第三十二話



六道冥子は強い。それは間違いの無い事実だった。

そんな事実が存在することも知らず、もともと得ていた情報によって、俺は相手を……六道冥子を舐めていた。

早い話が、先入観によって、相手の実力を測ろうとしてしまったのだ。

なんて馬鹿らしいのだろうか? 今なら、驕り高ぶった自分の愚かさが、よく分かる。


GS試験終了後、白竜会所属の俺たちは研修を受けることになった。

陰念のやつは唐巣と言う神父の教会に、研修に出向くことになった。

そして俺は勘九朗とともに、六道家の世話になることになった。

思えば、この時点で得るものはないだろうと考えていた。

それがどうだ? 強くないヤツから教わるものはないと、いざ模擬試合をしてみれば、俺はまったく歯が立たなかった。

情けない。あまりに情けなさ過ぎる。伊達雪之丞の人生の中で、かなり高い位置に入る情けなさだ。

弱いと思って、侮って、いざ戦ってみたら手も足も出ず、勝てる気もしないからハンデを要求し、それでも勝てなかった……。


「くっ! 俺は、俺は!」

「気持ちは分からなくもないけれど、急に筋トレしても仕方ないでしょう?」


自室に戻って腕立て伏せをしている俺に、勘九朗は呆れた声でそう言う。

突然筋トレを始めたことには、確かに意味が無い。そんなことは、分かっている。

今筋トレして、別に次の模擬戦で勝てる要素が増えるわけじゃない。

ただ悔しく、じっとしていることが出来ないだけだ。身体をとにかく動かしていたいんだ、今は。


気持ちが分かるというなら、放っておいて欲しい。

あるいは、六道冥子との次の模擬戦に備えて、俺と手合わせをするとかな。


「まぁ、確かに強いわね。彼女の実力はかなりのものよ」

「お前なら勝てるのか?」


俺が対戦して、とりあえず分かった六道冥子の能力は……

瞬間移動能力に高速移動能力、石化・火炎能力、音速飛行能力に変化能力。

真空波攻撃に、精密霊視能力……と言ったところか。

そんな俺の知った能力以外にも、多種多彩な能力を持つのだ、六道冥子は。

六道冥子自身に能力があるわけじゃないが、

ヤツは式神を手足のように操作できる以上、やつの能力であるも同様だ。


そんなヤツに、勘九朗はどのくらい勝算を見出しているのだろう?


勘九朗の強さは俺もよく知っているつもりだが……まぁ、仮に戦ったなら、一番の問題は瞬間移動能力だろう。

高速移動ではなく、瞬間移動。つまり『移動に時間を必要としない移動』だ。

これはあまりに厄介だ。

だから俺も、後々の戦闘ではハンデとして使用を自粛してもらったが……、

それでも相手は瞬間移動でなくとも高速移動が可能だし……。

メドーサのレベルと戦っても、普通に渡り合えそうだぞ? 六道冥子って人間は。

そんな俺の疑問に対し、勘九朗は『おほほ』と笑いながら答えてきた。


「模擬戦なら勝てないかもねぇ。試合空間が決まっていて、さらに制限時間があるとまず勝てないわ。

 でも、単に殺すだけでいいって言うなら……意外と簡単よ。普段はぼんやりしている娘だし」


確かに、六道冥子は日常生活に置いて、かなりぼんやりとした人間だ。

これも先入観だと言えばそうなのだが……絶対に自分ひとりの力では、起きられないタイプだと思う。

よい言い方をするならば、根元の部分が穏やかなのかも知れない。

模擬戦中も、仕方なく戦っているという感じで、戦闘意欲はほとんど感じられなかった。


「……戦う気がなくて、あの実力かよ」

「彼女が雪之丞と同じ性格だったら、本当に勝ち目がなくなるかもしれないわね」


やる気が無い状態の相手に、勝てない。

クソ、屈辱だ。


「勘九朗。俺は誓うぞ。研修終了までに、本気の六道冥子を俺は倒す!」

「なら、私も誓うわ。研修の中盤までに、自分用のメイド服を縫って見せるわ!」

「…………何を言っている?」

「だって〜。お借りできないかしらって聞いたら、サイズが合わないって言われたんだもの〜」

「当然だ! 何をワケの分からないことを言ってやがる!」

「あ、そうそう。ワケの分からないことと言えば……」

「唐突に話を変えるなよ」


こいつとの会話は、本当に疲れる。

まぁ、六道冥子と1時間喋るか、勘九朗と1時間話すかでは、まだこいつのほうが……。

いや、本当にマシか? 勘九朗ワールドに1時間拘束されるくらいなら、

六道冥子ののほほんとした喋りに耐えるほうがマシじゃないか?


…………どっちも地獄か、比べるほうが間違いだな。


俺がそんなことを考えていると、勘九朗は頬を膨らませていた。

人の話をちゃんと聞けということなのだろうが…………かなり気色悪かった。


「メドーサ様のことなんだけどね、横島とか言う人物を探しているみたいなのよ。

 美神令子の事務所に関係のある人物かしら? 事務所の住所も聞かれたし……」


人差し指を顎に当て、首を傾げる勘九朗。

俺はもう、やつの動作に対しては触れないように心がけて、言葉の中身について考える。

横島? 横島…………?




横島って言えば……。



何を言ってるんだろうか、勘九朗のヤツは。


「横島は横島じゃないか。美神令子の事務所にあいつは研修に行っただろ?」


俺は嘆息交じりに、そう勘九朗に言う。

そう、横島は俺たちと同じ白竜会所属の人間だ。

去年の春から、一緒に修行を始め、そして同期でGS試験に合格した。

俺たちが何年も修行したレベルに、アイツは一年以内で到達した。

アイツは仲間だが、無視することも忘れることも出来ない、俺たちのライバルだろう。

もちろん、現状ではまだまだ俺たちのほうが上だが、

俺たちが一年くらい修行をサボってから対面すれば、軽々と俺たちより上に上っていそうなヤツだ。


俺がそんな風に横島の事について、軽く確認をする。

すると勘九朗は手をぽんっと叩いて、首を上下に何度も振った。


「そう言えば、そうね。そうよね! ヤダ、私ったら……なんでド忘れしてるのかしら?」

「ボケ始めてんじゃないのか?」

「やぁね。そうなのかしら? 肌年齢と一緒に、脳年齢も考えなくちゃダメかしら?」


左手を口元に当て、右手をまるで人でも招くかのように動かし、笑う勘九朗。

その行動はオカマ臭いというより…………どこかのオバサン臭かった。

まったく、こいつは……。


それにしても……そうか。そうだよな。

横島のヤツは、美神令子のとこに行ったんだよな。

研修先が決まった時は横島を羨ましく感じた俺だが、今は全然そんなことは感じていない。

何故なら、六道冥子は間違いなく強い奴だからな。

俺はこいつを乗り越えて、更なる高みを目指す。

横島。お前もせいぜい美神令子の下で、その強さに磨きをかけろよ!













            第三十二話      そんなに待てません!













いつの間にか、閉じていた目蓋。

視界を覆うその目蓋を押し上げてみれば、見えたものは平安の星空ではなくて、薄暗い天井だった。

周囲も絵に描いたような『乱雑な骨董屋』と言う風情で、山中でもなければ、廃屋の前でもなかった。

帰ってきた……のか?

現実感と言うものがいまいち感じられず、俺はそう自問する。

一瞬のうたた寝をして、起きて見れば世界が変化しているって感じだから、仕方がないことかもしれないけど。


「おお、小僧!」

「あっ! マリアちゃん! マリアちゃんがいるってことは、間違いなく現世だな!」


声をかけてきた借金魔王なジジイを無視し、俺はマリアちゃんに視線を固定。

立ち上がって、彼女の手を取って、上下にぶんぶんと振ってみる。

マリアちゃんは表情を変えずに、首をかしげた。

これはきょとんとしてるんだろうか?

まぁ、いい。今は帰ってきたことを喜ぼう。

そう、俺は帰ってきたんだ。何日ぶりかの、現世に!

街を歩けばコンビニなんかもある、暗闇に閉ざされない街灯立ちまくりの現代に!


もう一度寝て起きたら、実は現世に帰ってきたことは夢で、いまだに平安にいたりとか…………。

そんな怖い想像が湧きあがったりなんかもするが、

それは無理矢理意識の下に押し込んで、ジジイと同様に無視。


「さて、余計なモンは全部考えないことにして……」

「おい、小僧! このワシを無視するのか! と言うか、余計なモノとはなんじゃ!?」

「そうあるよ! ボーズ、年上は敬うべきあるよ!」


無視されたことが悔しいのか、こっちに噛み付いてくるジジイとオヤジ。

ついさっきまで現実感がないとか言っていた俺だが、こいつらのおかげで途端に眼が覚めた気分だ。

そう、そうだ。

現実だ。

俺はこいつら二人のせいで、間違いなく時空を遡らされたんだ。

帰ってきたからには、文句の一つでも言ってやらねば!

特に借金魔王のほうには、強くな! 

ちょっと憧れていた自分が、今じゃかなりムカつくぞ!?


「やかましい! アンタらは加害者で、俺は被害者だぞ!?」


俺はこっちに詰め寄ってくる二人に対し、強気に一歩前へ。

右手に霊力を集中させつつ、何故か地面に落ちていた符を取って、攻撃態勢。

平安時代でさんざん餓鬼退治をさせてもらったもんだから、

行く前より攻撃の効率だとか、精度だとかは急上昇してる感じだぞ?

他のものは一切燃やさず、目の前に二人だけを燃やす自信が、今の俺にはある。

それこそ、ノートの切れ端で作った符でも、今なら上手く扱えそうな感じだ。


「まぁ、それはそうじゃ。小僧が被害者で、ワシらが加害者かもしれん。

 じゃが、しかし。しかしじゃ。

 もともと、あの毒ケーキは美神令子を狙ったもので、おぬしを狙ったわけではない。

 つまり、勝手に食べたおぬしにも過失はあるわけで、そうなると過失相殺で、

 この一件についてはお互いが非を認め、譲り合いの精神を発揮するべきかと思うんじゃな。うむ」


「分かった譲ろう。100歩譲る。でも、全然過失が相殺される気にはならん」


1000歩譲っても、全然相殺される気配はない。

大体、食べ物に毒を盛った時点で、相殺できないだけの過失があるちゅーねん。

俺はさらにもう一歩、前に出た。

魔王はたじろぎ……そして厄珍は嘆息した。


「仕方がないアルね。ここは一つ、誠意を形にすることにしようかね」


そう言うと、厄珍はカウンターの奥へと引っ込んでいく。

そして何やらごそごそと脚立を取り出すと、店内の陳列棚の大丈夫に置いてある小瓶を取った。


「人類の叡智を結集した秘薬あるよ。詫びの印にやるアル」


薬事法違反薬を、初対面の人間に押し付けようとする親父が差し出す小瓶。

あまりに怪しすぎるので、俺は厄珍に半眼で問うた。


「……寿命を削って力を発揮する強化薬とか、どうせそんなもんだろ?」

「飲み物に一滴垂らすだけで、相手の身体を火照らせる最強の媚薬あるよ」

「信じあい、譲り合う。それが人間としての最高の美徳だと思うな、俺は」

「…………無茶苦茶な変わり身だのぅ、小僧」


どこか呆れを含ませて呟く爺さん。

とうの昔に枯れてしまった人間には分からないだろうが、俺には分かるんだ。

媚薬。

あぁ〜ん、なんだか知らないけど、身体が……私の体が熱くなって、今夜は……もう……と言う薬。

それはまさに、思春期の男子の夢の固形物ではないだろうか?

時空消滅を体験させられた代償に、男のロマンが手に入った。

うん。これなら納得だ。


「納得できるのか……若いのぅ」


爺さんはいまだにぶつぶつと呟いているが、まぁ、気にしない。気にならないしな。

過去に『こんなこといいなぁ、出来たらいいなぁ、あったらいいなぁ』の結晶が、今俺の手の中にあるんだ。

まさに気分は最高だな。うむ!


「薬を盛った時点でワシらに非がある……貴様はそんなワシらと、同じようなことをしようとしとらんか?」

「細かいことを気にするべきじゃないと思うなぁ、俺は!」

「細かくないと思うんじゃが!?」


人の喜びに水を指す魔王。

ボケているらしい割には、今は随分とまともだ。

確かに言っていることは間違いない。

この薬を使ったなら、俺は間違った道を歩むんだろう。

でも、男は時として、間違っていると分かっても、貫き通すべき時があるのだ。


「親が泣くぞ、小僧」

「いいや! それはないな!」

「…………どーゆー親なんじゃ、貴様の親は」


どういう親? 

うん、まぁ……仮にここで俺が『こんな薬、不潔だよぅ!』なんて言って捨てたら、死ぬまで馬鹿にするような親父だな!

馬鹿にするどころか、説教するかも知れないな。

『お、お前と言うヤツは! 人類の秘法を捨てやがって! 捨てるならなんで俺に渡さない!?』とかな。



「ボーズ。使用上の注意あるが……」

「ん?」


親父のことを想像していると、厄珍が俺の袖を引っ張った。


「入れすぎると、身を滅ぼすアルよ?」

「なんで?」

「オトコには『打ち止め』がアルってことよ」


意味深な……それでいて限りなく浅い厄珍の言葉を、俺は考えてみる。

例えば、例えばであるけれど、メドーサさんやら美神さんに、この薬を使ったとする。

まぁ、魔族のメドーサさんには効かないかも……と考えて、美神さんで考えてみよう。


薬を使用する。美神さんがアッハ〜ンな状態になる。

18歳未満の青少年には、ちょっとアレなシーンになる。

そのシーンを何回かヤって、もう満足した俺。でも、まだ薬の効いている美神さん。

ちょっと、何を休んでいるのよ? まだまだこれからよ?
こら、もっとしっかりと動きなさいよ、だらしないわね!
なによこれ? はぁ? もう無理?
…………まったく、情けないわね。私はまだまだ満足しちゃいないわよ?
ったく、ジジイの●●●●の方が、まだマシじゃない!?
この程度の●●●で、●●の●●●が(以下、略)

途中から、楽しんでいるのが俺じゃなくなっている?
と言うか、ぶっちゃげると、まさに等身大の肉人形状態?

つーか、このままの流れだと、俺は多大なトラウマを抱え込むことに?



「用法用量は、正しく使うことにする」

「それがいいアルよ」

「まぁ、何はともあれ、いいものをもらったっと! さぁ、次はアンタだぞ!」


俺は厄珍から受け取った小瓶をジャケットの胸ポッケにしまいこんでから、借金魔王を指差した。

すでに無関係そうに佇んでいた魔王は、突然の俺の言葉に、ひどく驚いたらしい。


「な、何だ!? ワシからも何か奪うつもりか!」

「その通り! ここは一つ、マリアちゃんを下さい!」

「それだけは絶対にダメじゃ! 他のものにしろ!」

「他のものって……借金してるあんたに、他に何かがあるのか?」

「…………む、むぅ。仕方がないのぅ。おぬしには、ワシの秘術を授けてやろう」

「秘術?」

「モノはないからのぅ。代わりに知識を与えるしかなかろう」

「仕える術なのか?」

「ふっふっふ。マリアには劣るが、なかなかに凄い術じゃぞ?」


魔王はそう言うと、先ほどの厄珍と同様に、カウンターの方へと移動していく。

そして脚立の代わりに紙とペンを持ってきて、何やら書き込み始める。

本当に秘術を教えてくれるんだろうか?

先ほどの台詞に含まれる自信を考えると、これはかなり期待できるかも?


「マリアはやれん。よって、代わりに精巧なゴーレムの作り出し方を書き記してやろうではないか。

 ワシの製法ならば、呻くだけのゴーレムも、軽やかなステップを織り交ぜつつ、歌いだすというものじゃ!」


自信たっぷりにそう宣言する魔王。

ただカリカリとペンを走らせながらなので、微妙に威厳が感じられなかったりした。


「…………むぅ? あー……」

「どうしたアルか?」

「うむ。いやな……分数の計算の仕方が分からんのじゃ」

「………………………………ぶ、分母と分子の関係に気をつけるとよろし」

「何の薬を、何の割合で混ぜるんじゃったか……」


もういい。もういいよ、おじいちゃん。

ボケた頭で必死に何かを書こうとしている姿を見せられると、こっちが居たたまれなくなるから!

ごめん。そうだよね。ボケ老人だもんね。

うっかり借金した相手を毒殺しようとして、他人を消滅させることも、

時にはあるよね…………って、んなワケがない。


ったく。この爺さんは……。

時空消滅の薬は覚えていて、何で他の事を忘れてるんだ。


『……エネルギー値・増大』

「ん?」


ボケ老人と、それに突っ込む似非中国人。

そんな二人の漫才を見つめていると、マリアちゃんが突然口を開いた。

エネルギー値?

ああ、もしかしなくても、メドーサさんと美神さんが帰ってくるんだな。

となると、これでようやく『今日』が終わるわけだ。

事務所に戻って、愛子を連れて家に帰って、飯食って……。

ああ、メドーサさんは今まで何処にいたんだろ?

今日はうちに泊まっていくのか? 誘えばついて来てくれるか?

ああ、ダメだ。そんな初体験が3人入り混じってだなんて!

でも、だが、しかし! 

もしもメドーサさんがついてきてくれて、愛子と俺とで三人で家に帰り、夕食を共にするとなるとだ。

俺は胸ポケットの小瓶を使用しないでおけるか?

否。断じて、否! 俺の理性ほど信用できないものはないな。

と言うか、理性を総動員して、どのタイミングで料理に薬を混ぜるかを、今現在も多重シュミレート中だしな!

やっぱり、狙い目は料理を作っている愛子の手伝いと称して、配膳をする時だな、うん。

唐辛子とか、薬味の胡麻とかを振りかけるような感じで、ごく自然に薬を…………。


そんなことを考えていると、店内に突然『何か』が発現する。

その余波か……ぱりぱりと小さく放電現象なんかも起こっていたり。

うーん。ターミネイトな映画なら、時間移動者は全裸なんだけど……。


「お帰りなさい、メドーサさん! 美神さん!」


やはり電気のせいだろうか? 

埃なんかも舞い上がりまくって、店内は非常に視界が悪かった。

だから俺は、ばちばちと電気を受けつつも、二人を出迎えるために一歩前へと出る。

それだけで意外と視界は変るもので、俺の視界に人影が映った。


「は、はうぅ〜……」


意外と可愛らしい声を上げている美神さん。

…………って、待て。足りない。足りないぞ? 何で美神さんだけですか?


「み、美神さん? 美神さん? 師匠? おーい!?」

「うぅ〜。頭がなんか、モーレツに痛いわ」

「二日酔いのようなことを言っている場合じゃないっすよ!」

「私はこれでもザルなのよ〜?」

「いや、反論するとこはそこじゃなくて!」


うん、ボケている美神さんは、なんか可愛い。

普段の天上天下唯我独尊さが鳴りを潜めて、微妙な普通っぽさがある。

だがしかし! 可愛いが、そうじゃなくて。話の論点はそこじゃなくて!

だからメドーサさんが見当たらないんだってば!


ああ、もう! さっさと起きてくれ! 

起きてください! 一体、何があったんだよ?




   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「置いていかれた……のか」


自身の現状を省みて、出た結論はそれだった。

私は美神令子に雷撃符を振り下ろした。そこまではよかったのだが、そこからが問題だった。

突如木々の隙間から姿を現した存在が、美神令子に向かって攻撃を加えたのだ。

私はつい反射的にその攻撃を回避してしまい、

結果として、私の雷撃とその存在の攻撃を喰らった美神令子のみが、現代へと帰って行った……のだと思う。

もしかすると、イレギュラーな存在の攻撃により、現代ではなく他の時代に飛ばされたかもしれないが……。

どちらにしろ私がこの時代に取り残されたことは、間違いない。


私には時間移動能力などないので、横島同様に誰かの助けを待つことになる。

まったく……ただ待つだけなのか? また、長く……。

仮に美神令子が助けに来ない場合でも、

魔族であり寿命の長い私であれば、1100年間生きながらえることは可能だ。

可能だが、あまりに長い。長いというより、永い……。

そんなに待てるほど、私は悠長な性格をしていない。

どうしたものか。


「ふっふっふ。メフィストの片割れを撃破。後残るはもう1匹か」

「アンタは……道真!? どうしてここに!? それに今の言葉は、何のつもりよ」


私を無視し、話を進めている男と美神の前世……それぞれ名前は道真にメフィストか。

こちらに多大なる迷惑をかけておいて、気にもしないとは……いい度胸だ。

私に気づかれす接近し、あまつさえ攻撃を加えたことは認めよう。

私の気が次の瞬間に起こるであろう時間移動に、大きく囚われていたとしてもだ。


「貴様の気が突然二つに増えたのでな。アシュタロス様は貴様の廃棄を決定した」

「気が増えたから……ただ、それだけで?」

「所詮、貴様は働き蜂の1匹に過ぎぬ! さぁ、死ね、メフィ…ブロバっ!?」


私はメフィストに向かって霊波砲を放とうとした道真を、力任せにぶん殴った。

無様な悲鳴とともに吹っ飛んだ道真は、木を数本折りながら森の奥へと消えていく。

私は沈黙したまま、道真の後を追う。

草を掻き分け、木の枝を踏み……少し進んだところで、道真は発見できた。

それなりに驚きはしたのか、頭を大きく振って周囲に視線を這わせている。


「な、なにをする!?」

「それはこっちの台詞だよ」

「くっ! 何者だ!」

「それもこっちの台詞だよ」


私は道真の首元を右手で掴み上げ、無理矢理立ち上がらせる。

すると道真はくっと呻いてから…………にやりと笑う。


「不用意に近づきおって! 死ね!」


そう言うが早いか、私の胸に向かってヤツは腕を伸ばしてくる。

私は焦ることなく、空いている左腕で自分に伸びてくるヤツの腕を掴み、へし折った。


「ぐ、ぐがぁぁ!? こ、この私が!? アシュタロス様に力を頂いたこの私が?」

「いちいち五月蠅いね。黙れ。これから色々と貴様は苦痛を味わうことになるんだから」

「く、かぁ……な、何故私がこんな目に!?」

「私を怒らせたからさ」


私は道真の両手足……手は肘から下、足は膝より下……を石化させる。

そしてまだ折れていない手と足の関節を砕いて、それを杭代わりに地面へとやつの体を縫い付ける。


「さて……」


腹立たしいが、殺してしまうわけには行かない。

こいつは先ほどからアシュ様の名前を口にしている。

あまり下手な動き方をすれば、アシュ様本人からにらまれる可能性もある。

この時代……現代より1100年も前のこの時代、私はまだアシュ様の配下ではなかったはずだ。

何処で何をしていたかなど、いちいち鮮明には思い出せはしないが、

アシュ様に仕えだしたのが割と最近でしかないのだから、部下ではないことだけは明確だ。

となれば……もしこの時代でアシュ様に会えば、言い訳も聞いてもらえないまま、私は消されてしまうだろう。


アシュ様に会わないように気をつけ、美神令子がこの時代に再度訪れるまで身を隠す。

それが今私のなすべき行動だろう。そしてそのためには、この道真からより多くの情報を引き出す必要がある。

何しろ私は、この時代のアシュ様が何を考えて動かれていらっしゃるかなど、まったく見当がつかない。

…………それなりに長く仕えた現代であっても、よく分かっていないのだから、なおさらだ。


「さぁ、少しばかりお話をしようじゃないか」


私は無防備に晒された道真の腹に、脚を振り下ろす。

道真はぐえっと鳴いたが……そんな汚い泣き声で私の心は晴れない。

大体、こいつが邪魔さえしなければ、私はもう現代に帰っていたはずなのだから。

まったく、余計な手間をかけさせやがって……ムカつくね。


「舐めるな! ……舐めるなよ! この私は、貴様程度に!」

「……ほう?」


道真は石にされた自身の手足を、内部から霊波を放出して砕き、地面から中へと浮き上がる。

そして再び手足を生やし直すと、私に向かって突撃して来た。


…………どうやら、実力の差と言うものを、分からせてやる必要があるようだね。




   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「舐めるな! 貴様の力など、私の3分の1程度でしかなかろう!」

「確かに、アンタはけっこうな力をアシュ様から受け取ったようだね」


手足を砕かれた上に石にまでされて、拘束されていた道真。

しかし、アシュタロス様から頂いたその持ち前の力で、瞬時に身体を修復し、女へと飛び掛る。

あの女…………魔族らしいけれど何者なのだろうか?

私の来世だと思われる美神令子と言う女と、一緒に現れた女。

高島……彼女は横島と呼んでいたが……と、ひどく親しげにしていた。


彼女は道真の攻撃をかわし、背後を取った。

そして両手を合わして、広げる。

すると彼女の手の中には、いつの間にかサスマタが出現していた。

そのサスマタを大きく振りかぶり、彼女は道真の後頭部に振り下ろす。


「力を手に入れただけで、強くなれるものか」

「く、くぅぅう……」

「もう10倍強ければ、力押しでも私に勝てたかもしれないけれどね」


菅原道真。彼は大宰府に、中央権力者によって追いやられた存在。

つまりつい最近まで、貴族であり中央で政治に関わっていた存在。

それゆえ中央の人間に対して多大な恨みを抱いており、

魔族を作るときの核……陰の気……としては、申し分なかったのかもしれない。

だが、政治に関わっていたせいか、確かに戦闘に対してあまり関係の無い人生を歩んでいたのも事実。

私も生まれてからまだ数日であり、あらゆることに関して経験値が少ない。

それでも、分かる。

あの女に対して生半可な力を用いても、押し切ることは出来ないということが。

道真はそれでも力任せに、彼女に迫る。しかし、やはり無駄だった。

道真の突き出した拳も、霊波砲も……全て軽やかに回避されてしまう。

当たらなければ、意味が無い。

彼女はもう10倍強ければ、と言っているが、

この調子では道真がさらに力を与えられていたとしても、状況はそう変らないように思える。







数十秒後、道真は敗北した。

完膚なきまでに。


一体、何なのよ、もう……。

何もかもが、ワケわかんないわ。

アシュタロス様が私の廃棄を決定したという道真の言葉は、多分嘘ではないと思う。



私は、どうすればいいのだろう?




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