作についての注意点を胸中で述べつつ、私は壊れた壁を見やる。

破壊音を聞きつけて、多くの人間が深夜にも拘らず外へと出てきた。

また今はメフィストを追ってどこかに散っていたが………検非違使までもが、破壊された塀を目撃している。

常識的に考えれば、多くの人間が破壊された塀を見た以上、突然直っていれば不可思議に思うだろう。

だが…………所詮は民度のまだまだ低い国だ。

不可思議には思うだろうが、それ以上に何ら考察は進まないだろう。

おかしなこともあるものだと言うだけで、それ以上考えることはないだろう。

無駄なことを考え続けられるほど、この都の民には生活の余裕もないしな。

仮に調査を行ったとしても、この私が残留気を拭うのだから、陰陽師どもにも何も分かるまい。

そして陰陽師が何も察知しなければ、それだけ神族に私の行動が悟られなくなると言うものだ。


「ふむ。そろそろ道真と『メフィストその1』が接触するか」


ふと壁から意識を離してみれば、京の都の外……山中にて事態は加速していた。

『メフィストその2』は、その1に向かって現在進行中である。

この分なら、道真が時間差をつけて双方を各個撃破するだろう。

能力スペックを考えれば、メフィストは道真より随分とパワーが落ちる。

もちろん、それはメフィスト創造に私が手を抜いたというわけではない。

宝石を散り混ぜて精巧に創られたナイフと、ただ大きな岩を組み合わせて造ったハンマー。

ぶつけ合って、形が残るのはどちらかと言えば、答えはハンマー。ただそれだけのこと。

道真には力を随分と与えたが、魔物としての完成度は言うまでもなくメフィストの方が高い。


…………高いはずだったんだが、何故こんなことに?


まったくもって釈然としない。考えれば考えるほど、自分の落ち度が見つからない。

私は、何を間違い、何処をどうすればよかったのか……。

今の私は破壊された石塀を修復しつつ、嘆息することしか出来ない。


「……これでいいか」


修復作業自体は、単純な作業だ。

別段強大な魔力を行使するのではなく、ただ純然なる技能の行使である。

砕かれた石を拾い上げ、元の形に組みなおし、その表面をさっと溶かして亀裂をなくす。

溶かして接合する時に、ほんの少し熱波を出すだけだ。

苦労で言うなら、石を元の形に組みなおすほうが大変だろう。

だが、知能溢れるこの私からすれば、この程度の頭脳労働は児戯にも等しい。

退屈になるほど、単純なパズルだ。

ああ、そう言えばメフィストは無駄に派手な登場をして、牢の屋敷も破壊していたな。

ふむ。あれはどうしたものか……。



「大変ね」

「…………むぅ」

「こんな距離まで近づいても気がつかないなんて、実はけっこう夢中だった?」



唐突に、私は背後から声をかけられた。

その声は軽やかな響きを持つ、女の声だった。

私は石片を手の中で一度転がしてから、振り返る。


「何の用だね? 見ての通り私は今、少々忙しい」

「そのようね。実に大変そう。私ならそんな作業したくないわ」


私の背後には、この京の都に住んでいた女狐が立っていた。

ふむ。確かに彼女の言うとおり、私はなんだかんだと言いつつ、

かなり集中して塀の修復に取り組んでいたのだろう。

元来物を作ることは、嫌いではないのでね。

つい、こういうことになってしまうこともある。


女狐の基本的な能力値は確かに高い。

その上で、さらに彼女が気配を消すことに長けていたとしても、

魔王を目指すものがやすやすと背後を取られるのは、さすがに問題がありすぎる。

次からは、気をつけることにしよう。大事なのは過ちを認め、同じ轍を踏まぬことだ。


「それで……もう一度聞くが、何の用だ? 北に向かうのではないのか?」


そう。つぶさには観察していなかったが……女狐は先に紀家で騒ぎを起こしている。

そしてそこで北方へ赴くと宣言したはずではなかっただろうか?

確かに京の都を脱出した形跡はなかったが……だからと言って、何故今夜、私の前に姿を現したのか。

このように姿を現すということは、今日より以前に私が京に入ったことも、しっかりと察知していたはず。

その折に何の反応も見せず、しかし今夜姿を現す…………やはり不可解だな。


「あら、物知りね? 私なんかの行動をいちいち気にしていてくれたの?」

「少なくとも、現状の君は無視できるほど小さな力の持ち主ではない」

「そう? 貴方にそう言ってもらえるなんて、光栄」

「これで最後だ。何の用だ?」


女狐はくすくすと笑って、話し出す。

恐らく、こちらが手を出さないということを、その高い知能で察しているからだろう。


いかな私といえど、このレベルの相手を何の損害もなく倒せるとは思えない。

本気の彼女を完全に打ち負かしたくば、腕の一本が消し飛ぶことは覚悟しなければならないだろう。

そんな戦いを繰り広げれば、間違いなく神族が駆けつけてくる。それは私の望むところではない。


「あの陰陽師……高島と言うのだけれど、魔物に知り合いがいるそうなのよ。

 そして彼は今、何やら魔物と一緒に山奥の山中。だから彼女がそうなのかと思ったのだけれど……

 でも、よくよく見ると何やら違うみたいだし、菅原道真は出てくるし、あなたは塀の修理をしだすし」


私は注意深く、彼女の言葉に耳を傾ける。

言葉を信用するならば……つまり彼女は興味本位で私に姿を現したことになる。

仮に高島と言う陰陽師と会わなければ、高島と言う陰陽師が魔族と親しいと言わなければ、

彼女は私と言う存在が京に入ったことを、無視し続けたということになる。

本当だろうか? 悪いが、その言葉をそのまま信用するわけにはいかない。


そんな私の警戒を悟ったのか、彼女は苦笑する。

そしてやはり軽やかな淀みのない口調で、言葉を紡いでくる。


「まぁ、信用なんかされないとは思うけれど、一応言っとくわね。

 どうぞ、何をするのもご自由に。私は邪魔なんて、しないから」


「何故だ?」


私は簡潔に彼女に問う。

すると彼女はこれまた簡潔に答えを返してきた。


「関係ないもの。私はもう、この土地を離れるつもりだし。

 知っているでしょ? 私はいい男を探す旅に出るのよ」


嘘か真か。

どちらにしろ、彼女の言葉には面白みがあった。

だから私は、彼女に対して素直に賛辞の念を述べる。


「君はなかなかに面白いな。君とならば一度ともに酒を飲んでみるのも、面白いかも知れない」

「それはどうも。でも……せっかく誘ってくれたのに悪いんだけど、貴方は私の好みじゃないのよね」


彼女は視線を地面に向け、小さく笑ってそう言った。


「ふむ? 何が不満だ?」

「だって貴方は私と違って、『役割のある高位存在』でしょ?」

「………………」

「しかも、魔族。つまり、神族に絶対に負ける存在ってことね」


物事の本質を突く彼女の理由に、私は沈黙する。

まったく、臆面もなく言ってくれたものだ。


「私は時代と土地によって役割が変ることもある存在けれど、貴方はそうじゃない。

 貴方はずぅっと固定化されているもの。

 いつか戦うべき時が来たら、絶対に神に負ける悪役。そうでしょう?」


「何故そう思う? 何故、君に私がそうだと分かる?」


「分かるわよ。私も『固定化されかかるレベル』の存在だしね。

 まぁ、そんなわけで…………、

 いくら高位で強くても、負けることが決まっている存在の伴侶なんて、悪いけれど願い下げ。

 それなら、人間の方がよっぽどいいわ。

 人間の中には、一発逆転の輝きがある存在がいるもの。もちろん、時折だけど」


手厳しい言葉に、私は苦笑を漏らすことしか出来なかった。

しかし、今の私はまさに、そんな言葉をぶつけられたとしても、苦笑せずにすむように動いているのだ。

そう、神と魔と言う下らない役割の分担のシステムを破壊し、

神に負け続ける茶番劇を終了させることが、私の望みなのだから。

だから私は、彼女に問うた。


「もしも、だが。私がその役割を放棄するどころか、茶番劇の台本ごと破るといったら、どうする?」

「そうね。その時は媚びて尻尾を振りながら、貴方の元に擦り寄っていくかもしれないわね」

「それは男冥利に尽きる光景だな」


私は小さく笑う。

彼女も私につられてか、笑った。


「ふふふ。なかなか面白い話が出来たわ。縁があれば、また会いましょうね。

 男を陥落できる妖艶な仕草を考えながら、再会を待っているわ」


「そうだな。せいぜい『誘惑』に磨きをかけておくといい」


女狐は、微笑みながら跳躍し、私の元を去った。

恐らく、今度こそ本当に、北方に向かったのだろう。

彼女の気配は凄まじい速度で京の都を北上し、やがて消えていった。



「…………」



私は視線を修復したばかりの塀へと戻し、ふと考える。

もしかして私は、彼女の励まされたのだろうか?

ふむ?

彼女ほどの女に励まされたのであれば、奮起しなければならないだろう。

一人の紳士として。

仮に、それが興味本位の励ましであったとしても。


「む?」


ふと気がつくと、メフィストの気配が一つの地点で重なっていた。

どうやら、道真よりもメフィスト同士が接触する方が早かったようだな。

予想以上に、メフィストその2……つまり、突然増えた方のメフィストの足が速かったようだ。



道真……しくじるなよ。



私は次に直すべき壁を見やりつつ、そう呟く。

しかし……ああ、まずいな。

メフィストを見失ったらしい検非違使が、検分に戻ってきた。

さすがに人間が目の前でうろうろしだしては、これ以上直すほうが不自然だな。




私は気配を消し、一先ず夜の闇の中へと身体を溶かしていった。

さて、京のことは道真に任して、私は私の仕事に赴くことにしよう。



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