第十六話





「久方ぶりに、お嬢ちゃんからのご指名だ。んー、実に数年ぶりだなぁ、おい」





電話の受話器をそっと置いた主人は、感慨深さを隠すこともなく、そう呟く。

そして背後に控えていた俺に向かって、一つの指令を出した。

それは今しがた呟いた台詞を、焼き直したようなものだった。


「お嬢ちゃんからのご指名だ。頑張ってきてくれよ、まーくん」


俺は主人のその言葉に、恭しく頭を垂れることで返答する。

俺は俺の主人に忠を尽くす。

その主人が、自身の友やそれに類する者を助けるために俺を向かわす……と言うのであれば、何ら異論はない。

忠を尽くした者が大切にしたい者は、すなわち俺自身にとっても大切な存在なのだから。


さて、それにしても……あのお嬢ちゃんか。懐かしいと言うほどではないが、確かに久方ぶりの再会だ。

何かしらの厄介ごとがなければ、こちらに連絡を取らないところが、なんともあのお嬢ちゃんらしい。

今日はどんな厄介ごとを、その口から零すのだろうか?

まぁ、どんなものであったとしても、悲壮さを感じさせずに言うのだろう。

あの家の人間は、そうなのだ。だから、主人も俺自身も、気に入っている。

いいじゃねぇか。力を貸してやろう。俺たちなら、何となかるだろうさ……と言う気になるのだ。

鼻につくこともあるが、しかし可愛げがないわけでもない。

あぁ、こんなことを思うなんざ、俺も年かね?

腹を立てられないほど、俺は枯れたのか? 寝たきりの老人でもあるまいによ?


さて。今から出れば、お嬢ちゃんのところに着くのは、昼になるな。

とりあえず、今日は極上の昼飯が約束されるらしい。

俺が行くごとに、あちらさんは礼を持って受け入れてくれるからな。

最近は知名度も上がり、大金をふんだくってるそうじゃねぇか。

こりゃ、前より豪勢なモンを出してくれるだろう。

もっとも、今の俺は質素な飯でいいんだがね?

特上の肉なんざ出されても、逆に戸惑っちまうよ。

あぁ、やっぱ年かね、俺も。いつしか、脂っこいモンは苦手になってきた。

肉より草がいい……若い頃には考えられないな。草なんざ、たまに食べるべき胃腸薬だったのに。

老いたくはねぇやな? えぇ? ご主人よ。アンタも白髪が混じってる。

5年前には、そんなものはなかったはずなのにな。

んん? 時間を惜しむのも、年寄りの証拠? 言うねぇ、ご主人。あぁ、耳が痛い。

ついでに、言っとくか。まぁ、無駄だろうが……まーくんは止めてくれ。それこそ、耳が痛い。

ガキの頃から使い慣れた名とは言え、そろそろきついぜ? 

ん? まーさん? いや、それも嫌だが。


……それじゃ、行ってくるぜ。帰りはいつになるか分からんぜ?

まぁ、あんまり長期の任務になるなら、またあとでまた連絡が行くだろうさ。

友情による繋がりとは言え、俺の出向には金がかかるんだ。

長引くなら、ただの口約束から紙を使った契約になるんだろう?

事務仕事なんざしたことがねぇし、俺は良く知らんがな。


じゃあな。俺がいなくとも……いや、いないからこそ、

戸締りにはくれぐれも用心するんだぜ、ご主人?

最近、この国……つぅか、この世界の空気がおかしい気がするんだよ。

地脈が弱まっていると言うか、何と言うかな。

地下資源だなんだって、海底を掘り起こしているから、こんな事になるのかね?

メタ、トレードだったか? 何か言うだろう? ん? メタン? まぁ、何でもいいさ。

――――――? くっちゃべってないで、さっさと行け? ひどいね、ご主人よ。

向こうに出向いたら、しばらくは話す相手がいないんだぜ? 

ちゃんと喋り溜めしとかないとな、ストレスってモンが溜まるんだ。


あぁ、はいはい。行けばいいんだろう? 行くさ。

じゃあ、ちょっくら行ってくるさね、ご主人。


そんなこんなで、俺はお嬢ちゃん―――美神令子の事務所へと向かった。

お嬢ちゃんが独立してから、俺が指名されるのは初めてだな。

すでにあのひよっこもかなりの場数を踏み、ベテランと呼ばれる日が近づいているはず。

そんなお嬢ちゃんが、俺を呼び寄せるんだ。何を言われることやら……。


俺は事務所の前で一息吐き、気構えをしてから中に入った。

ふとその時、都会では嗅ぎなれない深い森の匂いを感じたが……まぁ、今は無視した。

今はお嬢ちゃんにお目通りするのが、最優先だからな。遅れたら、あとがうるさい。


「久しぶりね。まぁ、楽にして頂戴。おキヌちゃん、ご飯の用意を」


事務所に入ると、お嬢ちゃんが軽く笑みを浮かべれ俺を向かえた。

何年かぶりに見るお嬢ちゃんは、また一段と美しくなっていた。

――――――という気が、するような、しないような、どうでもいいような。

まぁ、いいだろうさ。綺麗になったと思っておこう。俺に取っちゃ、どうでもいい話だがな。

それより気になるのは、おキヌと呼ばれた幽霊だ。

扱いからしてお嬢ちゃんの助手のようだが……?

お嬢ちゃん? お前さんは一体いつから、死霊使いになったんだ?

そんな俺の視線に気付いたのか、お嬢ちゃんは苦笑交じりに説明する。


「あぁ、おキヌちゃんは私の助手なの。いい子よ、とっても。だって、薄給でも文句言わないし」


聞くところによると、あの幽霊は300年ほど前に死んだ子らしい。

それを縁あって、お嬢ちゃんが使っていると……契約で使役しているわけでもないのか。

そりゃ、浮遊霊を自宅に間借りさせてるって、そう言い換えられるんじゃねぇか?

日給と言うのも、おこずかいと言えなくもない。

そして幽霊の嬢ちゃんからすれば、縁あって奉公していると……。


まぁ、別に敵対しているわけでもない以上、どうでもいいがね。美味い飯さえ作ってくれれば。

あーっと、幽霊の嬢ちゃんよ。もし肉を焼くなら、あんまり焼き過ぎないでくれると嬉しい。

よくレアって言うだろう? ああいう感じで、頼まぁな。


…………さて、飯が出てくるまでに、仕事の話をしようじゃねぇか。

何で今日は、俺を指名したんだ?

俺は視線を鋭いものにし、お嬢ちゃんの言葉を待つ。


「今朝のことなんだけどね。人狼の子供がウチを尋ねてきたのよ」


……へぇ、そりゃ珍しい。

今の世で、人狼なんざ滅多にお目にはかかれん。

かく言う俺も、実際にあったことはねぇからな。

それ以上に、化け物退治を生業とする人間のもとに、人外が来るってのが珍しい。

それでその人狼の子は、どんな厄介ごとを持ち込んだんだ?


「何でも人狼の里で、騒ぎがあったらしいの。子供の表現だから、分かりにくかったけど、

 要約すれば『過激派の一人が、霊力吸収能力を持つ妖刀を手に、都心を目指している』

 そして『人間を生贄とし、多くの霊力を集め、狼王フェンリルを蘇らそうとしている』ってこと」


狼王ねぇ。そりゃまた、気概に溢れた人狼もいたものだな。

科学万能時代と言い張る人間への、自然界代表からの反抗かね? おぉ、怖い。

まぁ、そんな下らない考えはともかく、それが実現すりゃー大変なことになるわな。

今の状況は、御伽噺にある序章か? 

魔王が復活し、世界が闇に包まれる……その一歩手前。


「見過ごすわけにも行かないし、こっちでも対策を立てなくちゃいけないのよね」


ほほぅ? 少し会わないうちに、人間ってのは変わるもんだな。

お前さんが面識もない人狼の子の言葉を信じ、報酬が得られそうにないにもかかわらず、

身銭を切って、わざわざ俺を呼び出してまで対応に当たるとはな。いい子になったもんだな。

俺が皮肉げな視線を投げかけると、お嬢ちゃんは深く嘆息した。

どうやら、話にはまだ続きがあるらしい。


「私もこんな話には乗りたくないんだけどね……。

 騒ぎの発端が、ウチのアルバイトの友達と言うか、同門のせいらしくてね。

 何でも、その子―――伊達雪之丞って言うんだけど―――が、

 人狼の里に押し入っちゃったせいで、妖刀が過激派に渡る羽目になって、それを止めようとして、

 雪之丞とその人狼―――シロって名乗ったわね―――の父親が、かなりの重傷を負ったらしいの。  

 もっとも、二人が戦ったおかげで、その過激な馬鹿も手傷を負ったそうだけどね。

 まぁ、傷が癒えるのを見計らって、そのうち人の多い都心を目指してくるはず。

 だからシロは雪之丞に紹介された、ウチのバイトの横島クンに会うために、急いで上京。

 過激派が犯行を起こしてしまう前に、何とか迎撃体勢を整えようって考えたようね。

 でも、横島クンは自分の手におえない話だと考えて、さらに私を紹介したらしいのよ。

 こうなってくると、見捨てるわけにも行かないじゃない?

 シロなんて、相打ち覚悟でその人狼を止める気だ……って言うし」


それはまた……過激派の人狼も、それを止めようと言う人狼も、熱いもんだな。

それで? お前さんは俺に何を望むんだ? 都心にやって来る人狼の警戒か?

俺は確かに鼻が利くが、相手も狼だ。一筋縄では行きそうにないぞ……。


「頼みたいのは、シロって言う人狼の子どもの捜索。

 『拙者は急用があるので、これにて御免』って、どっか行っちゃったし」


どうやら俺の予想は外れたらしい。ふむ、人探しか。

この部屋の中にある匂いは、お嬢ちゃんと……あと4つ。

一つは人間の男だな。感じからして、まだ若い。新陳代謝が良く、匂いが老いていない。

もう一つは、魔族の独特の匂いだ。香水を使用していても、俺には分かる。

さらにもう一つは、多くの人間が交じり合った匂い。こいつは良く分からん。

ただ嗅覚に頼るだけでなく、霊気を探ってみると………………物憑き神だな、これは。


事務所に染み付いている匂いは、これだけだ。他にも色々混じっているが、瑣末なもんだからな。

そして最後に、森を感じさせる匂い。ここに入る前にも感じたモンだ。

よくよく嗅ぐと……感じからして、確かに未発達な子供の身体からの匂い。ついでに女児だな。

――――――ふむ。間違いなく、これが人狼だ。

早めに呼んでくれてよかったぜ。ここに滞在した時間が短いせいで、残り香もあまり強くない。

これが明日や明後日、3日後なんてなっていれば、痕跡を追うのは困難だっただろう。


「出来る?」


室内の人狼の子の痕跡を探る俺に、美神のお嬢ちゃんが挑発的な眼で見やってくる。

俺はお若いこのお嬢ちゃんに、少なからず苦笑しつつ、はっきりと答えてやった。


「ウォン!」

『ひゃっ、な、なんですか?』


俺の声に驚いたのか、幽霊の嬢ちゃんが驚いたらしい。

危うく、肉の盛られた皿を落としかける。ああ、もう少しで俺の昼飯が消えるところだった。

気合を入れるために霊波を混ぜたんだが、幽体の嬢ちゃんにはきつかったらしい。すまんな。


「何でもないわよ。彼は私の質問に答えてくれただけ」

『そうなんですか? あ、これ、どうぞお召し上がりください』


ふわふわと浮いていた嬢ちゃんが、俺の前に皿を置いてくれた。

うむ、いいねぇ。実に良い感じに焼けている。俺好みだ。


『美神さん。でも、本当に大丈夫なんですか?』

「うん? もちろん、大丈夫よ。マーロウは世界最高のGS犬よ?」


犬っころが信用ならないのか、幽霊の嬢ちゃんは小声で話す。

もっとも、俺には筒抜けだがな。

あと、美神のお嬢ちゃんよ。世界最高は言い過ぎだ。

そりゃ、お前さんの知る世界が狭過ぎるだけだ。

世界は広い。俺より凄い犬なんざ、吐いて捨てるほどいるさ。俺も少々、老いたからな。

まぁ、もっとも? この狭い日本と言う国の中だけならば、俺はそれなりの高位にあろうがな?

追跡の前に焼いた肉を食うってのも、その証拠だ。

それなりに自信がなけりゃ、こんなもんは喰わねぇよ。いくら腹が減っては仕事が出来んとは言え……。

肉の匂いに惑わされて、残り香が探し辛くなるからなぁ。慣れないやつぁ、あんまり真似すんなよ?


そんなことより…………美味いな、これは。たまにはこういう食事も悪くない。

毎食これでは、すぐに身体の歯車が狂っちまうだろうが……たまにはな。


「マーロウ。もしも余裕があったら、横島クンも探して欲しいの。

 そして、ここに連れて来てちょうだい」


あいよ。今のお前さんの言葉には、異論を挟まずに従うぜ。理不尽なものでもないしな。

まぁ、人狼とバイトの人間を探すためだけに、自身が世界最高と言った俺を導入するのは、解せないが。

探し物を見つけるためだけに俺を使うなんざ、ご主人以外にはまずいねぇぞ?

お嬢ちゃんが今回の一件をそれだけ重要視していると言えば、勿論それまでの話だが……。


さてと。喰うモンも喰ったし、腹ごなしをかねて追跡を始めますかね。

美神のお嬢ちゃん。ひとっ走り行ってくるから、待ってろよ。


人狼の子と、バイトの人間……横島と言ったか。

そいつらの匂いを辿って…………。

さぁて………どこにいることやら?





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





とことこと、ゆっくりとした足取りで部屋を後にしたマーロウ。

傍から見れば、それはただの老犬のおぼつかない足取りでしかない。

けれども、私はマーロウを信頼している。長い付き合いだからね。


『美神さんって、何だかんだ言って、優しいんですよね』


マーロウの姿を見送っていた私に、おキヌちゃんがそんな言葉を投げかけてくる。

優しい……か。それはちょっと違うのよね、おキヌちゃん。

私はただただ親切心だけでマーロウを呼び出して、シロの確保に乗り出したわけじゃないわ。

確かに小さなシロが無鉄砲に一人で仇敵に挑み、あっけなく殺されると言うのは、後味が悪い。

ニュースで“時代錯誤な辻斬り”とか“ついに子供の惨殺死体まで”なんて、見たくないと思う。

でも、それだけじゃないのよね。


きな臭いのよ。

何かが起こっている気がするのよ。

私の霊感が、何かを訴えてきているのよ。


私の全身を言いようのない違和感が走ったのが、数日前。

そしてGS協会から、極東方面の地脈が不安定であると言う事実とともに、

悪霊の活性化などが起こる可能性があり得ると言う通達がなされたのが、それから遅れて2日後。

その前後から、横島クンにメドーサが張り付くようになった。


――――――さらに、今日。朝から人狼のシロが、ウチを訪ねてきた。

雪之丞の紹介で横島クンの家に行き、そしてここにやって来たと、そう言っていた。

おかしいじゃない? なんで、横島クンが私の前までシロを連れて来ないの?

学校があるから? 事務所の前まで連れて、横島クンたちは学校に行った?

愛子ちゃんは机妖怪だけあって学校が好きだけど、子供相手にそんな不親切なことはしないはず。

どうして私のところまで連れて来なかったのかと疑問に思って、横島クンのケータイにメールをした。

返事が一向に返ってこないので、少しばかり腹を立てつつコールもした。出るまで待つ気で、コールした。

でも、応答はなく“留守番電話に接続します。発信音の後に……”の繰り返し。

意地になって、わざわざ学校にまで電話してみると―――

―――横島クンも愛子ちゃんも、今日は登校して来ていないと言われた。

むしろ『そちらで何かあったのでしょうか?』と心配されてしまった。

横島クンがGS試験を受け、合格したことが知れ渡っているからこその反応だろう。

無届で欠席すれば、GS関係で何かあったのかと考えても、おかしくはないのよね。


横島クンなら、学校をサボろうとすることも有り得るけれど、

彼には愛子ちゃんが憑いているのだから、やっぱりただのサボりの線は消える。

仮に横島クンが風邪をひいたのなら、愛子ちゃんがちゃんと連絡を入れるはずだし……。


つまり、何かが起きている可能性が高いと、そう考えられなくもないのよね。


昨日、ウチの事務所から帰るまで、横島クンたちに異常はなかった。なかったはずよね?

でも今朝になって、横島クンたちとは連絡が取れなくなった。学校にも行っていない。そこにきて、人狼。


「今度は一体、何に巻き込まれているのかしら、あいつ……」


遭難したり、時間遡行したり、本当にトラブルに事欠かない横島クンだ。

きっと今朝……あるいは昨晩に、何が起こった……のだろうか?

メドーサが常に傍にいる以上、何があっても大丈夫だとは思うけど……。

メドーサが横島クンに、突然必要以上にベタベタしだしたのは、今日という日を見越して?


「まぁ、何にしろマーロウの報告待ちね」


比類なき追跡能力を持つマーロウだもの。きっと、何かしらの手がかりは見つけてきてくれる。

その詳細を聞き出すには、少しばかり術式を発動させて、精神感応させなきゃいけないから少し面倒。

主人だったら、そんなことをしなくても普通に会話が出来るんだけどね……。


どこで何をしてるのかしら、横島クン。

殺しても死にそうにない人間だから、無事ではあると思う。

でもあいつって、いきなりワケの分からないタイミングで、私の前から消えるのよね。

油断と言うか――――――後悔はないようにしておかないとね。今度は……。


「んじゃ……私は私で、やることをやっとかないとね」


私は電話の受話器を取り、先生の教会にコールする。

人狼の一件については、私なりに知り合いのGSに警戒を呼びかけるつもりだ。

GS協会にも一報は入れるけど、いきなりしっかりとした網が張れるはずもない。

人を動かすには、時間もお金も必要なんだから。

そこに来て、先生はとっても優しい人だもん。

すぐに首を縦に振って、注意してくれるはずだ。実に便利……じゃなくて、頼りがいがある?

これがエミなんかじゃ、まずちゃんとした会話になるかどうかも怪しいもの。

知能が足りてないからなぁ、エミは。


「……………?」


しばらく待っても、先生の教会に電話は繋がらなかった。

――――――これはもしかしなくても、電話が止められてるわね?

先生はいい人なのよ。いい人なんだけど……頼むから、もう少ししっかりしてほしい。

いや、いきなり『使い勝手がいいしー』とか思いつつ、コールした私が言うべきじゃないかも知れないけど。


私は嘆息しつつ、受話器を置いた。

出鼻を挫かれたような気分。いや気分と言うより、事実挫かれてる。

先行き不安よね、何となく……。


















            第16話    予想GAYです?
















センセーに連れられてやって来た、センセーの属する道場。

その一角では今、一つの刀が作られようとしていた。

拙者はそれを、壁際に正座して見つめているのでござる。


――――――センセーは両手に力を溜めて、霊波刀を構成していく。

滑らかに霊波は刃となり、世に顕現する。実に素晴らしい光景でござる。


霊波刀の二刀流は、潜在能力が人より高い、我ら人狼にも稀有なモノでござる。

制御が難しいが故に、また刀そのものの扱いも難しい。

一つの強き霊波刀を作り出す。それが正しい在り方でござる。

生半可な霊波刀を二本生み出そうとも、意味がないのでござる。

鍛え上げた一つを、不安定な二つでは受け止めることは出来ない。

等しい力量の者が、一本の真剣と二本の木刀で戦う場合、言うまでもなく勝者は前者でござる。

繰り返すことになるでござるが、真剣は二本の木を易々と斬り裂く。


さて、拙者のセンセーでござる。今その手には、二本の霊波刀。

利き腕である右はともかく、左の安定性はまだまだ難あるように思われる。

拙者の作り出す小枝のような刀ではござらぬが、ぶれがある。

実戦では、そのぶれが命取りになることでござろう。

もっとも、センセーが霊波刀を作り出すのは、次なる技の構成準備のためでござる。

おそらく実戦では、よほどの事がなければ、二本の霊波刀を作り出そうとは思うまい。


あぁ、そう考えると……普段から二本の霊波刀を作り出すことに慣れておけば、

実戦で長時間、一本の霊波刀を使い続けられるということになる……のでござろうか?

二本分の制御や集中が、一本でいい。それは多分、楽なことでござろう?

強き一つを生み出すための修練方の一種とも、言えるのやも知れぬでござる。


では、拙者も二本の霊波刀を…………むぅ、ダメでござる。

拙者は両手から霊波を搾り出そうとするが、刀を構成するには至らなかった。

まだまともに一本も作り出せない拙者では、二本など夢のまた夢のようでござる。

拙者は嘆息し、センセーの修行風景を見つめる。

センセーは両手を合わせ、二つの霊波刀を一本の大刀へとまとめ上げる。

それもまた大振りになり過ぎ、実戦では使えそうにもない刀。

けれど、やはりセンセーは気にしない。

ここからさらに霊波をまとめ上げ、一つの小さな小さな球を作り出すことが、センセーの目的なのでござる。


何でも、その球に文字を込めることが出来れば、その文字が現実と化す……とのこと。

肉と入れれば、肉が出るのでござろうか?

あるいは犬と入れれば、センセーも犬になるのでござろうか?

まだ成功例がないゆえ、そこは判然としない。

しかし、センセーはいつか出来ると信じているようでござる。

何でも、センセーの家族はその術を使う者にさらわれたそうなのだ。

自身もその術を修めねば、取り返そうにも、戦いにならない。

少し前にセンセーはそう言い、悲しげに拙者に微笑んだでござる。


やがて、センセーの手の平の中には、一つの珠が作り出された。


けれども、それだけでは成功とは限らぬでござる。

落としただけで爆発したり、文字を込めようとしただけで爆発したり……。

あるいは何もせずともひびが入り、珠から霊気が漏れ、爆発したり……。

あの珠は、何とも物騒なものなのでござる。拙者もびくびくでござる。

しかし、センセーに進歩がないわけでもないのでござるよ?

最初は拳より大きそうな珠でござったが、今は親指の爪よりいささか大きい程度。

センセーの集束・圧縮技術が、より向上している証拠でござるな。


曰く『昔から器用だったんだよなぁ、俺。総出力は低いんだけど』でござるが……。

仮に総出力が低くとも、あれだけ集束・圧縮することが出来れば、十分であると思うでござる。

実際、あの珠が破裂して起こる霊波爆発は、人狼の大人でも下手すれば致命傷でござる。

例えば、もし風呂に入っている時に、窓の外からあんなものを投げ込まれれば……。

…………? むぅ、いざ戦闘では、微妙に使い辛い気もするでござるな?


「よーし、ここまではOKだな。あとは安全性だ」


センセーは手の中で珠を転がし、そう呟いた。

なお、あの珠を作るには、段階ごとに安全を確かめる必要があるのでござる。

そうしないと痛い目を見るのは、拙者とセンセーの実体験で承知済み。


作り出して、すぐに破裂しないかどうかを確認。これは一分間ほど放置し、様子を見るでござる。

次に耐衝撃性の確認でござる。軽く放り投げてみたり、蹴ってみたりするでござるよ。

作り出して、ポケットの中に入れて……そして、ふと落とした拍子に破裂しては、

命がどれだけあっても、足りなくなってしまうでござる。

そこまで確認し、ようやく文字入れでござる。

もっとも、文字を入れることで珠の安定が崩れ、破裂することもあるので油断は禁物でござる。

成功例はない。先にそう言ったように、今のところ文字入れまで完了した珠はござらぬ。

九割方、耐衝撃性を確認する段階で、失敗しているのでござるよ。


「シロー。一応、お前も気をつけとけよー」


拙者がそんなことを考えているうちに、センセーは実際に珠の耐衝撃性を調べることにしたようでござる。


「承知でござるー」


間延びしたセンセーの声に、拙者も同じ調子で答える。

果たして、今度こそ成功するのでござろうか?

期待は四割で、不安が六割と言う感じでござるな。

何しろセンセーも、いまいち手ごたえを感じておられない様子。

うまく行くと確信していたならば、もっと覇気のある声を出すはず故。


「うまく行くはず。多分。きっと。うまく……行くかなぁ? 行けばいいなぁ。無理か……?」


弱気なことを呟きつつ、センセーは珠を壁に向かって投げつける。

壁にあたり、こつんという音を立て、珠は床へと落ちる。

やはりこつんという音を立てつつ、珠は無事に着地。

壁に当たって爆発することも、床に当たって爆発することもない。

とりあえず、この程度の衝撃で暴発することはないようでござる。


「シロ、気を抜くな。暴発は忘れた頃にやってくるぞ」


ふぅっと息を吐く拙者を、センセーがたしなめる。

そうでござった。小さなひびが人知れず入っており、

あの珠を拾い上げに行こうとしたところで破裂……と言うことも有り得る。

ここは用心してあと一分、珠から注意を離さずにいるべきでござるな。


「……………」

「…………………」


10秒経過。


「………………………」

「………………」


30秒経過。

うぅ、いつ爆発するやも知れぬというのは、心臓に悪いでござるよぅ。


「…………………」

「……………………」


50秒経過――――――そして、1分経過でござる。


「ふぅ。どうやら、本当に大丈夫みたいだな」


センセーは額に浮かんだ汗をぬぐい、苦笑交じりにそう言った。拙者も同じく苦笑して頷く。

集中力を高めて爆発を警戒し、対象を睨みつけて防御の構えを取り続ける一分間。

意外と馬鹿には出来ない一分間でござる。拙者の額にも、汗が浮かんでいる。

父上に稽古をつけてもらっている折にも、緊張はする。

けれども、ここまでの緊張はないでござるな。


「さて、そんじゃ、文字を入れてみますか!」

「どのような文字を入れるのでござるか?」

「そうだな……。防御の『防』を入れて、シロに攻撃してもらうとか?」


成功しておれば、拙者の攻撃に珠が自動で反応し、防御の結界を張るなり何なりするはず。

この珠は、そういうモノなんだからな……と言いつつ、センセーは壁際に向かって歩き、珠を拾う。

掴みあげたそれを、センセーはしばし見つめ、そして再び口を開いた。


「シロ。世の中にはな、色んな制約があるんだ」

「ふぇ? 制約……でござるか?」

「あぁ。押すなと言われたボタンは、押さなければならない」

「……………………そ、そう言うものでござるか?」

「頭の上に落ちてきたタライは、回避可能でも謹んで直撃するべきだ」


センセーは、何が言いたいのだろう? 拙者は首を傾げて、見つめる。

するとセンセーは、儚げに笑った。消え入るように、実に儚く……。


「つまり――――――」


センセーは珠を掲げて、言う。


「――――――大丈夫だと思わせつつ、実はしっかりと失敗しぶべらっ!?」


センセーの言葉は、最後まで聞き取ることが出来なかった。

何故ならセンセーは間近で珠が霊波爆発を起こしたせいで、宙を舞っていたのだから!

力ある風が室内を暴れまわり、危うく拙者の身体すら、虚空へと放り上げようとする。


「センセー! 失敗だと分かった瞬間に、何故防御せぬでござるかー!?」

「それが……それが世界の制約……お約束なんだ!」

「せ、拙者にはその約束の意味が、分からぬでござるよ!」

「うむ。実は俺も分からん。むしろ後悔してる。シロ、笑ってくれないし……」

「いや、実際笑えぬでござるよ!?」

「ですよねー」


センセーはむくりと起き上がり、何故か敬語で返事をしたあとに、嘆息した。

冗談を好まれる御仁だとは、分かっていたでござる。

しかし、やはり意味なく身体を張る理由が分からぬでござるよ。


「博士、実験は成功ですね。うむ、完璧じゃ。

 あれ? 博士? 完璧に実験は成功なはずなのに、器具から煙が……こ、これは!?

 って言う、そんな感じのシチュエーションの時は、謹んで爆発を受けるべきなんだ」


回避可能であるならば、回避するべきだと拙者は思うでござるよ?


「まぁ、俺だって本気でやばそうなら、逃げるけどな」

「って、センセー? 身体の方は大丈夫なのでござるか?」

「んー。慣れた」

「な、慣れたって……」

「だってお前、どんだけ失敗の爆発を喰らったと思うんだよ?」

「そーゆー問題でござるか?」

「つーか、俺って身体頑丈で、スタミナには自信があるしな?」


拙者はその言葉に、重ね重ね疑問を浮かべる。だから、そーゆー問題でござるか?

とゆーか、そんな頑丈なセンセーを一方的にボコボコにした『敵』とは、何者でござる?

センセーは人だけれど、人狼相手にちゃんと闘っていけそうな気がするでござるよ?

センセーといい、雪之丞殿といい、この道場の人々は凄いでござるなぁ。


うーんと唸る拙者を無視し、センセーは荷物からチョークを取り出した。

そして床にがりがりと複雑な模様を書き、その上に座り込む。


「んじゃ、俺はまた回復時間だから。シロは霊波刀の準備」

「はいでござるよ!」


センセーに促され、拙者はとりあえず今浮かんでいる疑問を捨てることにした。

つまり、拙者の師はあの爆発をも冗談に使えるほどの人物であったと、そう言うことだ。

能力の使いどころが、微妙に間違っているような気もするでござるが……気にしない、気にしない。


――――――今は集中でござる。

拙者は右手を前に出し、そこに左手を添える。

そして右手全体に力を流し込み、そこから刀を練り上げるように集中する。


なお、そんな拙者を眺めつつ、センセーは休息を始める。

センセーの書いた模様は、周囲の霊気を自身へと流し込むためのもの。

本来なら霊穴と呼ばれる、自然発生する霊力の溜まり場で、

修行者がその力を自身に取り込むために使ったりする……らしいでござる。


場所と状況によっては、無料で可能な霊的回復方法。

センセーのセンセーである美神令子殿から、教えられた術が一つだそうでござる。

他にも悪霊から身を守るための紋様やら何やら、色々あるそうでござるが、

ここで使う必要はまずないので、拙者が見ることはないでござろう。


ここは今、センセーの霊波を圧縮した術が爆発したところ。

つまりセンセーの霊波が、ここにはたくさん漂っていると言うことでござる。

修練場全体が強い結界により閉じられているので、それは拡散しないでござる。

よって、素早く模様の上で休息を取れば、使用分の霊波を再吸収・再利用出来るのでござる。

結界により密閉された空間での修行は、実に効果的でござるな。

回復方法である模様は、いちいち書き直す必要があるようでござるが、それでも労力は微々たる物。

仮に拙者がセンセーにいちいちヒーリングをかけていれば……

……拙者は今頃、干からびているやも知れぬでござる。干物シロでござるな。

あと、ついでにセンセーの顔が、拙者の舌のせいでべちゃべちゃになるでござるよ。


そんなことを考えつつ、拙者は右手に力を送り込み続ける。

けれども、うまく行かない。一向に、霊波の刀は作られる気配を見せない。

うぅ……きっと、関係のないことを考えていたせいでござる。

雑念退散、精神集中。今は刀を生み出すことだけを、考えるでござる。


…………むむむっ。

………………う、うぅ……うぅぅぅ〜〜〜……。

拙者の力は、刀にならずに何故か霧散してしまうでござる。

集束するように、集中しているのに……。

こんなに疲れているのに。

流している力は、ちゃんと足りていると思うでござる。

拙者、すでにへろへろでござる。そのくらい、力は流し込んでいるでござるよ?

なのに、なのに……刀になる気配はないでござるよ。

うぅ〜……センセー、どうすればよいでござるかぁ?


「くぅ……どうも、上手く行かぬでござる」


うっ、気づいたら、泣き言を口にしてしまったでござる。

拙者は頭を振って、自身にまとわり着こうとする弱気を払う。

けれど、疲れのせいか、どうにも気力が湧きにくいでござる……。

せ、拙者、もしや……風邪でもひいたでござるか? やたらと疲れるでござるよ?


「まぁ、頑張れ。ちなみに俺は見る見るパワーが充電されて――――――って、あぁっ!?」

「な、何でござるか、センセー?」

「い、いやー、今気付いたんだけどな?」


不意にセンセーが叫びだし、そして話しかけてきた。

何やらひどく言いづらそうに……。


「今は周囲の力を、俺が回復のために吸ってるから」

「それがどうしたでござるか? それは…………あっ!」


なるほど。そう言うことかと、拙者は手をぽんと打つ。

対するセンセーは、どーりでやたらと俺の回復が早かったわけだー……と、苦笑した。


「頑張れーなんて言ってる場合じゃねーだろ、俺。さっさと気づけよ」


つまり、センセーは自分の使った霊波を周囲から吸収しつつ、さらに拙者の力も吸っていた?

だから、拙者の力は刀にまとまり上がらずに、霧散してセンセーの中に消えていったと?

……では、拙者はセンセーに、遠まわしにヒーリングをかけていたと? 

もしや拙者は、危うく干物シロになりかけでござるか?

ちなみにセンセーの顔は、拙者が舐めずとも、汗がだらだらで濡れているでござる。

その顔には大きく『すまん』と書かれている気がしたでござるよ。


「まとめると、拙者が霊波刀を作れないのは、センセーの模様が原因でござるか?」

「多分そうかも? と言うか、十中八九そうかも? きっと絶対?」


センセーは頭を下げつつ立ち上がり、足元の模様を擦り消した。


「シロ。もう一回、集中して……」

「分かったでござる」


仕切り直しでござるな。

拙者は目を閉じ、再び右手に力を流し込んでいく。

すでに残っている力はわずかでござるが……拙者は頑張るでござるよ。


「これで――――――どうでござるか!」


自身が十分に力を入れたことを確認してから、目をかっと見開く。

すると拙者の右手からは、短くも鋭さのある刃が飛び出していた。

犬となった拙者が、口から放てる刃と同じか……あるいは、もう少し長い。

気づけば、拙者の口からは感嘆の声が零れていた。


「おぉ! ちゃんと刀っぽくなっているでござるよ!」


そんな拙者に、センセーは申し訳なさそうに言葉を発してくる。


「あー……やっぱ、俺がシロの邪魔をしてたわけだな。

 言い訳だけど、霊波の集中時に余計な過負荷がかかって、

 制御が前より上手くなったと考えれば、結果おーらい?」


集中時にセンセーに力を吸い取られていたことは、それはそれでよい修練だったのでござるな?

確かに模様が消され、センセーが何もせずに立っている今は、刀を構成することが楽でござる。

では、センセーに力を吸い取られつつも、刀を構成することが出来れば、

拙者もちゃんとした長さの刀を作り出せるようになる……と言うことでござろうか?


「ならば拙者、センセーを回復させつつ、霊波刀も作ってみせるでござるよ!」

「いや、それだけだとシロに負担がかかり過ぎる。シロも回復しないとな」


センセーは拙者の頭に手を置き、ぐりぐりと撫でてくる。


「シロは霊波刀のために集中してるだけで、疲労は少ないと思ってたけど、

 俺に力を吸われてたって言うなら、話は別。ちゃんと回復しないとダメだ。

 さし当たって、もう一回俺が紋様を書くから、そこに座ってろ。

 だいぶ俺が吸っちゃったけど、まだ結構さっきの失敗の霊波は残ってるし」


「しかし、それではセンセーはどうするでござるか? 術の完成が遅れるでござるよ?」

「俺はお前が回復してる間に、霊符を作る。元々、そのうち作らにゃならんかったし」


荷物には紙や筆もしっかりと入っているぞと、センセーは言った。

なんでも、これまでに作り置きしておいた分は、全て使用不能になったそうでござる。


「しかし、符とはやはり集中して作るべきものでござろう?」

「おっ、良く知ってるな」


センセーはそう言い、また拙者の頭を撫でてくる。

むぅ。あまり子ども扱いはしないで欲しいでござるよ。

そのくらいは、拙者でも知っているでござる。


「拙者が周囲の力を吸っては、センセーは符を作れぬのでは?」

「影響されないように、ちゃんと結界を張るから大丈夫だ」

「センセー、実は色々と凄いでござるな」

「実は……ってなんだよ?」

「こ、言葉の文でござる」


取り繕うように口にした拙者の言葉に、センセーは苦笑した。

センセーは霊波刀を作り出せる。

その気になれば、両手に発現させることも出来る。

何やら紋様を書いて、回復したり結界を張ったりも出来る。

符……つまりは、陰陽術も行使することが出来る。

他には、何が出来るのでござろうか? 

センセーはどうして、こんなに多芸なのでござろう?

拙者はセンセーに尋ねてみた。ただ、そう疑問に思ったから。


「……何って聞かれてもな。俺に出来ることと言えば、あと格闘戦か? 

 他にはサスマタを使ったり……あと……魔眼も使えた……けど、今は……」


何やら言葉の途中で、センセーはどんどんと落ち込んでいった。


「魔眼も符術も効かなかったし、霊波砲も無駄だったし……

 殴り合いでも、向こうだけが何故か無傷だし……

 骨を折り砕いたつもりだったんだけど……理不尽すぎるぞ……」


センセーは自身を倒した敵のことを、思い出しているのでござろうか?

拙者はつい、聞くべきではないことを聞いてしまったのかも知れない。


「どうして出来るようになったって言われれば、何つーか……一目惚れっつーのか?

 メドーサさんのあとを追っかけて、この道場に入って、GS試験を受けて……」


いつの間にかこうなっていたと、センセーは笑った。

先ほど『制約』とやらで無駄に身体を張ったときの、元気あるセンセーではなかった。

もしかすると、センセーは自身が落ち込まないよう、わざとああしておどけていたのでござろうか?


「まぁ、あれだ。シロから見ると、俺はそれなりに凄そうに見えるかもだけど、

 ぶっちゃけ、俺なんてまだ全然大したことないんだよなー、多分。だからまぁ……」


センセーはそこで言葉を区切った。そして拙者の目を見つめなおして、言った。


「頑張ろうぜ、お互いに」


それはごく有り触れた言葉だけれど、拙者にはひどく重いものに思えた。

だから拙者も、大きく元気な声で、センセーに負けないよう、答えた。


「無論でござる! 拙者、早速張り切るでござるよ!」

「いや、だからお前は今から休憩で回復だっつーの」


拙者が右手を掲げて力を流し込むのと、

センセーが拙者の頭を小突くは、まったくの同時だった。


センセー。人のやる気を削がないで欲しいでござるよ。

あうぅ……いや、拙者も休息が重要であることは、分かっているでござる。

けれど、けれどぅ……はぅっ!? ば、馬鹿犬は言い過ぎではござらぬかっ!?


拙者はセンセーに文句を言うけれど、笑って受け流された。

だから、子ども扱いはやめて欲しいでござるよ……。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





結界を停止させ、俺はがらがらと特別区画の扉を開く。

白竜会は山の中にあり、長い階段を登らなければ到達できない場所だ。

だからこそ、閉塞感というものに縁遠い場所だとも言える。

狭い室内から外へと飛び出した俺は、まず最初に肺の中の空気を交換した。

木々の多い場所であり、夜がそこまで迫っているせいか、空気はひんやりとしていて心地良い。


実際、すでに太陽は落ちる寸前で、空は夕闇を受け入れていた。

夕陽の暖色は消えかかり、舞台の幕のような寒色が幅を利かせている。

俺の後ろから出てきたシロも、外の景色を見て小さく息を吐いた。

年齢から考えても、シロは狭い部屋の中に長時間こもることは難しいだろう。

自分を武士だ侍だと言い、何かしらの使命感に燃えていたとしても。

シロは外で元気に遊び、そして走り回ってるのが似合う感じだ。


「はぅぅ……長い一日でござった。1ヶ月くらい、こもった気がするでござる」

「俺もだ。さっさと風呂に入って、飯食って、寝よう」


その前に、白竜会の周辺に簡易結界を張らなきゃなんねーのか。

ここはGSを育成するべき場所でもあって、多くの弟子が一般人よりは霊力が高い。

フェンリルになるために多くの霊力を狙ってる人狼がいる以上、油断は出来ないんだよな。


それなりに広い白竜会。それを囲うように、簡易とは言え結界張り。重労働だなぁ、おい。

でもまぁ、思い出深い学び舎であり、かつしばらく世話になるんだ。

飯代だと思って、せっせと結界を張ろう。霊符もそれなりに作ったし。


でも、本気で今の俺の疲労度と、霊力の残存量は深刻な問題だ。

よって……あとで陰念の部屋に行って、秘匿アイテムを見させてもらおう。

引き払われたりはしてないはずなので、きっと一つや二つは見つかるはずだ。

こじんのぷらいばしー? 何それ? 美味しいの?


「センセー? 秘匿アイテムって、何でござるか?」

「んぁ? 俺、口に出してたか?」


隣に立つシロが、首を傾げていた。

どうやら俺は、間違いなく思考を口から駄々漏れにしていたらしい。

くそ。この癖は、ちゃんと直さないと……と、いつも思ってるんだけどなぁ。


「それで、霊力が回復するとは、どうしてでござる?」

「え、えーっとだな。何と言うか、その、あれだ。男の熱い魂が揺さぶられるんだ」

「魂……でござるか?」

「あぁ。それを見ることで、俺は体力やら霊力やらが回復するんだ」


実際、俺のエネルギー源は煩悩だ。

過去にもお色気で危機を乗り切ったことが、あったりなかったり?

まぁ、そんなことを刻々と説明しても情けないので、さっさと切り上げよう。

どうせ、シロの年齢では男の熱き魂は理解できないだろーしな。

シロはどう見ても、8〜9歳ってところだ。背伸びさせても、10歳だろう。

俺がスカートめくりを始めたのは、今のシロよりももう少し経ってから。

そしてスカートをめくると言うイタズラから、本気でスカートの中身に

興味を抱きだしたのは、そこからさらにある程度の時間を経てからだ。


今のシロじゃなぁ――――――……って、ちょっと待て。


シロに見た目は、小学一年生って感じじゃなかったか?

本人も「拙者は今年で6つになるでござるよ」って言ってたはずだろ?


「シロ? 何か……背、伸びてないか?」

「そうでござるか? そう言われると、そんな気も」

「いや、絶対伸びてるぞ。と言うか、髪も」


ただただ修行に励んでいたから、気づかなかった。

でもよく見れば、やっぱり今のシロは色々と変化している。

着ている上着は大きく、だぼっとしているのでまだいいが、

後ろから尻尾が出ているせいで、ズボンはそろそろきつそうだ。


「何で、いきなり成長してるんだよ、お前」

「せ、拙者に聞かれても……」

「回復時に霊波を吸い過ぎたとか、その辺が理由か?」


人狼は人間よりも自然的な存在だ。

きつい修行で自身の霊力をギリギリまで使い、

そして全快になるまで力を補給し直したりしたら、

夏の向日葵のごとく、にょきにょき伸びる…………のか?

人狼なんて、シロにしか会ったことがないし、分からん。

まぁ、本人が苦しんでないんだし、多分大丈夫だとは思うんだけど……。


「シロ。お前の里で、同じ年代のやつはどうなんだ?」

「拙者と同じ年の子供は、いないでござる」

「なんだ? お前の里も少子化か?」

「人狼は女が生れにくいのでござるよ。一度のお産で、6〜8人が生れるでござるが」

「子沢山だなぁ。あっ……そっか。犬ってそんなもんか?」

「狼でござるよ?」


半眼で訂正するシロは、ちょっぴり怖かった。すんまそん。


「まぁ、それはそれとして、そのうち女は2人生れるかどうかでござる」

「競争率高いなぁ、おい。結婚出来ないやつ、かなり多いんじゃないか?」

「その通りに、多いでござるよ」

「うわー、それも悲しいな」


人類の半分は女だ。モテなくても気にするな! なんて言ったりする。

でも、人狼の女は全体の半分以下。ほとんどは男で、女なんて数えるほどだ。

モテないと…………悲惨だ。悲惨過ぎる。そんな過酷な競争は嫌過ぎる。


そんなことを話しつつ、俺は白竜会の周囲に結界を張っていった。

シロはやることもないので、俺の後ろについてきていた。

無邪気なモンだった。こいつも俺と同じような年になったら、

モテるかモテないかで、色々と悩むんだろうか? 時間ってのは酷だな。

『おとーさんって、なんでうわきするのー?』とか、俺も昔は親父に言った気がする。

親父もそんな俺を見て、胸中は複雑だったんだろーか? 

お前にも、いつか分かる日が来る……と。


「ん? センセー、あそこに何かいるでござる!」


下らない事を考えていた俺に、シロが声をかけてきた。

そして指をすぅっと、白竜会の道場を囲む木々の向こう側へと突きつける。


「何かって、何だ?」

「……犬……のようでござったが」


俺はシロの言葉を受けて、感覚を鋭敏化させる。

すると、確かにそこには何かがいるようだった。

さすがは人狼の超感覚だ。言われなければ、気づかなかっただろう。

存在の希薄な浮幽霊か? それとも、わざわざ気配を消した何者か?

犬ってことは、俺の『敵』でもないだろうし。


「シロ。その犬ってのから、フェンリルを目指す人狼の匂いが漂ったりは?」

「してないでござる。もしそうなら、先に言うでござるよ」

「まぁ、それもそうだな」


俺は頷き、木々の向こう側へと近づいていく。

習得したての霊波刀を出すべきかどうか迷ったが、結局出さずに近づく。

下手に刺激しない方がいいと思ったのだ。

明確に敵対していない以上、武器は手にしない。

まぁ、もしもの場合はすぐに攻撃に移れるよう、心の準備はするけどな。

とにかく浮遊霊だろうと、何かしらの妖怪だろうと、まず話し合いを試みよう。

愛子みたく、いい感じの関係になれる可能性もゼロじゃないし?


そんなことを考えつつ、近づく。近づいていく。

するとそんな俺を警戒したのか、気配は突然遠ざかっていった。

それは一目散と言っていい速度だ。すぐに俺が気配を探れる範囲を離脱していく。


「……一体、何だったのでござろう?」


そのいきなりの離脱に、俺の後ろにいたシロが呆然と呟く。


「もしかして、拙者の手助けのために、里から誰かが……?」


犬っぽい気配。かつ、敵対している人狼ではない。

そんな状況から、シロが自身の仲間であると言う推測を打ち立てる。

いやー、そりゃちょっと希望的過ぎるんじゃないかなーと先生は思うぞ?


「それなら、最初から堂々と出てくるだろ?」

「一度断った手前、恥ずかしいのではないかと」


あー……誰も手を貸さないってのが、里の総意だって話だったな。そう言えば。

ここに来ているシロと、シロの親父さんが里の中では珍しいのか。


「でも人狼って、そんなに恥ずかしがり屋なのか?」

「恥ずかしがり屋かと言われると、違うと思うでござる」

「じゃあ、やっぱり堂々と出て来るはずだろ?」

「うー、そう言われると、そうでござるな」


…………まぁ、とりあえず警戒しておこう。

考えて何が分かるでもないし、追跡する体力もないので、結論はそんなもんだ。

よって、俺は今しがた敷いた結界の外側に、もう一段の結界を張った。

悪霊やら何やら、害意ある存在が近づけば、これで足止めは出来るだろう。

力が強ければ、軽く突破されるだろーけど、接近には気づくことが出来る。多分。

これでよし。だって、何もしないよりは、マシだろ? うん、俺は頑張ったさ。

だからもう、ダメだ。疲れた。お腹空いた。眠い。横になりたい。


「よし、シロ。今日はもう休むぞ」

「では、御飯でござるか!」


昼飯はここに来る途中に買った、コンビニの惣菜パンで済ませた俺たちだ。

修行の特別区画から出なくてもOKってのは楽だけど、お代わりが出来ず、全然足りてない。

そんな腹ペコのシロらしい言葉だったが、残念ながら頷けない。

まずは風呂だ。汗臭い状態で食堂に行っても、何も食わせてもらえない。

何しろ、食堂は清潔に使うことが義務付けられているからだ。

実は姐さんなんて呼ばれたりしていた、愛子の言葉によってな。

他のやつらが順守してるんで、俺がそれを破るわけにはいかない。つーか、破れば何もあたらない。


「さくさく汗を落として、そして飯だ。行くぞ、シロ!」


俺はシロの手を引いて、白竜会の中へと入っていった。

何度も何度も、通った廊下だ。

ユッキーやサボ念と、笑いながら……あるいは軽口を叩き合いながら通った廊下。

たまにカンクローさんと通る時は、背筋に言いようのない悪寒の走った廊下。

そんな廊下を、俺はシロを引き連れて歩く。風呂場はすぐそこだ。

人狼の生活スタイルがどんなものはか知らんけど、風呂の入り方なんて変わらんだろ?

俺は特に気にせず、風呂場の扉を開ける。どうやら、今は他に使ってるやつがいなさそうだ。


「おぉー……大きな浴場でござるな」

「寄宿してるやつも多いらしいしな。小さいと、回っていかんだろ」


さらに言えば、ある程度使用の時間割みたいなモンもあったりするけど、まぁ、あんまり守られてない。

ここの人間は規則正しい生活スタイルをしているけれど、でも全員が同じってわけでもない。

例えばユッキーなんて、夜9時に寝て、朝3時から修行をしていたりすることもある。

午前3時って、それ……まだ深夜やん? と言うツッコミ多数だ。

でも、ユッキーは気にしなかった。気にしろよ、バトルジャンキー。


「ぼうっとしてると、他のやつらが来て混むかも知れないぞ」


きょろきょろと周りを眺めているシロにそう言い、俺は服を脱ぐ。


「足を伸ばせるうちに入りたいなら、さっさとしろよー」

「拙者の身長であれば、泳げるやも知れぬでござるな」

「せいぜい、バタ足しか出来んと思う……というか、泳ぐなよ?」


――――――分かっているのか、いないのか。

服をぱぱっと脱いだシロは「勿論でござる!」と言い、お湯に向かって一直線だ。

なお、すでに太陽は沈み夜を迎えていることもあり、精霊石っぽい石も外していた。

待て、この馬鹿弟子。ちゃんと服をたため。

あと、この石は大事な石なんだろ? ちゃんとしまえ。

ついでに言っておくと、お湯に浸かるのはちゃんと身体を洗ってからだ。突入すんな!


「まったく、ちゃんと……し…て…………」

「? どーしたでござるか、センセー?」


俺はシロの頭を掴んで、こちらを振り向かせる。

そして――――――俺は固まった。


何ですか、これは?

何の冗談ですか、これは?


「し、シロさんや……シロさんは、お、女の子ですか?」

「そーでござるよ?」


あっさりと肯定。いや、気付けよ、俺。女の子ですやん。

小僧だと思って、かなり雑な扱いをしてしまいましたよ?

女の子に優しいこの俺が、守備範囲外とは言え……。

いや、てゆーか、シロさん? もっと恥らうべきでは?

男の俺と、お風呂に入っていいんすか?


「父上とも入っていたでござるよ?」


そりゃ……シロさんは今朝まで6歳だったわけで?

その年なら、まだ父親と入っても、まぁセーフだと思いますよ?

銭湯とかも、だいたいは10歳までどっちに入ってもOKらしいし?

でも、何故か今もう、成長しゃーはったやん?

人狼だからか? びみょーに胸も膨らみかけてますやん? 発育早いですやん?

その名前の通りに白い肌。女らしさを持ちはじめた身体。将来性バッチリ?

そのなだらかな丘の上には、小さな桜色。腰はくびれ出して、そして――――――

――――――って、ストーップ! 何をじっくり見てますか、俺っ!?

ロリじゃない ロリじゃない ロリじゃない ロリじゃない ロリじゃない
ペドでもない ペドでもない ペドでもない ペドでもない ペドでもない
ロリじゃない ロリじゃない ロリじゃない ロリじゃない ロリじゃない
ペドでもない ペドでもない ペドでもない ペドでもない ペドでもない
ロリじゃない ロリじゃない ロリじゃない ロリじゃない ロリじゃない
ペドでもない ペドでもない ペドでもない ペドでもない ペドでもない

必死に自己暗示をかける。

そうでもしないと『いい機会だし、どうせだし、じっくり見とこう』と言う

ワケの分からない考えが頭に浮かびそうだと言うか、もう浮かんでいて実行間近だと言うか!?

どう考えても今のシロなんて守備範囲外だけど、これから成長したらどうなるか分かんないわけで、

今のシロをしっかりと知っておくことにより、後々のシロを見る時に、

『あぁ、シロはこんなに立派に成長したのか』という、言いようのない感慨が? 

属性的には幼馴染に萌える……いや、あるいは、妹萌えとか言うやつか!?

そんなわけで、今のろりーなシロも、ちゃんと記憶しておかないとダメで?

――――――って、だから待て、俺! 記憶しちゃいかんのだろーが!?

何でここに来て、ロリに走ろうとしているんだ、俺!

俺は綺麗で格好いいオネー様にメロメロな人間だろ?

きょぬーに万歳で、びにゅーは微妙だろ?

いや、おっぱいなら何でもいいかとか、そんなことを囁くんじゃない、俺のゴースト!

胸のあるなしの前に、年齢が問題だ! 

今のシロレベルでもOKって言うのは、年齢があってこそだ!

同年代でこれぐらいで『私、胸がないから……』って恥らってるのがセーフなだけで、シロはアウトだ!


「センセー? どうしたでござるか?」

「う、あ、いや……な、なんでもないぞ?」

「そうでござるか? では拙者、センセーの背中を流すでござるよ!」


俺が待ったをかけたことで落ち着きを取り戻したのか、シロはそんな提案をしてくる。

頑張り屋さんで、かつ武士であることを重んじ、師匠思いのシロらしい提案だ。


「ん、あぁ、頼む」


俺はそれに乗ることにした。背中を向けていれば、シロの裸を見なくてもいいわけだし。


あぐらをかいて座り、その上にタオルをかける。

普段ならこんなことはまずしないが、シロが女の子ならこうするべきだろう。

マナーである。エチケットである。多分。


俺は背を曲げて、嘆息する。深く、長く……。


「センセー、気持ちいいでござるかー?」


ちょうど俺の背中に泡立てたタオルを置いたばかりのシロが、そう聞いてくる。

俺の嘆息を、心地良さから出た吐息だと思ったらしい。

俺は努めて明るい声で、『おー』とだけ答えた。

風呂場で、裸で、幼いとは言え女の子から『気持ちいい?』って聞かれるのは、やばくないか?

と言うか、むしろ幼い女の子に言われてるからこそ、やばくないか?

今ここに他のやつが入ってきたら、俺はどんな目で見られるんだろう? やっぱ、やばくないか?

シロが男だったら、微笑ましい師弟のやり取りですむんだけど……。


駄目だ。他のことを何か考えよう。えーっと、あーっと……。

あっ、シロさん。置きっぱになってるボディーソープ、使い方分かったのですか?

シャンプーとリンスの違いも、分かったのですか? この泡、シャンプーじゃないよね?

いやぁ、人狼の里も固形の石鹸じゃなく、最近はボディーソープですか、そうですか?

…………ソープって、あんまり連呼しない方がいい? 何となくそんな気がする?

と言うか、俺は誰に向かって話してるんだろう?

それはともかく、えーっと――――――あー……話題が思い当たらん。


シロが頑張って、俺の背中を擦ってくる。

気持ちいい。いや、気持ちいいけど、それは変な意味じゃなくて!

って、だから俺は一体誰に言い訳をしてるんだ? 自分自身の良心か?

良心……両親と言えば、お袋にこの事実が知れれば、俺はどうなるんだ?

あぁ、それはそうと気持ちいい。あ、いや、もちろん普通の意味で。


何なんだ、今の俺は? あれか? 真面目に修行に励んだせいで、欲求不満なのか?

戦場を後にした戦士が、気が高まって女を求めるってやつなのか?

そのせいで、シロを意識しまくっているのか?

いや、自分で言っていて、微妙に違う気がするけどさ……。

あっ、そうだ。あれだろ? 男と思ってたのに実は女って言う、そのギャップに戸惑っただけ!

そうであるはずだ。だって、シロはまだ俺の守備範囲外だし。

例え全裸でも、こんなにちっこいのは見ても面白くないし? 

ですよね? そうですよね、マイハート?


……うぅ。メドーサさん。俺は、俺ってやつは、何をやっているんだ……?

愛子、すまん。俺は大馬鹿者だ。自分で自分が情けなくなる。

俺は……俺はノーマルだよな? 

ちょっとスケベで霊能があるだけの、“普通の男の子”だよな?

そうだ。俺はやっぱり同級生か、少し下くらい……そしてオネーさまがいい。

外見年齢が15〜30歳が、今の俺の守備範囲だよな!


メドーサさんの太もも、お尻、胸! その色気ある仕草! 

愛子の制服時の親しみやすさ、メイド時の絶対領域! 

美神さんのボディコンの、戦闘中のチラリズム!

あれやこれや、それやどれや……きっとそれが俺の正義。

心に映し出せ、これまでのメモリーを!

手に湧き上がらせろ、これまでの感触をっ!


「? この出っ張りは何でござるか?」


色々と思い出していたら、立ち上がっていました。

そそり立っていました。ある部分が。

――――――何をやってるんだ、俺?


俺は何も持っていなかったはずなのに、かけて置いたタオルが、浮き上がっているのだ。

それを背後から、シロが不思議そうに眺めてきた。


「いや、これは……まぁ、分かるだろ? 女の子にはなくて、男の子にはあるモノって言うか」

「父上のは、こんな風にはなった事がないでござるよ」

「なったら、ヤバいんだよ」

「まずいんでござるか?」

「そりゃ、無茶苦茶まずいだろ」


実の娘と風呂に入ってこんな風になっていたら、お前の父上は病んでいるぞ?

年頃になって風呂場でばったりとかならまだしも、今のシロは小さいんだし。

ちなみに俺がこうなった原因はシロではなく、あくまでもめくるめくメモリーが原因だ。


「では、センセー! 拙者はどうすればよいでござるか?」

「――――――は、はい?」

「まずいのでござろう? 痛いでござるか? さすったりした方がいいでござるか?」

「い、いや、ヤバいって言うのは、そう言う意味じゃなくて! 大丈夫! 大丈夫だから!」

「センセー! 弟子の拙者の遠慮など不要でござる!」

「いや、マジでいいから! いいから! ちょ、やめ……いやぁああぁあああ!?」


やがて風呂場から、表現しがたい俺の悲鳴がほとばしった。

いや、もう、俺…………お婿に行けない……。

風呂場で弟子の女の子にタオル剥ぎ取られるって、どんな状況やねん!?

抵抗はしたよ? もちろんした! でも、シロも裸だったんだ! 

どう抵抗すればいいか……具体的には、どこに手を伸ばして、シロを押さえるべきか迷ったんだ。

突き飛ばすわけにもいかなかったんだ! すべって頭を打ったりでもしたら、危ないだろ!?

だから、どうにかこうにかタオルを確保しつつ、シロを抱きしめて手を動かせないようにするしか!?


「本当なんです。信じてください……」


俺の声を聞きつけて、驚きやって来た白竜会の皆様が見た光景は――――――

全裸の男が、やはり全裸の少女……小学生……に、必死になって抱きつこうとしているモノだった。

ちなみに、一箇所ほどマイボディは超緊張状態でしたとさ。即時デタントすべきだと思います。


「横島は巨乳ハンターだと思っていたのに……」

「メドーサ殿への接近は、真の性癖に対する隠れ蓑か」

「と言うか、横島くんは本当に特別区で修行をしていたのか?」

「仮に修行でないとすると――――――」

「多分、連れ込んだ女の子の、調教……とか?」

「結界を発動させれば、出入りは制限され、何もかも闇の中?」

「鬼畜じゃん!」

「鬼畜だな」

「鬼畜だと思う」

「うむ、鬼畜じゃ」


会長のじーさんやその他の弟子たちが、思いのままに俺をこき下ろす。

ちなみに俺は未だに全裸のままだ。タオルを腰に巻き、正座させられている。

シロは道場関係のおばちゃん連中によって、つい先ほど何処かに去っていった。

外見年齢が少し上がっても、中身は6歳のシロだ。

巨乳ハンターやら、性癖やら、調教やら、鬼畜やら……去るまでに耳にした言葉は、

色々と教育的に不適切極まりないけれど、多分意味は分かってないだろうからセーフだ。

つまり、今現在の問題は―――やるべきことは―――たった一つ。

連れて行かれたシロはおばちゃん連中が世話をするだろうし、今は俺の誤解を解く。これだけだ。

でも、これがどうにもうまく行かない。おそらくあの珠の生成より、難しいミッションだ。

きっと痴漢の冤罪で捕まったサラリーマンは、こんな気分なんだ。

基本的に俺の言葉は全然、信用されてない。くっ、これも日頃の行いのせいか! 


俺は風呂に入るその時まで、本当にシロが女の子だなんて、知らなかったんだ! マジで!


俺のその主張は、まず皆さんの冷めた眼によって受け止められた。

そして、皆さんは理路整然と俺を追い詰めてくる。

クソ、俺が何をしたって言うんだ!


「だから、全裸の君は全裸の少女を、ひどい興奮状態で抱きしめようとしていたわけだが?」


だから誤解だって! そもそもシロが女の子だって、最初から知ってて連れ込んだわけじゃないし!


「仮に知らなかったとして、どうしてああいう状況に?」


だから……それは、その、シロが俺のタオルを取ろうとして、それを止めさせるために……。


「どうして、彼女は君のタオルを取ろうとしたのか?」


そりゃ、タオルの下に興味を持ったからと言うか、何と言うか……?


「どうして、彼女は君のタオルの下に興味を抱いたのか?」


え、えーっと…………あーっと……?


「センセーがまずいことになったと言っていた、と言う証言が取れているが?」


…………………………うぐっ。


「少女と風呂に入り、タオルの下がまずいことになるとは、どういうことか?」


違うんだ! とにかく誤解なんだ! 信じてくれ! 

俺は、俺の好みは、ナイスバデーなオネー様なんだ!

頼むから、そんな眼で俺を見ないでくれ!

クラスメイトの女子にされるより、ある意味辛く冷たいぞ、その眼!

大体、悲鳴だって俺のやん?

声が裏返って甲高かったかもだけど、俺の声やん?

むしろ襲われかけたのは俺だぞ?

う――――――うぅ〜……俺は、無実なんだ……。


「…………ふぅ、仕方ないのぅ」


やがてマジ泣きの一歩手前まで行きかけた俺を不憫に思ったのか、会長のじーさんが嘆息した。

会長は疲れた笑みを浮かべて、俺の肩に手を置いた。


「まぁ、寝る時は別の部屋で。そして、風呂も今後は別々で。それでよかろう、皆?」

「……う、うぅう、信じて、くれるんですか?」

「不幸な事故が重なると言うこともあるし、それにお主の好みは知っておる」


あれだけ真剣に、かつ露骨にメドーサさんにモーションをかけていたのだ。

演技で殺されかけるまでセクハラをしたりはしないだろう。

つまり、横島忠夫は巨乳好きであり、ぺったんこなシロに手を出そうとはしないはず。

――――――と言うのが、会長のまとめだった。

なんだか微妙に援護されているのかどうか怪しい気もするが、まぁ、今はありがたい。


「それに人狼では、警察に話を持ち込んでもややこしくなるだけじゃ。さらに……」


まだ何かあるんだろうか? 

ちょっと予想がつかずに、俺だけじゃなく、他の弟子も首を傾げる。


「あの子は小さくとも、確かに女。仮に横島忠夫が彼女に手を出そうとしたのだとしても、だ」

「えっと、会長? つまり、何が言いたいんですか?」

「ある意味、勘九朗よりはまだマシじゃ。多分」

「……か、カンクローさんと比較されても……」

「それにまぁ、八つや九つで子をなそうとする者も、世にはおるわけじゃし」

「いや、でも犯罪っすよ、それ。例えギネスに乗ろうとも」

「騒ぎの元であるお主が言うでない」

「……すんません」


まぁ、そんなこんなで、俺は許されることになった……らしい。

あのー、そろそろ服を着てもいいでしょーか? 

あと、飯抜きとか止めてください。お願いします。


「センセー! お話は終わったでござるかー?」


そうこうしていると、シロが俺のいる風呂場へと舞い戻ってきた。

どこから調達したのか、ピンクのパジャマを着込んでいる。おばちゃん連中か?


「早く服を着ないと、湯冷めするでござるよ?」

「あー……、そうだな」

「センセー。拙者、部屋を用意してもらえるそうなので、拙者はちゃんと一人で寝るでござる!」

「…………そりゃ、よかったな」

「? センセー、どうかしたでござるか?」


俺の素っ気無い対応が、不機嫌なものに思えたのだろうか?

ぶっちゃけ、実際にかなり腹が立ってたりする。

固い風呂場に正座してるせいで、足は痛いし、寒いし。疲れてんだぞ、今日。


でも、それはシロが“悪い”ってワケじゃない。原因の一つではあっても。

となると、この対応は大人気ないってことだよな。はぁ、仕方ない。

今あるムカつきは、心の奥底に沈めよう。

こんなに小さい弟子に気を使わせる師匠ってのは、多分最低だろうし。


「んー、何でもない。気にすんな、シロ。どんまい!」


軽く胸中で反省をした俺は、どうにかこうにか笑みを浮かべた。


「そうでござるか! じゃあ、気にしないでござる!」

「……いや、やっぱりちょっと気にしてくれ」


元気一杯で頷いたシロに、俺はそう呟いた。

もっとも、シロは聞いていなかったけれど。



はぁ。何か修行よりも、風呂の一件の方が疲れた気がするぞ、ったく……。



ちなみにその翌朝。別室で寝ていたはずのシロが、何故か俺の借りた部屋に潜り込んできており、

一緒の布団で目を覚ましてまた騒ぎになるなんて言う、そんなお約束的な展開もあったりなかったりなのだが、

何かもう……疲れるので割愛する。


メドーサさんとか愛子もいいけど、ちっこいシロもこれはこれで結構いい抱き心地だとか、

寝起きの呆けた頭でそんな馬鹿なことを考えたりはしなかったので、あしからず。


いや、信じて? ほんと、マジで……。俺はフツーです。ええ、力いっぱい。

てゆーか、シロ。一人で寝れるんじゃなかったのか、お前……。





次へ

トップへ
戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送