第十二話





俺は目の前の男に、膝をつかせることが出来なかった。

何だかひどくムカつく笑みを浮かべて、あいつは俺を見やってくる。


「んー……こんなもんか。まだまだだな」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………はぁ、はぁ、ぐぅっ……」


俺は…………どうすりゃいい?

すごい敵意とか殺意とか害意は感じないけど、あいつは味方でもない。

情けない話だけど、このまま戦っていても、勝てる気がしない。


散々、俺は攻撃した。

魔眼やら符術は効果がなかったから、それ以外をすべて試した。

ためらいなんて、なかった。なかった……と思う。男だったし。


俺は霊波砲を撃ってみた。直撃した。でも、無傷だった。

顔面と鳩尾を両手で同時に殴り、そのまま腕を取って、折った。

ぼきりと音が鳴った。確かに折れた。絶対に、折れたはすだった。

でも現実は違った。

『やった』と思った次の瞬間、俺は自分が折ったはずの腕に殴り飛ばされていた。

ワケが分からない。折ったように錯覚させてきたのか、それとも理不尽な回復力があるのか?

何一つ、俺には分からなかった。


俺は…………どうすりゃいい?

勝てないならいっそ、メドーサさんと愛子を見捨てて逃げる……としても、どうせすぐ捕まるだろう。

理不尽の権化のような目の前の敵相手に、無事に逃げ切れるなんて思えない。

いや、まぁ、仮に逃げ切れる保障があっても、さすがにやる気はないけどな?


つまり……俺はあいつが満足するまで、甚振られ続けるしかないってことか?

俺に恨みを持ってるはずの……アシュタロスだっけか?

あいつはどこかからこの光景を見て、一先ずは溜飲を下げてるとか……?

……………ちくしょう……すげぇムカつく。ムカつくけど……どうにもならない。


諦めるわけには行かない。この場で動けるのは、俺とあいつだけなんだから。

つまりメドーサさんと愛子を守れるのは、今この場には俺しかいない。

そんなことは、分かってる。分かってるっつーの。それこそ、痛いくらいに。

でも、この場をどうにか出来る起死回生の一手が、思いつかない。


「もう、打つ手なしか? 終わりか? 何か奥の手はないのか?」


男の言葉に、俺は答えない。答えられない。

実際、奥の手はもうないわけだが、それを馬鹿正直に言うわけにも行かない。

どうする? どうすればいい? 

逃げる……じゃなくて、助けを呼びに行く?

……誰に? どうやって?


俺たちが公園に入った前後から、この場には人払いの結界か何かが張られているらしい。

俺は怒鳴ったり、霊波砲で大音を立てたんだ。

でも、住宅街の真ん中にある公園で、これだけ騒いで誰も来ない。

だから多分、俺の予想は当たっているはず。どれだけ助けを望み待っても、無駄なんだ。


「どうやら今回の勝負は、俺の勝ちだな?」


男はそう言うと、初めて自分から俺の方へと駆け寄ってくる。

メドーサさんよりは少し遅く、でも俺よりは確実に速いスピード。

疲労の溜まった俺は、まともな回避を取ることも出来ずに、殴られる。

……もう、何度目になるかも分からない。

大の男の体重と霊力の詰まった拳は、俺を軽々と宙へ運ぶ。


「あーぁー。ご都合主義的に、隠された能力が目覚めたりはしなかったか」


受身も取れずに地面に落ちた俺を見、男は残念そうに呟く。

決闘を申し込んだ相手が、あまりに不甲斐なかったからだろうか?

こっちだって、都合よく隠されたパワーが目覚めたら、アンタをぶちのめしたいところだ。

でも、現実に俺が何かに目覚めることはない。むしろ俺は、眠りに落ちかけていた。

頭が、くらくらする。視界も、ぐるぐると回っている……。

…………気持ち悪い。


「んじゃ、帰るか。あの二人は景品ってことで、貰っていくぞ?」

「な…………なに……?」

「不服そうだな。でも、負けたやつが悪い。弱肉強食ってやつだ」


男はそう言うと、メドーサさんと愛子へと歩み寄る。

そして二人の腰に手を回し、担ぎ上げる。

二人の表情は固まったままだから、まるで人形を持っただけのような光景だった。


「弱い貧弱坊やが、両手に花ってのが、そもそも生意気なんだよな」

「ま……ま、て! 待てよ!」


口の端から赤いものをこぼしつつ、俺は男に声を投げつける。

男はゆっくりと俺を見て、ただただニヤリと笑う。


「嫌だ」

「は、はぁ……くっ! 待てって……言ってるだろ!?」

「だから、嫌だ。断る。止めたきゃ、自分で止めろ…………っと。忘れるところだった」


男はメドーサさんと愛子から手を離して、俺の元へと歩み寄ってくる。

しかしその表情と台詞からして、俺の言葉を受け入れてくれたとは思わない。

俺は両手に力を込めて、体を起こす。倒れこんでちゃ、何も出来ないから……。

こいつの足の甲に、肘打ちの一つでも叩き込んでやる!


「あー、無駄なことはするな。お前もちょっと『固』まってろ」

「んぐ――――――っ!?」

「よーし、いい子だ」


いい子も何も、あったモンじゃない。男の手が俺に触れた瞬間、身体は自由を奪われる。

必死に揺すろうとしても、動かない。本当に、一ミリも動かない。

動かずにいようとしても、人間の身体は勝手に揺れるはずなのに! くそっ!

固まった俺は、首を捕まれてメドーサさんの前まで引きずられていく。

石化の魔眼使い二人が……直系の一人とその弟子が……一人の人間に固められている。

頭の片隅で『きっとそれは、滑稽な光景なんだろうよ』と思った。


「メドーサ。確か、こいつの中にお前の欠片があるんだろ?

 つーか、なかったら『横島忠夫』が石化の魔眼なんて、使えるはずないしな。

 あぁ、嘘をついてもダメだぞ? 

 現状については、アシュからしっかりと報告を受けてるし。

 ついでに俺の目でも、ちゃんと観察してたわけだからな」


――――――そ、そうだ! そうだよ! いるじゃん! 俺にはまだ味方が!

石化の魔眼が通じなかったから、そのまま使わないでいたけど……コーラルなら!

メドーサさんから受け取った、あいつ自身の力も借りれば、こいつを石に出来るかも!?

石化しちゃえば、俺たちを固めているこのワケの分からん術も解けるはずだし!?

コーラル、起きろ! そう言えば、俺は今日、GS研修を終えたんだ!

しかも、割と研修を水増しされてたりしたんだ! だからお前もさっさと起きろ! 寝坊だぞ!?

いや、お前の眠りをちょくちょく妨げて、ゆっくりさせなかった俺が言うのもなんだけど!

その辺はまた後でゆっくりじっくり謝るから、今は起きてくれ!


「メドーサ。こいつから不純物を取り除いてくれ」

「…………………」

「いいな?」

「…………」

「ちなみに、エネルギー結晶には触れるなよ?」

「………………」


男の言葉に、メドーサさんは答えを返さない。

固まっているから、返すことが出来ない。

でも、男はメドーサさんの瞳を覗き込んで、一人頷いた。

……? エネルギー結晶って、何なんだ?


「別れのキスだな。まぁ、感動的じゃなくて悪い……いや、悪かないか。

 キスさせてやるだけ、まだ良心的だろ、俺は?」


男は俺の身体を持ち上げて、メドーサさんの眼前へと持っていく。

俺とメドーサさんは表情をまったく動かさないまま、唇を接触させた。


――――――横島、すまん。私は何も出来なかった――――――


メドーサさんは、何も言わない。瞳も動かない。

けれど、確かにそう言われた気がした。

…………そして、俺の中の何かが、メドーサさんに吸い取られた気がした。

















          第十二話     横島タダスケ



















ベッドがあって、TVがあって、照明は少しだけ暗め。

部屋はお世辞にも広いとは言えなくて、どこか息苦しい。

私とメドーサさんは、そんな部屋の壁際に立っていた。

そしてその私たちの眼前には、ツナギのホックを止めなおしている男性が一人。

横島クンを嬉々として殴り飛ばして、そして私たちをここに連れてきた張本人。

彼は身だしなみを整えると、ベッドに座った。


「あー、まずは謝る。色々と手荒な真似をしてすまなかった。

 俺に二人を傷つけるつもりはないし、もちろんセクハラするつもりもない。多分。

 今から普通に動けるようにするから、俺に殴りかかってこないで欲しい。

 そっちも俺がどうしてあんなことをしたか、知りたいだろ? んじゃ、解除」


彼が指をぱちんと鳴らした瞬間、私の身体は大きく揺れる。

自分の足で立っていると言う意識がほとんどなかった私は、

支えていた『何か』がなくなったために、床に向かって倒れかけたのだ。

すんでのところで私を助けてくれたのは、隣に立っていたメドーサさんだった。

もちろん、私の本体は机だから、倒れても大したダメージにはならない。

でも、その心遣いは嬉しかった。ありがとうございます、メドーサさん。


「……アンタは何者だい? 目的は? 何を考えている?」


メドーサさんは私には視線を向けず、目の前の彼を睨みつける。

しかし、俺はその眼光をものともしなかった。

マイペースな態度や口調は、崩れる気配を見せない。


「あぁ、自己紹介だな。俺の名前は横島タダスケ。横島忠夫の叔父に当たる」

「……ふんっ、アリスじゃなかったのかい?」

「もちろん、あれは冗談だ」

「身の丈にあった冗談を言いなよ」


うんうん。確かに不可思議な人ではあるけれど、メルヘンさはないわよねぇ……。

メドーサさんたちのやり取りを見つつ、失礼にも私はそんなことを考えた。


「悪かったな、可愛くなくて。そんで、紹介の続きだけど……職業はモグリのGS。

 つまりGS資格は持ってないが、それに似たようなことを低賃金で請け負ってるってことだな。

 日本に帰ってきたのは数年ぶりだ。ちょっとした病気の治療薬を取りに来たんだが、

 最近、この辺り……つまり極東の雰囲気がおかしいだろ? だから、帰るのを見合わせていたんだ。

 とは言っても、特にやることもなくて暇だから、可愛い弟分の成長具合を確かめようとしたわけだ。

 つーか、あいつは俺の事が誰か分からんみたいだったな。10年も経てば、しゃーないかーなんてなー」


「可愛い弟分って言うなら、何であんなことをするんですか!」


私は自分の足で立ち直して、男性……タダスケさんに詰め寄る。

私たちをここまで連れてきた人だけど、怖くはなかった。

彼のあまりに普通な態度のせいかもしれない。

あるいは、やっぱり横島クンに似た雰囲気のせいかしら?


「そう怒んないでくれ。悪かったとは思ってるんだし。一応は」


彼は小さく苦笑を浮かべて、私から視線を離す。

私の後ろに立つメドーサさんを見たようだった。


「んー、何であんなことをしたのかって言う理由は、色々とあるんだ。

 ちなみに一つ言っておくと、あそこまでやるつもりもなかったんだ。

 でも途中から、ついつい手加減をし忘れたと言うか、何と言うか。

 実際に言ったけど、ガキのくせに両手に花は生意気だって言うムカつきと、

 後はアレだ。バイトの時給が5万とかな。何? その詐欺レベルの時給」


メドーサさんは『私らのことを眺めて……』と言っていたけど、

それは本当のことらしい。タダスケさんは一言で言って、ストーカー?

き、昨日の夜の事とかも、全部見られていたのかしら?

胸中で小さな不安を含む疑問が湧きあがるけれど、それは無視した。

『昨日の夜も、私たちのことを見ていましたか』と、聞くわけにも行かないし……。


「い、命の危険があるGSのバイトなら、別にそのくらいは普通だと思いますけど」


……もちろん私だって、正しく相場を把握しているわけじゃない。

でも、もしかしたら怪我をしたり、命を落とすかもしれない職業なのだ。

美神さん本人もお金持ちだし、あのくらいは貰っても詐欺でもなんでもないと思う。

でも、私の反論に、タダスケさんは更なる反論をしてきた。


「――――――255円」

「…………え?」

「俺は、300円未満だったぞ! 時給が! GSのアシやってたのに!」

「さ、300円未満? それって、労働基準の……」

「そうだ! 俺は極貧生活だったぞ、高校時代! なのにあの野郎!」


ものすごく逆恨み的な反論だったけれど、私は何も言えなかった。

血の涙を流しかねない大きな男の人に対し、何を言えばいいのかが分からなくなった。

ついでにこの感情の高まり具合は、確かに横島クンの血縁だとも思えた。


横島クンも大きくなると、こんな感じなのかしら?

…………ちょっと嫌かもしれない。

歓喜であろうと悲哀であろうと、魂の叫びは青春時代だからこそ似合うと思うわ、私は。


「えーっと、とまぁ、そんなこんなで。実力を測るはずが、ついやり過ぎたんだ。

 反省はしてる。でも、後悔はしていない! 何故なら心底ムカついたから!」


ダメな大人の代表になれそうな叫びだった。

私は額に大きな汗を浮かばせつつ、とりあえず頷いておく。

彼の体からは同情したくなるような気配が、そこはかとなく感じられた。

染み付いた苦労って、そう言う感じなのかしら?

でも、慰めたり、フォローする気はない。

腹が立ってあんな事をしたと言うのなら、それは間違いなくダメ過ぎるから。


私が黙ると、今度はメドーサさんがタダスケさんに問いかけた。

私はタダスケさんの傍から離れ、メドーサさんと並びなおす。


「…………アンタが横島の知り合いで、タダスケって名前なのは、まぁいい。

 それよりも何のために、そもそも横島の腕試しなんてしようと思ったんだい?

 それに、アシュ様の友人と言う話も解せないね。

 アシュ様に人間の友人がいるなんて、悪いが信じられない」


疑っている。横島クンの知り合いで、タダスケという名前であることも、疑っている。

メドーサさんは、言葉の外にそう言う気持ちを滲ませているようだった。

もっとも、タダスケさんはどんな気持ちを向けられても、やっぱり気にしないようだった。


「俺だって信じたくないな。あいつが俺の友人なんて」

「アンタとアシュ様は、どういう仲なんだい?」

「どうと言われてもな。まぁ、しいて言えば昔は殺し合った仲で、今は酒を飲み交わす仲か?」

「……馬鹿らしい。人間にアシュ様が殺せるものか。いや、アンタは本当に人間かい?」

「人間のつもりだぞ? 魔族や神族の中にも、親友やら家族やら師匠やら……まっ、色々といたりするけどな」

「………………どちらかだけでなく、魔族と神族の両方に?」

「俺って、割と波乱万丈な人生なもんで。あっ、まだ信じてないな?」


鋭い視線を一向に衰えさせないメドーサさんに、タダスケさんは苦笑する。


「何なら夕飯の時に、アシュにも聞いてみりゃどうだ? ある程度は話してくれるかもだぞ?」


夕食? と首を傾げるメドーサさんに、タダスケさんは頷いた。


「この後、二人にはアシュの屋敷に移ってもらうつもりだ。

 やっすいビジネスホテルに3人ってのは、さすがに狭すぎるしな。

 いや、正直に言うと俺は構わんけど、二人が嫌だろ? 俺と一緒なのは」


どうやら、ここはホテルの一室らしい。

私はビジネスホテルに泊まった事がないので、分からなかったけれど、

メドーサさんなら、到着した直後から分かっていたのかもしれない。

そう言えば、私は今年の修学旅行について行っていいのかしら?

進級は出来たけど……机が邪魔よね、やっぱり……。


腹の探り合いをするメドーサさんとタダスケさん。

ほぼ蚊帳の外に立っている状態の私は、現実逃避気味に場違いなことを考える。

あぁ、横島クンは今日の夕飯、ちゃんと食べられるかしら? 

顔が殴られて腫れていた……と言うか、そもそも彼は料理なんて出来ないし……。


「アシュと、ルシオラとベスパとパピリオと、そしてメドーサと愛子で夕飯を食うんだ。

 残念ながら、俺は不参加なんだけどな。俺、初対面でルシオラに『アシュを殺す』って

 そう言ったせいで、嫌われてるんだよなぁ。まぁ、だから俺は行かない。

 …………なんか俺、こっちでは嫌われ者になる運命なんかな?」


私がどうでもいいことを考えている間に、少しばかり話は進んでいた。

タダスケさんとメドーサさんの間では、問題がないのだろうけれど、

知らない名前がちょこちょこ出てくる私は、やはりついていけないわ。

アシュって言うのは、横島クンを恨んでいるはずの高位魔族よね?

でも、その後のルシオラとか言う3人は、どういう人なのだろう?


「あの、メドーサさんは知ってるんですか?」

「…………まぁ、一応ね」

「その人たちも、やっぱり横島クンを嫌ってるんですか?」

「さぁ? 私の知ってる物事ってのも、結構狭いようだし、何とも言えないね」


横島タダスケなんていう人間の存在も、知らなかったから。

そう少しばかりほの暗く呟いて、メドーサさんはタダスケさんを見やる。


「いいか? 続けるぞ? でだ。何で俺があいつに、果し合いを申し込んだかなんだが……

 まず横島忠夫には、ある隠された大切なモノがあるんだ。力と言うか、何と言うか」


…………横島クンの、力? そう言えば、エネルギー結晶がどうとか?

私は公園内でタダスケさんの呟いていた言葉を思い出した。

そしてそれを自身でも、小さく呟いてみる。


「まぁ、とにかく秘密だ。秘密は中身を知る人間が少ない方がいいらしいし。

 あいつは何も知らなかったようだけど、それはメドーサもそう考えたからだろ?」


つまり、メドーサさんも横島クンに結晶と言うモノが隠されていることを知っている?

そして横島クンがちょっとお馬鹿だから、それを伝えなかった?

あれ? ちょっと待って……? どういうこと?

横島クンが狙われるのは、アシュタロスに鼻血を出させたことで、恨みを買ったからじゃなくて、

結晶と言う大事なモノが、隠されているからってことになるのかしら?

じゃあ、アシュタロスはそれを手に入れるために、手下を仕向けてきてる?

でも、タダスケさんは手下じゃなくて友人だって言ってるし、

結晶も持っていく気がなさそうなんだけど…………?


「愛子にはしっかりと聞かれてたみたいだし、この際ぶっちゃけるけど、

 エネルギー結晶って言うモンが、あいつの魂には含まれてるらしい。

 文字通り、人の魂のエネルギーが固まったモンで、とんでもない代物だ。

 欲しがる人間やら魔族やらは言うに及ばず、神族だっているかもしれない」


「あ、あの、今さらですけど、私が聞いてもよかったんですか?」


知らない方がいいこともある。

そう考えて、わざわざメドーサさんが言わないで置いてくれたことを、私が知っていいのかしら?

しかもこれじゃ、横島クン本人だけ、いまだに知らない状態なんだけど……?


「まぁ、愛子は口が固そうだし、別にいいんじゃないか?

 あの馬鹿はついポロリと、口に出しちゃいそうな気もするけど」


「アンタだって変わらないんじゃないかい?」


お気楽に言うタダスケさんに、メドーサさんがツッコみを入れた。もっともだった。

公園で不用意に私の前で呟いたりしなければ、そもそもこんな説明は要らなかったんじゃ……?


「俺はいざとなれば、知った相手の記憶を消せるし」

「多芸なんだね?」


「いっそ霊能力がなけりゃ、アシュに目をつけられずにすんだんだろーけどな。

 でもそうなると、今の俺も存在しないし、あいつとも出会わないし、結婚もしてないだろうけど」


タダスケさんはやれやれと、肩を上げてみせた。

お気楽そうではあるけれど、どこか疲れた風情だった。

あいつって言うのは、横島クンのことだろうか? それとも、別の人?

それよりも気になるのは、タダスケさんって、結婚してたの? どんな人が奥さんなんだろう?


「とにかく結晶のために、あいつは色々な存在から狙われるかもしれないんだ。 

 だから、身を守るための術を教えにゃならんのだが……あいつは勉強や修行が嫌いだしな。

 やる気を出させるために、ああいうことをして、さらに俺は誘拐犯にまでなったわけだ」


「で、でも、別にこんなことまでしなくても……」


「いやー、女がかかった時の横島一族の爆発力はすごいぞ?

 昔の俺だってアシュを倒そうって誓ったのは、恋人を助けるためだったし」


その言葉は、ひどく納得のいくものだった。

横島クンはHなことを考えると、パワーが上がることがあるんだもの。

さらにおじ様だって、何だかそう言う雰囲気を持っているし。

横島クンがおば様に浮気を密告しようとした時の親子喧嘩も、すごかったもの。

でも、それよりも、気になるのはその台詞の後半部分。

話を聞く限り、アシュタロスはメドーサさんより強い魔族。

どのくらい強いかなんて、私には全然想像できないけど、とにかく強いはず。

その討伐を、恋人のために頑張る一人の人間!


「何だかロマン溢れる話ですね! 青春だわ!」

「……まぁ、結局俺の力不足で、あいつは死んじまったんだけどな」


――――――物語の最後は、ハッピーエンドではなかったらしい。

タダスケさんは目に見えて落ち込んだわけではなかったけれど、

その言葉の端々から、大切な人を悼む気持ちが感じられた。

…………こんな表情を、するものなのね……。

メドーサさんに睨まれても、マイペースを崩さなかった人と同一人物だとは、思えなかった。


「何にも出来ないってのは、心の底から悔しい状況だ。

 そして、自分が大切だと思った女が死ぬって状況が重なれば、余計に辛い。

 そんなもんは、味わわずにすむなら、その方がいい。

 そして味あわずに済む一番簡単な方法が、強くなっとくことだ。

 あいつは今頃、自分の無力さに悩んでいる頃だと思う。

 だからこそ、修行をさせれば素直に伸びて行くはずだ。

 その辺が終わるまで、あいつには会わないでやって欲しい」


タダスケさんは静かに、落ち着いた声で言葉を紡いでいく。

……すべての言葉を出し終えると、彼は小さく苦笑した。

そしてとても小さな声で『シリアスは俺の芸風じゃないんだけどなぁ』と呟いた。

それはどこか、照れているようでもあった。


「っと――――――それより公園の整備だな。ついつい忘れてた。

 ぐっちゃぐちゃにしたまんま、修復してこなかったんじゃ、ダメだよな。

 俺はあそこをちょっと直してくるから、待っててくれ。んじゃ……とぅ!」


先ほどまでの明るいマイペース加減を取り戻したタダスケさんは、

公園で何度も私たちに見せたように、またしても手を合わせる。

すると、小さな光が手の中から漏れ、タダスケさんの姿をかき消した。


私たちだけをここに置いていって、いいのだろうか?

今なら誰も見ていないし、私とメドーサさんは逃げることが出来る。

タダスケさんは、私とメドーサさんが逃げないと信じた……と言うことなのかしら?

何となく、ただこの場の空気に耐え切れなくなって、後先考えずに消えたような気もするけど。


「メドーサさん、どうしましょう?」

「しばらくは様子を見るとするよ」


つまり、今すぐ逃げると言う選択肢は却下らしい。


「いいんですか?」

「よかないけど、色々知りたい事もあるしね」

「あの人について行けば、分かるんですか?」

「あぁ。きっと分かるさ」


メドーサさんはベッドに座り、室内を見渡す。

怪しいところがないかを探しているのかもしれない。


どこかに普通とは違う場所がないか?

私もそう考えて見回すけれど……何も分からなかった。

だって、ホテルに入ること自体が初めてだから……。

ドラマで見たことのあるホテルって、もっと煌びやかな感じだったんだけどなぁ。


「……あっ」

「どうかしたかい、愛子?」

「ええ、ちょっと。スーツがかけてあったから」


ツナギ姿を最初に見たせいか、それは彼に似合いそうもないものに思えた。


「意外と抜けているようだから、何か情報があるかも知れない」

「ちょ、メドーサさん、人の服を勝手に調べちゃダメですよ」


メドーサさんは立ち上がり、私の気づいたスーツに手を伸ばていく。

私は慌てて、メドーサさんを止める。

部屋の中を、散々見回してあいてなんだけれど……。

でも、見るのと手を出すのは、かなり差があると思う。

色々と勝手に触ったことがばれたら、タダスケさんも怒るに違いない。


「誘拐をしておきながら、拘束を解くやつが悪いんだよ」

「ごもっとも。メドーサなら、土角結界とか使いそうだよな?」

「――――――ひゃ!? た、タダスケさん?」

「おう、ただいま」


メドーサさんがスーツの内ポケットに手を伸ばしたところで、タダスケさんが現れた。

私が驚いて小さく悲鳴を漏らすと、タダスケさんはけらけらと笑った。

彼はそのままの表情で肩をすくめ、メドーサさんからスーツを取り、ベッドの上に投げた。


「まったく、行儀が悪いぞ?」

「あいにく、魔族でね」

「そう言われれば、そうだな」


メドーサさんの皮肉げな言葉に、タダスケさんは納得した。

うんうんと首を縦に振る姿は、天然さん以外の何者でもない。

毒気を抜かれたのか、メドーサさんは小さく嘆息した。

そんなメドーサさんに、タダスケさんは何かを耳打ちした。


――――――アシュの手下だってのは、秘密なんだろ?――――――
――――――あの馬鹿と愛子には黙っててやるから、協力してくれよ――――――
―――つーか、今の関係とか状態が壊れんよう、俺も一応、気を遣ったんだぞ?―――


何を言ったのか、私には聞き取れなかった。

ただ、面白くないことを言われたらしいと言うことだけは、分かった。

メドーサさんは明らかにうろたえて、顔色を悪いものにしたから。

それを必死に覆い隠そうとする姿も、普段の余裕あるメドーサさんから考えられないものだった。


「あの、大丈夫ですか?」

「…………あ、あぁ」


私が声をかけても、メドーサさんは普段の調子を取り戻せそうになかった。

うぅ、大丈夫なのかしら? 私たちはこれから、どうなるんだろう?

横島クンはボコボコだし、メドーサさんはオロオロだし……。

私はタダスケさんの言っていることが本当で、

そして私たちに対して、悪意を持っていないように、願うしかなかった。


その後、私たちはタダスケさんに連れられて、再び瞬間移動をした。


ちなみに彼は先方に電話をかけ、そして『まぁ、いいか。行っちゃっても』とか何とか言っていたりした。

彼の持つ携帯電話からは『まだ、もう少し……』と、何やら気乗りしない声が聞こえていたような気がするのだけれど。


私とメドーサさんが連れて行かれた場所は、古びた洋館と言う言葉がぴったりなお屋敷だった。

周囲を近代的な建物で囲まれているので、ひどく浮いているようにも思えた。


古びた洋館に閉じ込められたクラスメイト(少女)を、

頑張って助けに来るクラスメイト(少年)って言うのは、青春…………よね?

あえて自分の好きなシチュエーションに見立てて、私はテンションを上げようとする。




でも、今夜はそのシチュエーションに、酔えそうにはなかった。






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